第百話 父と母とのしばしの別れ
少し過ごしやすくなったが、夏虫の鳴きしぐれがまだまだ盛んな朝。
「しつこいようだが俊也君。娘たちを頼んだよ」
「はい、絶対守ります」
俊也とセイラ、サキがセイクリッドランドへ旅立つ朝でもある。三人とも心置きがないと言えば嘘になるが、ここまででしっかりと旅の覚悟は作っていた。「絶対に守る」と言われたセイラとサキはかなり嬉しそうで、顔を赤らめてもいる。送り出しているソウジの表情も満足そうだ。
「頼もしい返事だ。それでな、君に二つ餞別をあげておこう。一つはしばらくの路銀で2000ソルだ」
「またこんな大金を……。ありがとうございますとしか言えません。大事に使います」
「うん。そしてもう一つなんだが、これは餞別というよりは頼みになるかもしれないな」
やや考えながらソウジが奇妙な飾り小箱を取り出しそれを開けると、中にはゆっくり回転しながら青く輝くとても小さな魔法陣の置物が入っていた。
「なんで回っているのか不思議ですが、ソウジさん、これはなんですか?」
「この置物は瞬間転移の魔法が封じられていてね。使用者がよく知っている場所なら、魔法陣を使ってすぐ移動ができるんだ」
「え~! お父さん! そんな凄いものも持ってたの!」
「凄いわ。それがあればいつでも里帰りできるわね」
美人姉妹は父が隠し持っていた秘蔵の品に、大いに驚きも喜びもしているが、話には続きがありそうだ。
「この上なく便利な物なんだがな。今は魔法陣の魔力が失われている。私は魔力を注入して再び使えるようにできる人がいないか探してみたが、どうやら西の大陸には居なさそうだ。ディーネさんに頼んだこともあるが、彼女でも無理だったよ」
「あのディーネさんの魔力でもですか……。ということは、東の大陸で転移の魔法陣を復活させることができる人を探して欲しいと」
「そういうことだ。この品が復活したら、君が自由に使っていい。旅の幅がグンと広がるだろう」
「ありがとうございます。是が非でも復活させたいですね」
二つの餞別を受け取ると、俊也は借馬へ、セイラとサキは馬車へそれぞれ乗り込んだ。この移動手段もしばらく会えない娘や息子とも言える俊也への、ソウジとマリアからの餞別だ。
「私からも渡すものがあるわ」
見送りに出てはいるが心配な顔が隠せないマリアがくれたものは、三つの円形布のお守りで神竜ネフィラスの刺繍がそれぞれにある。
「魔除けのお守りになるわ。必ず無事で戻ってくるのよ」
母の深い優しさに、旅立つ息子と娘たちは皆心打たれていた。