第百一話 練成場に咲く花
東の大陸へは以前述べた通り、トラネスの港から船に乗って大海を渡る必要がある。そのためトラネスの町へ向かうわけだが、整備された街道では何事も起こらず、順調な旅の始まりであった。
夏のピークは過ぎたが、まだ残暑が残る昼日中。トラネスを流れる川の水面から照り返しが目に映り込み眩しい。
「じゃあ、今日はイットウサイ先生の家で泊まらせてもらうよ」
「俊也さんが楽しそうに話してたユリさんがいる所ね……」
「あまり気は進みませんが、お世話になりましたし行ってみましょうか」
自分たちが持ち合わせていない剣技で俊也と通じ合った、イットウサイの娘、ユリがいる所で一晩泊まる予定なのだが、なかなか嫉妬深い加羅藤姉妹は二人ともいい顔はしていない。ユリと直接会って話をしたセイラなどは明らかに嫌がっている顔を隠せていなかった。全く馬が合わなかったからだ。
兎にも角にも剣術練成場まで来た俊也たちは、練成場本館まで上がらせてもらっている。イットウサイと凄まじい稽古を行った俊也の顔を知っていない者は、門人の中で誰もいず、彼が本館に入ると歓声とどよめきが稽古中の門人たちから上がりざわついた。
「あっ! 俊也さん! また来てくれたんですね」
(これがユリさんね……綺麗な人ね。要注意だわ)
素早くアンテナを立てて警戒を始めたサキの目線の先には、俊也に再び会えたことで花が咲いたように可憐に笑っているユリの姿がある。セイラは何も言わないが、おおよそサキと同じことを考えていそうだ。
「お久しぶりです、ユリさん。その節は大変お世話になりました」
「いえいえ、私は何もしていませんよ。それより、よくお越しくださいました」
俊也とユリがとても近い距離で話しているのを、飛びかかって引き離したいような目でサキは見ている。しかしながら、今日の宿をここで借りるのだ。それができるはずもない。
「おお! よく来てくれた俊也君!」
「イットウサイ先生! ご無沙汰しております。その節は稽古をありがとうございました」
「うむ。励んでいるようだね。負けた相手にも勝ち直したと見える」
「やはりお見通しですか。首尾よく今度は勝てました」
ゆっくりとうなずきながら、久しぶりに帰ってきた我が息子を見るような顔でイットウサイは話を聞いている。思いがけず俊也が来てくれたことに、彼も相貌を崩し気味だ。
「イットウサイ先生。今日は一晩宿を貸して頂きたいと思い、来ました」
「おおそうか! いいぞ、いくらでも泊まっていきなさい」
「いえ、一晩しか泊まれないのです」
「ふむ?」
小首をかしげる師に、俊也はここまでの経緯を簡単に説明した。