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あなたに会えてよかった

プリム5歳、エステル15歳。

 その子供は、五才なのに死んだ目をしていた。

 私は家業に入るのが嫌で嫌で、なんとか中等学校まで逃げ続けたけれど、兄も父も母も家業に誇りを持つ以上、そして、私がその脛を噛ってきた以上、結局は、家業を手伝うしかなかった。

 私は、十五で家業──侯爵家の使用人──に入った。

 早々に、メイド長の母は、私をお嬢様のお付きにした。こんな素人をそんな大事な方に付けて良いのかと聞いたら、良いのだと母は言った。

 お前だから、良いのだ、と。

 それから私は、お嬢様の専属メイドになった。


 お嬢様は十こ下の五才なのに、まるで生きていないかのように虚ろな方だった。

 朝起きる。

 じっと両手を見る。

 私が部屋のカーテンを開ける。

 眩しげに窓を見上げるけれど、また手に戻る。

 お声がけをして、寝巻きから部屋着に着替えていただく。

 暖かい湯で絞った布でお顔を拭う。

 化粧水をして、保湿オイルを塗る。五才ならここまでだ。

 お嬢様の手を引いて、ダイニングへお連れする。

 虚ろなまま席に着かれる。

 旦那様、奥さま、兄君、姉君が、お嬢様の一挙手一投足を見詰めているのを肌で感じるけれど、彼らは顔には出さない。

 食事が配膳されると、お嬢様は機械的に口に運ばれ、食べ追えると席を立たれる。

 私は他の皆様に一礼して、お嬢様のあとを追う。

 そんな日が一ヶ月続いた。

 食事の時以外、お嬢様は屋敷の書庫に籠っておられる。

 時折ぼっちゃまが、散歩に誘われるので、お嬢様はそれには頷いて庭に出る。

 書庫では、隅から隅まで読むおつもりなのかと思うほど熱心に読まれている。五才の識字率とは思えない。

 ずっとずっと読んでおられるのでお仕えしてから半年の時、私は初めてお嬢様にお尋ねした。


「お嬢様は熱心になにを調べておいでなのですか」


 お嬢様は分厚い本から顔を上げ、私の顔を初めて認識したように目を丸くされた。


「だれ?」

「お嬢様専属メイドのエステルと申します」


 半年お仕えしております、とは云えなかった。

 まるで夢から覚めたような問い掛けだったから。


「エステル。エステルね。わたくしは、プリム、よ」

「存じておりますお嬢様」

「……そう、ね」


 お嬢様はぼんやりと私を見詰めてから、本に視線を戻そうとして私の問い掛けに、気付かれたようでした。


「わたしがここで、どういきたらいいのか、しりたかったの」


 お嬢様は、年齢にしては大人びた口調で仰います。


「わりとはじめから、ことばはわかったわ。もじもよめたの。しっているとおりにものごとがあったわ。

 じゃあ、『なんのやくわりもなく』ここに生まれたわたしは、どういきたらいいのかしら」


 お嬢様が、何を仰っているのか、わたしにはわからなかった。

 けれど、それがすごく、お嬢様にとって大切で、それがなければ生きている意味がないのと同じだと感じられているのだと、唐突に胸に迫った。


「お嬢様は、旦那様と奥様の大事なお嬢様で、兄君、姉君の大切な妹君でらっしゃいます」

「そうね」

「それは、なんの役割もない、ことを埋められませんか?」


 人の一生の役割なんて、私は、考えたこともなかった。

 お嬢様が渇望するそれを、私は、思いもしなかった。

 目の前にある道が嫌だと言いながら、その上にいる私には。


「役割は、必要ですか?」


 だから問い掛けた。お嬢様が何を欲しがっているのか知りたかった。

 私は、この幼くて賢い私の主を、幸せにしなければと強く願った。


「やくわりがなければ、ものがたりから、こぼれてしまうでしょう?」


 お嬢様が仰います。

 ああ。お嬢様。貴女は既に、平民では手に入らない貴族の令嬢という役割をお持ちです。物語をお持ちです。もしもそれを、自分の物語だと思えないのなら、私は。


「では、読者になられてはいかがですか? この世界という物語、人生という物語の読者だと。主人公より楽しいと思います」


 だって、本の中の主人公より、本を読む私たちの方が楽しんでいるのだから。

 お嬢様はまた目を真ん丸にされて私を──わたくしを、ご覧になります。


「じゃあ、まずはおべんきょうをしなくてはね」


 お嬢様は楽しそうに──初めて──笑われました。

五才お嬢様:生まれたときからふわっと転生の自覚があるけど自我が育つなかで明確化して前世の死とか今の自分とか受け入れにくくてぼんやり令嬢。

十五エステル:やんちゃざかり

ステラお姉様:単純に狐が忘れていた

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