第百三十九話 聖浄のトーチ
「なるほど、氷で閉ざされた瘴気濃き地の調査に来たというわけなんだな。だがそれは、非常に危険だよ」
「レオン法王からの依頼ですし、タナストラスが不穏である原因が、その調査で何か分かるかもしれないんです。調べに行こうと思います」
「私としてはセイクリッドランドの法王自体はどうでもいいのだが、君にはリズを救ってもらった恩があるからな。どうしても行くというのなら、いい物を作ってあげよう」
「ありがとうございます。だけど、いい物とは?」
テレミラ村は、ほぼ北限にある村になる。ここはセイクリッドランドの領土外であり、ミハエルにとってレオン法王は敬意を払う対象でないようだ。それは主義主張の違いなのでよいが、俊也はミハエルが作ってくれるといういい物が、何であるか気になっている。
「まあ見ていなさい。丁度、材料が残っている。瘴気濃き地に行くのなら絶対必用なものさ」
ミハエルは薄く俊也たちに笑いかけながら、部屋の壁に立てかけてあった手頃な長さの木の棒を手に取り、それに滑らかな布切れを巻きつけると、手慣れた様子で傍らに置いてある油壺にそれを浸した。布の部分は油を吸い込んでいる。そして、
(…………)
魔力を込めた集中を、作った松明状の物に込めると、油を吸った布が巻き付けられた部分は黄金色に柔らかく輝き始めた。
「聖浄のトーチという物だ。もしかすると、今では私にしか作れない物かもしれない。俊也君、君にあげよう」
「ありがとうございます。この布に火を灯して使うんですね?」
「そうさ。これはアガスティアという聖木と絹で織られた布、それと、ある聖地で清めた油を原料に作られている。それに私が魔力を込めることによって完成する」
「とても清らかな力を感じます……」
「うん、そうだろう。使い方を言うと、布部分に火をつけるだけでいい。布と木が燃えるのではなくて、そのトーチ自体の聖なる魔力が明かりを灯すんだ。だから何度でも使える物だよ」
邪気や瘴気を払うという意味では、旅の様々な場面で使えそうな道具だ。だがミハエルは、瘴気濃き地でこれが必需品になると言った。俊也はその詳しい理由を、作り出したエルフの彼に尋ねている。
「瘴気濃き地に辿り着くためには、瘴気の壁により作られた迷路を抜けなくてはならない。壁自体は無理やり通り抜けできないこともないんだが、それは止めておいたほうがいい。壁に入った途端に大量のモンスターが襲いかかってくるため、命がいくつあっても足らない」
ミハエルの説明は、寒さすら感じる秋の夜長を背に置いて続く。