第一章 知らなかったこと、知ったこと⑨
魔術訓練場に連れて行かれると、そこにはゲイルを含めて五人の男子が待っていた。私を連れてきた女子四人を含めると全部で九人だ。
そんな大人数の中にたった一人で囲まれ、足が竦みそうになる。膝が震えるのを抑えるので精いっぱいだった。
「わりぃなカグラ。こんなトコに呼び出してよ」
そうは言うが悪びれている様子は全くない。自分が呼び出したのだから従って当然。そんな傲慢さが態度に滲み出ている。
「私に、何か用があるの?」
「ちょっと確かめてみたいことがあってよ。単刀直入に聞くけど、お前って転生体?」
心臓と呼吸が一瞬止まった。再び動き出したとき、全身から冷たい汗が噴き出した。
「な、なんで……?」
何とか絞り出した声は情けないくらいに震えていた。
それを感じ取ったゲイルは何か確信を得たように唇を釣り上げた。
「ちょっとした好奇心ってやつだよ? クロガミが転生体だって噂になってんのは知ってんだろ? そんな奴にわざわざ近づく奴なんて、そいつも同類なんじゃねぇかなって思ってさ。こないだの魔術測定でカグラも魔力量がぶっ飛んでたし。んで実際のところどうなの?」
「……違うに決まってるじゃん」
「そっか違うのか。そっかそっか」
うんうんとゲイルはわざとらしく頷く。
「じゃあさ、証明してくんない? ここで脱げよ」
「え?」
聞こえてきた要求に耳を疑った。
「転生体ってさ、身体のどこかに神名っていう痣があるんだろ? それがないってことを証明してくれよ。転生体かもしれない奴が同じクラスにいるなんて、怖くてしょうがねぇからさ。みんなを安心させてほしいんだよ。なあお前らもそう思うだろ?」
ゲイルが呼びかければ取り巻きたちが同意を示す。そこに恐怖の色はなく、ただ私を弄ぼうとする悪意があるだけだった。
「なんでそんなことしなくちゃいけないの?」
私の拒絶にゲイルはあからさまに苛立つ。
「つべこべ言わず脱げって言ってんだよ。クロガミと同じ目に遭いてぇのか?」
身体が竦みあがる。ここまで明確な悪意をぶつけられるなんて思ってもいなかった。
「ちょっと! 早くしなさいよ!」
いつまで経っても従おうとしない私に一人の女子が痺れを切らす。私の腕を掴み上げて、服を剥ごうとしてきた。
「いやっ、やめて!」
とっさにその女子を突き飛ばした。
女子はバランスを崩して尻餅をついてしまう。一瞬だけ何が起こったのかわからず放心していたが、それはすぐ憤怒に変貌した。
「ちょっと今の見た!? アタシこいつに暴力振るわれたんだけど!」
「な、なにゆって……」
むしろ暴力を振るおうとしたのはそっちだ。私はただ自分を守るために抵抗しただけ。
「俺は見たぜ」「私も見えてたよ」「オレも見た見た」「暴力はダメだよねー」
しかし私の主張をまともに聞くような相手ではなく、それぞれが口裏を合わせて私を悪者にした。
「抵抗とかめんどくせぇ。おいお前らそいつ抑えとけ。【強化】使われるかもしれないから、お前らも使っとけよ」
ゲイルの指示で四人の男子が私を押さえつけにかかった。
自分より体格の大きい四人の男に迫られて、怖くて足が動かなかった。逃げることができなかった私は力任せに押し倒されてしまい、両手両足を抑え込まれてしまう。
四人分の力を手足にかけられて、簡単に振り解けない。
このままだと本当に酷い目に遭わされる。
本気で抵抗しないと! 本気を出せば、これくらい簡単に振り解ける。
四肢に力を籠めた瞬間、過去の記憶がフラッシュバックした。
私を押さえつける私よりも大きな人影。影の胸に空いた穴。そこから頬に滴り落ちる赤い液体。その穴を貫く私の両手。その手から伝わってくる生暖かさ。
忘れようとしても忘れられない、命を奪った感触。
もしまた同じことを繰り返してしまったら。そう思っただけで身体に力が入らなくなった。
私の本気は強すぎる。
なんとか拘束を振り解こうと暴れる。でも本気は出せない。誰にも怪我をさせずに振り解くような力加減が私にはできない。
それでも私の抵抗は男子たちにとってそれなりに激しいらしい。抑え込むのに苦慮しているのが窺い知れた。
「さすがにうぜぇな。おい、大人しくしろよ」
「ひっ……」
暴れる私の目の前にゲイルがナイフの刃をちらつかせてきた。首筋から伝わる冷たい感触に私の身体から血の気が引いていく。
こんなものまで持ち出してくるなんて信じられなかった。
人の悪意とはそこまでいくのか。
「お前らいまのうちにとっとと剥け」
ゲイルが命令すると、いままで見ているだけだった女子たちが私の服を脱がしにかかる。
「脱がすのなんて二人いれば十分っしょ? そうだ! アタシ記念に撮影しておいてあげるよ」
「あっ、私も私も。そんでもって後でネットに上げたら面白そうじゃない?」
「ちょっ、それはヤバいってぇ。でもおもしろそーじゃんっ!」
嗤いながら携帯端末を取り出して、私が襲われる様子を撮影し始める。
なんで? どうして笑いながらそんなことができるの? 人を傷つけることがそんなに楽しいの?
理解できない。目の前にいるのは、本当に私と同じ人間なのか。
「やだ! やめてっ!」
パニック寸前となって加減を誤った。想像以上の力が込められた右手が拘束を振り解いて、その勢いのままゲイルの顔を叩く。
ごしゃっという鈍い音。
まるで嵐の前の静けさのように、不気味な静寂が漂う。
ギロリ。そんな音が聞こえてきそうな目つきでゲイルが私を見た。口の端からは血が滲んでいる。その顔はまるで能面のようだった。
「もうキレたわ」
私のティーシャツの襟を乱暴に掴み、ナイフの刃を立てた。
力任せに引っ張られて刃を入れられた生地は音を立てて引き裂かれる。それだけでは気が済まなかったらしく、スカートも同じように切り刻まれてしまった。
キャミブラとショーツ姿となった私を見て、取り巻きたちが囃し立てる。切れ端と成り果てた服が私の周りに散乱している。
悔しさと恥ずかしさで視界が滲んだ。
「おい、お前の案を採用してやる。しっかり撮影しとけ。ネットに晒してもう人前に出れねぇようにしてやれ」
冗談じゃない。ゲイルは本気でそう言っている。
素肌を守るキャミブラに手がかけられた。
それだけはいや! そこだけは絶対に見られたくない!
もう自分でも形容できない恐怖に襲われて、私はいよいよパニックに陥った。
「やめて! いや! やめてよ! 誰か!」
「誰も来ねぇよ。この訓練場は防音されてんだ。どんだけ叫んでも外に届かねぇっての」
「やだあああっ! 助けて! 誰か助けてえええ!」
助けを求めて必死に叫ぶ私をゲイルたちは嘲笑う。誰も止めようとしない。むしろ楽しそうに笑っている。捕えた獲物がもがく姿を娯楽にしている。
味方なんていない。誰も助けに来てくれない。
怯える私は、この悪意にただ蹂躙されるしかなかった。