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52 冬の明け月 2

学園編ラストです。

 アンドン先生とローズマリー様を見送って、残るのはわたくしとメアリー様。

 お兄様がおいでになるにはまだ少し時間がかかるでしょう。わたくしの心残りを口にするくらいは、出来るでしょうか。


「メアリー様、わたくし、謝りたいことがあるのです」


 きょとん、とメアリー様がわたくしをご覧になります。


「なんのことでしょうか」


「結局、メアリー様の従者になる方を、お見つけすることができませんでしたわ。お約束を果たせず、ごめんなさい」


 お世話され慣れないメアリー様に、わたくしにとってのエステルのような存在がいればと、そう思っていたのです。

 何度かメアリー様と従者専科の方とお話させていただく機会もあったはずなのに。

 頭を下げるわけにはいかないものですから、一度ゆっくりとまぶたを伏せました。


「プリム様、お気になさらないでくださいませ」


 穏やかに答えてくださるメアリー様。


「プリム様が何度となく機会を設けてくださったのに、わたくしが決められなかったのです。大丈夫ですわ、プリム様、きっと、慣れていけます」

「ありがとう存じますわ、メアリー様。あの、気の早い話ですけれど、我が家にお嫁入り頂くときには、コンツェルト伯爵家からは慣れた侍女をお連れになりますの?」


 我が家にも、エステルを始め十分以上の侍女、侍女候補、メイドがおりますので、仮に身一つでおいでいただいてもご不便など掛けませんけれども。そもそも、ご自身で支度するほうが気楽とおっしゃっておいでだからこそ、エステルのように気のおけない侍女を持っていただきたかったのです。これから、お兄様と結婚してゆくゆくは侯爵夫人になられるならば、それはきっと必要なことです。


「何人かは、お養父(とう)様がお付けくださるとおっしゃっていました。ええ。大丈夫です、プリム様。こういうのは慣れだと、お養母(かあ)様もおっしゃっていましたから!」


 むん、と拳を握って、力いっぱい振る舞うメアリー様。伯爵家の養女になられてから、およそ3年。うち、直近の1年は学園。慣れる、と言えるほど貴族の暮らしに――人に着替えからお風呂までお世話されることに――慣れておられないのではないでしょうか。わたくし、それが心配でなりません。


「メアリー様が無理せずに我が家に来て頂けるのが一番ですから、どうか、嫌なことは嫌とおっしゃってくださいましね。わたくし、兄を止めてでもメアリー様の味方ですから」

「――兄を止めてでも、とは物騒だ」


 ひえっ。

 背後から響くやたらいい声。聞き間違うわけもなくお兄様のお声です。

 実際、わたくし越しにメアリー様の視線はもうお兄様へ釘付け。恋する乙女の眼差しってこうなんですのね。

 そう言えばお兄様とメアリー様がキチンと恋仲しているところを見るのは、初めて、かもしれません。どうでしたかしら。

 とは思いつつ。

 す、とわたくしは体を避けて、お兄様とメアリー様が向き合えるように位置を変えました。


「わたくしの決意の現れですわ、お兄様。どうか、メアリー様を幸せにして差し上げてくださいましね」

「ぷ、プリム様!」


 メアリー様がお顔真っ赤になさいますけれど、わたくしの決意表明ですから、お許しくださいな。

 お兄様は一瞬顔をしかめてから、


「無論だ」


 とつぶやかれて。

 それから一歩踏み出し、メアリー様の前で膝をつくと、手を差し伸べられました。


「メアリー・ラ・コンツェルト令嬢。リバート・ラ・ジンカイイがお迎えに上がった。どうか、手を取ってもらえないだろうか」


 真剣な眼差しのお兄様と。

 真っ赤な顔で、そのサファイアの輝きの瞳を潤ませておいでのメアリー様。


 メアリー様は一度大きく息を吸ってから、そっと、お兄様の手にご自身の手を重ねました。


「メアリー・ラ・コンツェルトは、リバート・ラ・ジンカイイ様のお心に応えます」


 穏やかにお答えになる姿はまさにヒロイン。ゲーム二部のラストにふさわしく、どこからともなく花弁が舞い、光エフェクトがきらめいて――まぶしっ! 直視できないレベル!

 思わず目を細めておりますと、すっくと立ち上がったお兄様が見事にメアリー様をエスコート。


「プリム」

「はい、お兄様」

「わたしは先に帰る。まもなく殿下がおいでになるだろうから、粗相のないように」


 あー。それ予告しますかお兄様ー。忘れていたかったですお兄様ー。

 ですが、令嬢ですので、わたくし、きちんとお答えいたします。軽くカーテシーをしましてから、

「はい、お兄様。メアリー様を、どうぞお願いいたします」

「無論だ。

 ……メアリー嬢、行こうか」

「はい、リバート様」


 お花舞い散るヒロインカップルが、黒くつやつやに磨かれた我が家の馬車に乗り込んで行くのを。

 その馬車がゆったりと走り出すのを見送って。


 残るはわたくし一人となりました。

 いえ、周りにはまだ他の卒業生もおりますけれども心情的に。


 ――イングラム様が、わたくしを迎えにおいでになる。


 お兄様もおっしゃっていたのですから、それは、もう確定なのでしょう。

 その。

 なんと申しましょうか。

 この気恥ずかしさを話せる相手が、ほしい。すぐに。今すぐに!

 エステル――! 助けてエステル!

 前世ですら恋愛経験ほぼなし、今生ではモブとして見守る構えで十数年! 自分が! ヒロインのように迎えに来てもらえるなんてまるで想っても居なかったものですから分かっていても心の置きどころがないのです!

 ええ、格好つけておりましたわたくし。余裕の微笑みでお見送り、なんてもんではありません。

 なんの余裕もないのでいっそ皆様を見送って現実逃避しておりましたのよ。

 ああ。

 でも。


 向こうから、王家の使う馬車が来るのが見えてきました。

 ざわざわと人のどよめきも近づいてきます。王家の馬車に人々が歓声を上げているのです。


 現実逃避することももうできないみたいです。

 どうしましょう。

 恥ずかしさも、逃げ出したさも、怖さも、不安も、たくさんあります。たくさん、あるのに。

 馬車が止まって。

 御者が踏み台を置いてから、ドアが開いて。

 そうして、馬車から降り立たれたあの方を、見ると。

 あの方の視線がわたくしに向けられて。目線が絡んで。それから、ふっと微笑まれたりしますと。

 もう、顔が熱くて、仕方ないのです。

 深く、わたくしが出来る一番美しいカーテシーを致します。


「プリム・ラ・ジンカイイ侯爵令嬢」


 お声を掛けられて、


「はい、イングラム王太子殿下」

「顔を上げてくれ。それから」


 姿勢を正したわたくしの前に、ひざまずいて手を差し伸べるイングラム様が、いらっしゃって。

 金の髪が陽光にきらめいて、その蒼い目が、わたくしを写していて。


「どうか、わたしとともに、来てほしい」


 んぐ、と息を呑みました。

 イベントスチル、そのものです。

 この手を取ってしまったら、個別ルートが確定する? いいえ、それはヒロインのことで、わたくしではないはず。

 この手を取って、でも、もうわたくしの前世からの知識は――わたくしが知りうるあらすじは、もう大きな役には立たないでしょう。

 個別ルートで起こる、内政ルートのイルワ侯爵はもうなく。王の剣は、今や王城の中にあって。

 これから起きることはもう、シナリオにはないことしかありません。


 この手を、取ったら。


 ためらいながら差し出しかけた手を。

 イングラム様がぐいと掴んで引き寄せて。

 よろめいたわたくしは、いつの間にか立ち上がったイングラム様の腕の中に抱きしめられて、いて。


「プリム?」

「は、はい」

「返答は?」


 考えることは、まだたくさんあります。太陽の神の加護だとか、耳にしたわたくしと同じ世界の記憶の有りそうな彼女のことだとか、隣国の姫君だとか。

 クアクゴス男爵とローズマリー様のこと。

 メアリー様とお兄様が大冒険ルートから反れたのかも、なんとかして確認しなければなりません。

 たくさん、たくさんあるはずなのに。

 もう、わたくし、わたくしは――!


「わ、わたくし、プリム・ラ・ジンカイイは、イングラム王太子殿下のお心に応えます」


 抱きしめられたまま答えるのはありなのでしょうか! 顔が熱くて見せられませんのである意味助かっていると言え――るでしょうか!


 背に回されている腕に力が込められて、頭の上の方からいい声がします。


「断られるかと気が気じゃなかったから、即答してくれ」


 少し安堵したと言うか、力の抜けたお声で。

 わたくしもなんだか、肩の力が抜けてしまいます。


「イングラム様」

「うん?」

「どうか、一緒に、考えさせてくださいましね」


 これからのことを。お互いに。

 胸の中で顔を上げて、なんとか視線を合わせようとしたら、それは。

 まるで唇が触れそうな距離で。


「っ、きゃーーーー!!」


 羞恥に叫んでしまったのは、仕方ないと思うのです。

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