第百四話 思ってもみない餞別
俊也にとって仰天するくらいの話も一応済んだ事にして、イットウサイは東の大陸へ旅立つ一行をもてなすために、心尽くしのご馳走を用意してくれていた。料理上手なユリが丹精込めて作ったものもあれば、奮発して店屋から仕出しも頼んでいる。
「おいしい……ユリさん、すごく料理上手なんですね……」
「私も料理はしますが、ここまでのものは作れません……」
「ありがとうございます。小さい頃から作っているので調理は慣れているんですよ」
ユリとは馬が合わないセイラとサキであるが、彼女の料理の腕には舌を巻き、負けを認めざるを得なかった。恋敵から褒められたユリも、かなり得意そうである。何より彼女にとって嬉しかったのが、俊也の美味そうな食べっぷりであった。横目で加羅藤の美人姉妹もそれを見ていて、自分たちの空気を読まず食べている俊也が、少々腹立たしいようだ。
とてもおいしい食事も済み、静かな部屋でぐっすり一夜眠った三人は、翌朝、いよいよ船旅に向かおうとしている。
「しばらく会えなくなるが、こちらへ戻ってきたら必ず来なさい」
「ご武運をお祈りしております。必ずご無事で」
「ありがとうございます。修行の時といい、大変お世話になりました」
朝の鳥がそこかしこで囀る中、イットウサイ親子が俊也たちを送り出してくれている。ユリは寂しさを隠せないながらも、剣術家らしく気丈に振る舞い、旅立つ俊也の安全を祈願していた。
「うむ。俊也君これを渡しておこう」
「ありがとうございます。封書のようですが、これは……」
「私の師が、実は東の大陸のセイクリッドランドに居てな。これは師へ、君を紹介し推薦する書だよ。うまい具合に渡せたら、君に稽古をつけてくれるはずだ」
「先生の御師様ですか! 是非お会いして稽古をつけて頂きたいです! ありがとうございます!」
思ってもみなかった餞別を師からもらい、喜びが計り知れない俊也である。イットウサイの師とはどれほど強い人なのかと、もう頭の中であれこれ思い描いていた。
「うまい具合に渡せたらの場合だがな……。私の師は変わり者でな。セイクリッドランドに居るはずなんだが、町には住んでいない。私が昔、師を訪ねて行った時は、結局どこにいるか分からず会えなかった」
「そうなのですか。見つけ出すのが大変そうな方ですね」
「そうなんだよ。だから、会うことができたら幸運というくらいのつもりでいた方が良いよ」
「分かりました。ですが、是非お会いしたいです」
師の師に会うことができれば、どれほど自分を高めてくれるのか。強くなることに貪欲な彼は、何としてでも探し出し稽古をつけてもらうつもりでいる。




