第百三話 即答は……
「俊也君。娘のことはどう思っている?」
「ユリさんですか? 素晴らしい剣術を身につけられていますね」
「いや……そうではなくてだな……」
「???」
言いにくいながらも話を切り出したイットウサイであるが、期待した返事とはまるで脈なしのものが返ってきたので、ため息を混ぜながら、今度は単刀直入に俊也へ聞いた。
「ユリを女としてどう思っている?」
「あ……そうでしたか。可憐で美しい女性と思っています」
「うん! そうかそうか! 好意を持ってくれているということだな!?」
「はい。女性として好きです」
俊也の鈍さにどうしたものかと考えていたが、心を叩くように直接的な聞き方をすれば、それにしっかり応える銅鑼のようなものだと、イットウサイは彼を理解できた。聞きたかった返事が聞け、ユリの父として思わず相貌が崩れてしまっている。
「うん! 分かった! はっきり言おう。娘ユリの許婚者になってくれないか?」
「ええっ!?」
「駄目かな?」
「いや……即答ができないので。まず、俺のことについて詳しく話をさせて頂かないといけません。いくらか長くなります」
「ふむ。いくらでも聞こう。話してくれないか」
長々と話を伝えるのが得意ではない俊也ではあるが、事が事だけにきちんと自分がどこから来て、タナストラスで何をしようとしているのかを言わなければならないとここは思ったのだろう。詳しい経緯をできるだけ丁寧に伝えた。
「なるほど。異なる世界から来た救世主であると」
「救世主というのは、おこがましすぎるのですが、その適性が俺にはあるそうです」
「いやいや、私はよく納得できたよ。確かに君ならあるいは不穏なタナストラスを晴れやかにできるかもしれない」
「イットウサイ先生にそう言って頂けると心強いです」
静かな部屋の外から虫の声がけたたましく聞こえ始めた。師と弟子が向き合い、少しの間、沈思していた中で、それが二人の間を取り持ち、次の話がスムーズにできる。
「異なる世界の日本から俺は来たので、ユリさんの許婚者になるとはこの場で言えないのです」
「うむ。よく理解できる。わかった。では、この話は保留にしておこう」
「すみません」
「謝って欲しくはないなあ。それでは話を流されたようだ」
少し意地悪く師に言われ、しどろもどろに俊也はなってしまった。イットウサイはその青少年の純真さを見て気持ちよく笑い、それ以上の意地悪はやめている。
ただ、部屋の戸を隔て、密かに聞き耳を立てていたユリは、そんな父を詰りたい様子であった。




