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現実恋愛 短編

4月1日の嘘つき

作者: 倉河みおり

4月1日に投稿しようとして、間に合いませんでした……。


「――――へっ?」



 私はあんぐりと口を開けたまま、目をパチパチと3度、瞬かせた。

 目の前には、真っ直ぐに私を見つめる拓がいる。


「だから……。俺、美晴のことが好きなんだ。俺と付き合って欲しいんだけど」


 これは私の聞き間違い? それとも夢なんだろか……。



 呆然として、彼をまじまじと眺めてしまう。拓の瞳は真剣そのものだ。緊張のためか、口元はきゅっと結ばれていて、頬は真っ赤に染まってる。


 こんな拓は初めて見る……。



 頭がうまく回らなくて、返す言葉が見つからない。焦りに焦っていると、突然、拓がくくっとおかしそうに笑いだした。


「ばっか、嘘に決まってんだろ」

「えっ?」

「今日、エイプリルフールだっての。ほんと美晴ってば、毎年毎年、面白いように騙されてくれるのな」


 そう言って、拓が私の頭をポンと叩いた。さっきまでの張り詰めた空気は、いつの間にか消えてなくなっている。にやにやと笑いながら私をからかう拓は、もうすっかりいつもの拓だった。


「なに? ドキッとした?」

「そっ、そんなわけないじゃん」

「写真とっときゃよかったな。美晴、すごいアホ面してたぞ」

「もー、そんなのさっさと忘れて! ほら、映画行くよ。早くしないと間に合わなくなっちゃうよ」


 今日は4月1日。

 今日から、私と拓は高校生になる。


 受験も無事に済み、お互い同じ高校に合格をした。今日はそのお祝いがてら、一緒に映画を見に行く約束をしていた。







 私と拓は、幼馴染だ。

 

 幼馴染とはいえ、男女の場合は成長に伴い、疎遠になることの方が多いようだ。中学生にもなると、喋る事すらなくなったという話をよく耳にする。

 それに比べると、この年になっても親しい関係を続けている私たちは、とても仲の良い幼馴染になるのだろう。こうして2人だけで出掛けることも珍しくないし、お互いの部屋で一緒に過ごすこともある。


 幼い頃から変わらず一緒にいるせいか、拓との事は、昔から色んな人たちに冷やかされてきた。友達には「付き合ってるの?」と何度も聞かれたし、こうして出掛けようとすると、母には「拓くんとデート?」なんて声をかけられたりもする。


 でも、それだけはありえない。


 私たちは、ただの友達だ。2人きりだからといって、甘い雰囲気になった事なんて一度もないし、そんな素振りも見た事がない。恐らく拓は、私の事を異性として意識していないはず。趣味が一緒で気が合って、なんでも言いたいことを言い合える、あくまでもただのお友達。


 そもそも……


 拓には、好きな子がいるのだ。本人は隠しているようだけど、私の目は誤魔化せない。もちろん相手は私じゃない。



 だから今朝のあれは心底驚いた。

 おおよそ、あり得ないことを言われてしまったのだから……。


 嘘だと笑われて腹が立ったけれど、やっぱりねとしか思えなかった。



「なにボーっとしてんだよ。電車乗るぞ」

「あ、うん。ごめん」


 拓が私の手を取った。ぐいっと腕を引かれて、私の胸が思わずドキリと鳴ってしまう。


 エイプリルフールの嘘、かぁ。


 動揺した自分が馬鹿みたいだ。分かってる。拓は私の事なんて、なんとも思っていやしいない。分かっていたはずなのに、私は、ほんの少しだけ期待をしてしまっていた。


「ほら、ここ掴まっとけよ」


 出入口の側にある手すりに誘導された。天気がいいせいか、車内は想像以上に人が多くて混みあっている。おかげで拓と―――近い。


「今日、人多すぎだよな。美晴、潰れてねえ?」

「大丈夫。大丈夫じゃないけれど、たぶん大丈夫」

「なにワケわかんねーこと言ってんだよ」


 拓がさり気なくガードしてくれているから、物理的な苦しさは特にないけれど。

 拓が側にいすぎるせいで……さっきからずっと、ドキドキと心臓が鳴り続けてしまっている。



 ―――拓が、あんな嘘を言うからだよ。


 至近距離から漂ってくる拓の匂いに、どうしようもなく頬が熱を帯びていく。拓の優しさは、友達としての優しさなのに。今朝の嘘を思い出して、ときめいてしまっている自分がいる。


 あ―苦しい。全然、大丈夫なんかじゃない。



 だって私は―――


 私だけが拓のことを、好きだから。


 


 





「……あれは、ないな」

「ないない。がっかりもいいところ」


 映画が終わり、バーガーショップでお昼を食べる。オレンジジュースで喉を潤しつつ、拓とさっきの映画の感想を語り合っていた。


 わざとらしく溜め息をついた後、拓と視線を合わせて肩をすくめ合う。今日の映画は本当にひどかった。私たちがハマっているゲームの実写版という事で、期待しながら観にきたのだが、キャラのイメージは違うし、ストーリーは改悪されてるしで、散々な内容だった。

 

「あれ、美晴ちゃんと拓君?」


 バーガーにかじりつきながら拓と愚痴り合っていると、ふっと声をかけられた。

 振り返ると、私の親友である茉奈(まな)が立っている。茉奈は、ふっくらと笑みながらバーガーのトレイを持って、こちらに近づいてきた。


「わぁ偶然! なに、デート中?」

「そっ、そんなんじゃねぇよ」

「やだ、照れなくてもいいのに。いつも否定するけどさ、付き合ってるんでしょ?」

「付き合ってね――――しっ」


 茉奈にからかわれて、拓が真っ赤な顔をした。

 力いっぱい否定をする姿に、ちくりと胸が痛む。



 ……拓は、茉奈が好きなんだと思う。


 私たちのクラスにしょっちゅう遊びに来てたし。拓の所属している運動部のマネージャーに、茉奈を連れて一緒に入部したら、すごい喜ばれたし。

 高校だって、拓は私よりもずっと成績がいいから、ほんとはもっと上のところに行けたのに。茉奈を追いかけて、私らと同じ学校を受けちゃうし。美晴と違って可愛い子だよな、なんて、茉奈のことを褒めてたし。


 確かに茉奈は可愛い。

 学年でもトップクラスの美少女で、男子からの人気も高い。艶やかな長い髪といい、ぱっちりとした大きな瞳といい、女友達の私から見てもとても可愛い子だと思う。

 茉奈は可愛い。けれど……可愛いだけあって、茉奈には付き合って半年になる彼氏がいるのだ。


 可哀想だけど、拓の想いは叶わない。



「茉奈ちゃん、席とれたよ!」

「あっ、かな君! ありがとう」


 後方で、茉奈に手を振る男の子がいる。まだあどけない顔をしている彼は、私たちの所属していた運動部の後輩くんだ。茉奈の、最愛のダーリンだ。


「茉奈の方こそデートかよ。いいよなぁ……」


 拓が後輩くんを、羨ましそうな目つきでジッと見つめた。それを横目で見て、私は胸がぎゅっと苦しくなってしまった。


「そんなに羨ましいなら美晴ちゃんと付き合っちゃえばいいのに」


 茉奈のセリフに、拓が切なそうに眉を寄せる。

 堪らず私は声をあげた。


「茉奈っ! ……もう、そういうこと言わないで」


 だって見ていられない。拓が羨ましいのは後輩くんで、茉奈と付き合えているからなのに。


 ……ううん、違う。

 茉奈を想って切なげにしている拓を、私が見ていたくないだけだ。


「拓君も彼女が欲しいんでしょ?」

「……そりゃまあ。欲しいか欲しくないかで言えば、欲しいけどさ」


 拓が不貞腐れたような顔をして、窓の外を向いた。


 拓が欲しいのは、茉奈だよね。

 分かってる。だから、今朝のはとっさに反応出来なかったのだ。


 今思えば反応出来なくて助かった。エイプリルフールの冗談だったのに、本気にして、好きだよとか言い出していたら気まずいとこだった。


 密かに安堵していたら、茉奈がにっと笑って、とんでもないことを口にした。


「じゃあ、拓君に女の子紹介してあげよっか。わたしの小学校からの友達でね、彼氏欲しいって言ってる子がいるの」


 ――――えっ!?



「そんな事言って、本気にした俺を笑い物にしようって魂胆だろ」

「ほんとうだよ? あとでその子に話通しておくから、今度会わせてあげる」

「ふーん。じゃあ期待して待ってるわ」


 ………えっ………



 拓はあっさりと茉奈の提案を受け入れた。さっきまでの切なげな表情はどこへやら、茉奈同様、余裕の笑みを浮かべている。

 

 拓が茉奈の紹介で、女の子と……会うの?

 拓は茉奈が好きなのに、茉奈の紹介で他の女の子と……会っちゃうの?


 それって。それって彼女を作って……茉奈のことをキッパリ忘れようと思ってるってこと……?



 私は呆然として2人のやりとりを眺めていた。茉奈が後輩くんのところに戻り、再び拓と2人きりになったけれど、映画の話をする気にはもう、なれなかった。


「美晴、顔色悪いぞ。もう帰るか?」

「……うん、ごめんね」

「なんだよ、らしくねーな……。まじ大丈夫かよ」


 心配そうにのぞき込む拓の瞳が、私の姿を映してる。これがもうすぐ、私じゃない子を映すようになるのだろうか。






 拓と別れて家に帰った。


 ベッドの上に転がって、くすんだ天井をぼんやりと見つめていると、さっきのやりとりばかりが頭に浮かんでくる。


 夕飯は半分以上残してしまった。私の好きな唐揚げだったのに、胃が全然それを受け付けない。シャワーを浴びてみたけれど、頭はスッキリしなかった。さっさと眠ってしまおうと思い、毛布に包まってみたけれど、まるで寝付けないでいる。


 カチコチと、時計の音が暗い部屋に鳴り響く。



 私は、なんだかんだ言って楽観視していたのだ。


 拓は茉奈が好き。

 でも、茉奈には彼氏がいる。拓は絶対に、茉奈とはくっつかない。


 だから私は、時折胸が切なく痛むものの、拓の側にいるのはいつまでも私なのだと、心のどこかで安心しきっていた。拓が茉奈じゃない誰かを選ぶ、その可能性をちっとも考えてはいなかったのだ。


 私の知らない、拓ですらまだ知らない、女の子と会おうとするなんて……

 

 会ってしまえば、高確率でお付き合いを始めてしまうだろう。だって紹介って、そういう事だよね。恋人を欲しがっている人同士が出会うんだから、たいてい上手くいっちゃうよね。


 もうすぐ、拓が誰かの彼氏になってしまう。

 私はもう、今までのように側にいられなくなる……。 



 これが全部、エイプリルフールの嘘なら良かったのに。




 拓、茉奈のこと諦めるんだね。茉奈と後輩くんはとても仲がいいから、付け入るスキなんてなさそうだしね。

 見た事もない子を彼女にしようとするなんて、相手は誰でもいいのかな。

 ……それって私じゃ、ダメなのかな……。


 どくん、どくん、と心臓が音を立てだした。


 私が付き合って、とお願いしたら。

 拓は、なんて言うだろうか。


 そんな風に見れない、って、断られちゃうかな。

 それとも……茉奈を忘れる為に、私で妥協してくれる……?



 どきどきと、静かな部屋で私の胸の音がうるさく鳴り響く。



 思い切って、告白してみようか。

 今なら失敗しても、エイプリルフールで誤魔化せる。

 そう、今朝の拓のように、嘘でしたって言ってしまえばいい。騙されたお返しだよって、笑ってやればいい。今日なら失敗しても、ダメージは薄くて済みそうだ。



 テーブルの上にある置時計は、23時45分を指している。今ならまだ、間に合う。



 キュッと口を結んで、毛布から外に飛び出した。



 心臓がバクバクと暴れている。部屋の窓を開けると、冷ややかな空気が頬に触れた。正面の部屋に目を遣ると、カーテン越しに薄っすらと明かりが漏れている。

 

 まだ、拓は起きている。


 暴れる心臓をなだめながら、私は屋根伝いに拓の部屋に真っ直ぐ近づいた。コンコンと控えめに窓を叩くと、少しの間の後、カーテンの開く音がした。

 拓がガラス越しに私の姿を捉え、不審そうな顔をしながら窓を開ける。


「なんだよ美晴、こんな時間に……」

「もう寝るとこだった?」

「いや、春休み中だしな。そりゃ夜更かししてっけどさ」

「だよねえ。ちょっと中はいっていい?」

「俺は起きてていいけどさ、美晴は寝てなくていいのかよ。昼間、具合悪かったんだろ?」

「もう大丈夫だってば」


 開いた窓から、私は拓の部屋へするりと侵入した。ぶちぶちと何やら言ってはいるものの、拓も本気で私を追い返す気はないようだ。


 いつものように、私に構わずベッドの上にごろりと転がり出す。枕の側に伏せていた漫画を手に取り、読み始めた。

 私も、いつものようにベッドのふちに腰掛ける。大きく深呼吸をして息を整えてから、声を掛けてみた。


「ねえ、拓」

「んー。なに?」

「拓って彼女が欲しいの?」

「はあっ!? なっ、なに言って……」


 拓が読みかけの漫画から顔をあげて、私の方を向いた。


「茉奈に女の子紹介して貰うんでしょ? それって誰でもいいってこと?」

「……っ、美晴がっ、それ言うのかよ……っ」


 拓が勢いよく体を起こした。鋭い視線が突き刺さる。拓の言葉には怒気が混ざっている。なぜだろう、拓は……ものすごく、怒っている。


 てっきり、軽口が返ってくると思っていたのに。

 それに乗じて、じゃあ私と付き合ってよ、と軽いノリで告げるつもりだったのに。


 拓の反応はまるで……

 ズルい告白を企んだ私を責めているかのようで、私はぎゅっと身をすくませた。



「誰でもいいわけないだろ。俺は、……美晴がいい……」


 ――――えっ。


 とっさに、壁にかけてある時計に目を遣った。時刻は23時50分。今はまだ、エイプリルフールと呼ばれる日。


「でも美晴は……俺じゃ、嫌なんだろ?」

「拓……?」


 これも、エイプリルフールの嘘なんだよ、ね?

 だってまだ4月1日だ。まだ今日は終わっていない。いない、けど。


 拓の瞳が切なげに揺れるから。

 まるで、真実みたいに聞こえてしまうじゃない。


 拓が心底悔しそうに眉を寄せ、口元を結んでいる。その表情が真に迫っていて、私の心がグラグラと揺れてしまう。


「ほんと腹立つ。俺はずっと美晴が好きだったのに、美晴は俺のことなんとも思ってないんだもんな」


 だめ、騙されちゃダメ。

 どうせまたあとで、嘘って言われちゃうんだから。


 だって拓は……


「拓は、茉奈が好きなんでしょ?」

「はあっ? 茉奈? なんでそうなるんだ?」

「だって、私たちの教室に用もないのにしょっちゅう来てたし……。あれって茉奈に会いたいからじゃ、ないの?」

「んなもん、美晴がいるからに決まってんだろ」


 冷ややかに切り返されて、ぐっと言葉に詰まる。

 そんな……そんなこと言われたら、頬が熱持ってしまうじゃないか。


「で、でも。部活、茉奈と一緒に入部したら、すっごい喜んでたし……」

「それ茉奈じゃなくてさ。美晴が入ってくれたから、なんだけど」

「こっ、高校だって、茉奈を追いかけて同じとこ受けたじゃん……」

「美晴と同じ高校に行きたくて、美晴と同じとこ受けたんだけど?」


 集まる熱を逃がしたくて、言い訳のように言葉を連ねてみる。そんな私に、拓は畳みかけるように言葉を被せていく。熱は逃げるどころか、どんどん温度を上げていく。

 

 ねえ、拓。それってほんとなの?

 ほんとに拓は、茉奈の事何とも思ってなくて。

 ほんとに拓は、私の事を……


 私はまた、壁時計に目を遣った。明日になるまであと5分。


「だって、茉奈のこと可愛いって言ってたじゃん。私の事なんて、これっぽっちも褒めてくれなかったのに……」

「美晴のこと、可愛いとか……思ってたけどさ。そんなの、簡単に、言えるかよ……」


 たまらなくなって、私は拓から顔を背けた。

 私の頬は、もうどうしようもなく真っ赤になってしまっている。



「美晴は俺と付き合う気……ねーんだろ?」


 少しの沈黙の後、ポツリと呟く声がした。


 あるよ。


 ―――でも、怖くって。

 拓の言葉を信じたい。全部を本気にして、私も好きだと言ってしまいたいけれど、今朝のように嘘だと笑われてしまうのが怖くって。


 再び時計に目を向ける。23時56分。たったの1分しか時は過ぎてない。



 エイプリルフールの噓だと言われたら。

 私も嘘でした!って、言ってしまえばいいだけ、なんだけど……。


 拳をぎゅっと握り締める。


 こんなにも真剣な拓を前にして、当初の予定通り軽いノリで告白することも、嘘だよって誤魔化すことも、私にはどちらも出来る気がしてこなかった。


 だって……

 嘘だと言われた瞬間、私は、たぶん、泣いてしまうと思うから。


 そしたらもう……仲の良い幼馴染のままじゃいられなくなっちゃう……。




「なに黙ってんだよ。遠慮しなくても、はっきりフッてくれたらいいんだぜ」

「えっと……」


 時計を見た。23時の、57分。


 私は、なんて返事をすればいいのか分からないでいる。拓はまだ、今朝のように笑っておしまいにはしようとしない。

 彼の告げる言葉は、果たしてほんとうなのか……嘘なのか。


 これが明日の出来事ならば、私はにっこり笑って返事が出来るのに。



 黙りこくった私に、拓が大きなため息を吐いた。ベッドから降りて窓際に移動すると、私の部屋へと続く窓をカラカラと開けはじめた。


「もういいよ。もう帰れ、美晴」

「ま、待って―――」

「もういいって言ってんだろ!」


 腕をぐいと引かれて、窓の側に連れられた。乱暴に掴まれた腕が少し、痛い。

 どうしよう。このままじゃ無理矢理、部屋を追い出されてしまう―――!


 あとわずか2分で、明日がくるのに。



「拓っ!」


 焦った私は、拓の胸に飛び込んだ。拓の胴体に両腕を回して、しがみつくようにギュッと深く抱きしめる。私の行動に驚いたのか、拓が身体も言葉も動きを止めた。


 拓も、私も。お互い言葉が見つけられないまま、無言の時が流れていく。静寂の中、ただ、心臓の音だけがドクドクと騒がしい。



 私と――――拓の、胸の音だ。



 拓の胸元に顔を埋めていると、はっきりとした彼の心音が耳に伝わってきた。ああ、拓の側にいて、ドキドキするのは私だけだと思っていた、のに。


 拓の心臓の音も、私に負けないくらいドクドクと高鳴っている。



 ―――傷つくのを、私が怖がっていただけで。



 恐らくはじめっから、彼の言葉に嘘はなかったのだ。

 今朝の言葉も、全部ほんとの言葉だったのだ。こうして拓とくっついて、私はようやくそれに気が付いた。


 あと、たぶん30秒。



「なんの真似だよ……」


 耳元で、拓の声が甘く響く。


「こんなことされたら、期待してしまうだろ。美晴も俺のこと好きなんだって……都合いいこと思っちまうぞ……」

 

 拓の手が、ためらいがちに私の肩へと降りてくる。腕の中にいる拓の身体は温かいのに、触れられた箇所はやけに熱く感じてしまう。


 拓の心臓の音は、相変わらずドクドクと派手に鳴っている。一生懸命に鼓動を揺らして、私に好きだよと告げてくれている。この音色がもっとたくさん聴きたくて、抱きしめる腕の力を強めると、切ない吐息が耳を掠めた。


 視線をゆっくりと上にあげる。拓と視線がぶつかった。


 ―――私はもう、騙されない。



「拓は、私の事が好き?」

「好きだよ。今朝は嘘なんて言って誤魔化したけど……ほんとは好きだよ」

「私も……私も拓が、好きなんだ」


 拓の熱い手のひらが、肩から離れて私の頬を掬い上げる。


 


 時計の針は、0時2分を指していた。

 


女の子紹介云々は、エイプリルフールの嘘です。

拓も分かって返事しています。美晴だけ騙されている(笑)

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― 新着の感想 ―
[良い点] はうう、切ない。 よかったですー( ;∀;) みおりさまこういうの本当にお上手ですー。 紹介云々とそのお返事がエイプリルフールの嘘とか………………そんなんわかるかあああああい?!w 思…
[良い点] あまあ! もうもう、最初のシーンの拓君の最初の間から、「嘘なのは、告白じゃなくて「嘘だよ」っていう言葉の方でしょ?」なんてにやにやしながら読ませていただいてしまいました。 茉奈ちゃんの策…
[一言] ハッピィィィィィィエンドォォォォォォォォッッッッ!!!!( ´∀` ) 最高のエイプリルフールでしたね!! もう次の日だけど!!
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