45 冬の初め月 3
冬の初め月が終わる頃。
わたくしとお兄様は休日にお城へ招かれました。
お兄様がイングラム様から便りを預かってこられ、寮に届けてくださいました。お兄様から聞いたところでは、ムジーク様からの便りが届いたので、一度話がしたい、ということで。
この件について、もうわたくしの出番なんて、ないと思っておりました。正直なところ。
そんなわけで、週末、お兄様が迎えに来てくださった馬車に同乗して、お城へお伺いいたしました。
密談というわけでもないのですが、内容が内容なので、主城の奥、王族の私的な部分へ最も近い一間へ案内されたようです。
小さな窓。壁面に大きなタペストリー。
お城の中では小さい部屋でも、わたくしの寮の部屋よりは広い、そんなお部屋でございます。
テーブルにはすでにイングラム様とセマニ様。その後ろにラーシュ様が立たれております。
「お待たせいたしました、殿下」
お兄様が臣下の礼をなさいますので、わたくしもそれに従って臣下の礼をいたします。
「うん。席についてくれ」
とイングラム様がおっしゃって、わたくしたちも席に付きました。
侍女たちがお茶を配り終え退室すると、イングラム様はおもむろに口を開かれました。
「王の剣が見つかったそうだ」
先に聞いていたらしいセマニ様、ラーシュ様、そしてお兄様の表情に変化はありません。
イングラム様はわたくしをじっと見つめて居られます。
「プリムの、言ったとおりに」
イングラム様の碧眼が、わたくしを射抜きます。わたくしが言ったとおりになったということは、わたくしの知る『あらすじ』に価値がついてしまった、ということです。
これで誰とも婚約していないですとか、他の方と婚約していたりしますと、おそらく『王家に囲う』ための動き、なんてものも出てくるのかもしれません。
幸か不幸か、イングラム様とすでに婚約していますので、逆にこの『あらすじ』が危険だ、と認識されれば、婚約破棄もあるかもしれません。
言ってみれば。
わたくしは今、預言者のように振る舞うことも、出来てしまうわけで。とはいえ、ゲーム知識程度ですし、王家の秘密になりそうなことなど、この剣の件以外はない、と思いますし。
「ムジーク殿は剣を持ち帰るための交渉も済んだ、と言っている。手紙の輸送時間から考えるに、もうすでにあちらを出発している頃かもしれないが」
「隣国は、剣を返す、と言ったのですか?」
「ムジーク殿の手紙によれば、『これを見つけたのは己であり、在処を失してしまうような者たちには託せない』と言って『預かった』そうだよ。流石に、百年前の結果であるムジーク殿に言われては、逆らえなかったのだろう、とのことだ」
精霊の加護厚い国。真の王権を持つ国。そう信じている隣国が、それだけで王権の証である剣をムジーク様に託すでしょうか。
わたくしの疑問に気づかれたのでしょう。ラーシュ様が頷かれます。
「ムジーク殿には、護衛として竜の亜人たちが道中で合流している。加えて、『お付き』の者たちは軍人か訓練を受けた予備役の侍女侍従ばかりだ。危険はないとはいわんが、ムジーク殿だけは無事に連れ帰るさ」
「――懸念すべきは、この冬の道中だ。ムジーク殿は問題ないと言っていたが」
「軍事行動じゃなきゃあ、まあ、なんとかなるだろうけどな」
「ならば、暗殺の機会でもある、ということですか」
安心させるように話すラーシュ様とセマニ様の言葉に、わたくしは不安を口にします。
イングラム様も深く頷かれました。
「それは把握している。故に、イオート辺境伯には国境で出迎えを依頼した。冬の閑散期で、難民と手隙の農民たちも『出迎え』てくれるそうだ」
「国境まで無事に来てくれれば、ということですか」
「国境までは無事に送るだろうさ、あちらのプライドに掛けて」
イングラム様が剣呑な眼差しで窓を見つめました。
「あちらとしては『正しく剣をムジーク殿に預けた』のに『我が国がムジーク殿を暗殺して奪った』という筋書きに変えたいようだ。まったくもって馬鹿げている」
そんなことまで把握できる間諜がすでに紛れているということですか? 先程おっしゃっていた予備役の方!?
「何も伝えないのも不誠実かと思ったが、かえって不安にさせてしまって済まない。大丈夫だ。戦争にはさせない」
イングラム様が強くおっしゃいます。
「それは――」
「プリムの『作戦』もうまく回ったようだ。あちらの民意は感謝こそすれ開戦などない、という様子だ。たとえ無理に徴兵しても指揮は上がらない。加えて――」
「はい」
「非公式だが、アストラを臣籍降下し、元イルワ侯爵領を領地とする一代大公とすることが決まった。隣国の姫君と婚約を交わし、二国間の慶事として恩赦を行う。そこで――あの侍女を、セインゴナコマチェスカ嬢へ返却する。これらはすでに、隣国と調整した」
そう言って、イングラム様がわたくしとお兄様をじっとご覧になられます。
「プリムと、その兄としてリバートには、飲み込めないこともあるだろうが、飲んでくれ」
百年前の戦争で、イルワ侯爵は隣国と最後まで通じていた、と言われております。それゆえ、侯爵ながら国境付近、イオート辺境伯の隣の領地となっていたのです。一方、隣国との領地的な近さゆえ、イルワ侯爵は隣国過激派と通じることが出来たりしていたわけですね。反対側の領地にしておけばよろしいのに、というのは簡単ですけれど、当時の混乱をわたくしは存じ上げません。
ただ。
「チェスカ様のおっしゃるとおり、までは行きませんが、王家同士で結んで緩やかな統一を目指す、ということでしょうか」
「いや。隣国はあくまでも自分たちでの統一、独立を求めている。まだしばらくは『不穏な隣人』のままだ。ただ、かといって『自分たちの姫君の為したこと』を無視できるものでもなかった、というところか」
姫君の為したこと――食糧支援。街道整備。ムジーク様の招待と王の剣の発見――チェスカ様は方法はどうあれ、結果的に必要な支援を隣国へもたらせた。それを押し切ってまで戦争へ傾くことは、簡単ではない、ということでしょう。
「これでひとまずは終いだ。来月の早々に、ムジーク殿が戻るだろう。状況は改めて確認するが、ひとまずは」
イングラム様が息を吐かれました。
おそらく、お兄様もセマニ様もラーシュ様もすでにご存知で。
ただただ、わたくしのために話してくださった。わたくしが、納得できるように。
「それで、プリム、君のあらすじは変わりそうか?」
「――はい」
イングラム様が、ふっと、穏やかに微笑まれます。表に出るときの張り付いたそれではなくて、本当に、息をついたような。
「なら、いい」
そうこぼされた表情に、自分の顔が熱くなるなんてそんなの。
あたりまえではないですか。




