第十一話 いいお母さん
教会にいる子どもたちに外で遊ぶように促し、俊也とサキはセイラの後をついて、加羅藤家の住居に入っている。サキにとっては数日ぶりに無事帰って来れたわが家で、彼女の表情は完全にリラックスしている。
「母はこちらにいます。俊也さんのお昼ごはんも作ってもらうように言わないといけませんね」
廊下を歩きながらセイラは案内を続けていた。教会も大きさがあり立派だが、それとつながる形で建てられている住居部分もなかなか広い。俊也の家より部屋数も多く、一部屋の広さもある。
ダイニングキッチンがある部屋に着くと、手慣れた様子で調理をしている女性の姿が窺えた。この女性がサキとセイラの母であるようだ。
「お母さん。サキが帰ってきたわ。救世主様も一緒に来てもらえたわよ」
セイラの声にちょっとびっくりしたようで、母親は調理の手を止めこちらの方を振り返った。
「無事に帰れたのね……サキ。心配してたわよ」
危険を冒して異世界に行っていた娘の無事を見て、まず彼女は胸をなでおろしている。そして次に、サキのそばにいる俊也へ、
「タナストラスへお越しいただきありがとうございます。私はセイラとサキの母、マリアと言います。この家には夫もいるんですが、近くの町へ行商にちょうど出ていて数日戻れません。挨拶が遅れますけどごめんなさいね」
齢は幾分重ねているが美人姉妹はこの母に似たのだろうなと、マリアの大人びた美しさを見て俊也は考えていたが、自分が何も挨拶していないことに気づき、
「矢崎俊也と言います。ご厄介になりますがよろしくお願いします」
と、簡単に名前と世話になる旨を伝えた。
「それにしても可愛い救世主様ですね。もっといかつい方が来られるのかと思ってましたが」
「お母さんもそう思うでしょ? 私もひと目見て可愛いなと思ったから」
俊也の容姿を見て母と娘で楽しそうに話しているのだが、話題にされている当人は少し顔を赤らめ調子が狂っている。
「俊也さんは凄いのよ。木剣でラダを2匹やっつけたんだから。異世界でも1匹やっつけたし、それも全部1撃よ」
優しく可愛く映る容姿とは裏腹に、俊也の剣技が素晴らしいことをサキはマリアたちに身振り手振りを交えて言っている。それを聞いた彼女たちは非常に驚いたようだ。
「えっ! そんなに強い方なの!? ……今でそんなに強いんだったら、経験を積んだらどこまで強くなるのかしら……」
町に入るときに門番とも話したが、俊也がラダ2匹を木刀で倒したことはかなりの離れ業らしい。談笑をしながらマリアたちと話すと、そんなことができる人間はカラムの町でも十人いるかどうかだと言われた。日本でも十年に一人と評された俊也の剣の才能だが、異世界でも現時点で相当なものであるらしい。
「お話してばかりもいられないわ。セイラ、サキ、俊也さんの部屋を案内してあげて。俊也さん勝手ですみませんが、わが家でしばらく寝泊まりして下さい。俊也さんの家と思っていいですからね」
マリアは優しい微笑みをたたえている。いいお母さんだなと俊也は感じ、どっちみちこの世界で行くあてもないので、彼女の言葉に甘えてこの家を拠点にさせてもらうことにした。