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贖罪のブラックゴッド外伝 〜神楽夕姫の学園生活〜  作者: 柊 春華
第二章 隣の芝生は青く見える
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第二章 隣の芝生は青く見える⑤


「おはよう――って輝くん、なにその包帯!?」



 登校して教室に入った夕姫()は輝くんの姿を見て大きな声を上げた。朝の眠気も吹き飛んでしまう。


 身体のあちこちに巻かれた包帯は怪我した証拠。また輝くんに危害を加えるような人が現れたのかと心配になった。



「おはよう夕姫。大したことじゃない。昨日の仕事で少しな」


「仕事って、狩人の?」


「そうだ」


「危ないの?」


「魔獣を相手にするんだからそれなりの危険はある」


「そんな危ないことを続けるの?」


「生計を立てるのに必要なことだ。学費も必要だし、その辺のアルバイトじゃ足りない」



 ということは輝くんは一人暮らしをしているのか。



「仕送りとか、そーゆーのは?」


「そんなことをしてくれる奴はいないよ」



 それって両親どころか頼れる人もいないということじゃないのか。



「……ごめん」


「急にどうした? 何も謝られるようなことはされてないぞ」


「なんでもないっ。急にごめんね」



 輝くん自身は気にしていないらしい。なら私もこれ以上この話題に触れない方がいい。



「おーすっ、ユーキ」


「ユーキおはよぉ」



 リナちゃんとソフィアちゃんも登校してきた。ソフィアちゃんは輝くんを見ると小走りに寄って私と同じ反応を示した。



「クロガミくん、その怪我どぉしたのっ!?」


「昨日あの後でちょっとな」


「大丈夫? 痛くない?」


「大丈夫だ」


「本当に? 無理しないでね? 私にできることがあったらなんでも言ってね」


「ああ、ありがとう」


「絶対だよ?」



 ソフィアちゃんは輝くんの手を握って心配そうに蒼眼を覗き込む。


 なんか距離近くないかな? 物理的というより心理的に。


 ん? あの後?



「昨日クロガミはソフィアと一緒だったのか?」



 リナちゃんも同じ疑問を持ったらしい。



「そぉだよぉ。昨日クロガミくんとデートしたのぉ」



 その一言に教室内がざわめいた。



「ソフィアちゃんとデートだと!?」「きゃーいつの間に!?」「そんな、うそだろ!?」「確かにクロガミくんって顔だけはいいよね」「よりにもよってクロガミ!?」「抜け駆けしやがってあの野郎!」



 話を聞いていた男子女子が色めき立った。輝くんに嫉妬する男子。恋話に興味津々な女子。思いおもいの勝手な好奇心が二人に注がれている。


 輝くんは相変わらず顔色一つ変えない。ソフィアちゃんはその反応に満面の笑みを浮かべて輝くんの腕に絡みついた。



「クロガミくんにプレゼントだってもらったんだからぁ。ねぇ、クロガミくん?」


「そうだな」



 教室内に衝撃が走った。私も思ったよりも動揺してしまっている。


 昨日、私が日用品の買い出しに勤しんでいる間に二人はそこまで関係を深めていたのか。



「おいクロガミ! 正気か、考え直せ!」



 鬼気迫る顔で輝くんに詰め寄ったのは意外にもリナちゃんだった。



「親友の私が言うのも難だが、こいつはやめておけ。こいつに落とされた男は大抵三日後には捨てられるんだ。悪いことは言わない。選ぶなら他の女を選べ」


「ちょっとリナちゃん!? なんでそういうこと言うのぉっ。親友だったら私のこと応援してよぉ」


「これまで何人の男がお前に泣かされてきたと思ってるんだ。親友だからこそ、親友がこれ以上間違った道に進むのを止めるんだろ」


「私が男の子と付き合うのは間違った道なの!?」


「お前に限って言うと否定はできん」


「そんなぁ……」



 この二人のやりとり面白いなぁ。リナちゃんはどっちのことを心配して輝くんに詰め寄ったんだろ。



「俺はソフィアに落とされたのか?」



 輝くんが投げかけた疑問にソフィアちゃんとリナちゃんはきょとんとした。


 あ、これいつもの輝くんだ。陥落した人の言葉じゃないし、なんというか配慮が足りない。


 教室中に笑いが巻き起こった。



「クロガミくん! そういう言い方されると私が恥ずかしいんだけどぉっ!?」



 顔を真っ赤にしてソフィアちゃんは輝くんに猛抗議。輝くんは苦笑しながら「悪かった」とソフィアちゃんを宥めていた。



「落ちたのは……まさか逆か?」



 二人の様子を見ていたリナちゃんがそんなことを呟いた。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 今朝の一件で、今日は輝くんとソフィアちゃんの話題で持ち切りだった。


 もともと男子に人気のソフィアちゃん。先日の事件で名が知れ渡った輝くん。


 良くも悪くも有名な二人の恋路となれば、みんな気になるものらしい。


 二人と仲が良いという理由で、みんな私のところに好奇心を満たしに来るわ来るわ。


 私だって今朝知ったんだから、何を尋ねられても答えられません。てゆーか二人に直接聞いてよねっ。


 放課後になりました。今日も一日お疲れさま。


 本当に疲れた。



「疲れたよぉ……」



 私よりも疲れた顔で、ソフィアちゃんはぐったりと机に突っ伏した。


 休み時間になる度に男子生徒に声をかけられてどこかに行っていた。気になってリサちゃんと一緒に昼休みに追いかけてみれば、なんと告白の真っ最中。


 男子は撃沈していたけど、驚くべきはその後ろに行列ができていたことだ。彼らはソフィアちゃんに告白するために緊張の面持ちで自分の順番を待っているのだ。


 あんなの見たことないんだけど……。


 終わりの見えない波状攻撃(こくはく)にウンザリしたソフィアちゃんは最終的に「みんなごめんなさいっ!」とまとめてフっていた。


 告白のために列を作る光景もそうだけど、それを全員まとめて撃沈させるソフィアちゃんの断り方も凄い。


 モテモテで羨ましいとかじゃなく、ただただ呆気にとられるしかなかった。



「今日一日あれじゃあ疲れるのも仕方ないよね」


「モテすぎてつらいよぉ」



 気持ちがこもり過ぎていて全く嫌味に聞こえない。贅沢な悩みと言えなくもない気がするけど、自分がそうなったらと思うとそれだけでため息が出そうになった。



「まあソフィアは見てくれだけは良いからな。ソフィア狙いの男子も焦ったんだろ。なんでクロガミが! って言ってるやつ多いし」



 リナちゃんの口にした言葉に私はちょっと嫌な気分になった。


 そんなこと言う男子はたぶん輝くんより自分の方が相応しいとか思っているんだろうな。



「そんなこと言う男子とぉ、付き合う気なんてないもん」


「男なら誰でもいいソフィアがそんなこと言うなんて……おいユーキ、今日は頭の上に【対物障壁】アンチ・マテリアル・シールドを展開して帰った方がいいぞ。きっと今日は槍が降る」


「降らないよぉ! あと誰でもよくないよぉ! リナちゃんのばかぁっ」


「ごめんごめん、冗談だって。半分は」



 半分は本音なんだ……。



「あの、リンドグレンさん……話したいことがあるんだけど、少しだけ時間いいかな」



 私たちが話していると一人の男子がおずおずとソフィアちゃんに話しかけてきた。


 他のクラスの男子だ。そわそわしているところを見ればどんな用件か想像に難くない。



「お付き合いできませんごめんなさい」



 机に突っ伏したまま投げやりにフった。用件も確かめもせず。


 告白する前にフラれた男子はガックリと肩を落としてとぼとぼ立ち去った。


 か、かわいそ過ぎる……。


 さすがに同情を禁じ得なかった。



「じゃあな。夕姫、ソフィア、リナ」


「あ、うん、また明日ね。輝くん」



 輝くんに挨拶されて私もとっさに返した。輝くんはいまの状況をどう思っているんだろうか。


 顔を見てもなにを考えているのか全然わからない。



「あ、クロガミくん、今日って何か予定あるぅ?」



 輝くんの声を聞いて、ソフィアちゃんは突っ伏していた頭を勢いよく上げた。あの疲れ切った顔はどこに行ったのだろう。



「今日も仕事だ。都市周辺の魔獣が活発化してるらしいから、しばらくは続くと思う」


「えぇ、そんな怪我してるのにぃ? 怪我が治るまで休んじゃダメなのぉ? ていうか休まないとダメだよぉ」


「他の狩人もいるから別に休めないこともないけど稼ぎ時でもあるしな。学業に専念する時間を確保するためにもいまのうちに稼げるだけ稼いでおきたいんだ」


「そっかぁ……」



 その答えにしょんぼりしつつもすんなりと引き下がった。お金の問題を持ち出されると安易なことは言いにくい。



「けど全く余裕がわけじゃないから、言ってくれれば時間は作るぞ」


「ほんとぉ!? じゃあ週末! 週末はどぉ!?」


「日中ならいいぞ」


「じゃあ十時に待ち合わせ! 一緒にランチしよぉ」


「わかった。細かいことは明日話そう。もう行かないといけない」


「うんっ、じゃあまた明日ねぇ」



 立ち去る輝くんをソフィアちゃんは本当に嬉しそうな表情で見送った。輝くんの姿が見えなくなると、机の下で小さくガッツポーズ。


 友達同士が仲良くなるのは良いことだとわかっているのに素直に喜べない自分がいる。それどころかなんだろう、胸の辺りがもやもやする。


 羨望? 嫉妬? あるいはその両方?


 ソフィアちゃんに対して? 輝くんに対して? それとも二人共に対して?


 そして気づいてしまった。


 いつこの思いの種を植えたのか覚えていない。いつの間に水を与えていたのかわからない。


 発芽したから自覚したのか。あるいは自覚したから発芽したのか。


 まだ輪郭が曖昧なこの感情は、あえて言語化するならこの一言。


 取られたくない。


 こんななりでも私は子供じゃない。


 これから育まれ咲き誇るであろう、胸に宿る花の名前を私は知っている。


 知らない女の子なんているはずがない。



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