第百四十五話 瘴気の柱で待つ者は
仲間のオオクマデが眼前で瞬く間に倒され、切っ先を向けられたもう一匹は明らかにひるんでいる。そこを逃さず俊也は、アクセルの魔法により豹が飛びかかるような速さで間合いを一気に詰め、斬りかかって行った!
「グォオオオ!?」
恐慌にかられながらも死に物狂いでオオクマデは、その名の由来でもある右手の大きな熊の鉤爪を使い、俊也を頭から引き裂こうと膂力を乗せて振り下ろす! しかし、その攻撃は闇雲であり、俊也は完全に動きを見切り身をわずかに左へずらすと、鉤爪は空を切り地に大きくめり込んだ。
(…………!)
俊也は気合声を発することなくオオクマデの素首に狙いをつけ、刀で刎ね飛ばした! 熊の化物の苦しみは短かっただろう、刎ねた首と巨躯が鈍い音を立ててそれぞれ地に転がっている。
俊也は安全を確認し、刀を拭って仕舞った後、リズへ咄嗟に渡していたトーチをまた自分の手に受け取った。
「大丈夫だね。行こう」
俊也の強さが想像を越えていると考えに入れた上で、これからの旅について行かないと足手まといになる。サキとセイラはハッキリとこの戦闘以降、それを理解することができた。彼女たちにはもう驚きの表情がない。
それから少し進むと瘴気が晴れ、開けた広い空間が現れた。その開けた場所を通して向かい側には、瘴気の中へ入ることができるもう一つの入り口(出口とも言えるだろう)が見えている。そのことから俊也は推測してみた。
「さっきの分かれ道のどっちでも正解だったんだろうな。分かれていただけか」
「そうみたいだね。あれ? 俊也兄ちゃん、あれが瘴気の源泉じゃない?」
「それっぽいな。少し離れた所にあるけど……」
俊也たち一行が左手のずっと先に視線を移すと、渦を巻き高く濃く立ち昇る瘴気の柱が見られる。恐らくはあれが瘴気の源泉だろう。この辺り一帯に瘴気がない空間が広がっているのは、台風の目のような原理なのだろうか? 少しそのことを考えたが、今、重要なのは、やっと辿り着けた源泉を詳しく調査することだ。それでレオン法王からの依頼も達成できる。
「行ってみるしかないな。鬼が出るか蛇が出るか」
「何も出てこなければいいのですけどね」
ここでは聖浄のトーチは必要がない。周囲に気を配り、瘴気の源泉と思われる黒い気の柱に俊也たちは近づいていく。
禍々しい黒柱の影から姿を現し彼らを待ち受けていたのは、鬼でも蛇でもない。ジャールの洞窟で倒したものの倍以上の大きさはあろうか、凍てつく顔貌を持った氷の竜であった。