第百五話 白海(びゃっかい)と蒸気船
夏から秋へ移り変わりつつある、よく晴れた空の遥か向こうに、水平線がどこまでも広がって見える。海鳥の鳴く声が波のさざなみと共に心地よいサウンドとして俊也たち三人の耳に響いていた。
西の大陸の玄関口であるトラネスの港の朝は賑やかで、通りを歩いているといたる所で出店が立っている。俊也たち一行はその雑踏の中を歩き、船着き場まで向かっている。
「すごいな~。トラネスの町とはまた違った活気があるよ。町の店になかった色んな珍しい物も売ってそうだ。見てみたいな~」
「駄目ですよ俊也さん。船の時間に遅れちゃいますから。今日、白海を渡るんでしょ?」
「ちょっとくらい駄目かな~」
また買い物好きの虫が騒ぎ出している俊也であるが、それをうまい具合にサキがたしなめている。彼女もこれには慣れたもので、ちょっとした夫婦漫才風である。
上述で白海という言葉が出てきたので解説する。タナストラスには二つの大洋があり、一つは俊也たちが渡ろうとしている白海、もう一つは黒海である。白海は、西の大陸と東の大陸、両方の船が着く海岸沿いに、どこまでも白い砂浜や岸壁が続くので、古代にそう名付けられた。黒海に比べ、波が穏やかで航行しやすく、海上のモンスターも比較的強くない。一般的に西と東を結ぶ航路は白海に作られている。黒海は黒い砂浜と岸壁が、白海の海岸と対照的にどこまでも続く。波は激しく、モンスターも強い。黒海を渡りきった船はタナストラスの歴史から見ても少ない。
出店に後ろ髪を引かれている俊也をセイラとサキは押しながら、どうにか船着き場まで来ることができた。そこには所々に装甲を施された、大きく立派な蒸気船が停泊している。装甲は海上でモンスターに遭遇した時の備えなのだろう。
「こんな凄い船は今まで見たことがないよ! これに乗るんだな~」
「あら、俊也さんの世界ならこれより大きな船はあると思いましたけど?」
「うん。あるんだけど、みんながみんな大船に乗ってあちこち行くわけじゃないからね。それにこれは蒸気船だし……うん、迫力があるよ」
小さい子供のように目を輝かせている俊也の様子は、美人姉妹にとって、また今まで見ることができなかった彼の表情であった。セイラとサキは、無邪気に蒸気船を眺め続けている彼を見つめている。一緒に来て良かった。そして、好きになって良かった。と、姉妹間で恋敵同士ながら、俊也を想う気持ちは同じであった。