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18 秋の実り月 3

 長い悪夢を見ていたような感じです。



「なら、もう悔いはないですね」


 ナハトの問い掛けにわたくしは頷きます。


「そうですわね。学園祭は、満足ですわ」

「お嬢様らしい。まだやりたいことがあるんすね」


 ナハトが苦笑するのへ、わたくしも笑いました。


「そんなに積極的なつもりはないのですけれど」

「積極的なのは最近っすね、でも、昔から頑固で完璧主義でしたよ。やりたいことがあって、羨ましっす」


 ナハトは少し苦しそうです。


「そうかしら?」


 問い返せばええ、とナハトが頷きます。


「ほんと、それで殿下に目ぇつけられてんですから、凄いっす。知ってます? うちの親父、ともすればお嬢様を俺の嫁に貰えるかもとか思ってたんすよ」


 ──俺も、少し。


 ナハトの言葉に、わたくしは目を丸くしてしまいます。


「ま、今は恐れ多いっすけど!」


 それじゃ! とまるで逃げ出すように、ナハトは駆け出してしまいました。

 わたくしは、また何か、選んだことで失ったのかもしれません。

 自分として生きると決めても、これからを選んでも、わたくしはこうして、目の前で失われていく何かを強欲に惜しむのでしょうか。

 そのまま、少し立ち尽くしてしまいますと、


「お嬢様は、もう婚約されてしまったのですか」


 と男性の声がして。

 振り返った時には。

 わたくしの世界が暗転しておりました。




 悪夢を見てきたような気がします。気付いた時には丸二日以上が経っていて、その間わたくしは行方知れずだったそうです。

 伝聞調なのはまさに聞いただけで、わたくしにはさっき気を失ったばかり、位の感覚なのですが。

 気付いた時、わたくしは医務室のベッドの上でございました。両親とお兄様がわたくしを見下ろしておられて、ひどく驚いたのを覚えています。三人それぞれと目が合うと、三人とも涙を浮かべて


「無事で良かった」


 とおっしゃいました。

 それから、まずお医者様の検査を受けました。

 お腹が少し空いていただけで、健康だとお墨付きをいただきました。

 それからその、産婆をなさる修道女様から穢れの確認を。いわゆる処女判定かと思いきや、どちらかと言えば乱暴をされていないか、胎内を傷つけられていないかの確認で、大層心配されながら丁寧に診察いただきました。婦人科検診みたいでしたわね。お医者様の結果と合わせてほぼあり得ないだろうという前提での検査でしたから、どちらかと言えば、多分、わたくしの精神面のケアの為に両親がご用意くださったのだと思います。

 医務室のベッドの上で、お兄様とエステルが寝ずの番をして一晩泊まって。

 わたくしが行方知れずになってから、四日目。日曜に行方知れずになって、水曜に見付かって診察を受けて、今日は木曜だとエステルに教わりました。

 今日は医務室からジンカイイ家の町屋敷に戻ります。支度はエステルとトーマス、お兄様がしてくださって、わたくしはお兄様に支えられて(実際はもう、いくらでも粘り腰で歩けそうなのですが)学園の門の中まで特例で入れられた馬車に乗り込みました。

 家に帰ると、エステルがひょいとわたくしを抱え上げ、すたすたと階段を上ります。


「えええ、エステル!?」


 驚くわたくしに、エスエルは真面目な顔で


「閣下や我が兄でも良いのですが、お嬢様は独身女性ですし、男性に、怖い思いをさせられたばかりですから」


 と静かに。怖いと思う間もなくまるっと気を失っていた身としては全く問題ないのですが、気遣いは無碍にはできませんわね。

 優しく部屋に運ばれて、部屋のドアはポリィが開けてくれました。

 オルトが寝間着に着替えさせてくれて、わたくしはそのままベッドへ。


「もう平気なのよ?」


 優しくされるのは、もちろん嬉しいのですがここまで病人扱いなさらなくてもとも思います。


「それでも。囚われていた期間と同じだけはお休みいただきます」


 エステルにそう言われて、逆らう気もございませんけれど。

 心配をかけてしまいましたわ。


「……エステル」

「はい、お嬢様」

「犯人については、わたくしも聞かせて貰えるのかしら」


 わたくしの問い掛けに、エステルの顔色がさっと変わります。血の気が引いたような面持ちに、わたくしは首を傾げました。


「エステル?」

「お聞きにならないでください、お嬢様」


 エステルが低く答えます。ポリィとオルトに視線を向けても、目を伏せるばかり。

 確かに、エステルが一番気が気ではなかったことでしょうし、わたくしに聞かせたくないのも、分かる気がいたしますわね。


「そう……でも、わたくしは、知りたいわ」


 わたくしは、できるだけ穏やかにそう口にします。

 エステルは顔をしかめたまま何も言いません。多分、わたくしへの忠義と己の心情の板挟みになっているのでしょう。例えば、犯人がわたくしに関わりがあったとして。まあ、十中八九あるのでしょうけれど。知りたがるわたくしに答えたい心と、知ったわたくしが苦しまないようにしたいという心と、そのどちらも、エステルには正しいのです。

 正義の反対は悪ではなく別の正義だ、とは、前世に見たキャラクターの台詞だったと思いますが、エステルは今まさに、その二つの、自分にとっての正しさに挟まれているのでしょう。

 わたくしは微笑みます。


「なら、エステルが聞かせても良いと思ったら、聞かせてね。それから、他の人がわたくしに話してしまうことは、許して欲しいの」


 エステルは泣きそうに顔を歪めてから承諾を表すように、深く頭を下げました。


「ありがとう、エステル。わたくしのことを守ろうとしてくれて」


 過保護にも感じてしまいますけれど、流石に行方知れずになって心配を掛けていたのは事実ですから、わたくしが反発するのもお門違いというものです。

 わたくしはその週まるまるを自宅である町屋敷で過ごし、翌週から学園へ復帰することとなったのでした。


 両親も兄も心配はすれども引き留めることはなく、わたくしは日曜に学園の寮へ戻りました。

社交シーズンにこのようなことになってしまって、ジンカイイ家に悪い影響が無ければよいのですが、両親も兄も、なんというか、わたくしが日常に戻ろうとすることを良しとしたいが為に、心配を押し隠しておられるようで、それはそれで、わたくしも心苦しく思います。ただ、わたくしに何ができるかと言えば、品行方正に大人しくしていることだけなのですが。

 わたくし個人の心配としては、主催がこのようになってしまって、来年以降の学園祭開催に悪影響を及ぼさないかというその一点のみです。来年も開催しようと思ってくださる方がいても、このような事件の、もしも切欠になっていたならば、学園側も慎重になってしまうでしょうし。

 なかなか、難しいことですわ。

 ともあれ。

 寮に戻るとたくさんの方に囲まれて、口々に無事を喜ばれました。出来る限りの感謝を伝えて部屋に戻りますとドアの前に四人の姿。スノエル様、フィリィ様、メアリー様、ローズマリー様。

 玄関ホールでお会いしなかったのは、こちらでお待ちくださっていたからのようです。


「皆様、ご心配をお掛けいたしました」


 わたくしが深く頭を下げますと、四人が駆け寄ってきてくださいます。

 顔を上げて見渡せば四人とも、目元を真っ赤にしておられて。本当に、ご心配をお掛けしてしまいました。


「皆様、どうぞ、中へお入りになって」


 わたくしが申しますと、エステルがそっとドアを開きます。わたくしか先に入って、そっと促すように手を向けますと四人がおずおずと入ってきてくださいました。

 小さなティーテーブルに付属する、一脚の椅子にスノエル様、勉強机の椅子にフィリィ様、ベッドにわたくしを挟んで、メアリー様とローズマリー様。


「サロンを借りれば良かったですわね」

「それではお嬢様に注目が集まってしまいます」


 みっちりした室内にわたくしが溢しますと、エステルが答えます。

 確かに。


「わたくしたちは、お茶がしたいわけではなくて、プリム様のご無事を確かめたいだけなのです」


 メアリー様が重ねておっしゃって、わたくしは嬉しくて泣いてしまいそうです。


「ありがとうございます。メアリー様。皆様も」


 改めて頭を下げると、ようやく、皆様の表情に笑みが浮かびます。


「それでその、わたくしが居ない間に、何か、学園ではありませんでしたか? 授業の進み具合ですとか、学園祭の今後ですとか」


 少し話をわたくしの無事から反らそうと、話題を振ってみますと、皆様少し思い悩んでから、まずスノエル様が。


「授業は、貴族専科については、ずっとお休みでしたの。プリム様が見付かるまで、というお話だったのですけれど、ご無事で明日、翌週から復帰とすぐに決まりましたから、それならいっそのこと復帰まで、と、学園長がお決めになりましたわ」

「だから授業は進んでいないの」


 フィリィ様が頷いて応じます。


「学園祭の方は、申し訳ありませんけれど、何も伺っておりません」


 スノエル様がさらに重ねられて、わたくしは頷きました。

 ちらり、とエステルを見やります。エステルは静かに壁際に控えておりますが、わたくしの意図は察しているでしょう。わたくしは、皆様を見渡して口を開きました。


「それで、わたくしは、どうなっていますか? 家のものは教えてくれないのですが、二日も誘拐されていて、社交のシーズンです。わたくしのことなどすぐ口に上ったのでは? それに、犯人のことも、わたくしはまるで教えられていないのです」


 そう尋ねると、フィリィ様があっけらかんと答えました。


「わたしたちも、わからないの」

「わからない?」

「そうなの。わたしたちが出た社交も、今週分なら多くはないし、わたしたちは、そもそもわざわざそういうことを口にしませんわ。その中では、まるでお話を聞かなかったの」

「わたくしもです。ローズマリー様は?」


 スノエル様が頷いてから話を振ると、ローズマリー様も頷きました。メアリー様も、同じく、と。


「期間もありませんでしたし、むしろ、プリム様が復帰されてからが大変だと思いますわ」


 スノエル様がそうおっしゃって、わたくしの噂についてはおしまいです。確かに、噂になるほど期間がなかったと言われればそうなのですけれど、筆頭侯爵家の醜聞ならば、口さがなく言われそうなものです。わたくしが出たら、と言われれば、それもそうか、とも思いますわね。本人がいる席で陰口を言った方が、あああいつが、と皆様に知らせられるでしょうし。


「犯人については」


 ですから、改めて問おうとすると


「それは、改めて説明がありますわ」


 とメアリー様。


「助けてくださったのはアンドン先生なのです」


 とローズマリー様。

 スノエル様とフィリィ様も、うんうんと頷いておられて。


「おそらく、明日の放課後にでもお呼び出しがあるかと」


 ローズマリー様がおっしゃってわたくしは事情を何も聞けませんでした。

 わたくしが気付いたときには全て終わっていて、わたくしが何故拐われて、何故無事だったのかもわかりません。

 おそらくは、気を失う前に会った方が、犯人なのではと思うのですけれど、確信も持てません。

 お預けをされたようですが、それを皆様に言っても詮の無いことです。

 わたくしはただ、皆様との再会を喜ぶことにいたしました。



 翌日、いつもの時間に起きて、いつも通りに食堂へ。昨日の四人以外も、いつも通りに接してくださって、いつもの時間に登校しますが、あとに続くエステルがいつもとは異なります。

 そのまま教室にも着いてきて後ろの壁際に控えました。

 わたくしが誘拐されたこともあり、護衛兼お目付け役として、暫くはエステルも共に登校することになったのです。

 拐われた己が悪いとは言え、自分だけ侍女を伴うのはなんだか居心地が。

 朝礼でベイカー先生がわたくしの無事とエステルがいる理由を説明してくださいましたけれど、皆様のなんというか、憐憫と興味の視線をひしひしと感じますわね。


「ジンカイイさん、放課後にアンドン先生のところで面談です。わたくしも同席しますので、予定しておいてください」

「かしこまりました」


 最後にわたくし宛の伝達があって、朝礼は終わりました。

 あとは何事も無い一日です。



 正直、寝て起きたら日が過ぎていた、という感じで、浦島太郎というか、実感がありませんのよね。心配させてしまったという思いはあるのですが、怖かったかと言われると知らないもので、としか。むしろ家族やエステル、心配してくださった皆様の焦燥と疲労が心配です。あまり無理をなさらないでいただきたいのですが、それこそこの件については『お前が言うな』だと思いますので、わたくしはただ、お礼を申し上げるのみなのです。

 一日の授業を終えて、アンドン先生のところへ向かいます。

 エステルと共に、メアリー様と、ローズマリー様もご同道くださることになりました。

 何故でしょうか。


「帰れと言われましたら帰りますから」


 とお二人がおっしゃるので、止める理由も無かったのですが。

 そうしてアンドン先生の部屋に、アンドン先生とベイカー先生、わたくし、エステル、メアリー様にローズマリー様。狭い準備室にみっちりしております。

 アンドン先生は少し面倒くさそうに、


「多すぎる。実習室でいいか」


 とおっしゃって、皆様で移動いたしました。

 先生方お二人の向かいに、わたくしたちが座ります。

 実習机ですから、少し遠めですわね。

 ベイカー先生がまず口を開きます。


「今回の件について、まず無事で何よりでした、ジンカイイさん」

「有り難う存じます。ご心配をお掛けいたしました」

「いいえ。無事なら心配なんて関係ありません。気にしないでくださいね。ジンカイイさんを発見したのは、アンドン先生なのですが、アンドン先生から説明したいとのことでしたのでわたくしが同席しました。では、アンドン先生」


 アンドン先生は頷いて、わたくしたちを見渡されました。


「まずは、防げなかったこと、発見までに時間がかかったことを謝罪する」


 深々と、アンドン先生は頭を下げられます。


「先生、そのような」


 わたくしが声をあげますが、アンドン先生は首を左右に振られました。


「いや。僕は予測してしかるべきだった」


 先生がそう溢されます。続けて


「分かっていたのに防げなかったなら、それは罪だ」


 そう呻かれます。


「コンツェルト、クアクゴス、僕はお前たちに嘘をついた。タベーモアを疑うように、仕向けた」

「「っ!」」


 薄々思っていたのでしょうか。それとも、令嬢として表情を抑えたのでしょうか。お二人はお二人とも、少し息を飲んだ程度で大きく取り乱されはしませんでした。

 わたくしは、先生が知っていた、ということに、少し、驚きます。


「ジンカイイ、お前を誘拐したのは、専科は伏せるが、ジンカイイ領出身の男子生徒だ。魔力学は取っていないが、家が代々魔力を受け継いでいる。魔力特性は闇、しかも空間収納が家に伝わる魔法だ」

「空間収納」

「ああ。魔法で、そうだな、世界の一枚向こう側に物を仕舞うことができる。向こう側はこちらとは概念が異なるので、時間の進みが遅い、と言われている。なので、彼の家は能力を秘して、生鮮品の輸送なんかを本職としていたそうだ。時間の進みが遅いから、鮮度を落とさず運べるからな。そして、お前の商会と契約した」

「確かに、フレッシュハーブの輸送をお願いした配送屋さんで1ヵ所だけすごく鮮度が良かったところがありました。それが売りだと言われましたから、上乗せして契約したはずですわ」

「その時にお前を見初めたそうだ。学園祭で殿下と仲睦まじいのを見て、思い余ったと言っている。ただ、まだ学んでいる途中のそいつは、人一人をそんなに長いこと納めていられなかった。納められる容量は、本人の技量によるからな。結果、お前は二日で、領域から放り出された」

「予定ではどうするおつもりだったのでしょう? 二日あれば多少は逃げることもできたでしょうに」


 二日間囚われていたと言われても実感が無いものですから、むしろ興味の方が勝ってしまうと言うか、怖いもの知らずと言うか。

 わたくしが問い掛ければ、アンドン先生はため息を吐かれました。


「すぐに逃げれば犯人と思われるから、一週間は普通に過ごして、週末に外出に見せ掛けて逃げるつもりだったようだぞ。詳しくは知りたくもないが」


 なるほど。すぐに逃げないことでむしろ視線を反らそうとなさったわけですね。お陰で、わたくしは助かったわけですが。


「それで」


 わたくしは問いを重ねます。


「アンドン先生は何をご存知で、何を隠して、どうして止めなかったのですか」


 まるで尋問のようですが、先生がそれを望まれているようなので。

 想像ですけれど、アンドン先生はわたくしに話して、まあ、責められるなりして、それで楽になりたいのでしょうね。罪悪感というのは、そうやって逃げたくなるものですもの。わたくしと同じです。


「……僕の魔力特性は、風だけじゃない。本当は全属性ではないか、と言われている。僕も、そう思う」


 ゲームのアンドン先生の過去を、不意に思い出してしまう告白でした。これ、わたくしが今聞いてよろしいのでしょうか。

 アンドン先生は、才能ピカ一ながら、学園ではやる気なく居られる先生です。攻略対象としてもそのように描かれます。

 一方で、魔法と魔力、魔力学を広め、一般化し、皆が理解できるものにしようと、日々努力されています。魔法を神秘と奇跡から、技術と学問にしていこうとされています。それを、『普通』に組み込もうとしておられます。

 それには、先生の過去が関わるのですが、それは、ヒロインにこそ語られるべきことでしょう。


「先生」


 わたくしが口を開こうにも、先生はそれを視線で制されます。止めさせて貰えません。


「僕には、魔力を持つものがわかる。魔力学を受けていなくても全生徒の誰が魔力持ちなのかくらいは常に把握している。読み取れるなら、特性も。だからこそ、今回の犯人は収納能力のある魔法だと目星がついた。そして、ジンカイイが消えたと思しき時間には、確かに、強い魔力が動いていた」


 そんなこともわかりますの!? 初耳ですわよ。ちゃんと伏線張ってくださいます?


「だから僕は、闇の魔力特性を持つ生徒が犯人だと分かっていた。それに、彼がやがて危うい選択をするだろうことを気付きながら、導こうともしなかった。魔力学を教える身なのに、だ」


 先生は、自分の家で学んでおられる方には積極的に魔力学をお勧めにはなりません。研究には喉から手が出るほど欲しいのでしょうが、自分で選ばせたいのです。それに、今まで秘してきたものを、公開し、普通にしていこうとする先生の在り方は、今はまだ彼らには異端に見えるでしょう。


「僕は、僕の研究と、興味と、意思と、そしてお前と、彼を天秤にかけた。かけつづけて、選ばなかった」


 すまない、と、先生は頭を下げられました。

 が。


「馬鹿馬鹿しいですわ」


 本当に。わたくし、令嬢らしくなく口にしてしまいます。


「ご無礼お許しくださいましね。今のお話しの、どこに先生の非がありますの? 彼を止めなかったこと? それは彼から計画を告白されるなりしていたならともかく、予知の力もお持ちでないのにそれが何の罪になりましょうか。怪しければ全て罰しろというのは横暴に他なりませんわ。それともすぐに見付けられなかったこと? 彼に目星を付けたのが何時かは存じませんが、逃げる前に見付けていただきましたし、わたくしは健康そのもので怪我も心の傷のようなものもございません。先生、先生は己を過信しておいでですわ。自分に期待しすぎです。わたくしを見くびらないでくださいまし」


 言いきりますと、熱い視線を隣から感じました。メアリー様と、ローズマリー様です。ずっとお黙りになって、わたくしたちのやり取りを聞いていてくださったのですが、何故そのような眼差しになっておられるのでしょうか。


「プリム様、ずっと付いて参ります」

「流石は我が君です」


 お二人が恍惚と仰るので、少し、びっくりしてしまいます。ベイカー先生も目を丸くしておいでではないですか!


「……ジンカイイ」


 ため息のように、アンドン先生がわたくしの名を呼びます。


「はい、先生」

「……改めて、僕が悪かった。思い上がりも、お前の言う通りだろう。僕は僕が『優秀な』魔力持ちとして不甲斐なかったことを、お前の『為』にと言いながらお前の『せい』にしようとしたんだな」


 アンドン先生が仰るので、わたくしは、


「それでも、助けてくださって、ありがとうございました」


 と答えます。

 アンドン先生が分かってくださって。わたくしも助かった。事情も知れた。これでめでたしで良いのではないでしょうか。


「あ」

「どうした?」


 忘れておりましたわ。


「本人にはまだ伝わっていないとは思いますが、ナハトを疑わせたことは、本人に謝罪してあげてくださいまし」

「確かにそうですわ」

「わたくしたちからも謝罪に参ります」


 メアリー様と、ローズマリー様も口々におっしゃって、アンドン先生がまたため息。


「……わかった」

「わかりません」


 おっしゃったのは今まで黙しておられたベイカー先生です。


「アンドン先生」

「何でしょうか」

「先の職員会議では今説明のあったようなことは一言もおっしゃっていませんでしたが」

「学園には何の関係もないからな」

「あります! どちらも生徒なのですよ!」

「無いよ。学園の機材にも財産にも何も傷は付いていない。拐われたのは一人の侯爵令嬢で、拐ったのはそれに恋した男だ。町中で事件があっても、道路管理者に責任も関係もないし、犯人の勤め先も家もその犯行には関係ない。犯人が自分の意思のみでそれを為したならば、それは、犯人だけの罪だろう。学園には何の責任も、ましてや何の権利もない」


 アンドン先生が澄んだ目でベイカー先生を見つめ返します。

 前世、学校で事件が起これば何でも学校に責任を追求されていましたけれど、確かに、どんな犯罪だって突き詰めれば犯人と被害者にしか関係はございません。学生だからと言って罪を問われない理由にはならず、犯行現場が学園だからと言って学園が捜査や判決に介入できるものではありません。まあ、だからこそ、日本ではまず学校内の事件に外を介入させないことで理屈を捩じ伏せていたわけですけれど。

 今回はもう騎士達も関わっていますから、学園内の話では収まっておりませんし。


「それでも事情がわかるなら知らせるべきでしょう。あなたは教師として生徒を探したのですから」


 ベイカー先生の言葉も一理。というか、アンドン先生が仕事としてわたくしを探してくださったなら、雇い主に報告する義務はありますわね。


「先生は勤務時間中にわたくしの捜索をしてくださっていたようですから、それは、お給料の範囲として学園に報告する義務はあるのではないでしょうか」


 ですのでわたくしが申し上げますと、アンドン先生は目を丸くされました。


「確かに」


 そして頷かれます。

 これ、全く考えてませんでしたわね。自分が学園の教師であることよりも一人の魔力学の講師としてわたくしを探し、犯人を止めようとしてくださっていたと。

 先生は、やっぱり、立派で素晴らしい先生なのです。

 いえ、常識は、不足しているのかもしれませんけれど。


「では、お前達は帰れ。僕からは以上だ。ベイカー先生、報告に行きますので、ご同道を」

「は? えっ? はあ」


 アンドン先生が立ち上がりすたすたと歩き始めるのを、ベイカー先生が慌てて追いかけておられます。

 わたくしたちは顔を見合わせてから、笑い合いました。

 結局のところ、その男子生徒がどこの誰なのか、というのは、予想できても、確定はしかねております。

 専科も異なりますし、彼が今どういう状況なのかもわかりません。

 いくらわたくしが実害なく健康で平気でいるといっても、罪は罪なのでしょう。

 擁護する気はありません。

 けれどもし。

 もしも、それがナハトだったら。

 わたくしはどう思ったのでしょう。

 もしも、『本当の』プリムがナハトと婚約する運命だったら? わたくしが、それを知っていたら?

 全てはたらればで、何も解決しませんし、何も起こってすらおりません。

 わたくしは。


「ちゃんと、生きなければ」


 ふと呟くと、エステル、メアリー様、ローズマリー様から視線を向けられます。

 わたくしはまた笑って、四人でアンドン先生の部屋を後にしました。

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