公爵令嬢の憂鬱
本日二話更新のその1です。
リードメン公爵家ミノルカオル様の婚約の話。
イルフカンナ王国リードメン公爵家は、公爵序列こそ三位であるが、宰相を務める家柄である。家紋は雌鳥。家訓は烏が鳴いたら仕事は終わり。都近くにそこそこの領地を持ち、養鶏を始めとした牧畜が盛んな土地柄である。それらは新鮮なうちに都に運ばれるので、王家の食糧源としての役割も持つ。
現在の宰相にして当主には子が二人いる。
兄にして跡継ぎのセマニと、妹のミノルカオルである。
役割がら他国との交わりも多いためこの家系は、イルフカンナ王国人としては珍しい、黒髪が生まれやすい。兄妹もそうである。
黒髪に、碧玉のごとき目が、公爵家の子らであった。
普段都にいるリードメン公爵家に代わり、領地を治めるのはフリッズル子爵家である。
フリッズル子爵家は、リードメン公爵家に古くから仕える領内貴族で、現当主は白い鶏の育成に力を注いでいた。
現在良く飼われ、良く食べられるのは主に茶色い羽の鶏だが、白い鶏の方が味が良いようだと気付いたのが現フリッズル子爵であった。
そのフリッズル子爵にも子は二人いて、次男は主家であるリードメン公爵令嬢ミノルカオルにいたく気に入られていた。
***
ミノルカオルは、己の婚約者の新たな似姿に溜め息をついた。
十ある侯爵家の筆頭を務めるイルワ侯爵家の次男。それがミノルカオルの婚約者である。
貴族らしく、顔は悪くない。顔は。好みでないが。年上なのも減点だし。あからさまにへりくだって来るところは虫酸が走る。
ミノルカオルが求めるのは年下、金髪碧眼、そして何より。
自分と対等に、これからを考えてくれる相手だ。これからを考えられる相手だ。
イルワ侯爵次男には、ミノルカオルとしては、それを感じられなかった。
だが、貴族の婚約は仕事だ。
だから、仕方ないと思おうと思っていた。
自分がどれだけ、フリッズル子爵次男アンダルシャンを気に入っていたとしても。
ぱちん、と彼女は扇を閉じた。
と同時に、壁に同化していた彼女の『手の者』が姿を見せる。
「首尾はいかがでして?」
ミノルカオルの問い掛けに、その『手の者』は男とも女ともとれる声で答えた。
「隣国からの働きかけ、もはや隠し立てできるものではないかと」
「証拠の拡散は?」
「お母上の影、ならびに王家の影、それぞれ掴んでございます」
「結構」
リードメン公爵家は、代々宰相を務める家である。そして、その家の女たちには、女たちだけの仕事があった。
ミノルカオルは、十歳で母からその仕事を教えられた。
その日は怖くて泣いて、泣いて、母が抱いて寝てくれた。
だから、深く覚えている。
それから七年経って、ミノルカオルも一人で仕事を回せるようになった。
それを、自分のために使うことになるとは、思いもしなかったけれど。
そもそも、イルワ侯爵家は、先代から黒い噂が絶えなくなった。今代ではさらに顕著になり、その子である彼女の婚約者など平民は労働力で使い捨てだと言いきったのである。彼女の目の前で。彼女に『いいかっこ』をしようとして。
それがあって、ミノルカオルは、彼を見捨てることにした。
価値観の違いと言うのは決定的よね、と憂鬱に息を吐いたのは、もう大分前のことだ。
それから彼女は、仕事の傍らに、彼の家の悪事を徹底的に調べ上げた。
そして存外簡単に掴んだ。
彼女が彼の婚約者だから、かもしれないが、イルワ侯爵家を訪ねるのにさほど理由が要らなかったからだ。
そして、誇らしげに彼がそれを嘯くからだ。
──ばかなひと。
ミノルカオルは今一度息を吐いた。
「トドメは陛下がお刺しになるでしょう。証拠をうまく流して。迅速にね」
ミノルカオルは『手の者』にそう告げる。
それは一言「かしこまりまして」と応じると、また姿を消した。
「アンダルシャン様も、こんな風に簡単なら良かったのに」
金髪碧眼の美少年だった、愛しい彼の姿を目蓋に描く。
十歳の誕生日。
母から仕事を明かされる前に。
領地で休暇を過ごしていた彼女に、アンダルシャンは農園を案内しながら、野の花の花束をくれたのだ。
舌足らずに、おめでとうございますとはにかんで。
あの日の花は、押し花にして、今も大事に栞にして使っている。いくらかは、ネックレスの細工に仕込んである。
あの日から。
彼は彼女の王子様だ。誰が、なんと言おうとも。
ミノルカオルの婚約が解消されるのは、それからしばらくしてのことだった。
もう一話あります!




