第二章 隣の芝生は青く見える④
センター街は学校の最寄り駅から二駅も電車に揺られればすぐの場所。
『アルカディア』随一の繁華街で、物はもちろん娯楽、情報、技術、人材なんでも揃う。センター街外れにある『暗黒街』という場所では非合法な物だって入手できると噂されているくらいだ。
さすがに現代のスラムと呼ばれるような危ない場所に行く用事はないし行こうとも思わないけど。
この都市の偉い人たちはなんであんな無法地帯を放置しているんだろう。
とにかく、買い物や遊びと言ったらまずはセンター街。これこの都市の常識。
みんな同じことを考えるので、休日はもちろん、今のような夕方は人でごった返す。よそ見していたらすぐに誰かとぶつかってしまうほどに。
そしてこういう場所で使える手がある。
「はぐれちゃうかもしれないから、手を繋いでもいいかなぁ?」
「ああ、それが良いだろう」
「やったぁ」
人混みを理由すれば自然に手を繋ぐことができちゃう。
クロガミくんの許可を得たので遠慮なく手を繋いた。ついでに指を絡ませてギュッとする。
いわゆる恋人繋ぎ。貴方に好意がありますよアピール。
ここまで露骨にすれば顔色を変えない男の子なんていない。
クロガミくんの眉が一瞬ピクッと動いた。ほんの僅かだったけど私はそれを見逃さない。
効果アリ!
やっぱりクロガミくんも男の子だ。難攻だけど不落ではない。
「それで買いたいものっていうのは?」
「うーん、もうすぐ夏だから夏服かなぁ。新作も出てるだろうから見ておきたいんだぁ」
自分が欲しいと思っているのもあるけど、クロガミくんがどんな服が好きなのかリサーチもできるから一石二鳥だ。
誘った時点では買いたいものなんて別になく、ただの口実だったとは言うまい。
「行くか」
「そぉだねぇ、じゃあついて来てぇ」
クロガミくんの手を引いて行きつけの服飾店まで案内する。途中、人にぶつかりそうになる度に庇ってくれたりしたので好感度アップ。
言葉選びのデリカシーは赤点だけど、こういうちょっとした気遣いはできるんだねぇ。
「とーちゃぁくっ」
ディスプレイには予想通り夏の新作が並んでいた。ここは品揃えも良くて可愛い服がたくさん、しかもリーズナブルだからお気に入りのお店だ。
ここの服を着ている自分を想像するだけでテンションが上がる。
しかも今はセール中らしい。ラッキー。
「女性服専門店みたいだが俺が入っても大丈夫なのか?」
「一緒に入れば大丈夫だよぉ。ほら、店内にも男の人いるでしょぉ?」
指差した先にはカップルがいちゃつきながら服を見ている。男一人で店に入れば不審者だけど、女性同伴なら大丈夫。
「ほらほら早く入ろうよぉ。いっぱい試着するから感想聞かせてねぇ?」
クロガミくんを引き連れて店に入った私は早速いくつかの商品を手に取って試着室に向かった。
「覗いちゃダメだよぉ?」
「それはわかってるよ」
カーテンを閉めて私は持ってきた服に着替える。クロガミくんはどんな反応をするだろう。
顔色は変わらなさそうだなぁ。
「じゃぁんっ」
まずは無難に楚々とした白いワンピース。涼しげだけど過度な露出はない。腰紐を締めてウエストを細く見せることができて、胸元とスカートのフリルの効果でスタイルも良く見える。
店に入って一番に目についた服だし、男子ウケが良い服の定番でもある。
「似合ってると思う。ソフィアの雰囲気にも合っているしな」
クロガミくんは微笑みながら褒めてくれた。嬉しいのだけど求めていた反応じゃない。
もっと慌てたような照れたような反応が見たいのだ。
「じゃあこれはどぉ?」
今度は露出多め。オフショルダーのシャツにミニスカート。あざとく暗めのニーハイソックスで白い太腿を強調。
「活発そうで良いな。いつも大人しそうなソフィアが着てるのは新鮮な気分になる」
ありきたりな言葉じゃなくてちゃんと私を見てくれてのコメント。嬉しいけどやっぱり全然動じてくれない。
「じゃあこれは!?」
ドレス風のワンピース。露出はぐっと抑えられている代わりにフェミニンな雰囲気が前面に押し出されている。
「可愛いぞ。いつものソフィアって感じがする」
「これは!?」
タイトパンツとティーシャツのボーイッシュ。自分の好みじゃないけど、着飾らないシンプルさはどうか。
「あまり似合ってない」
「しょーじきものぉ!」
自分でもわかってたけど、いざ言われると傷つく。
その後もいろんな服に着替えたけど思った反応を引き出すことはできず、意地になった挙句に迷走。下着みたいな服に手を出した私を見て「それは服なのか?」と止めを刺された。
「なぁにやってんだろ、私」
ため息をつきながら、いそいそと自分の服に袖を通す。離れたところで私たちの様子を見ていた店員さんも完全に微笑ましいものを見る目をしていた。
冷静になると急に恥ずかしくなってくる。クロガミくんを翻弄するどころか私が翻弄される始末。熱くなって我を忘れていた。
カーテンの向こう側で、クロガミくんと店員さんが話してる声が聞こえた。小声だったから会話の内容まではわからない。
でもきっと変な女の子とだと思われただろうなぁ。
着替え終わってもカーテンを開けられなかった。自分の醜態を思い返すといつも通りの顔ができない。
「ソフィア、まだ着替え中か?」
「う、ううんっ、終わったよっ」
クロガミくんに声をかけられていつまでも引きこもっているわけにはいかなくなった。
なるようになれ、とカーテンを開ける。
店員さんと並ぶクロガミくんの姿。だけど恥ずかしくて顔が合わせられない。
視線を少し落とすと、彼の手に紙袋があった。ロゴはこのお店のもの。
「はいこれ」
差し出されたので咄嗟に受け取ってしまう。中を覗くと最初に着た白のワンピースが入っていた。試着した中で個人的にも一番気に入っていた服だ。
「え? え? これって……」
「プレゼントだ。これが一番似合ってると思ったからな」
「ど、どぉして?」
別におねだりしたわけでもないし、クロガミくんが自発的にこういうことをするタイプの人だと思わなかった。
完全に予想外の出来事に私は目を白黒させた。
「この店員さんにそうした方がいいって言われ――ごふっ」
口を滑らせたクロガミくんは横にいた店員さんに脇腹をどつかれた。
なるほど、これは店員さんの入れ知恵だ。
黙っていれば高ポイントなのに、わざわざ口にしてしまう辺り、クロガミくんは女心をわかっていないなぁ。
それでも嬉しかった。プレゼントはもちろん、私のために実際に行動を起こしてくれた気持ちが一番嬉しい。
彼は下心なしに私を女の子扱いしてくれたのだ。
「ありがとぉ。大事にするねぇ」
渡された紙袋を私は大事に抱きかかえた。