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3 大夜会編

ひとまずこちらで第一部のおしまいです。

当初はここで完結の予定でした。


01/04 体裁の修正と気付いた誤字、誤設定を修正しました。

 冬の手前、王城で開かれる大夜会は、社交の季節を締めくくる最後の夜会だそうです。この夜会以降、どの家も社交向けの茶会や舞踏会をしなくなり、せいぜい友人を招いた席程度になるのだとか。王家が、終わり、としたものを家臣である貴族が続ける理由がない、ということですわね。

 この大夜会は例年開かれるものですから、各家の夫人や令嬢がたは、こぞって取って置きのドレスを用意いたします。

 わたくしは、今回初めての参加ですが、ステラお姉様やお母様の用意の様子を見ておりましたし、エステルがとても張り切って用意をしてくれましたの。

 父と兄は王城での貴族議会へ先に参加しておりますので、レディスメイド総出で午後いっぱいかかって、わたくしたちの支度をいたしました。毛穴までピカピカの心地です。前世の高級エステは、こんな感じだったのでしょうか。わたくし、スーパー銭湯の垢擦りや岩盤浴がせいぜいでしたわ。

 ……スーパー銭湯、いいですわね。領地で温泉が沸くようでしたら考えてみましょう。

 支度を終えたわたくしは、玄関ホールでお母様と落ち合います。

 お母様は金髪に翠の目のとてもお美しい方ですの。わたくしがお母様に似たのは金髪と、すこしの面差し程度ですわね。目の色はお父様に似て、榛色ですの。両親とお兄様は気を遣ってくださって、お前の瞳は、幸福をもたらす金の瞳だよ、と仰ってくださいますが、これ、黄土色ではございませんかしら?

 ともかく、髪と目の色のバランスが良くないことが、わたくしの外見コンプレックスですわね。

 そんなわたくしは、エステルとお母様が見立てて下さった、深紅のドレスを纏っております。

 サテン生地に見えますがこの艶やかさ、全て絹ですわよ。左の肩は露出するかわり、右の肩には同じ生地を寄せて絞って大振りの蓮の花を作ってありますの。薔薇の花をモチーフにした同様のドレスは前世でも見た気がいたしますが、蓮を用いるのはレンコンなどから分かるように沼地の多い我が領地を象徴する花ということなのでしょう。裾にも蓮の花のレースがあしらわれておりますわね。

 対するお母様は、ヘーゼルの生地に胸元から裾に向けて金糸での刺繍が細かくなされたドレスです。間違いなく、お父様の髪の色とお母様の髪の色の意匠ですわね。

 胸元に木彫り細工にエメラルドを嵌め込んだブローチを付けておりますもの。お互いしか見えていない、という証でしょう。たしかお父様も今日はエメラルドのピンを付けておいででしたものね。

 わたくしとお母様は連れだって、当家の紋章の付いた馬車に乗り込みます。

 城の入り口で、お父様とお兄様と落ち合う予定となっておりますの。

 メアリー様のおうちも招待されているとのことですから、会場でご挨拶できたらよろしいのですけれど。

 人が多いと難しいかも知れませんわね。

 王城の広い降車場とはいえ混雑しております。しばらく待ってから王城のフットマンに手を貸されて馬車を降りました。

 繊細な意匠を施された石張りの通路を進み、ウェイティングホールへ通されます。

 下位貴族からすでに入場しておりますので、ホールはやや閑散とした趣ですわね。少しはなれた壁際にお父様とお兄様を見つけます。お母様と頷きあって、そちらへ向かおうとすると、お兄様がこちらをご覧になり、目が合います。お兄様が穏やかに微笑まれ、お父様を振り仰ぎます。

 これ、素人なら恋に落ちるところですわね。お兄様、不意打ちが過ぎましてよ。

 お父様とお兄様が並んでこちらへ歩み寄られますのでちょうど中ほどで四人揃うことができました。


「今日も美しいね、我が花」


 お父様がお母様を褒め称えます。お母様は嬉しそうに微笑まれました。


「とても似合っているよ、我が家の黄金」


 とお兄様が私に告げられます。

 パートナーの装いを誉めるのは一種のマナーではありますが、我が家の黄金は過剰ではないでしょうか。と思ったら両親も頷いてますわね?


「リバート、そこは我が至高の紅薔薇、くらい言って差し上げなさいね」


 ついでにお母様がダメ出しをなさいます。お兄様が苦笑して「気を付けます」と頷かれます。

 さあ、ジンカイイ侯爵家、入場でございます。

 呼子が声を上げ、重い木の扉が開かれます。

 まずはお兄様とわたくし。エスコートしてくださるお兄様に恥をかかせぬよう背筋を伸ばしそそそと進みます。

 中央を進み、振り返って一礼。それから侯爵家に割り当てられた場所へ向かいます。

 一礼するときには既にお父様とお母様も入場しておられ、視線を交わすことができました。

 我が家の後には公爵家の皆様。

 そして全貴族の入場が終わり、大扉が閉められると、壇上に、王家の皆様が来臨されます。

 陛下と王妃殿下が中央に。その両隣にそれぞれ第一王子殿下と第二王子殿下が立たれます。

 ざっ、と衣擦れの重なる音とともに、貴族全員が王家に配下礼を取りました。

 わたくしもカーテーシーをしながら顔を伏せます。


「顔を上げよ」


 陛下の声が響き渡り、またざっと衣擦れの音が立って全員の視線が陛下に集まります。


「今宵は我が夜会に良く集まってくれた。そなたらの忠誠にまず感謝を」


 言ってから陛下は全体を見渡されます。


「まずは日中の貴族議会の結果を告げる。

 そなたらも聞き及んでおろうが、イルワ侯爵家は取り潰しとする。一族郎党すべて叛逆の咎で裁く。領地は没収し、暫くは代官を派遣する」


 陛下が見渡す眼差しは澄みきっております。わたくしには、何が起こっていたのかなど予測も付きませんが、叛逆とは穏やかではありません。陛下方の心労はいかばかりだったことでしょう。

 陛下は一つ息を吐かれます。


「これらは明日の朝、各地へ公示する。そなたらには己の領地で混乱の無いよう対応するように求める」


 それから陛下は第一王子殿下を己のとなり、妃殿下との間に招かれます。


「二つ目、我が第一子イングラムの立太子が議会で承認された。イングラムは我が後継として、王太子となる。そなたらの忠誠を期待する」


 陛下の言葉に、殿下が一度頷きながら周囲を見渡されます。

 なんだか、目があった、ような?


「また、妃候補であるが、慣例により公表はせぬ。強いて告げるならばまだいない、ということのみである。

 余が告げるべきことは以上だ。

 今季最後の大夜会を存分に楽しみ、季節の終わりを悔いなく過ごしてもらいたい」


 陛下が錫杖をしゃん、と鳴らされます。

 同時に、楽団が音楽を奏で始めました。

 陛下が妃殿下の手を取りホールに降りられます。

 まさか陛下と妃殿下のファーストダンス!?

 王妃殿下の長いドレープが、ターンと共に軽やかに揺れます。裾だけは総レースで軽やかに作られているのでしょうか。縫い付けでなく、レースから通常の織り生地に続けてありますのね!? なんて超絶技巧の込められた生地でしょう!

 一曲が終わると、陛下が妃殿下の手を取り軽く指先に口付けられました。

 陛下が妃殿下をとても大切にされていることは有名です。政略のためにすら妾を取られなかったことは他国にも響いているとのこと。

 陛下が妃殿下の手を引いて壇上の席に戻られると、貴族たちの時間です。

 まずは公爵三家が陛下にご挨拶をされております。下位貴族たちは挨拶の順番を待つ間に、社交をしておいでですわね。

 侯爵家は三家の後、我が家は──あらやだ、イルワ侯爵家が取り潰されるということは、我が家が筆頭侯爵家になるのではなくて?

 ちらり、と両親を見返しますと、穏やかに頷かれます。

 筆頭侯爵家! これは大変ですわ。我が国において、公爵家は王家の親戚筋、有事の予備とされる家柄です。実務を取り仕切るのが侯爵家以下の貴族になりますので、つまり、我が家は。


「良く気がついたね、プリム」


 お父様が頷いておられます。お母様はうふふと笑っておられます。

 貴族議会の議長家になってしまうのです。

 では皆様に、わたくしからご説明申し上げます。

 前世日本の政治と照らし合わせますと、この国の政はまず陛下を頂点とする君主制を敷いております。

 陛下は司法権と行政権をお持ちです。三公爵家は、いってみれば内閣にあたるとお考えください。陛下を含めた行政府ですね。

 そして、侯爵以下の貴族のうち、貴族議会に含まれる家々がいわゆる国会、立法府にして行政府の監視機関となります。

 そして何より、貴族は王家に遣え王城に侍る、いわゆる王侯貴族以外は領地をもち、地方自治も担うわけです。

 翻って、我が家。

 ジンカイイ侯爵家は、貴族議会に席を持ち、領地もある貴族です。

 ここで筆頭侯爵になるということは、立法府のトップになるということです。

 貴族内の席次でいえば三公爵家に次ぐ地位となってしまいました。

 お分かりいただけますわね?

 モブに徹したいわたくしとしては、正直やめてほしい、というやつですの。

 そもそもイルワ侯爵家とアストラナガン第二王子殿下については、乙女ゲームとはいえ色々設定やりこみ要素のある中で、とあるルートにおける『終点』あるいは『宿敵』になる位置でしたの。なんで今取り潰されてますの?

 ちょっと訳が分かりませんけれど、ともかくご挨拶の順番は四番目! 早い! 我が家も壇上へ向かう列に並びます。

 待つ間は静にせねばなりませんから、イルワ侯爵周りのことを思い出しておきましょう。思索に耽溺するご令嬢、とでも思われれば面倒ごとはきっと寄ってきませんわね。

 まずゲームにおいて。

 イングラム王太子殿下、または宰相であるリードメン公爵の嫡男、セマニ様、いずれかのルートの際に反逆イベントは起こります。

 内政が『上手く行きすぎている』時に発生しますの。ストーリー上のスパイスとして配される、とシステム的には解釈できますわね。

 イルワ侯爵は隣国の過激派と通じ、陛下、ならびに王太子であるイングラム殿下を排し、第二王子アストラナガン殿下を擁立しようといたします。また己の血筋には王家への縁があると示すため、次男と、リードメン公爵家令嬢ミノルカオル様をあらかじめ婚約させておくなどしているのです。

 イングラム王太子殿下のルートでは、殿下の弱点として、ヒロインは誘拐される、命を狙われる、などのイベントが起こりますし、セマニ様のルートでは、事前にそれに気付いたヒロインが、妹君の保護のために奔走する、セマニ様と力を合わせてロビー活動や社交によって世論を動かし、計画を事前に食い止める、などが行われます。

 しかしこれらは、乙女ゲーム『輝きのソナタ』では準バッドルートというか、恋よりやっぱり仕事=国が大事よね、になってしまうルートになるのです。

 普通に恋愛ゲームとしてプレイしていれば、内政パラメータはそこまで高くならず、このルートには入りません。恋愛選択肢よりも政治的な判断を行い『上手く政治を廻し過ぎた』、システム的には『内政パラメータを上げすぎた』時に起こるものなのです。なんでそんなシナリオ用意したのかはわたくしも分かりませんが。

 ともあれ、そのルートに入らない限り、起こらないことでした。

 ですが、実際、今『現実の』イルワ侯爵は既に裁かれております。

 この世界は、ゲームではありません。けれど、わたくしの知らないことが、起こりつつあるようです。

 壇上を見上げれば、黒髪が特徴的なリードメン公爵家の皆様が御前を辞すところでした。ミノルカオル様の婚約も、これで解消となるでしょう。

 経緯が察しきれませんが、代官を派遣されたイルワ侯爵領はおそらく、臣籍降下されるであろうアストラナガン殿下が領地として与えられるのではないでしょうか。地位は一代大公あたりかと。

 そうすると、王家は詫びとしてミノルカオル様をアストラナガン殿下の婚約者に召し上げられるかもしれません。

 ミノルカオル様の平穏を祈るばかりです。

 そうするうち、続いて、武を束ねられるホエール公爵家が御前に出られます。ホエール公爵家はご夫妻、嫡男のラーシュ様の三名であられます。ラーシュ様も既に騎士の位を戴いており、イングラム王太子殿下の護衛を任じられております。お兄様含めた側近、ご学友仲間でらっしゃいますので、わたくしもご挨拶程度ならしたことがあったかと。

 メアリー様のコンツェルト伯爵家は武家ですので、ホエール公爵家の派閥、というかたちになります。

 ええ、もちろん、ラーシュ様とのルートもございますのよ。その場合、ヒロインは女騎士を志すようになるのです。

 公爵家の三家目はシーサヤ公爵家です。政のリードメン、武のホエール、そして福祉のシーサヤと言われており、文化の振興や医術薬事を主に担われておりますの。我が家は強いて言えばシーサヤ公爵家の派閥、と言えますわね。

 ジンカイイ家は政や貴族間の派閥よりは自領の自治と振興に力を入れておりますので、あくまで議会的な派閥、ではあるのですけれど。

 シーサヤ公爵家は一人娘であられますので、既に婿に入って下さる婚約者がいらっしゃったはずです。たしかスノーヴィ侯爵家の次男の方でしたわね。スノーヴィ侯爵家は代々シーサヤ公爵家に仕えておられますから、順当、というところなのでしょう。

 そうして、我が家の番でございます。父、母、兄、そしてわたくし。四人揃って王家の皆様に臣下の礼をいたします。


「ジンカイイ侯爵家四名、まかりこしましてございます」


 お父様が家名を名乗られると、陛下が


「大儀。顔を上げよ」


 と仰います。

 そうして顔を上げますと、光輝く顔立ちばかり、つまりはイケメンと美女の詰め合わせパックが眼前に展開されるのです。

 プリスケン・ド・イルフカンナ国王陛下。父より年上ですのに広い肩幅としゃんと伸びた背筋が御立派であらせられます。ザ、王、という趣。前世ではイケオジ王ルートが無いのはなぜだ、と騒ぐファンもおりましたわ。王妃殿下を溺愛なさる公式設定なのですから、そんなルートの要望は流石に私もちょっと理解できませんでしたが。

 ヴィレッタ・ド・イルフカンナ王妃殿下は、金髪碧眼グラマラスボディ。なのにタレ目気味で、穏やかな印象の方です。先日のお茶会でもお世話になりましたわ。貴婦人の中の貴婦人と呼ばれております。

 そして、イングラム王太子殿下。なぜわたくしを見ておいでですか?お止めください?わたくしの気のせいかなと思いますが視線を向ける度に目が合うのはもう見られていると思って良いのでは?

 最後にアストラナガン第二王子殿下。陛下に良く似たブラウンの髪に、妃殿下の碧眼タレ目という、イングラム殿下とは別のタイプのイケメンです。見方によっては優男、などとも取られるかもしれません。実際、文武に秀でられるイングラム王太子殿下に対して、文化面に秀でておいでです。特に算学と楽器演奏はイングラム王太子殿下を凌ぐとか。

 アストラナガン第二王子殿下のルートは存在しませんでしたの。攻略本の設定集には記載があるのですが、容量の関係でお蔵入りになったそうですわ。

 そのルートではなぜ彼が反逆ルートに乗ることになるのかが明かされる予定だったとか。

 何故! 実装されてませんの!

 ご挨拶からここまで三秒ほどで考え抜けました。偉いですわわたくし。

 不審に思われる前に我に返れました。


「──して、プリム嬢」


 何らかのお話が父と陛下の間で交わされた後、不意に陛下がわたくしに水を向けられました。


「はっ」


 応えてカーテシーを致します。


「良い。楽にせよ。

 ヴィレッタから聞いたが、そなたは大分博識だそうだな?」


 カーテシーから姿勢を戻し、陛下に向き直ります。そのまま改めて一度軽く膝を折って謝意を示します。


「お褒めにあずかり光栄です、陛下」

「そなたは己の知識をどうとらえておる。許すゆえ率直に応えよ。この件については不敬は問わぬ」


 不敬を問わないから正直に申せと仰せですか陛下!? 正気?

 ちら、とお父様を見やると視線で頷かれました。任せるということですか、放り投げ過ぎますわ。


「仮に、わたくしを博識とお褒めいただけるのであれば、それは今まで、貴族令嬢としての勤めを姉が果たしていてくれたからに他なりません。わたくしはその間、書庫に籠り時間の許すまま本を読んで過ごして参りました。お陰様で、たしかに、お褒めいただける知識は得られたのかもしれませんが、わたくしのそれには、実践が、実りがございません。このままのわたくしは、ただの本と何が違いましょうか」


 今までこういった社交をしてくれていた姉は、もういません。それにそもそも、わたくしの知識は前世での攻略本丸暗記という下地あってこそのもの。陛下からお褒めを賜れるようなものではないのです。

 暗記が得意なだけ、歩いてしゃべる本でしかありませんわ。

 わたくしはぴんと背筋を伸ばし直します。陛下に、シャンとした姿を改めて見ていただくために。


「今後は、この知識を実りへと繋げて参りたいと考えております。ジンカイイ侯爵家の令嬢としての務めを外れぬ限りにおいて、ですが」


 暗に、ちゃんと然るべき処に嫁ぎますと伝えつつ、自分の希望を口に致しました。


「陛下の御代に、わたくしが実のひとつとなれるならば、幸いでございます」


 そして、己の知識をお褒めいただいた以上それを陛下への忠誠とすることをお伝えして、またカーテシーを致します。これで言いたいことは言いましたという合図ですわね。

 身を起こしますと、陛下は満足そうに頷かれておいでで、お隣の妃殿下はなんだかものすごくにこにこしておられます。

 良かった、不敬とは捉えられていないようですわ。

 ちらり、と両親と兄を盗み見ますと、少し、焦っておいででしょうか、額に汗が見えるような?

 あら?

 わたくし、何か粗相を?


「プリム嬢は、本当に賢いわね」


 妃殿下がにこにこと仰います。


「ええ。陛下も、そう思われるでしょう?」


 イングラム王太子殿下が頷いて、陛下をご覧になります。


「忠義、大儀である。下がって良い」


 陛下は頷き、そして終わりを告げられます。わたくしたち一家は再び臣下の礼をとり、


「御前、失礼致します」


 父が代表して挨拶をいたしました。

 これでお仕事お仕舞いですわ。あとは、社交、ダンス、そして、美味しい王城ご飯が待っているはず。

 うふふ、嬉しくて弾みそうですが、なんとかそそそと進みます。エスコートしてくださるお兄様はなんだか笑顔がひりついておられますね。


「プリム」

「はい」

「お前は、気に入られてしまったね」


 そして、お兄様は小さくわたくしに聞こえる程度の、低いとてもしびれる美声で囁かれました。

 それ、わたくしにとってはある種の死刑宣告では?

 表情に出てしまいましたでしょうか。お兄様は少しだけ眉尻を下げました。呆れてらっしゃいますか?

 壇を降り、壁際に集まります。通りかかったウェイターから、飲み口の軽いスパークリングワインを受け取ります。あ、この国、飲酒の年齢規制はございませんの。十六から男女共に婚姻のために成人の扱いになりますから、およそそのあたりから解禁、というのが世の空気感ではありますが。

 両親とお兄様も同じ飲み物を受け取られ、四人でグラスを軽く掲げました。

 こくり、と喉を潤します。前世ならここで、ぷはーと言いたいところですけれど、そうもまいりません。乾杯の後の拍手も不可です。


「プリムちゃんは、みんなの人気者ねぇ」


 お母様が穏やかに告げられます。先程のお兄様の呟きから考えるに、王家に与えた印象のことを差しておられるのでしょう。


「わ、わたくし、精一杯誠意を込めてお答えしたのですが、不敬だったでしょうか」


 問えば父はいいや、と首を振りました。


「むしろ上手すぎたな。我らの娘とは思えぬほど良くできた娘だよお前は。だからこそ、陛下や妃殿下にお褒めを賜ったんだ。ただ」

「はい」

「お前はおそらく、我が家の立場の変化も相まって、王太子殿下の婚約者候補に載せられただろう」

「……はい」

「お前が望まぬなら、なんとか手を尽くしてやりたいが、王命となればそうもいかん。そういう状況になったと、知っておきなさい」

「はい」

「プリムちゃんが嫌なら嫌で良いのよ。お母様が何とかして上げます。多分ですけれど旦那様もリバートも、力を尽くすでしょう。

 だから気にせず、今は気分転換にリバートと踊ってらっしゃい!」


 お母様がわたくしとお兄様のグラスを続けざまに奪います。俊敏です。

 わたくしが驚いていると、お母様はくいくいっとそれらを一瞬で飲み干してはウェイターに空きグラスを渡しておりました。お母様、酒豪ですの?


「では、お嬢様、私と一曲踊っていただけますか?」


 お兄様がそう言って手を差し出してくださいます。

 練習には良いのかもしれません。いえ、攻略対象イケメンが他の家の令嬢と最初に踊るよりは角が立たないのかも!

 なるほどですわ、お母様!


「喜んで」


 応えて、わたくしはお兄様の手を取りました。

 曲の変わり目と共にホールへ出ます。他にも何組かがホールに出ておられます。

 お兄様と開始姿勢でホールドしました。

 やがて流れ始めたのは、通常速度の三拍子。ノーマルなワルツですわね。

 粘り腰の出番があまりございませんが、基本のスリーステップを優雅に踏みます。

 お兄様のリードが巧みで高いヒールも苦になりません。流石ですわ。

 くるり、とターンしますと、お母様こだわりのドレスの赤がひらりとなびきます。着ているのがわたくしでなければなー、と思わないでもありません。ターンエンドの視線の先が、ちょうど壇上に向きました。あれは。


「メアリー様ですわ」


 小さく呟くとお兄様もそちらをちらりと見られます。


「コンツェルト伯爵家の番なのだね」


 伯爵家以後の爵位となると、陛下からお声がけがあることは稀になります。何か特別な功績があった場合など以外ではご挨拶の定型文で終わりです。

 くるり、とまたターン。

 まだメアリー様が壇上におられますから養女となったことのご報告なのでしょう。

 くるり、くるり。


「お兄様は、メアリー様をダンスに誘われませんの?」


 問いかければお兄様は微笑ましいと言いそうな表情です。

 曲は最後の盛り上がりに差し掛かります。


「誘うつもりでは、あるよ」


 なんですって!?

 だだん! と曲が終わりポーズを決めました。

 問いかける間もなく、周囲へ礼をして、ホールから捌けねばなりません。

 お兄様にエスコートいただいて、壁際の両親のところへ向かいます。が。

 お兄様が。

 メアリー様を!

 お誘いになる!!

 イベント! イベントスチルですわよ!

 にやけそうになるのを堪えて、おしとやかに。わたくしは、令嬢ですもの、ビークールビークール。

 少し息を弾ませて両親と合流です。


「どうだった?」


 お母様がお尋ねになりますから、わたくしは満面の笑みです。


「こんなに広いホールで踊るなんて初めてで、楽しゅうございましたわ」

「それは良かった。じゃあ、プリムちゃん、お母様とお仕事に行きましょうか」


 お母様がうふふと微笑まれます。夜会でのお仕事、つまりは


「挨拶まわりですわね。お供致します」

「あら。多分話題の中心はプリムちゃんよ。うふふ、頑張ってね?」


 お母様はたまにスパルタですが、なぜわたくし?


「プリムちゃんは最近表に出たでしょう? みなさん、プリムちゃんのことを知りたくてわくわくしているのよ」


 お母様は穏やかに微笑まれますが、つまりそれは令嬢として値踏みされるということでは?


「し、失礼の無いように気を付けますわ」

「それでいいのよ。

 では、あなた、リバート、女の戦場へ行って参りますわね」


 お母様は我が家に付けられた従僕から扇を受け取りお持ちになられます。わたくしもそれに倣いました。

 お母様とホールを迂回するようにすすすと進んで参ります。

 途中途中でお会いする方々に軽く挨拶をさせていただいて、お母様が向かわれたのは


「ステラちゃん、お久しぶりね」


 お姉さま──ステラ・ラ・イオート辺境伯夫人ですわ!


「お姉さま、お久しぶりでございます」

「お母様、プリム、お久しぶりですわ」


 お姉さまは細やかなレースの長袖のドレスをお召しです。手の甲までレースでおおわれ、中指のリングで止められています。


「素敵なドレスですわ、お姉さま」


 お声がけするとうふふとお母様そっくりに微笑まれます。


「旦那様の領地の伝統柄なのよ。旦那様は今シーズンは都へ来られないから」

「お加減が悪いの?」

「……隣国が」

「イルワ侯爵の件ね?」

「ええ。今離れるわけにはいかないとのことで。かといって社交シーズンに都に居ないのも、情報が遅れますでしょう?」


 お姉さまとお母様のやりとりに目をみはります。

 女の戦場とお母様がおっしゃったのがわかりますわ。


「お母様は、わたくしに、これをお聞かせになりたかったのですね」


 お二人の会話が一段落したところで感嘆と呟くと、お母様は満足げです。


「女の仕事は情報よ、覚えておきなさい」

「わたくしもお母様に教えていただいたの。プリムなら大丈夫よ」


 お姉さまが微笑まれます。我が家にいた頃より、焦りのようなものが薄れたように思えます。真実の愛の力は素敵ですわ。

 ですけれど、わたくしにもお姉さまやお母様のようにできるでしょうか。


「不安ですわ」

「プリムちゃんはまず、おともだちを増やすことね。知り合い程度でもいいのよ。名前がわかって、簡単な世間話ができる相手を増やしなさい」

「はい、お母様」

「がんばりなさい」

「はい、お姉さま」


 お二人に激励されてしまいましたわ。まだまだわたくし、未熟ですの。

 お姉さまにお別れを告げて、お母様がわたくしに仰います。


「貴女はメアリー様のところにお行きなさい。多分、良いことがあるから」


 お母様と別れて、ご令嬢たちの集まっているあたり──スイーツのテーブルですわね! 素晴らしいですわ──へ向かいます。

 すすす、と壁際を進んで、すれ違う皆様に軽くご挨拶。

 お母様がすぐにわたくしをリリースされたのは、お母様御自身のお勤めのお邪魔になるか、わたくし自身の鍛練のためと推察致します。ですから、波風立てずに、おだやかに。

 そう、わたくしは侯爵令嬢なのですから。

 すすすすすすすす。

 目指すエリアに近づきましたら、扇子で口許を隠します。


「ごきげんよう。皆様」


 そうして軽く膝を折ってご挨拶いたします。

 振り返って下さった皆様も同様に簡易礼を返してくださいました。

 そのなかに、ピンクプラチナの髪にサファイアの瞳、瞳と同じ深い蒼のドレスのメアリー様がいらっしゃいます!

 わたくし、そそそ、と不自然にならないようにメアリー様のお隣へ進みます。


「メアリー様、良い夜ですわね」



「プリム様、お会いできて光栄ですわ」


 メアリー様が麗しく微笑まれます。マブシッ!

 目映い微笑みにくらくらしつつ、わたくしも、と返します。

 それから、先日の妃殿下のお茶会でお会いした方々や、その後お誘い下さった方々にご挨拶を。

 なんと、そのなかにはシーサヤ公爵令嬢様や、リードメン公爵令嬢もいらっしゃいます。お先にご挨拶申し上げるべきでしたわ。

 わたくしはお二人に改めてカーテシーをいたします。


「楽になさって。わたくしは、シーサヤ公爵が娘、ジェニファーともうします」

「わたくしは、リードメン公爵家の娘、ミノルカオルですわ」


 お許しを得て姿勢を正し、わたくしも名を名乗りました。


「ジンカイイ侯爵家次女、プリムと申します」


 今一度軽く礼をして顔を上げると、金髪碧眼のザご令嬢ジェニファー様と、黒髪に碧眼の異国情緒漂うミノルカオル様は、それぞれ異なる魅力で輝いておられました。

 ミノルカオル様など騒動の渦中でしょうに、とても穏やかなお顔です。


「わたくし、ジンカイイ侯爵令嬢とちゃんとお話をしたかったの」

「わたくしもよ。多分、ここにおられる皆様、そうじゃないかしら」


 ジェニファー様とミノルカオル様がそれぞれ仰います。

 またまたご冗談を、と前世良く見たポーズをしたくなりますが、ハッと察して、扇を口元へ戻します。


「皆様の口に上がってしまうような粗相をしておりますのね。未熟で申し訳ございませんわ」


 しょんぼりですの。この場合の「ちゃんとお話ししたい」とは、つまり、「少しおいたが過ぎましてよ」の警告と相場が決まっておりますわ。

 いくらザマァ無しの『輝きのソナタ』とはいえ、普通に下手をうてば干されるものですわよね。ああ、メアリー様に咎が及ばなければよろしいのですが。


「まさか! 粗相だなんてとんでもないですわ!」


 そこへ割って入ってくれたのがメアリー様ですが、らめえええええ入っちゃらめええええ。わたくしだけでは済まなくなりますのぉぉ!

 はっ。ビークール、ビークール。

 わたくしが扇の下と、令嬢のガラスの仮面の下で右往左往顔面蒼白しておりますのに、シーサヤ公爵令嬢とリードメン公爵令嬢、そしてメアリー様は揃って頷いてにこにこされておいでです。

 ちらりと視線を巡らせれば、他のご令嬢方も。

 わたくし、わたくしだけ蚊帳の外ですの?

 干されてしまいますの?

 あらやだ、ちょっと泣きそうですわ。

 ぐっとこらえて、微笑みます。怒りたいときほど、笑うのです。


「誤解されてましてよ」


 と仰るのは、シーサヤ公爵令嬢ジェニファー様。


「言葉そのままに受け取ってくださいまし」


 とミノルカオル様。

 ひきつる微笑みに気付かれないと良いのですが、わたくしはあら? と首をかしげます。


「皆様、プリム様のことは、王妃様のお茶会の時からお友だちにしていただきたいと思っておりますのよ」


 再びジェニファー様が仰います。

 じわわっと泣きそうになるのを堪えて、メアリー様を見ますと、メアリー様も力強く頷かれました。


「お二方や、こちらの皆様、プリム様のお話を聞かれたいと、わたくしに話しかけてくださったのですわ。ですから、プリム様、わたくしの口からでなく、プリム様御自身でお話しいただく方がよろしいと思いますの」


 メアリー様が慈母のような微笑みです。マブシッ!


「まあ……!」


 本当ならなんと光栄なことでしょう。今度は感動で目が潤んでしまいますわ。


「光栄ですわ」


 そしてようやく申し上げ、心からの笑みを浮かべます。

 それから、もう一度、しっかり深く丁寧なカーテシーをいたしました。

 粘り腰、効かせてますわ。


「改めまして皆々様。

 ジンカイイ侯爵家次女、プリムと申します。若輩の身でございますが、どうぞ、よしなに、お願い致します」


 姿勢を正し、顔を上げますと。

 ざわり、と空気がどよめきました。

 これから令嬢たちとお話を、というところで、おいでになったのです。

 イングラム王太子殿下と、そのご学友の皆様が。

 つまり。

 お兄様、ジンカイイ侯爵家嫡男リバート。

 加えてお二方。

 ミノルカオル様のお兄様である、リードメン公爵家嫡男セマニ様。

 そしてホエール公爵家の嫡男ラーシュ様。

 四名が、この、スイーツテーブルの周りの令嬢の集まりに突入してきましたの。

 お兄様は少し困った顔をなさっているような気がいたしますが。

 一体どんなご用件なのでしょう。


「驚かせて済まないね」


 仰るのはイングラム王太子殿下です。穏やかな微笑みを浮かべておいでですが、その心中は計りきれません。


「お兄様、皆様とのお話し中ですわ」


 と仰るのはリードメン公爵令嬢ミノルカオル様です。ご兄妹でお揃いの黒髪碧眼のセマニ様は、むうと眉根を寄せられました。


「許せ」


 そして一言。

 わたくしもお兄様を見つめて問いかけました。


「お兄様、ご用でしょうか」


 殿下に直接聞くわけにも参りませんので、わたくしたちも警戒しておりますの。


「たくさんの花が壁際に飾られているだけとは勿体無いからね」


 とは殿下です。

 それは分からないでもありません。ええ。おそらく皆様、王家へのご挨拶前後に一曲踊った程度でしょうし、メアリー様は間違いなく一曲も踊っておりませんもの。ええ、間違いなく。

 すると、お兄様が一歩歩み出て、メアリー様に手を差し出しました。


「一曲踊っていただけますか?」


 よし! 有言実行お兄様! 流石ですわ。メアリー様はおろおろと視線をさ迷わせ、その手を取るかおっかなびっくりしておいでです。


「メアリー様、兄はリードがうもうございますから、足を踏むつもりで踊ってらっしゃいませ」


 何せわたくしの練習相手も兄でしたので、へたっぴへのリードは万全でしてよ。メアリー様が下手というわけではなく、わたくしが下手だったから存じているのです。ええ、粘り腰とあの躍りのステップがなかなか抜けませんでしたの。


「プリム様がそう仰るなら」


 そう言って、メアリー様はお兄様の手を取られました。よしよし。


「よろしくお願い致します」

「プリムの友人なのだから気兼ねしなくて良いからね」

「はい、リバート様」


 そうして二人はホールへ向かわれました。

 リードメン公爵嫡男セマニ様はいつの間にかミノルカオル様の手を取っておいでですし、ホエール公爵嫡男ラーシュ様はジェニファー様を誘っておられます。気のせいでしょうか、お二人とも揃って嫌そうですわ?

 そして最後に。

 殿下がわたくしに手を差しのべられます。


「一曲お願いできますか?」


 これ、断れる方いらっしゃいますの!?

 わたくしは内心の狼狽を知られないよう手を取りました。


「不馴れですの、よろしくお願い致します」


 そして『足踏むかも知れないぞ!』と警告してみましたが、殿下は貼り付いた微笑みに少し感情を浮かべられました。


「それは名誉の負傷だね」


 そしてわたくしの手を引いて、ホールへ躍り出られます。

 四組の男女がスタートポジションに付きました。

 殿下が楽団に視線で指示を出されます。

 そして流れた前奏。こ、この曲は!

 我が国の伝統舞踏曲ではありませんか。ステップはそう難しくありませんが、くるくる回って目が回るあれですわ。

 この曲の特徴は、途中で何度かパートナー交代があることです。複数組の男女が円形などを取り、それぞれ逆回転に踊って手を取り合っていく、特定のパートナーを持たぬ曲です。

 スタートポジションはあくまでスタート。

 古い別名は、お見合い舞踏。

 いえ、あの、えっと。

 殿下?

 ファーストステップを踏み出しながら殿下を見上げれば、貼り付けた笑顔はどこへやら。なんだかいたずらに成功したみたいな顔ですわ。

 あらやだ。少しときめきそうですわ。

 ですが、この曲ならば『誰が殿下の婚約者か』は察せられるものではありませんわね。

 強いて言えばわたくしも含めた四人が候補なのだろう、と思われる方もおられるかもしれませんが。


「考え事とは余裕だね」


 一回目のターン。殿下が仰います。


「余裕などございませんからなにも考えないようにしておりますの」


 答えて二回目のターン。

 手を離して背中合わせに三度目のターン。


「さしずめ、わたしの婚約者が誰になるか、あたりかな」


 ターン終わりに手を結び直して殿下。


「まさかそのような。殿下のお考えを悟ろうとするなんて不敬ですわ」


 最後のターン。

 終わりに手を離して、次の殿方の元へ。

 最後に指先を名残惜しげに握られたのは。

 

 何故でしょうか、殿下。

 

 

 ***

 

 

 王太子イングラムは、貴族たちからの挨拶を、弟も巻き込んで早々に切り上げた。具体的には伯爵家までだ。

 フロアに降りた彼は、ちょうどそばにいた側近の一人、ホエール公爵嫡男ラーシュを使いにやって、他の二人を呼び寄せる。

 リードメン公爵嫡男セマニと、ジンカイイ侯爵嫡男リバートである。

 彼ら三人は、王太子の側近として、婚約者の公表を許されていない。

 とはいえ、具体的な相手が分かるのはラーシュのみであるが。


「面倒ごとはさっさと終わらせたいと思う」


 イングラムは三人を見渡して告げた。


「つまり?」


 と問い返したのはセマニだ。


「わたしの婚約者候補が誰か、が争点だろう? だから、目に見えて分かるようにする。お見合い舞踏を四人で踊るのさ」


 イングラムが告げれば、ラーシュが面倒くさそうに顔をしかめ、


「相手は?」

「シーサヤ公爵令嬢、リードメン公爵令嬢、ジンカイイ侯爵令嬢、コンツェルト伯爵令嬢の四人だ」


 名指しされた家の兄二人がまた顔をしかめた。


「実質二択だろう」


 とラーシュ。シーサヤ公爵令嬢は婿取りだし、リードメン公爵令嬢はイルワ侯爵の件で難しいはずだ。


「一択だ」


 とリバート。

 ラーシュとセマニが驚いてリバートを見つめ、リバートはイングラムを見据えた。


「殿下」


 そして、低く告げる。

 イングラムは肩を竦める。


「口説く機会くらいは貰いたいものだ」

「本気だったんですか」

「興味、だったんだが、先程の陛下への挨拶で確信したよ。やはり、彼女が良い。背を伸ばし己を見つめられる相手に、私は背中を預けたいからね」


 やはり気に入られていたぞ、とリバートはあからさまに眉根を寄せた。

 イングラムにとって、先程のジンカイイ侯爵令嬢プリムの、王への応答は意外の一言だった。

 普通の令嬢は、誉められても己はまだまだだなどと謙遜して終わりだ。しかし彼女は、博識を誉められると、優雅に礼を述べ、その上で己のそれを実りとするべく努めると応えた。

 逞しい、と思ったのだ。

 彼女は博識で優雅なだけの令嬢などではない、と、イングラムは理解した。

 皆が彼女を誤解している。あれは洗練された令嬢ではなく、令嬢を勤め上げている仕事人だ。

 イングラムは、自分だけがそれに気付いていると悟っている。

 ならば、と思う。

 それならば、自分の内側にも気付いてくれるのではないかと、思うのだ。

 彼女なら、と、己も厭うた一方的な期待を抱いてしまうのを自覚して、イングラムは微笑んだ。

 何時もの笑みだ。誰にも悟らせない笑みだ。


「では、行こうか。華々をお誘いに」


 近くの侍従に楽団への指示を告げ、イングラムは三人を引き連れて令嬢たちの元へ向かった。

 

 

 ***

 

 

 令嬢たちはホールの四組にため息を吐いている。

 お見合い舞踏を踊る四組以外、ホールに踊る人の姿はない。

 曲がお見合い舞踏である以上、ホールに居れば巻き込まれるからだ。巻き込まれたい男性はなくはないが、巻き込まれたい令嬢はここにはいなかった。

 王子のみならず、三公爵家と筆頭侯爵家の子息と令嬢がほぼ全員である。そこに割り込む気など毛頭ない。

 令嬢たちの吐く息は、すべて感嘆の溜め息であった。


「やはり、殿下の本命はプリム様でしょうね」

「ええ。それにわたくし、ジンカイイ侯爵子息リバート様のお心は、メアリー様にあるように思いますわ」

「あなたも? わたくしもそう思っておりましたのよ」

「メアリー様はプリム様が見初められた令嬢ですもの。間違いございませんわ」

「ええ。わたくしたちも、あの方々を見習って、努めて参りましょう」


 扇子の下のささやき声は、感嘆の声ばかりだ。

 お見合い舞踏はターンが多いため、よろけずにパートナーを切り替えていくことが一番のポイントになる。

 もうすぐ2周目が終わり、最初のパートナーへと戻るところ。

 プリムは兄の手を滑らかに手放して、殿下の元へ向かう。

 伸ばされた手を、殿下が掴み引き寄せる。

 その物語性に、令嬢たちが声のない悲鳴を上げた。

 

 

 ***

 

 

 そろそろ目が回って来ましたわね。たしかもうワンフレーズで終わりのはずですけれど。

 お兄様との最後のターンを終えて、次の方の元へ。

 くるり、とスカートを翻したら。

 あら?

 殿下の顔が傾いて見えますわね?

 伸ばした手がまだ殿下に届きませんの?

 あら?

 あらあら?


「っ!」


 殿下の顔が、なんだか焦って見えますわね。

 それから。

 ああ、白い礼服。金の縁取り。伸ばされた手がわたくしの手を掴んで引き寄せます。


「はぁ」


 わずかに耳元で安堵したような溜め息。色っぽいですわと思う前に、それ、殿下ですわね!?


「あの、殿下」



「倒れるかと肝を冷やしたよ。大事ないか?」


 話しながら一回目のターン。

 まだすこしふらつきますが、殿下が上手く支えてくださいます。


「お恥ずかしい。目を回してしまいましたの」


 ニ度目のターンも心なしかゆったりと。

 三度目。背中合わせに回るはずが、殿下はわたくしを抱え上げてご自身だけステップを踏まれました。アドリブですの殿下!?

 ターンエンドに下ろしてくださり、


「無駄でも一回くらい休んでおいた方がいいだろう?」


 あと一ターンで終わりですのに、面白い方。


「ふふ。お気遣いありがとう存じますわ」


 思わず笑ってしまいます。

 終わりへ向けて最後のターン。

 ダン、と響く低音楽器の切れと共に曲が終わりました。

 最後のパートナーに礼をして、それから同じくお見合い舞踏を踊った方々に礼をします。

 まだすこし目が回ってますわね。

 顔を上げると、微笑みが剥がれてしまった殿下がおられました。

 なんだか顔が、赤くてらっしゃいますが。


「殿下?」


 ホールから捌けねばなりませんから、エスコートしていただきたいところなのですが。

 お声がけしますと、殿下は、はっと我に返ったように微笑みを──踊る前よりいくぶんかぎこちなく──浮かべられます。


「あ、ああ。問題ない。下がろうか」


 殿下が左腕を差し出されますので、右手をかけさせていただきます。

 あら、お耳も赤いですわね。


「殿下、お顔色が、熱がありそうですわ。お体大事ありませんか?」


 下がりながら問い掛ければ、殿下は、いや、とか、うん、とか仰せになります。

 ホールの端へたどり着いて、殿下の腕から手を離します。

 すこし名残惜しいですわね。


「とても楽しゅうございました。少し、名残惜しいほどですわ」


 流石の攻略対象トップ人気の王子様であらせられました。

 声が良い。顔が良い。密着すれば匂いも良い。

 わたくし、令嬢なのに勝ること何一つございませんわね。美人でらっしゃいますし。


「わたしも名残惜しい。こんなに楽しかったのは初めてだ」


 殿下がそう仰います。

 お世辞でも嬉しいですわね。

 一度深くカーテシーをしてから、向き直りました。


「光栄でございますわ、殿下」


 令嬢スマイルを浮かべてお答えすると、今度は殿下、すこし不服そうですか?


「うん、まあ、良い。欲をかいても仕方ない。プリム嬢、良い時間だった。感謝する」


 わたくしは今一度深くカーテシーいたします。


「プリム」

「プリム様!」


 そこへ、別方向に捌けてらしたお兄様とメアリー様、ジェニファー様や他の皆様が合流されます。

 周囲の令嬢たちも加わって、殿下始めお兄様たちが壇の方へ戻られるのをお見送りいたしました。


「プリム様! 素敵でしたわ!」


 お声がけ下さったのは、モビィディック侯爵家のサーエ様ですわね。

 わたくしは「ありがとう存じますわ」と応えます。するのサーエ様は重ねてこう仰ったのです。


「特に最後の背中合せのターンで殿下が抱え上げられたところ!

 ご存じですか? 最後のペアで背中合わせにならずに抱き上げられますと、恋が実る、とのお話がありますの!」


 なんて?

 

 ん、んー。前世が顔を出してしまいましたわ。

 ですけど、そんな言い伝えは聞いたことございませんわよ!?


「モビィディック領周辺の狭い地域での言い伝えですわ。抱え上げなくても、『背中合わせでなければ』などの地区もございますが」


 なるほど、地方の伝統ですのね。


「サーエ様、それは想像が勝ちすぎですわ。とても素敵なお話ですが、殿下にわたくしなんて、勿体のうございますもの」

「そうでしょうか。今夜最初に殿下が誘われたご令嬢ですもの。脈はあると思いますわ」

「はい?」

「今夜はもう他の殿方はお誘いにならないと思いますの」


 なるほど。殿下とわたくしの真意はともあれ周囲からはそうとらえられるというのとですのね。

 メアリー様を中心とした乙女ゲーム的な動きを見守りたいわたくしとしては、由々しき事態ですわ。

 わたくしはその他の令嬢でいたいのです。

 そう思って、わたくし、頬に手を添えてそっと溜め息を吐きました。


「恐れ多いことですわ」


 モブで居られなくなるなんて。

 困りましたわね。

 

 

 ***

 

 

 令嬢たちは、憂いの表情を浮かべるプリムを、またうっとりと眺めた。

 殿下が婚約者を公表できない伝統は、皆知っている。

 そんな中でプリムが『あからさまに扱われて困っている』のだと、彼女たちは理解した。

 相思相愛を隠しているのだと。

 ──なんて謹み深いのでしょう。

 令嬢たちの心中は、今まさに一致していた。

 

 

 ***

 

 

 王家が腰掛ける壇の下の壁際に、イングラムは他の三人と共に集まっていた。

 遠巻きに他の貴族の視線があるが、こんな視線はいつものことだ。イングラムは何時も通りの笑みを浮かべる。

 対するリバートは渋面だ。残り二人はリバートとイングラムを交互に見つめている。


「ラーシュには助かった」


 イングラムが口を開くと、ラーシュは眉根を寄せた。


「モビィディック領の言い伝えか」

「ああ。モビィディック侯爵令嬢も、おそらく、ジンカイイ侯爵令嬢にその言い伝えを伝えるだろう?

 多少は、意識して貰えるだろうからね」


 その言葉にリバートは目を丸くした。

 それに答えて、ラーシュが説明する。


「最後の背中合せのターンで、抱え上げたり背中合わせでなければ恋が叶う、という言い伝えがある地域があるんだ」


 リバートは最早取り繕うことも難しそうだ。


「殿下」


 そして静かに、地を這うような声を出す。

 イングラムはけれど穏やかな笑みのままだ。


「リバート。プリム嬢は、可愛らしく笑うのだな」


 そして、柔らかな声音で告げた。

 リバートは呆気にとられた表情でイングラムを見る。まさかイングラムが、利害や論理ではなく、己の感覚で他者を語るとは思えなかった。

 初対面の茶会で面白いと言っていたが、それもまだ己の論理の外の物への興味だと思われたのに。

 今はどうだ。

 まるで──恋をしているようだ。

 リバートはすぐに渋面に戻る。


「リバート、気を落とすな」


 と声をかけるのはセマニだ。


「妹は、嫁にいくものだ」


 しみじみと告げられれば、リバートも頷くしかない。


「分かっては、いるんだが」

「リバートには悪いが、わたしはやはりプリム嬢が良い」


 そんな顔で、そんな台詞を言うのは、ずるい。リバートは思う。いつも貼り付けた笑みしかなかった王子が、こんな風に笑うなら。


「プリムが頷くならば、わたしには何も」


 だからリバートは、苦々しくそう答えた。

 

 

 ***

 

 

 皆様方が示唆されたとおり、殿下とのダンスのあと、わたくしたち四人は他の誰にもダンスに誘われることはございませんでした。

 お陰でわたくし、美味しい料理と爽やかな発泡白葡萄酒に舌鼓を打たせていただいております。もうぽんぽこ鳴っておりますの。

 ああ、美味しい、とうっとりしておりますと、ちょうど反対の壁際に、イングラム殿下とお父様、お兄様がいらっしゃいます。お父様もお勤めということですわね。お兄様は我が家側というより殿下側でしょう。お疲れさまでございますわ。

 それにしてもこの鴨肉のコンフィ、美味しいですわね。我が家のシェフに教えていただきたいですわ。


「ごらんになって。ジンカイイ侯爵令嬢が殿下を」

「まあ、やっぱり」

「麗しいことですわ」


 聞こえてましてよご令嬢方。

 なるほど、ホールに居るとこのような視線に晒されるわけですわね。

 ここで否定しても肯定してもどちらでもわたくしが殿下に想いを寄せていることになってしまいそうな処が厄介ですわ。

 わたくしは手にしていたお皿とカトラリーをメイドに託し、口許を拭うと扇で隠します。

 三十六計逃げるに如かず、逃げるは恥だが役に立つ、でしてよ。

 振り返って噂話の令嬢方ににこりと微笑みます。

 ぽかんとする彼女たちを尻目に、すすす、と移動いたしましょう。

 テラスから庭を眺めるなんて、それっぽくて良いですわね。


「プリム様、お供させてくださいませ」


 とメアリー様がいつの間にか来てくださいました。

 だんだんエステル染みてきましたわね、メアリー様。どういうことですの。

 二人でそそそそ、とテラスの方へ。

 夜会ですから、外は真っ暗。高台にある王城からは、町の灯が幽か眼下に見える程度。

 前世は不夜城と呼ばれた街もありましたが、ここはまだまだ。夜空の星を消してしまうほどの光量はござきません。


「いい風ですわね」


 頬を撫でる晩秋の風が心地ようござきます。

 正直、酔っぱらいには嬉しい涼しさですわ。あの発泡白葡萄酒美味しすぎますのよ。


「寒くはありませんか?」


 テラスの手摺に手を掛けて、付いてきてくださったメアリー様を振り返ります。


「大丈夫ですわ。むしろ、ドレスで暖かいくらい」


 確かに、庶民の服に比べて贅沢に布を使いますものね。


「メアリー様はもうよろしいのですか? 夜会は楽しまれまして?」

「とても楽しませて頂きましたわ。まさか、殿下や公爵家の方々と踊らせていただけるなんて」


 言いながら、メアリー様も手摺に手を添えられます。

 二人ならんで夜風に当たるのは、なんと心地よいのでしょう。

 ……は!

 思い出しましたわ。

 これ、第一部最後の出会いイベントが来ますわね?

 どうしましょう、わたくし邪魔ではないかしら?

 いえ、むしろお邪魔してお兄様ルートに誘導した方がよろしくて!?


「メアリー様は、良い出会いがありまして?」

「プリム様と出会えたことですわ」


 間髪入れない回答ありがとうございますわ。でもそちらではございませんの。


「今の夜会でのこと、ですわ。これで社交のシーズンも終わりますでしょう? わたくしもメアリー様も社交初心者ですもの、お知り合いが増えたり恋人ができたかは気になりますのよ?」


 まあ、とメアリー様。夜闇でもその眼差しの輝きは薄れませんわ。


「プリム様こそ、皆様、殿下と、と期待されておりますわ」

「少し噂は耳にしましたけれど、恐れ多いことですわ」

「ですから、わたくしも、今はまだ殿方、なんて恐れ多くて」

「まあ!」


 確かに、市井におられたならそうなのでしょうかしら。

 かさり、と物音がします。

 やはり、思った通り『イベント』が起こってしまいますのね。


「プリム様!」


 だというのに、メアリー様ったら!

 わたくしを背に庇って躍り出られてしまいました。

 んんー! お待ちになって!! そこは! 前に出ては!

 この世界の原作、あるいは、この世界を元にした前世の乙女ゲーム『輝きのソナタ』。そこは、剣と魔法のファンタジー世界でもございます。ですから、お兄様ルートの大冒険も華やぐのですけれど。その幻想世界の最たる特徴の一つ。亜人。


「何者ですか!」


 メアリー様の声に、物音と共に姿を現したのは、竜の亜人、竜人族の攻略対象!

 お兄様ルートに次ぐ冒険をすることになる上、攻略難易度最難関。

 暗闇の中、夜行性の縦に長い瞳孔の金の目が爛々と輝いています。


「──プリム様」


 小さく、メアリー様がわたくしを呼びました。


「わたくしが時間を稼ぎます。広間に、お伝えくださいますか」


 メアリー様は、ドレス姿に相応しくないような固い声。ブレスレットをガントレットの代わりのように握りしめ、拳を構えておいでです。

 わたくしの記憶では遭遇するだけで済む筈ですが、メアリー様の構えと、眼前の射貫く様な眼差しに体が固まってしまいます。

 迂闊に動けば、殺されてしまいそう。

 きっとこれを、達人は殺気とか剣気と呼ぶのでしょう。

 背筋を冷たい汗が伝います。


「プリム様」


 私を正気に戻すように、メアリー様が今一度わたくしを呼びました。

 わたくしは、緊張をほぐすように深く息を吐きました。

 そして。

 背筋を伸ばし、ドレスの裾を持って。

 王族にするかのごとき、深い淑女の礼を致します。

 メアリー様が驚きに息を飲んでおられます。

 そうでしょう。ええ。わたくしも、命の危機に何をしているんだと言いたくなりますわ。

 ですが。

 わたくしは『知って』おります。

 彼が、誰なのかを。


「ご無礼お許しくださいませ。誇り高き竜の戦士の方。わたくしはイルフカンナ王国ジンカイイ侯爵家次女、プリム・ラ・ジンカイイと申します。

 貴殿のお名前をお聞かせ願えますか」


 構えをほどかぬまま、メアリー様が固唾を飲んで見守っておられます。

 先方も殺気は納めぬままですが、口を開かれました。


「良い。許す。こちらこそ、大夜会の最中の無作法を詫びよう。許せ」


 わたくしはまた深く礼を致します。メアリー様も慌てて礼をなさいました。


「そこの、ジンカイイ侯爵令嬢」

「は」

「俺は竜人族族長が継嗣、ムジークである。お前たちの族長に会いに来た。手配せよ」


 王家に目通りを願うのもシナリオ通りではありますが、このままわたくしがここを離れて良いものでしょうか。


「恐れながら、発言の許可を頂きたく」

「申せ」

「わたくしが参りますと、こちらのコンツェルト伯爵家令嬢メアリー様を、ここに残させていただくことになろうかと存じます。ですが、先程こちらのメアリー様は、ムジーク様に拳を向けかけた身、ご不快はございませんか」


 竜人族ムジーク様は殺気を納め、金の目を細められました。


「なるほど。良い。お前の判断で善きに計らえ」

「かしこまりまして。

 お聞きになりましたわね、メアリー様」

「は、はい、プリム様」

「わたくしがこちらで、ムジーク様を暫くおもてなし致します。メアリー様はわたくしのお兄様にことの次第をお伝えくださいまし。そうすれば、兄と父が善きに計らいましょう」

「かしこまりました。すぐに」


 固い声音のまま、メアリー様はドレスをものともせず滑るように広間へ戻っていかれました。本当は残りたかったのでしょう。ちらちらと、こちらを気にしながら、けれど最速で動いてくださいました。

 ありがたいことですわ。

 本来は、ヒロイン──メアリー様は一人ここで馴染めぬ貴族社会を愁えておいでで、その折、ムジーク様と知り合うことになるのですが。

 何せ現実では、拳を構えておしまいになられましたので。

 ムジーク様はご本人が仰せのとおり、竜人族の、言わば王子様。

 その方に拳を打ち込んだとなっては一大事でございます。


「落ち着いているな」


 ムジーク様はわたくしにそうおっしゃいます。


「知らぬ雄と二人きりになるのは、人族としては好ましくなかったのではないか?」

「緊急のこととなれば、そうも言っておられません。しかも、竜人族からの賓客ともなれば」


 わたくしがお答えしますと、ムジーク様は鷹揚に頷かれます。


「良い心構えだ。ジンカイイ侯爵令嬢であったな」

「はい、ムジーク様」

「良く俺が竜の戦士と分かったな?」

「……お姿をみれば」

「ほう。この暗がりでか」

「わずかな光ではございますがある程度の見通しはございますし、それに」

「それに?」

「あなた様の目は、書物で読んだ竜の戦士、竜人族の特徴と同じでございました」


 竜人族。竜の戦士。

 亜人の中でも気位と知性、武力、いずれも優れた種族で、その名の通り先祖は竜であると伝わっております。

 人の皮膚ほどの柔らかさではありますが鱗を持ち、目の瞳孔は縦に長く、耳の位置に背後に延びる角を持つ。

 皮膚は柔らかくとも丈夫で、剣では切られず槍の刺突でもなければ破られないとか。体表の色を変えて紛れることができるとか。人より魔力にすぐれ、魔法を使うこともある、とか。

 眼前のムジーク様は、髪、鬣?ともかく頭髪と目は金、肌というか鱗は黒。鱗の色が濃いほど、竜人族としての力は強くなる、らしいのですが。


「それは人族では一般的な知識か?」


 ムジーク様の問いかけにわたくしは首を振りました。


「わたくしは、家の書庫で読んだ書物で知りました。それが一般的かどうかまでは存じ上げません」

「なるほどな」


 そんな風に話しておりますと、にわかに、このテラスへ向けて喧騒が駆け寄って来ます。

 おいでになったのは、イングラム殿下と、その護衛としてラーシュ様。その後ろに案内役を勤めたのでしょう、メアリー様が見えました。

 わたくしはおいでになった三方に改めて礼を致しました。


「ジンカイイ侯爵令嬢、大儀。こちらの方か?」


 イングラム殿下がそうお声がけされますので、わたくしは姿勢をただしてお答え致します。


「左様でございます。殿下」


 イングラム殿下は頷かれ、改めてムジーク様に向き直られます。


「お初にお目にかかる。イルフカンナ王国王太子イングラムと申します」

「竜人族族長が継嗣、ムジークと申す。イングラム殿」


 ムジーク様も殿下に合わせて改めて自己紹介なさいました。


「人族族長、つまりは国王である我が父にご用との由ですが、どのようなご用向きであられるか。

 ご存知の通り、今は今期最後の大夜会の最中。喫緊の事態でなければ部屋をご用意するゆえ明日改めていただきたい」


 殿下がそう告げられれば、ムジークは静かに頷かれました。


「こちらの無礼は承知している。そちらの提案に従おう」


 そう言って、ムジーク様はわたくしをご覧になります。


「では、また明日。プリム」


 ひえっ。

 なんでそうなりますの。

 なんで目を細めてらっしゃいますの!?

 助けを求めるように、殿下の向こうのメアリー様へ視線をやりますと、メアリー様はその輝く目を真ん丸に見開いて、口許を手で覆って、聞こえはしませんが「まあ!」の姿勢。

 ムジーク様はそんなわたくしの手を取られ、ちゅっ、と一回、指先に口付けられました。

 わたくし、こういったものは不馴れですので。


「っ!」


 驚いて赤くなりながら固まるしか、できませんでしたわ。


「ムジーク殿、こちらへ」


 殿下の固い声が響いて、ムジーク様は離れ、広間へ向かっていかれました。

 残ったのはわたくしとメアリー様。


「なん、なにごと、ですの」


 わたくしの呟きは夜風に溶けて行きました。

 

 殿下方が去られてから、わたくしとメアリー様は揃って大広間へ戻りました。すぐさま、両親とお兄様、お姉様が駆け寄ってくださいます。


「最善を尽くしたわね、プリムちゃん」


 声をかけてくださったのはお母様です。

 わたくしは赤い顔のまま、お母様に抱き付きました。


「とても、緊張いたしました」

「あとは陛下と殿下の仕事だ。お前は良くやったよ」


 とお兄様。

 わたくしは体を放して、両親に伝えます。


「竜人族のムジーク様が、また明日、とわたくしにおっしゃいました。おそらく、招聘がかかるかと思いますわ。理由は、分かりませんが」


 わたくしの言葉に、両親、兄、姉が目を丸くします。

 メアリー様が一歩進み出て、礼をなさいました。


「コンツェルト伯爵家メアリーと申します。よろしいでしょうか」

「何かな」


 と応じたのはお兄様。


「プリム様は、おそらくムジーク様のお気に召されたものと思います」


 両親、お兄様、お姉様、皆様の目が真ん丸に見開かれます。


「まあ!」


 と楽しそうなのはお母様です。

 わたくしはまた顔を赤くしてメアリー様を見つめました。

 メアリー様は力一杯頷かれます。

 なんで!?

 なんでですの!?

 メアリー様の出会いイベントですわよね?

 わたくし、おもわず生まれたての子鹿のごとく震えてしまいます。

 お姉様がわたくしの手を取って、微笑まれました。


「殿下と合わせて、手玉にとるのよ」


 お姉様、わたくしそこまで、お姉様が結婚したほどの策略は無理でございます。

 気が遠くなりそうです。

 ああ、よろめきそう、と思ったとき。

 壇上の陛下が、しゃん、と錫杖を鳴らされました。

 喧騒が止み、音楽も止まりました。

 全ての視線が壇上の陛下へ集まります。

 陛下はホール中の貴族を一度見渡して、満足そうに頷かれました。

 壇上にお出でなのは、陛下と妃殿下のみとなっています。


「聞け。

 今宵は竜人族次期族長の来訪を賜った。他と密に交わらぬ彼らが、我らの季節の節目である大夜会の晩に訪れるとは、正に良き知らせと言えよう。

 しかし今夜は大夜会。今宵は我が城に滞在戴くことと相成った。

 この宴を妨げるものではないが、余と妃は先に下がるものとする。

 そちらは存分に夜を楽しむが良い。忠義、大儀である」


 大きな衣擦れの音と共に、貴族たちは一斉に臣下礼を取りました。

 わたくしたちも、もちろん。

 いわゆる中締めの挨拶ですわね。ここで陛下方が退場されると、いよいよ大夜会は無礼講へと突入致します。

 陛下が、下がられておりますから、早くから来たものや、年嵩の者などは宴を辞すこともできます。

 ホールは夜通し開放されますので、このまま残ることももちろん可能です。

 ですが。


「面倒ごとが寄ってくる前に、今夜は帰るとしようか」


 お父様がおっしゃいます。

 反対の声は上がらず、お姉様とメアリー様とここでお別れとなりました。


「メアリー様、また、お会いいたしましょう。お手紙お書きしますわね」

「ええ、もちろんですわ。わたくしも、お手紙をお送り致します!」


 固く手を握り合って、別れました。

 そうして、わたくしの初めての大夜会は終わりを告げたのです。

 

 告げた筈でした。

 

 馬車にのって屋敷に戻り、ドレスを脱いで一息ついた頃。

 部屋でエステルに淹れてもらった紅茶を飲んで休んでいると、ドアがノックされました。

 エステルが対応に出ると、王家の封がされた手紙が届いたとのこと。

 宛名はお父様とわたくし。

 なんでしょう既に震えが来ますわね。

 休憩もそこそこに、両親のいる部屋へ向かいます。

 ドアをノックし、許しを得て中へ。


「プリムちゃん、まずは座って」


 ソファの前にあるローテーブルには、既に開封された手紙がおかれており、お母様の隣に座っているお父様は額に手を当ててらっしゃいます。

 わたくしが二人の向かいに腰を下ろすとメイドがすぐに紅茶を淹れてくれました。


「プリム、明日は私と共に登城しなさい」


 お父様が静かにそうおっしゃいます。

 まさか。


「ムジーク殿が会談にお前の同席を求めておいでだ。まだ相手の目的も分からないから、まあ、無茶を言われているわけではないということでね、陛下から要請が来た」

「陛下、から」


 思わず繰り返せばお父様が頷かれます。


「ただ今夜会っただけの令嬢を会談に同席させるとは異例だ。

 おそらく──」


 お父様はそこで言葉を切られました。

 ええ、わたくしも、貴族の令嬢。それが何を意味するか、察せられぬわけではありません。


「婚約の打診、でしょうか」


 そもそも、ゲームにおいても、ムジーク様は竜人族に伝わる『運命の相手』を求めてこの国においでになっていました。

 そのままだとすれば、ムジーク様は嫁探しにおいでになったということになります。

 そして。

 その上でわたくしの召集となれば。


「まだ想像の範疇だ。迂闊なことを言うものではないよ」


 お父様が頷きながら窘められます。わたくしは頷きました。


「プリムちゃん。嫌なら嫌で良いのよ。明日はまだそこまでの無理は言われないでしょうから、まずは決して承諾しないことよ」


 お母様がおっしゃいます。

 わたくしは冷めつつある紅茶を口にしてから、答えました。


「はい、お父様、お母様。

 まだ確定ではありませんし、知らぬ方々に囲まれたムジーク様が、単に安心のためにわたくしを呼ばれたのかも知れませんもの。まずは明日、お父様と登城してからですわ」


 お父様は満足そうに頷かれます。

 一晩で大分窶れたように見受けられますが、心労お察し致しますわ。


「では、今日はもう休みなさい。明日、またお前は朝から支度になるだろう」


 お父様がそうおっしゃいますので、飲みかけの紅茶を飲み干して、席を立ちました。

 部屋を出るとエステルがすすすと寄って後ろに着いてきてくれます。


「明日はわたくしもお供いたします」

「心強いわ。ありがとう、エステル」


 二人で部屋に戻ると、エステルが寝る前のケアをしてくれる。


「ドレスにご希望はございますか?」


 ナイトクリームを塗りながらエステルが問い掛けてくれるので


「任せるわ」


 と答えました。


「エステルがわたくしに似合わないものを選ぶわけがないもの」


 少しだけ、私の顔をマッサージする手に熱がこもりました。


「光栄です」


 そしてエステルは答えます。

 全てのケアが終わると、わたくしはベッドへ。エステルは道具を仕舞って、今夜の勤務は終了です。


「お休みなさいませ、お嬢様」

「お休みなさい、エステル」


 こんなに明日が不安なのは、久しぶりですわね。

 そっと毛布にくるまって、わたくしは目蓋を閉じました。

 

 

 すこん、と寝落ちましたわ。おはようございます。わたくしでしてよ。

 時間通りに目覚め、エステルが用意してくれた桶のぬるま湯で顔を洗い、そこからエステルのスペシャルケアを受けます。

 とはいえ、午前中に登城ですから、昨夜の夜会ほどピカピカに磨かれはしませんけれど。

 身を清めて、化粧水とオイルを塗ったあと、馴染むまでの時間で朝食を戴いて。

 それからお腹が落ち着くまでの間にお化粧を。

 そのあと夜会よりは弛めですがコルセットを着けて、賓客訪問用のドレスを纏います。髪はハーフアップにして、宝石の付いた髪止めを付けます。

 同じ宝石のネックレスとイヤリングをすれば、身支度は完了ですが。

 エステルが霧吹きのようなものを構えてわたくしの前に。


「どうしたの?」


 問い掛ければきりりとした顔でエステルは答えました。


「お嬢様。今日はイングラム殿下とも、おそらくお会いすることになるでしょう。ただでさえムジーク様という他国の賓客にお会いするのです」

「そ、そうね、たぶん」

「これは、母から預けられたジンカイイ家に伝わる秘伝のレシピで作られた香水です」

「そんなものあったのね」

「はい。母に聞いたところ、年頃のお嬢様が『大舞台』に立たれるときにのみお付けするものだと」

「大舞台の意味が違う気がしてきたわね」

「今日は間違いなく大舞台ですので、一吹き、お掛けします」


 しゅっ。

 これは──


「ロータス、蓮の香りかしら」


 問い掛ければ、エステルは大きく頷きました。

 前世嗅いだことのあるお香の香りに近いですわね。


「ジンカイイ侯爵家にとって、蓮はシンボルですから、代々蓮の花の香りの香水をご用意するのだそうです」


 なるほど、だから大舞台の香りなのですわね。


「ありがとう、エステル。確かにこれは頑張れそうだわ」

「はい。お嬢様」

「お父様をお待たせしてしまったわね、行きましょう」


 そうして、わたくしはエステルを伴って部屋を出ました。

 階段を降りて玄関ホールでお父様をお待ちします。

 わたくしとエステル、そしてお父様で馬車に乗り込み、お城へと向かいました。

 夜会と違い、馬車止めが混んでおりませんので直ぐに降りることが出来ました。

 お父様にエスコート頂き、後ろをエステルが着いてきます。

 今日は夜会ではありませんのでホールへは向かいません。

 案内役の使用人が、まずは控えの間に案内してくれました。


「係のものがお迎えに参ります。しばしおくつろぎください」


 そう言って案内役は部屋を辞しました。

 エステルは入り口に控え、わたくしとお父様はソファに腰を下ろします。

 ゆったりとした空気と、張り詰めた心がアンバランスでそわそわしますわね。

 いつ呼ばれるのでしょうか。


「ワインが欲しくなるね」


 とお父様。


「余裕がおありですわね」


 悔しくてそう申し上げれば、父はいたずらのように笑います。


「おそらく我が家の主役はお前だからね。添え物は余裕だよ」


 とのことです。


「お止めくださいまし」


 まだ呼ばれた理由がそうと決まったわけではございません。

 早くなる心拍を落ち着けようと呼吸をしつつ時を待てば、やがて扉がノックされました。

 エステルが応じて、


「お時間だそうです」


 と頭を下げます。

 わたくしとお父様は揃って立ち上がり、迎えの方に案内されて、別の部屋へと進みます。

 案内されたのは、おそらく会議室や応接室のような場所でした。

 広いテーブルに、陛下とイングラム殿下、そしてムジーク様がお掛けです。

 陛下が、もっとも上座、長方形のテーブルの、いわゆるお誕生日席に。

 陛下に向かって右側に殿下。左側にムジーク様。

 わたくしとお父様は案内にしたがって、陛下の向かい側に当たる部分にお父様。殿下の並びになる側にわたくしが腰を下ろしました。

 一度全体を見渡して、陛下がおもむろに口を開かれました。


「ジンカイイ、よくぞ参った」


 陛下からの労いに、父が頭を下げます。合わせて、わたくしも、頭を下げました。


「面を上げよ。此度そちらをここへ招いたのは、こちらのムジーク殿たっての願いゆえだ」


 視線で示されますので、父とわたくしは今度はムジーク様へ頭を下げます。

 ムジーク様も一度会釈をなさいました。

 陛下がそれに満足そうに頷かれてから、


「して、ムジーク殿が何故ジンカイイを招いたか、であるが」

「それは俺から話させてもらいたい」


 ムジーク様が陛下に向けて仰れば、陛下はうむと頷かれました。


「そも、俺がこの地へ来たのは、百年前の契約ゆえだ」


 百年前の契約。わたくしは記憶の中の設定資料その他をひっくり返します。

 運命の相手を探しに来るムジーク様ですが、確かそれは、そうする理由があったからです。わざわざ人族の国まで探しに来る理由が。

 百年前。三代前の王と、竜人族族長との間で交わされた契約。

 人の国が百年続いたら、その時は。


「人の国が百年続いたら、その時は、恒久の平和を願い、人族と竜人族の間で縁を結ぼう、そう契約した。それは神と精霊と魔、それぞれに立ち会いを得たものと聞いている。それゆえ、百年後の竜人族の世継ぎには、『人を番とする本能』が刻まれる、と」


 そう。神と精霊と魔が契約に関わった結果、ムジーク様は、人を番としなければならない身でお生まれになったのでした。


「昨夜俺は確信した。そなたこそ、俺の運命だ」


 ムジーク様はそう言ってわたくしを見つめられました。

 

 お待ちください。



「お待ちください!」


 

 わたくしが口を開く前に、イングラム殿下が口を開かれました。


「お話が違います、ムジーク殿」


 イングラム殿下は、怒りなのでしょうか、お兄様並みに低い声でそうおっしゃいます。

 渦中の私はどうしたらよろしいのでしょうか。

 お父様を見やると、お父様は目を細めておいでです。あらこれ、楽しんでらっしゃいますわね。他人事だとお思いになって!


「ムジーク殿は、人の令嬢を知るために昨夜知り合ったジンカイイ侯爵令嬢に今一度お会いになりたい、それだけと仰ったではありませんか」



「その言葉に偽りはない。昨夜感じた本能が、今一度会って確信に変わったまで」


 ムジーク様は飄々とおっしゃいます。

 イングラム殿下がここまで感情を露にされるとは驚きですわ。侮られたとお思いになったのでしょうか。


「ジンカイイ侯爵令嬢プリムよ」


 その二人を差し置いて、陛下がわたくしにお声がけなさいます。

 わたくしは背筋を伸ばし応えました。


「はい、陛下」

「そちは、竜人族についてどれ程知っておる。そなたの『実り』を余に示せ」


 昨夜のことを既に問われてくるとは。さすが陛下であらせられます。わたくし、引き締まる思いですわ。

 姿勢を崩さぬよう意識しつつ、わたくしは口を開きました。


「書物での知識ではございますが」


 そう断ってから、竜人族は、竜を祖先に持つとも言われる古く誇りある種族であること。竜人族のみで、高い山の上に国をもうけていること。基本的に食事らしい食事を必要とせず、ほぼ水のみで生きられるといわれていること、など、少し専門的な書物であれば凡そ書かれていることをお答えします。

 攻略本情報ならそこに加えて、いわゆる幾つかの裏設定もあるとは存じておりますが、口にすべきではないでしょう。

 言えることを言いきると、陛下はふむ、と頷かれました。


「ムジーク殿、いかがか?」


 陛下とわたくしのやり取りに口を閉ざしていたムジーク様と殿下を交互に見てから、陛下はムジーク様に問われました。

 昨夜同様、ムジーク様は意外そうなお顔です。


「人の令嬢は皆こうなのか?」

「いいや。ジンカイイ侯爵令嬢が我が国の宝の一つであること、理解頂けたか?」


 宝!?

 どういう話になっておりますの!?

 お父様は!?

 と視線をやればお父様は今度は険しいお顔です。

 黙っていた方が得な気配ですわ。


「確かにおしかろうな。そして俺もより欲しくなった」


 ムジーク様が陛下に応じられます。

 二人だけで話を進めないでくださいまし。

 ですが陛下は鷹揚に頷かれてから、父に告げました。


「ジンカイイ侯爵」

「は」

「竜人族族長継嗣ムジーク殿は、プリム嬢を番にと求めておられる。しかし、余はプリム嬢にはこの国にとどまり礎となってもらいたい」

「勿体なきお言葉です」

「プリムよ、そちはどうだ?」


 不意に話を振られましても、わたくし、わたくしは。


「わ、わたくしは、お答えできる立場にございません」


 そう答えるのが、精一杯でございました。

 好きとか、嫌いとか、お母様が嫌なら頷くなと仰いましたけれど。

 これはもう、個人の感情で済む話ではございません。

 ええ、前世のような国、立場であればそれも出来たでしょう。ですが、今のわたくしは、ジンカイイ侯爵家の令嬢。何より、家に仇なすわけにはいかないのです。

 わたくしは、今生の両親も兄も姉も、エステルも、みな大切です。わたくしの一存だけで、それを脅かすことなど出来るわけがないのです。

 わたくしの答えに、陛下は頷かれました。


「ムジーク殿」


 そしてムジーク様を見やりました。


「あいわかった」


 答えたのはムジーク様です。


「歩み寄るべきは俺だ。春から、たしかプリム嬢は人族の学園に通われると伺った。俺もそこに留学生として通わせていただく」


 は?

 ぽかんとしたわたくしに、陛下はうんうんと頷いておられます。

 なんだか満足そうですわね。


「一年のうちに、ムジーク殿かイングラムか、どちらかがプリム嬢に惚れて貰えば良い。彼女に『選ばれる』誉れを賭けて人となりを磨くことだ」


 陛下?

 楽しんでらっしゃいますわね。陛下?!


「それは私が不利ではありませんか」


 とはイングラム殿下ですが。


「そこはなんとかいたせ」


 とぶん投げる構えの陛下です。

 茶番?

 茶番ですの?


「発言よろしいですか?」


 父がようやく口を開きました。


「許す」

「プリムがほかの殿方を選んだ場合はどうなるのですか?」


 お父様?

 陛下は、まるで、そう、いたずらっ子のように笑いました。


「好き合うものを引き離しはせん。それは王の名において誓おう。

 ムジーク殿もイングラムも、それで良いな?」


 問われたお二人は渋々といった様子で頷かれます。

 どういう、ことですの。

 置いてきぼりは、わたくしだけですわね?


「ではこれにて散会とする。各々、良き選択となることを期待する」


 陛下の鶴の一声。

 わたくしは呆然としたまま、父と部屋を辞そうとして。

 ムジーク様とイングラム殿下に駆け寄られます。


「春からは同じ学舎で学ぶ仲だ。よろしく頼む」


 とはムジーク様。


「良ければ茶会に招かせてくれ。二人きりとは言わないから」


 とは殿下。

 なんですの。

 なんなんですの?


「わ、わたくし──」


 

 わたくしは、モブでいたいのです!!

 

乙女ゲーム『輝きのソナタ』のルートでは3部構成のうちこれで第1部という感じなのですが、2部以降はまるで考えておりません。

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