侯爵令嬢は突貫する
プリムの姉、ステラが辺境伯に突撃した話。
ステラ・ラ・イオート辺境伯夫人は、恋の人である、というのが、辺境伯領民の共通認識だ。
厳つい顔、しゃがれた声、巨人のごとき体躯の辺境伯は、地位の高さに反して女性の受けは良くなかった。
誠実だが愚直。真摯だが生真面目。戦の駆け引きは出来るのに恋の駆け引きはまるでだめ。そして嫁をもらえぬまま三十路近くなった、良い領主だがとても残念。前辺境伯が比較的若くして亡くなり、二十に満たずして領主になったせいもあるのだろう。恋だのなんだのを遊びで学ぶ前に。親が婚約者を決める前に。彼はそうなってしまった。
彼自身、己は残念なまま養子を取って終わるだろうと思っていた。一説では、童貞のまま三十を超えると、血筋でなくても魔術を使えるようになるらしい。それを試すのも一興と思ってすらいた。
そんな彼に突撃を、そう、突撃してきたのだ。あの令嬢は。
ある夜会で、確か酔った貴族に絡まれていた彼女を、偶然通りかかった彼が庇ったのが切っ掛けだった。
エメラルドの眼差しをまんまるく見開いて、彼女は唐突に告げたのだ。
「わたくし、貴方様に嫁ぎますわ。お名前をお伺いできるかしら」
そんな突拍子もないことを。
そこでなんとか、彼女に恥をかかせないように自己紹介をし、彼女からも名乗られて。
彼にしてみればあれよあれよという間に。まるで戦場で敵方に名うての軍師がいる時のように。掌の上で転がされるがごとく話は進み、あっという間に、彼女は、彼に嫁いできた。
初夜の褥で、触れる前に彼は訊ねた。
「わたしで良いのか。君は何か盲目になっていないか。白い結婚でもわたしは構わない」
と。
彼女は突然にだばぁと涙を流して答えた。
「わたくしの目が節穴とでもおっしゃるんですか、この童貞!」
そこからはもう売り言葉に買い言葉だったと彼は記憶している。
ステラ・ラ・イオート辺境伯夫人は、恋の人である、というのが、辺境伯領民の共通認識だ。
一目惚れした領主に、外堀埋めて嫁いできた。
だが実際のところ。
「ステラ! 一人で出掛けないでくれ危ないから!」
「大丈夫ですわ旦那様! わたくし、乗馬は上手いはずなのです!」
「乗ったことは!?」
「ありませんわ!!」
「まっ! 君が怪我をしたらとんでもないだろうやめてくれ! 私をやもめにするつもりか!」
「まあ!」
惚れ込んで、望んで振り回されているのは辺境伯の方なのだ。




