第百十一話 堅い握手
船長との報酬の交渉を終えたバルトは、海賊船に戻るため、船長室から出ていた。だが、この爛々とした目の壮年は、興味を持った俊也と、甲板上で交流を少し作っている最中だ。
「お前さん若いのに肝が座ってて気に入ったぜ。腕も立つ。どうだ? 俺の船に乗る気はねえか?」
「ははは! 俺を誘ってくれるんですか。それも面白いと思いますが、俺にはやらなければいけない目的があるんです」
「ほほう。それも気になるな。ちょっとその目的を話してみてくれねえか?」
俊也が抱えている大きな何かに気づいたのか、バルトはますます彼に興味を持ち、深く話を聞きたくなったようだ。俊也も、海賊の首領ながらこの男は信頼できると感じ取ったのか、タナストラスに来た経緯と目的を一通り話した。
「なるほど。言われてみれば確かに。お前さんはこの世界の人間とはちょっと違うな。その強さからも、お前さんが救世主だということがうなずける」
「信じてくれましたか。ありがとう」
俊也が打ち明けてくれたことを何やら考えているのか、腕組みをしてバルトはしばらく黙って立っている。シーグリフォンの来襲が先程あったとは嘘のように、あたりの波音はゆっくりと静かだ。だが、半鷲半獅子の怪物が残した爪撃を修繕する槌の音は聞こえていた。
「よし分かった! 海で困ったことがあれば俺に頼ってこい! 陸でもゴロツキ連中にでも出くわしたら、白鷹団のバルトの友達だと名前を出せ。俺の名はその輩たちに通り過ぎるくらい通っている、面倒事が避けられるはずだ」
「それは凄い。しっかり頼らせてもらいます」
「おう! どんどん頼れ! 俺たちの拠点は白海の沿岸にいくつもある。白鷹のマークが目印だ。俊也と言ったな? 名前と顔で俺の所まで通れるようにしといてやるよ」
いかつい顔を崩し笑ってみせると、バルトは俊也と堅い握手をした。交易商人ザイールといい、思わぬ良い出会いが二つもあったことに、俊也は前途が洋々に開けていると思えてきた。
「ところで、ついでのようになったんですが、さっきの大弓の一撃を外すと危なかった、という言葉が気になっています。どういうことなのか教えてくれませんか?」
「ああそうだったな。簡単にいうと一矢だけで二度は射てねえということだ。俺は雷の魔力を持つ弓の使い手だが、あの青い大弓は白鷹団に代々伝わる物でな、矢を射つのにとんでもない魔力を吸われる。そういうわけで俺の魔力じゃ、一矢で空になっちまうわけさ」
バルトはヘロヘロと脱力しておどけてみせている。その様子が可笑しく、俊也の顔もほころんでいた。まるで、十年の知己を得たようであった。