第百四十一話 静かに見える400年
「この話はやめておくか。あまり話したいことでもないしな」
「ミハエルが言いたくないなら私もそれでいいよ。どっちにしてもミハエルは私にとってお父さんなんだし」
「ありがとう、リズ」
遠い血縁があるにしても、リズの頭を愛しみ撫でているミハエルの様子はとても優しく、本当の父親以上のものに見える。過去にどういう経緯があったのかは分からない。しかし、俊也たちが完全に父と娘の関係であるミハエルとリズに、それを探るような野暮なことをするはずもないだろう。
「話が変わるんですが、なぜこんな北にテレミラというかなり大きな村があるのか気になってました。村のことを教えてくれませんか?」
「そう思うだろうな、分かった。この村がなぜここにあるかをまず言うとすると、君たちが調べようとしている瘴気の源泉、その監視のためだ。テレミラは私が生まれるより前からある。いつ村ができたかは分からないが、400年よりは遡るということだ」
「そんなに歴史が古い村なんですか」
「そうさ。俊也君も村に見張り櫓があるのを見ただろう? あそこから村の近辺を見渡し、異常の有り無しを判断するわけだが、どうも近年になって魔物の数が増えてきている。活動が活発にもなっているな。タナストラスのなんとない不穏さがそれからも現れているように思える」
「なるほど、それと瘴気の源泉が何か関係しているのかもしれませんね」
「テレミラが源泉に近いだけにな」
話が深まってきているがそれにつれて秋の夜も深まり、夜風をしのいでいるのだろうか、外では家の近くの木にとまったフクロウが鳴いている。聞きたいことを一通り聞けた俊也たちは、ともすれば奇妙な愛嬌を感じるその鳴き声にしばらく聞き入っていた。
「夜も更けたな。そろそろ休みなさい。また明日、朝ごはんを用意しておくよ」
「色々ありがとうございます。おやすみなさい」
「お兄ちゃんたち、おやすみ~」
リズの元気で明るい「おやすみ」に送られ、俊也たち一行は客人用の寝室に戻り、辺境の静かな夜にぐっすり身を委ね、朝まで長旅の疲れを回復させた。
窓から差し込む朝日がほのかに寝室を照らし始めた頃、俊也は目を覚ました。サキとセイラも寝心地がいいベッドでよく眠り、俊也とほぼ同刻に起きている。北方の秋の朝は寒く、三人とも一枚多く羽織り、昨夜、ミハエルたちと話を囲んだ居間へゆっくり出てきた。
「おはよう。よく眠れたかい?」
「はい。すっかり疲れが取れました」
「何よりだ」
壮年のエルフは慣れたナイフ使いで、リンゴの皮を剥いている。400年この生活を続けてきたミハエルに対して、この家に溶け込んだようにナイフを使うその手つきを見る俊也の目には、ミハエルへの深い尊敬が表れていた。