第二章 隣の芝生は青く見える①
ポカポカの陽気に照らされた屋上。私はリナちゃんとソフィアちゃんとお弁当箱を囲んでお昼を食べていた。
いつもの三人組み。だけど今日は一人だけいつもと違う人も一緒にいる。
「いまさらだが、俺がまざってよかったのか?」
サンドイッチをかじりながら、輝くんがそんなことを言った。
「あ、あたしらが誘ったんだからダメなわけないだろ」
「そぉだよぉ? それに私ぃ、クロガミくんと仲良しになりたいと思ってたんだぁ。だから来てくれて嬉しいよぉ。ね、ユーキ?」
「えっ、あ、うんそうだよ」
「そうか。ありがとう」
沈黙。みんな黙々と自分のお弁当箱を突っつく。会話が弾まない。
正直、気まずい。
訓練場での出来事からもう四日が経った。
事の顛末は輝くんが学校に伝えてくれた。被害者である私も同席することになって根掘り葉掘り尋ねられることになってしまった。
内々で処理できる範疇を超えた内容であったため、今回の件は事件として公表されることになった。治安維持局による事情聴取はもちろん、マスコミが押しかけてきたりもした。記者会見も行ったりと、てんやわんやだ。
無関係な生徒たちにまで迷惑がかかることになってしまったのは、当事者としてはなんだか申し訳ない気持ちになる。
主犯のゲイルは退学処分。凶器を持ち出して脅迫や暴行を働いたのだから学校としても止むを得ない処置だったと思う。彼の取り巻きも無期限の停学処分が下された。
全校生徒には被害者側である私と輝くんのことは伏せられている。しかし人の口に戸は立てられないとはよく言ったもので、私たちが関わっていたことは実しやかに囁かれていた。
私としてはみんなが早くこの話題に飽きてくれることを祈るばかりである。
隣に座る輝くんは全く気にしていないみたいだけど。
なんでこんなにも平然としていられるのかわからない。この人の心臓は毛が生えているどころではなく、毛むくじゃらなのではないだろうか。
そんなことを考えながら輝くんを見ていると目が合った。
それだけでドキッとしてしまう。
「俺の顔に何かついてるか?」
「く、口にマヨネーズついてるよ」
「おっと」
指摘すると輝くんは舌先でペロリと舐めとる。
再びの沈黙。会話が続かない。
き、気まずい。
この状況をなんとかしろと、リナちゃんとソフィアちゃんが目で訴えてくる。
ゆっとくけど、輝くんをお昼に誘おうってゆったの二人だからね!?
そ、そうだけどよ……。
輝くんに話したいことがあるってゆったのも二人だからね!?
そ、それもそうだけどぉ……。
だったら自分から切り出そうよ!
「で、何か話があるんじゃないのか?」
目で会話する私たちを余所に、食べ終わった輝くんが沈黙を破った。
予想外の言葉に私たちは揃って目を丸くする。
「な、なんでわかったんだ?」
「先日のことがあってからのお誘いだ。何かあるだろうとは思うさ。いくら俺でもそれくらいはわかる。いつも楽しそうに話している三人が黙っていればなおさらだ」
二人が輝くんに何を話したいのかは私も気になっている。妙に緊張しているからなにか大事な話なのかもしれない。
輝くんがきっかけを作ったことで、リナちゃんとソフィアちゃんはお互いに顔を見合わせた。
「「ごめんなさいっ」」
二人とも勢いよく輝くんに頭を下げた。
突然の謝罪に今度は輝くんが目を丸くした。心当たりがないという顔だ。
「クロガミが嫌がらせをされてたとき、心のどこかであたしもクロガミのことを蔑んでた」
「私も、見た目だけのいくじなしって思ってぇ、幻滅してたのぉ。だから、ごめんなさい」
そうだったのかと思う反面、言わなくていいようなことのように思えた。それをわざわざ本人に告げて謝罪するのは二人が正直者だからなのかもしれない。
私だったらきっと黙ったまま有耶無耶にしてしまう。
「いいよ。気にしてない」
二人を気遣ったわけではなく、輝くんは本当に気にしてないのだろう。
だって、よくわからないけど謝ってるしとりあえず許しておけばいいか、みたいな顔をしてるから。
二人は気づいていないのか、許しを得られたことでほっと脱力していた。
なんだかなぁ。
ともあれ本題が終わって、固かった二人の表情がいつものものに戻った。
ソフィアちゃんがすすすっと輝くんに擦り寄って耳元に顔を近づける。
「ユーキを助けたときのクロガミくん、すっごくかっこよかったよぉ? いま改めて見てもぉ、クロガミくんってイケメンだよねぇ。その蒼い眼も変わってるけど、私けっこぉ好きかもぉ」
吐息がかかるほど顔を近づけてソフィアちゃんは甘く囁きながら輝くんの目を覗き込む。肩を寄せてさりげなくスキンシップまでしてる。
「クロガミくんのこともっと知りたいなぁ。もっと仲良くなれたらぁ、私のこともいろいろ教えちゃうかもぉ」
ソフィアちゃんはさらに輝くんとの距離を縮めた。あの体勢、輝くんの視点からだと胸元見えちゃってるんじゃ……っていうかアレ当たってない!?
「近いよっ!」
なんだかとても良くない気がして、ソフィアちゃんから輝くんを引き剥がした。
「やんっ、もぉユーキ乱暴ぉ」
「ちょっと急すぎないかなっ!? そ、そーゆーのは、もっとほらっ、段階を踏んでからってゆーか」
「友達になるのに段階なんていらないと思うなぁ」
「そーだけど! ソフィアちゃんのはなんか違うと思うの!」
「えー、そーかなぁ? ねぇねぇクロガミくんはどう思うー?」
輝くんはソフィアちゃんをジッと見詰めた。
可愛くてスタイルも良くて胸も大きく、しかも経験豊富。そんな女の子に言い寄られて、グラッと来ない男の子はいないはず。
「ソフィアは性的魅力が高い女性だと思うけど、それがなくても友達になれるぞ?」
「へ?」
ソフィアちゃんの顔が今まで見たこともないくらいに赤くなった。
「だからソフィアは性的みりょ――」
「いいっ! 聞こえてた! 聞こえてたから! 二回言わなくても大丈夫!」
聞き取れなかったのだと勘違いして言い直そうとした輝くんの口をソフィアちゃんは大慌てで塞いだ。耳まで真っ赤にして、ぷしゅうぅ、という音が聞こえてきそうだった。
輝くんはまだ言いたいことがあるらしく、口を塞ぐソフィアちゃんの手を掴んだ。
「褒められたからってそこまで照れなくてもいいんじゃないか?」
「いまの褒めてないよぉ!? ほとんどセクハラだったよぉ!?」
「そ、そうか悪い。この辺りの言葉選びがどうも不得手でな」
「そういうときはぁ、魅力的だねとかぁ、綺麗だね、可愛いよって言えばいいのぉ」
「ソフィアは魅力的だね、綺麗だね、可愛いよ」
ぼんっと音を立ててソフィアちゃんがオーバーヒートした。
言われた通りにしたのに想定と異なる反応を示すソフィアに輝くんは困惑してしまっている。
それよりも輝くんはどうしてそんなに平然としていられるのだろう。
女の子の両手を掴みながら、それも至近距離で、歯の浮くような言葉を口にして顔色ひとつ変えない。
むしろ今まで男の子を翻弄していたであろうソフィアちゃんが翻弄されてしまうほどの落ち着きっぷり。
もしかしてソフィアちゃん以上に経験豊富なのか輝くんは。
変な妄想をしてしまったので慌てて振り払う。いやいや違う違う。恋愛経験のことです。
ゆでダコみたいになっているソフィアちゃんが珍しかったらしく、リナちゃんはお腹を抱えて転げ回っていた。
「あはははっ! ソフィアの色仕掛けに反撃できるやつがいるなんてな! ソフィアも、正直な感想が貰えて良かったじゃないか」
「正直すぎるよぉ〜。こんな返しをしてきた男の人はクロガミくんが初めてだよぉ〜。ほとんどの人は私のおっぱい見て鼻の下伸ばすとか同じような反応しかしないのにぃ……」
色仕掛けは否定しないんだね。
そして男の人ってやっぱり胸が大きい女の子が好きなのかな。
自分の胸に手を当てる。せめてもう一回り大きかったらな。
「夕姫、気にする必要なんてない。胸が小さくても夕姫は魅力的で可愛いぞ」
私が自分の胸に手を当てているところを見て、輝くんはそんなことを言った。
後にして思えばたぶん輝くんなりに慰めてくれようとしたんだと思う。ソフィアちゃんに注意されたこともちゃんと反省して直そうとしたんだろう。
だけどこのときの私はそんな風には捉えなかった。
「ちっさいゆーなっ!」
ほぼ反射的に輝くんの鳩尾に拳を叩き込んでしまった。
「あっ、ごめ……ふんっ」
とっさに謝ろうとしたけど、どう考えても今のは輝くんが悪い。
悶絶して蹲る輝くんに、ソフィアちゃんがそっと語りかける。
「いまのはぁ、気付かないふりしてあげるとこだよぉ?」
「そ、そうか……」
とりあえず、今日は輝くんについて一つわかったことがある。
デリカシーがない。