37 秋の〆月 15 大夜会から4日 3
部屋に戻ると、ベッドサイドにテーブルと、椅子が2脚用意されておりました。
イングラム様が――お断りはしたのですが!――わたくしを抱えてベッドにおろしてくださると、お兄様が口を開きます。
「ラーシュを呼びましょう」
ラーシュ様を?
わたくしが首を傾げておりますと、お兄様はすぐさま廊下にいた護衛騎士に声をかけ、ものの数分でラーシュ様が部屋に案内されてこられました。
わたくしがベッドヘッドに背を預けて身を起こして。
お兄様とイングラム様がベッドサイドのテーブルの椅子に着かれます。
そしてラーシュ様が机を挟んで向こう側に立たれました。
ドア側の壁に、エステル、ポリィ、オルトが控えております。
「プリムは刺されたはずだ、と言っていたね」
「はい、お兄様。お兄様から『その後のことはにわかに信じがたかった』と伺いました」
「そうだ」
お兄様が頷き、イングラム様、ラーシュ様も同様に頷かれます。
「わたくし、まだ傷口もみておりません。おそらく腰のあたりだと思うのですけれど」
今お見せするわけには参りませんから、一先ず己の印象だけ伝えてみます。お兄様は頷かれて、イングラム様、ラーシュ様を見渡されました。
「ここからのことは目撃者と本人だから話せることだ。他言無用でお願いしたい。
まず、プリムが刺されてから、だが――」
お兄様方の話によりますと。
あの会談の退室間際、チェスカ様の侍女のお一人が隠し持っていたナイフを構えてわたくしへ突進。ラーシュ様はじめ騎士の方々はなによりイングラム様を庇いに身構えられたため、対応が遅れ、わたくしへナイフは届いてしまいます。
ここでわたくしの記憶にあるのはおそらく刺されたことによる、強すぎる痛みからくる熱さ。
その一瞬後に、お兄様がおっしゃるには傷口から血の代わりに白い炎が吹き出した、のだとか。
なんですかそれと思いましたが見てもいないので何も言えませんでしたけれども。
そしてその白い炎が、犯人の侍女を包んだかと思うとふっと消え去り、残ったのは茫然自失した侍女一人、だったそうでございます。
戸惑いながら騎士様方は一応侍女を捕らえ、加えて、その場でイングラム様がチェスカ様と残りの侍女の方々に迎賓館での謹慎をお命じになられました。
チェスカ様はしきりにわたくしのことを罵っておられたそうです。
具体的な言葉は教えていただけませんでしたが、想像するに魔女だの化け物だのではないでしょうか。例えば、この魔女にあなた方は騙されているのです、とか、ありそうですね。
わたくしが魔力学を受講しているのは、わたくし自身が婚約者候補として素行調査されていることから鑑みても王家の方々には知られていることでしたので、魔女だの操られているだのは見当外れも良いところ。禁術指定申請もアンドン先生経由でされているわけですから、わたくし自身の魔力ですとかそういったことも、王家の方々には筒抜けなわけでございます。
それを指摘して罵ったところで、王家への侮辱にしかならない、ということですね。
護衛付きなのもその時からだそうです。
わたくしはその場に倒れ、急いで侍医が招かれます。部屋に運び込まれて診察されると。
ドレスは裂けていて、血痕もあるのに、傷口は無かったのだそうです。
すごく、ファンタジーですわね。
侍医と王宮付きの魔力持ちたちが文献や知識をかき集めた結果、おそらく、魔力による防衛反応だったのではないか、という結論になったそうでぞざいます。
命の危険に魔力が暴走した、とも言える気がします。
ともあれ、傷口はなく、侍医や魔力持ちの診察でも問題は無し。
あとはわたくしが目覚めるだけ、というところで、3日かかったと。
「魔力持ちたちの話では、急激に魔力を放った反動で休息が必要なのだろうとのことだったよ」
お兄様がそう締めくくられてから、ラーシュ様が深々と頭を下げられました。
「俺が居ながら守れず、申し訳なかった」
「顔をお挙げください、ラーシュ様。ラーシュ様はイングラム様の護衛騎士でらっしゃいます。確かに勤めを果たされましたわ」
「あの場では、貴女も同じく守られるべきだった。それが出来なかったんだ。俺の謝罪を受け取って欲しい」
「そういうことでしたら、受け取ります。ですからどうか、これからもイングラム様をお守りください」
むしろ、イングラム様が狙われずに良かったのですから。
わたくしが答えますと、ラーシュ様は深い臣下の礼をその場でなさいます。
「我が命に代えても、王太子殿下と婚約者殿をお守り申し上げると誓約する」
まだ婚約者ですのに同じ重さの誓約とかやりすぎでしてよ!?
わたくしが目を白黒させているのに気づいたお兄様が、苦笑しながらおっしゃいます。
「ラーシュのことは、許してやってくれ。彼なりのけじめだ」
「……承知しましたわ。ですけど、わたくしと殿下を天秤にかけるようなことはなさらないで。必ず、イングラム様をお守りくださいませ」
「拝命した、我らの貴婦人」
ぴえーーー!
騎士の方の我らの貴婦人、なんて分不相応です。
『騎士団の主』の配偶者のことを、『騎士団の貴婦人』などと称して、その騎士達がまず守るべき婦人を現します。例えば、我が侯爵家の領地を護る私設騎士団ですと、主はお父様、貴婦人はお母様です。
王家の騎士の方、となれば、主は陛下、貴婦人はもちろん王妃様。
ラーシュ様はイングラム様の護衛騎士であられますが、所属する騎士団は王家の近衛騎士団です。
「ラーシュ様、流石にその呼ばれ方は」
「いや、正しいよ」
と答えられるのはイングラム様。
わたくしがそちらへ視線を向けますと、にこり、と微笑まれます。
「婚約も発表されたことだし、近衛を再編した。今回の件もあり、プリムにも急ぎ護衛をつけるべきだからね。王太子直属の近衛第二騎士団を編成し、その団長にラーシュがついた。主は私。なので、近衛第二の貴婦人は、プリムだ」
ひえっ。
お兄様を見ると深く頷いておられます。それから少し苦笑でしょうか?
「それで、まあ、プリムの専属護衛は基本女性騎士なんだが、ラーシュからの推薦もあって、騎士以外も二人、付けることになった」
「護衛に、騎士でない方ですか?」
「お前に忠誠を捧げた令嬢が二人いただろう。側仕えには丁度いいとなってな」
最近忠誠を捧げられすぎてとは思いますが、この口ぶりは間違いなく――!
「もともと、お前の女官を目指すつもりだった、と言って快諾されたよ」
「メマリー様とローズマリー様ですね!」
「メアリー嬢の力は、俺も殿下も認めるところだしな」
頷かれるのはラーシュ様。
少し顔をしかめておいでなのはイングラム様。
「イルワ麾下だった家だが――個人の忠誠を捧げていると聞いた」
「はい。ローズマリー様からは個人の忠誠と、お耳に入れさせて頂くならば、家督を相続次第、家としても、と。父君とは考えが違うと」
「プリムが心置きなく居れる護衛のほうがいいからね。目覚めたことだし、明日にでも登城するよう伝えさせよう」
イングラム様がおっしゃいますが、わたくし、はたと気づきます。おふたりともまだ学生! ブラック就労いくない!
「嬉しゅうございますが、お二人はまだ学生の身分ですわ。ですのにそのようなことをお願いするのは心苦しく存じます」
「お前ならそういうと思ったよ」
苦笑されるお兄様に、イングラム様も微笑んでおられます。
「明日は登城してもらうが、いわゆる顔見せだ。年明け、学園の授業が再開してから、学内での護衛や身辺を任せるつもりでいる。平時はうちの女性騎士を当番で付けるから安心してくれ」
ラーシュ様が補足されて、わたくしはそれならと頷きました。




