第百四十八話 冷静な双眼
かすめたとはいえ氷竜による一撃である。ミスリルの肩当てを飛ばされた俊也は一時的にバランスを崩していた。そのままでいれば二撃三撃が来る。俊也は身体のバランスをできるだけ速く戻すと、下首の大傷に苦しむアイスドラゴンとの距離を、一旦、十分に取り様子を見ている。
「俊也兄ちゃん! 目をつむってて!」
俊也の右後ろから、リズが高いよく通る大きな声で彼に呼びかけつつ指示を出している。俊也はその通りに従った。そして次の瞬間、アイスドラゴンの眼前でまばゆい光が発生し、その竜は視力を一時的だが完全に失った! リズがショートボウに魔力を込めた矢をつがえ、放ったそれが強力な目くらましの光に変化したのだ!
「今だよ! 兄ちゃん!」
「サンキュー! これならどうだ!」
視力を失いパニックを起こしている氷竜は、傷ついた首を激しく上げ下げしている。俊也はタイミングを見計らい、攻撃を重ねていた下首の付け根に再び狙いをつけ、とどめとなる最渾身の突きを放つ! ファイアブレイドによるそれはずっしりとした手応えがあり、アイスドラゴンの深い急所を確実に捉えた。
「グオオオオ……」
力ない断末魔の声と共に、巨躯の氷竜は命を失っている。大きく鈍い音を立てて地に落ちた冷たい巨体は、静かな遺骸に変わっていた。
「手強かった……」
「危ないところでしたね……」
今の俊也が力の限りを尽くして倒せる限界線がこのアイスドラゴンであろう。彼の危機をキュアヒールで助けたサキとセイラは、竜の遺骸を見てやや放心状態だ。今までの中で出会った最強のモンスターに敬意を表し、俊也は胸の前で十字を切った。そして戦利品として、刀を用いて氷竜の角を切り取っている。
瘴気の源泉の主を倒したからかは分からないが、辺りの黒い気がやや薄くなり、魔物の気配も引いたようである。ただ、瘴気の迷路自体が無くなったわけではない。帰りも聖浄のトーチを用い、瘴気をくぐり抜けてテレミラ村まで帰らなければならない。
「傷は治しましたけど、俊也さん、大丈夫ですか?」
「はい。これなら万全です。ありがとうございます」
この場での安全が保てたので、アイスドラゴンから受けた傷をサキとセイラのキュアヒールで俊也は完全に治してもらい、まず身体の支障を無くしていた。アイスブレス以外でかすり傷も受けていたが、身体を確かめる限り五体満足である。
辺りの瘴気は薄くなったが、瘴気の源泉は変わらず濃い渦を立ち昇らせている。禍々しい黒柱、その元の元はどこから来ているのか。俊也は冷静な双眼で考えていた。