43 冬の初め月 1
イルフカンナは冬至が元日なので、日本の暦だと大体12/21~22くらいです。大夜会が小寒~大寒の間と思ってください。
ムジーク様からの便りの無いまま。
そして、隣国から宣戦布告されることもないまま。
新しい年がやってきました。イルフカンナは冬至が元日ですから、これからが冬本番です。寒い地域や山の上には薄らと雪が積もり始め、寒さが一段と厳しくなっていくことでしょう。こうなっては、もはや戦争どころではないはずです。
日数的には、すでにムジーク様たちは隣国の王城に入られているはずですが、便りも噂もわたくしのもとには届いておりません。まあ、わたくしが耳に入れられる情報など限られておりますから、もしかするとイングラム様などは何かを掴んでおいでなのかもしれません。
イングラム様、といえば。
わたくし、成り行き上お城で年越しとなりまして、まさかの王家の皆様方と夜明かしに暖炉を囲むことになって大変な目に会いました。緊張しかなかった、とだけご理解くださいませ。
年越しの後、もうすぐ授業が始まる、という頃に、わたくしは学園の寮に戻りました。
貴族女子寮の周りの木々は、広葉樹は葉を落として冬支度です。
「お嬢様のお部屋は、ポリィとオルトが定期的に掃除とお洋服の入れ替えに通っておりましたから、すぐにお休み戴けます」
お城からついてきてくれたエステルがそう言ってくれますが、お城でもポリィとオルトは頻繁に見ていたような。
怪訝に見上げればエステルはニコリと微笑みます。これ、聞いたらいけないことですわね? 聞かれたくないって顔に書いてありましてよ。
寮の玄関の大きな観音開きのドアをくぐりますと、すでにメアリー様とローズマリー様が待っていてくださいました。
「おかえりなさいませ、プリム様」
「おかえりなさいませ」
まるで侍女のように礼で迎えてくださって、その心遣いは嬉しいというかむずむずいたします。
「メアリー様、ローズマリー様、お会いしたかったですわ。新年もどうぞよろしくお願いいたしますわね」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いいたします」
メアリー様とローズマリー様が揃って頷いてくださったので
「それでその、あの、お役目は承知しておりますけれど、お二人には侍女のようにしていただきたくはありませんの。今まで通り、同学年のプリムとして、接してくださいませ」
そうお伝えします。お二人が、お役目のことを考えてこのように振る舞ってくださっていることは承知しているのですが、それでは、だって――
「寂しいんですもの」
小さく加えると、お二人がぱっと顔を上げました。
「よろしいのですか?」
と聞いてくるのはメアリー様。
「わたくしたちは、たとえどのように扱われても、恨みはいたしませんよ?」
とはローズマリー様。その忠誠ちょっと怖い。
「わたくしが『そうしてほしい』のですわ。どうか、お許しになって」
「プリム様がそうおっしゃるのでしたら」
「かしこまりました、我が君」
お二人がなんとか頷いてくれた頃、様子をうかがって居られたのでしょう、他の皆様、スノエル様やフィリィ様が来てくださいます。
四人であの隠れ家食堂に行った日が遠い過去のようです。あれは夏の初めだったでしょうか。
「プリム様、お疲れでしょうから今日はゆっくりお休みになって。授業は明後日からですから、明日皆さんでお茶をいたしましょう?」
スノエル様が皆様を見渡してそう仰ると、皆様が揃って是と答えてくださいますから、わたくしも
「お気遣い嬉しゅうございますわ。皆様もお話を聞かせてくださいましね。では皆様、また後ほど」
「夕食は一緒にね!」
「ええ、もちろん」
フィリィ様のお声がけにもお答えして、今一度皆様に礼をしてから、部屋へ向かうことが出来ました。
あそこで立ち話をしていても、マナーとして良くありませんし、お話したいときはわたくしからお部屋へ伺えばいいのですもの。それに少しずつ他の皆様方も集まられそうでしたから、あまり注目を集めたくありませんし。
とはいえ。
当然のようにメアリー様とローズマリー様がついてきてくださっているのですけれども。
基本的に、貴族寮で連れてこられる従者は一人、と決まっております。
が。学園の生徒が忠誠を誓ってしまった場合は、学園としても口出しは出来ません。まあ、この抜け道を使って同年代の配下貴族を召使いのように使った高位貴族もかつては居たそうですが――とても悪役令嬢っぽいですわね――少なくとも、今の学園ではそういった方はお見かけしていないと思います。
そんな悪役的な事態になってしまったのはまったくもって本意ではございません。ございませんが――事情が事情となれば、飲み込まざるを得ません。
何より、お二人がわたくしを気遣ってくださっているのです。イングラム様やお兄様が心配してくださっているのです。わたくしの感情だけで拒むことなど、出来ようはずもありません。
部屋に着くと、二人はドアの前で立ち止まって、
「ではプリム様、夕食の頃またお迎えに参りますね」
とメアリー様。
「ありがとうございますわ。では、お待ちしております」
頷くと今度はローズマリー様が深々と臣下の礼をなさいました。
「わたくしはこれで御前を失礼しますわ。あまり親しくさせていただいて父に勘ぐられても面倒かと思いますので、今後は学園のみでお仕えいたします」
なるほど。クアクゴス男爵は未だ健在ですし、王命あってわたくしに仕えると言っても、ローズマリー様ご自身の意志と関係なく、お父上の思惑を持たされかねない、ということですわね。
「お立場を複雑にしてしまって、申し訳なく思いますわ。ありがとう存じます、ローズマリー様。それから、お仕え、なんておっしゃらないでね? 『お友達』なら、父君も口出しはできませんでしょう?」
わたくしはローズマリー様の手を取ってお立ちいただいてそう伝えます。
ローズマリー様は目を丸くしてから、力強く頷かれました。
「はい、我が君」
『我が君』呼びは治らないかー!
とはいえ、ここでそこまで正しても本人の意志を否定するみたいで嫌ですし、穏やかに頷くことにいたしましょう。
「では、また」
「はい」
「失礼いたします」
そうして、わたくしは久々の『我が部屋』へ、戻ってきたのでした。
半月近く留守にしていたというのに、部屋の中は整然と整えられておりました。床や家具が埃を被ることもなく、カーテンも美しくタッセルで止められております。お城にはエステルほか二人も来ていたのに、どうやって?
わたくしの疑問に気づいたのか、エステルが
「お嬢様ご不在中のお話をしてもよろしいでしょうか」
「ええ、お願いするわ」
頷くとまず机に備え付けられた椅子に案内されて座らされました。立ち話などさせないという強い意志を感じますわね。
「ポリィとオルトをお城から屋敷へ交代で着替えなどを取りに行かせておりましたが、その時にこちらにも寄らせておりました。わたくしがお嬢様のお側を離れるわけには参りませんから、勝手ながら二人に任せておりました」
「ええ」
「寮監へは事情を説明しておりましたので、問題も滞りもなく。ただ、わたくしも確認できておりませんでしたので、お嬢様にはまずおかけいただいて、お待ちいただければと思います。すぐにお休みいただけると申しましたが、まずは、お嬢様がお休みになるお部屋にふさわしいかどうか、点検してまいります」
「そこまで深刻にならなくてよくてよ? 見た限り、とてもきれいに掃除してくれているもの」
「お嬢様のお気遣いに満足していては、我々に向上がございません。どうか、お許し戴けませんか」
エステルが鬼気迫る感じですわね。もともとわたくしをすごく大事にしてくれてはいましたが、ここまでではなかったと思うのですけれど。
「どうしたの? エステル。なんだか追い詰められているみたいよ」
尋ねると、エステルは少ししょんぼりした様子です。
「このような胸の内をお伝えするのは心苦しいのですが、お城でお仕えして、王城勤めの侍女侍従たちの働きを見ましたら、わたくしもまだまだ修練が足りないと痛感いたしました。特に、お嬢様は王太子妃となられるお方。城の侍従たちからも、そんな方にお仕えするのだという誇り、と申しましょうか、負ったものを感じたのでございます。わたくしは、まだまだお嬢様にお仕えするのに足らぬことばかりです」
まあ。
そんなふうに思ってくれていたのね。わたくしとしたことが、エステルにお世話されることになれてしまって、そんなに思いつめているなんて、気付きもいたしませんでした。
「エステル、そう思ってくれたことに、まず感謝を。それから、今まで通りで、わたくしは構わないの」
「お嬢様」
「エステルにまでそんな風に緊張されてしまったら、わたくし、どこにも息抜きできる場所がなくなってしまうわ。だからお願い。エステルの邪魔はしたくないけれど、今まで通りにしてくれる?」
お城でエステルを筆頭にお世話されるのは快適ではありましたけれど、緊張したのも事実です。何をするにもたくさんの人が関わってしまうのです。わたくしの一挙手一投足、全てが、わたくしだけでなく、ジンカイイ家や、仕えてくれるエステルや、わたくしを選んでくださったイングラム様の評価につながってしまうのです。
侮られてはいけない。けれど、恐れられてもいけない。怖がられてはいけないけれど、あまり親しすぎてもいけない。
立場、立ち位置。そういったものがこれからずっとついてまわるのです。
「この、寮にいる間、この部屋にいる間だけは」
最後にそう付け加えると、エステルは、目を丸くして、それから、深く頷いてくれました。
「はい。お嬢様。お嬢様の、望まれるとおりにいたします」
エステルの優しい声に、わたくしはやっと頷くのでした。
次回は1月4日です。通常更新に戻ります。




