第百四十二話 瘴気濃き迷路・その1
温かい朝ごはんをミハエルから振る舞ってもらった後、俊也たちは身支度を行い寒さが残る朝の内に、目的地である瘴気濃き迷路へ向かっている。サキとセイラも一緒に来ているのだが、
「こっちにまっすぐ行ったら近いよ! どんどん行こ!」
金髪のポニーテールで元気いっぱいなリズが案内人として先に行っている。保護者のミハエルは、当然、彼女が瘴気の源泉へ行くことに大反対したが、いかんせん鉄砲玉のような娘である。言って聞くようなことは全くなかった。
リズの案内は、テレミラ村をいつも飛び出して、周りのあちこちを見ているだけあり、とても的確だ。同じような景色が続く低草が生える平野をしばらく進むと、陽光の差し込みが昼のものにならない内に、瘴気濃き迷路へ辿り着けている。
「ここがそうか。とうとう来たんだな」
「目に見える凄い瘴気で満ちていますね」
件の目的地なのだが、目の前に広がっている光景は黒色の禍々しい気で作られた、西から東まで広がる高い壁である。迷路ではない。ミハエルは言っていたが、確かに無理やりでも黒い気の壁を通り抜けることはできそうだ。だが、尋常ではない瘴気の濃さと魔物の気配から、それをして生き残ることは、およそ不可能だろうと俊也は悟れている。
「聖浄のトーチの出番というわけだな。リズ、どこが迷路の入り口だったか見当がつくかい?」
「ええっとねえ……こっちだよ! トーチを点けてついて来て」
壁は一様であるかのように見えたが、少し東へ歩いて立ち止まったリズの前にあるそれは、周りの黒い気の壁より、目で見て薄いことが分かる。俊也はリズに促され聖浄のトーチをかざし、灯りでその部分を照らすと、瘴気の壁が消えてなくなり道が現れた。
「これは……分かってはいたが、ミハエルさんは凄い魔導師なんだな」
「あったりまえじゃない。さあさあ行くよ。ぼーっとしてると魔物がこっちに集まってきちゃうよ」
リズの言う通りである。入り口と一部分の道が現れただけで、周りは瘴気の濃い壁に囲まれたままだ。一度この迷路に入ると、一時的にしても立ち止まるのは賢いと言えない。俊也はトーチの聖なる魔力を頼りに道を探りつつ進み、サキ、セイラ、それにリズは、マリアの愛情が込められた神竜ネフィラスの魔除けの効力に守られながら、彼の後に続いていた。
瘴気の源泉までは、深くこの迷路を掻い潜らなくてはならない。四者四様の緊張感を保ちつつ、黒色の魔に取り込まれず、慎重かつ迅速に歩を進める必要がある。