第百六話 交易商人ザイール
「乗船券をお見せ下さい。……確認しました、ありがとうございます。よい船旅を」
俊也たちは、桟橋で乗船券をもぎってもらい半券を受け取ると、いよいよ白海を横断する蒸気船に乗り込んだ。内部の客席には百数十人ほどいるだろうか、業物を持った冒険者風の者もいれば、純粋に船旅を楽しむ町人風の者もいる。それぞれであった。
「わ~! 本当に私達は東の大陸へ行くんですね!」
「ふふっ、そうね。どんな所なんでしょうね」
今まで、このような大きな旅をしたことがないサキとセイラは、これから広がり続けるであろう自分たちが見ていく世界にわくわくしている。俊也においては言うまでもない。三人とも、旅への不安より期待が遥かに勝っており、目の前にある門が大きく開けているような様子であった。
蒸気を生み出す内燃機関がどこか懐かしい音を立てている。当然、俊也たちはそれを今まで聞いたことがないのだが、ノスタルジックにさせる心地よい雰囲気がなぜか辺りに漂っていた。
トラネスの港を出港し、一時間と少し経っただろうか。白海は凪いで穏やかであり、船旅は順調だ。セイラとサキはここまでの疲れがあるのか、中の客席でうつらうつらとしているようだが、俊也はそれを見守りつつ、少し外の甲板へ出て波頭のしぶきを見ていた。彼にとって初めての大海原であり、いくらそれを見ていても飽きない。
(7日は乗るようになると船長が言っていたな。それにしても海が広い!)
ポツリポツリと小さな島が見えることもあるが、どこまで向かっても水平線である。頼もしい海の広さに心身を委ねて、じっと海を見ていると、
「やあ。海はいいかい? 楽しんでるようだね」
と、声をかけてきた商人風の男が現れた。俊也よりは10歳近く年上だろうか。小ざっぱりとした白を基調とした上下を着ており、旅慣れているようである。悪い印象は持たれにくい風貌でもある。
「はい。白海というのはとても広いですね。どこまで行っても海です」
「はははっ! そうだね! でも、まだ出港したばかりだよ? そうすぐ、東へ着いてもらっても困る」
「ふふっ、そうですね。ところで東の大陸へは商売で行かれるんですか? 見た所、そのように見えますが」
「ああそうだよ。私はトラネスとセイクリッドランドの間で交易をやっていてね。ザイールと言う名前だ。君の名前も聞いていいかな?」
「はい。俺は矢崎俊也と言います。ザイールさんと同じでセイクリッドランドに用があります」
「へぇ~。君が最近有名なあの剣士か。頼もしいな。これからよろしくな」
俊也の噂は、耳が早そうなザイールにも届いていたらしく、それゆえ両者の理解を深めるのに話が早かった。馬が合いそうな二人である。