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2 プリムとメアリーのお茶会編

 お茶会の翌日、さっそくわたくしはお兄様に予定の確認をいたしました。


「お兄様、昨日お話ししたとおり、メアリー様をお招きしたいのだけど、お兄様にも同席いただきたいの。メアリー様にお兄様をご紹介したくて。ご予定はいかがかしら」


 お兄様は優しく微笑んで頷かれます。


「同席するのは構わないよ。予定はあとでトーマスからエステルに伝えさせよう」

「ありがとう存じますわ」


 トーマスはお兄様の専属侍従で、エステルの兄にあたります。エステルの父が我が家の執事なのですわ。

 一家で侯爵家に仕えてくれているのです。


「むしろ私が同席して構わないのかい? 令嬢たちの秘密のはなしもあるだろうに」


 お兄様が尋ねられるのでわたくしはうふふ、と笑います。前世のおばあちゃんはこうやってご近所の仲を取り持つ町内のちょっとした相談役でしたから。


「美味しいお茶とお菓子と楽しいおしゃべりがあれば誰でも仲良くなれるはずですわ。それに、わたくし、お兄様とメアリー様に是非仲良くなって欲しいの」


 二人がくっついてくれたら万々歳ですのよ。ご遠慮なさらないで。

 そう思って伝えるとお兄様はまた難しい顔をなさいました。


「お兄様?」


 声をかけると、はっと顔を上げられます。


「いや、うん。分かった。ならば同席させてもらおう。お前がそこまで言うのだから、さぞかし素晴らしい令嬢だろうね。楽しみにしておくよ」

「ええ、是非!」


 お兄様と別れて、自室へ向かいます。予定をエステルとトーマスに確認したら、メアリー様にお誘いのお便りを書かなくてはね!

 ああ、素敵な便箋はまだあったかしら。

 

 

 ***

 

 

 リバートは思う。

 どうやら、妹は自分とメアリーを引き合わせ仲良くさせたいらしい。

 それは、つまり。

 あのエスコートから考えられる理由は、ただ、ひとつだと。

 コンツェルト伯爵令嬢を己に宛がえば、あの日エスコートされた未婚の令嬢はプリムだけになる。

 そうすれば、プリムは王子の婚約者レースで頭ひとつ抜きん出るだろう。本人たちが、どう思おうとも。

 プリムがそんなことを考えるとは思えないが、状況がそうなってしまう。


「トーマス」


 絞り出すように侍従に問いかける。


「プリムは、己の願いのために私も利用『できる』だろうか」


 プリムは優しい妹だ。ステラほど周到なことはできまいし、今回のことも、メアリーを蹴落として己を高めたいがため、などとは考えもしないのは明白。だが、そんな状況が生まれようとしている。

 他ならぬ、プリムの行いによって。


「プリムお嬢様が閣下を茶会に招かれたいのは、裏表なくコンツェルト伯爵令嬢を閣下にご紹介されたいただ一点のみと愚考いたします。わたくしごときがお嬢様のお心を慮るのは僭越ながら、閣下にご友人を紹介、というか自慢されたいのでしょう」


 リバートはその言葉に深く頷く。


「だろうな。さて、私はどうしたものか」


 プリムは可愛い。

 メアリー嬢にも今のところ悪印象はない。

 可愛いプリムが、友人を紹介したいというのを無碍にする気はない。

 しかし。

 そこから生まれる状況は、考えなければならない。

 リバートは頭を抱え、そして、決めた。


「良い。好きにさせよう」


 考えるのを放棄した、ともいう。


「あれが妖精のようなのは疑い様のないことであるし、殿下は狙ってくるし父はポンコツだし、私がしっかりせねばと思ったりもしたが」

「閣下、駄々もれです閣下」

「隠しても無駄なのだし、可愛らしさを存分に今のうちに可愛がる方が『私が』得だと思わんか」


 リバートがトーマスに問いかける。

 トーマスは知っている。リバートは賢く、おそらく現侯爵よりも良き侯爵になるだろう、と。

 この侯爵家は、誰も彼も優秀なのに、ただ一人、末娘のことだけはみなポンコツになるのだと。


「でしょうね」


 だから、簡単な肯定だけを返した。

 

 

 ***

 

 

 トーマスからお兄様の予定を伺ってきたエステルを待って、わたくしは便箋を取り出しペンを取りました。

 ジンカイイ侯爵領地では金属細工と製紙に今力を入れておりますの。

 季節や収穫に左右されない収入源を領民にもたらすためですわ。我が家で使うペンも、細工職人の作った前世でも良くみた形のペン先です。

 つまり、Gペンですの。力加減で太さを調節でき、インクを色々変えられますし、軸も木製や金属、ゴム式と自在。今では主要産業のひとつでしてよ。

 今日はメアリー様の目の色を思わせる青みのあるインクと、ピオニーの香りを染み込ませた便箋にいたしました。

 ふふ、特産品でお便りを書く。楽しいですわね。特に香り付き便箋はわたくしが初めて領地の生産品に口出しさせて頂いたものですから感慨も一入ですわ。

 次女ですから、貴族よりは商店に嫁ぐこともあろうかと、商売の勉強もさせていただきましたの。

 ではさっそく。

 わたくしはさらさらとお便りをしたたためました。

 お兄様のご予定を聞くに、候補は二日ほどあるのですが、この日ことのき、と指定した方が断りやすいと言うのもありますわね。

 二日の日程のうち、一週間後のほうを予定日として書かせていただき、封筒に納め、封蝋のスタンプにはわたくしのイニシャルを。


「エステル、これを下男にコンツェルト伯爵家へ届けさせてちょうだい。それからお兄様に、一週間後にお茶会を開きますと伝えて。他の使用人たちにもお願いね」

「かしこまりました。お嬢様」


 うふふふ。一週間後が楽しみ!

 

 

 ***

 

 

 一週間後のお茶のお誘いに、メアリーは勿論参加を回答した。

 と同時に、ジンカイイ侯爵令嬢を盛り上げる友の会の回覧用紙に、『素敵な香りのお便りでお茶会にお誘いいただきました。詳細はまたお知らせいたします』と記載して、次の令嬢へ届けるよう頼む。既に回覧式連絡網が確立されているのだった。

 代表令嬢のシーサヤ公爵令嬢の元にたどり着くと、纏められて改めて会報として発布される手はずである。


 シーサヤ公爵令嬢はジンカイイ侯爵令嬢よりも高位の貴族であるが、一人娘であるため、婿取りが決まっており、先日の茶会も『未婚の全員』が呼ばれたために参加したに過ぎなかった。


 メアリーはジンカイイ侯爵令嬢を盛り上げる友の会、略してジン友会においては、記者のポジションである。そういうことになった。

 すぐさま会報用の詳細として、茶会に招かれたことから、手紙の用紙の香りについて、インクの色についてを明確に記した。


 特に香り付き便箋は会報が発布されるや否やご令嬢たちに一大ブームを巻き起こし、ジンカイイ侯爵家の名をまた世に轟かせることになるのだが、それはまだしばらく先の話である。

 

 

 ***

 

 

 あっという間に一週間が過ぎてしまった。

 その間に振る舞うお茶の手配や、シェフたちに軽食とスイーツの相談をしたり、何故か誘われる令嬢たちのお茶会のお便りに返事を書いたりしていた。

 多くが先日の王妃様のお茶会でお話しさせていただいたご令嬢方だ。

 これが……ご令嬢の、社交!

 今までお姉様がこんなにこなしてらしたのかしら。わたくしは自由にさせていただいていたのだわと感動してしまいます。お姉様にもまたお便りを書きましょう。

 ともかく。

 今日はうちうちの茶会ではありますが主催の女主人としてきちんとしなければ。おもてなしはまごころ、そうですわね、おばあちゃん。

 昼前に尋ねていただいて、ランチを兼ねたお茶会です。

 来客用のドレスを着て、髪をサイドアップに。髪が流れすぎないように編み込みした上でサイドに流しますので、緩やかな流れが生まれます。


「コンツェルト伯爵令嬢がおいでです」


 先触れが着いたのでしょう。

 わたくしは部屋を出て玄関ホールへ向かいます。

 階段の手前でお兄様がお待ちくださっていました。

 肘を差し出されましたからエスコートしていただくべく手を添えます。

 そのまま二人で階段を降りて、玄関ホールでメアリー様を待ちました。

 観音開きのドアが開き、おめかしをしたヒロインが!


 ぺーーかーーーー!!!!


「お、おまねきいただきまして光栄に存じます。コンツェルト伯爵家のメアリーにございます」


 腰を落とした美しいカーテシーですわ。

 わたくしも同じくカーテシーを返します。


「こちらこそ、お出でいただいて光栄ですわ。楽になさって、さあ、参りましょう」


 わたくしが先導し、サンルームのように三方をガラス窓にしたサロンへご案内します。

 秋の半ば。社交シーズンですが庭の花はあまり期待できませんし、少し風も冷たいでしょう。

 緑と日光を楽しむにはサンルームサロンが最適のはず!

 お兄様にもお見せしていませんでしたので、お二人が部屋に入ってほうと息を吐いておられます。感嘆の息なら嬉しいのですが。


「明るくて素敵ですわ、プリム様」


 メアリー様がおっしゃってくださるので、わたくしも嬉しくなってしまいます。


「ありがとう存じます、メアリー様。さあ、お掛けになって。今日はわたくしのおすすめを揃えましたの!」


 好物尽くしは主催の特権ですわよね!

 

 

 ***

 

 

 プリムに促され、メアリーとリバートは席に着いた。丸テーブルを三人でちょうど三角形を作るように座る。

 直ぐ様、エステルを始めとしたメイドたちがテーブルに軽食と紅茶を並べていく。


「今日はおしゃべりの会にさせていただきたくて、喉を守るために花蜜を使った紅茶と、ハーブリーフのサラダを前菜にいたしましたわ。ハーブリーフは癖のあるものもありますから、苦手なものは遠慮なくおっしゃってね」


 ハーブリーフのサラダはミントやロメインレタスのような葉もの野菜のサラダだ。甘い紅茶にあわせて出されたことにメアリーは目を丸くしたが、口にはこんで気付いた。

 ミントが多め、少し苦味のあるサラダに、甘い紅茶は口内を洗ってくれるのだ。


「おかしな組み合わせでしょう? ですけど、ハーブティーにしてしまうのはもったいないほど良いハーブでしたの」


 そう言って笑うけれど、メアリーはその価値を考えて震えた。生食できる鮮度のハーブを揃えられるなんて、と。


「美味しいですわ、プリム様。この組み合わせもプリム様が考えられたのですか?」

「考えてくれたのは我が家のシェフパティシエールですの。フレッシュリーフをどうにか振る舞いたいとわたくしがわがままを申しましたわ。お恥ずかしい」


 困ったように笑うプリムに、メアリーは微笑む。


「とんでもない! 素晴らしいと思いますわ」

「こんなものまで用意していたのか」


 重ねて感嘆の声を上げたのは兄であるリバートだ。ハーブも領地の農産物としてプリムが推していたはずだった。たしか、野菜が育たない痩せた土地でも一定のハーブは育つから、と。香草には好みが分かれるところがあるがこうして振る舞う手順まで考え始めているとは知らなかった。

 もじもじとした様子でプリムは兄の言葉に答える。


「いやですわ、お兄様。こんな場でそのようなことを仰るなんて。自信をもってお出ししておりますのに」

「ああ、だから驚いた。育てただけでは済ませなかったのだな」

「もちろんですわ。まずは領地の非常食程度になればとは思いましたけれど、少しでも民に現金化の術を用意しなければ」


 頷くプリムに、メアリーは憧れの眼差しを向けた。

 そんなメアリーに気付かず、プリムは、視線をメアリーに戻す。


「お兄様が言ってしまわれましたが、このフレッシュリーフも領地の産物ですの。わたくしの女主人の練習に付き合わせてしまって申し訳ないですわ」

「いいえ! わたくしも、市井に暮らしておりましたので、現金が大切なことはよくわかります。たぶん、フレッシュリーフは民のほうが馴染みやすいかもしれません」

「そうなのですか?」

「時期になると河原やあるいは山辺りなどで、食べられる野草を摘む民は一定数おりますわ。それは貧しいからだけでなく、手に入る野菜よりも美味しいと感じるからだそうなのです」

「ありがとうございますわ。メアリー様。少し、光明が見えた気がします」

「しかし、今まで無料で手に入れていたものをわざわざ購入するだろうか?」


 リバートの言葉に、プリムはむむ、と眉を寄せた。

 メアリーは意外な彼女の表情に、あら、と思うと同時に、ジンカイイ侯爵家の二人の会話に感動していた。


「お二人とも仲がよろしいのですね」


 思わず、と言った様子で呟かれてから、プリムははっと目を見開いた。


「ごめんなさい、メアリー様」

「はい?」


 突然の謝罪にメアリーは首をかしげた。

 さらりとピンクプラチナの髪が揺れるのをプリムは見逃さなかったが、彼女は慌てた様子でメアリーにつげる。


「そう、そうなんですの。こちら、わたくしご紹介がおくれまして、申し訳ないですわ。

 兄の次期ジンカイイ侯爵にあたります、リバートです」

 

 

 ***

 

 

 お兄様の紹介を忘れていましたわ! わたくしったら! 何を浮かれていたのでしょう!

 出会いを済ませてる前提のようにしてしまいましたし、結局領地の話をしてしまって!

 メアリー様は呆れてらっしゃらないかしら。わたくしの心遣いが足りなさすぎですわ。おばあちゃん、わたくし修行が足りません。

 わたくしの紹介に、お兄様が、ああ、と頷きます。


「わたしも失念していて申し訳無い。プリムの兄のリバートだ。ジンカイイの名を呼ぶとわたしとプリムが分かりにくいだろう。わたしのことも、名前で、リバートと呼んでくれ」

「そんな、おそれ多い」

「王族でもないのだし、おそれ多いことなどなにもないよ。あとは効率の問題だ」

「かしこまりましたわ。リバート、さま。わたくしのことも、どうか、メアリーと」

「ああ、メアリー嬢。妹共々よろしく頼むよ」


 わたくしの脳内で鐘が。りーんごーんと鐘が鳴っております。

 なんのかんのわたくしの不手際はどうしようもございませんが、お二人が名前で呼び合える仲になられるのなら、一度目の茶会としては十分ではないかしら。

 そうするうちに、サラダが下げられて、今度は一口大のホットサンドを載せた皿が並べられます。


「こちらもおしゃべりしやすいように、マナーをあまり気にせずに手掴みでも食べられる工夫をいたしましたわ。パンに具やソースを挟んでから、圧し焼きにして、ロウ引き紙で包んで持ちやすくしたものです。具材はわたくしの独断で選ばせていただきました」


 お兄様がまたしげしげと眺めておられます。お兄様にはハムとチーズやチキンとデミグラスなどを詰めてありますの。メアリー様にはハムとチーズは同じくですが、ほかにも卵とローストチキンなどにしてありますわ。


「これは出掛けるときにも良さそうだな」

「ええ、ロウ引き紙をこう、キャンディのように絞ってしまえば、その日限りの携行食としてもよろしいかと。パンの種類も選べば今日のように焼かずとも良いかもしれません」


 わたくしが頷きますと、メアリー様が目をキラキラさせておられます。

 あら? と首をかしげますと、メアリー様が仰るのです。


「焼いたり熱したほうが美味しい果物もありますから、そういったものを挟んで焼いたら、ケーキのような味わいのものを持ち歩けたり、するのでは、と」


 メアリー様! ナイスですわ!


「素敵ですわ、メアリー様! 生パンにフルーツとクリームを挟んでも素敵かもしれません!」

「まあ! 確かに! 本当にケーキのようですわね!」


 食べ物で盛り上がるなんてはしたないでしょうか。

 ちらり、とお兄様を見ると、子どもを見守るように微笑んでおられます。

 ぐぬぬぬ。これでは、わたくしがはしゃぐせいでお二人をくっ付けられませんわね。

 わたくしが楽しいからといってお二人の時間を作らぬのも。

 そうですわ! 今こそわたくしが去るべきときなのですね? あとは若いお二人で、というやつですわね。


「少し、お化粧室へ行って参りますわ。お兄様、メアリー様をお願い致しますわね」


 トーマスが椅子を引いてくれたのでそのまま立ち上がり、そそそ、と部屋を後にする。すぐにエステルが背後に控えてくれたので、そのままそそそそ、と化粧室へ向かいます。さて、どれくらい時間を稼げばよろしいのかしら?

 

 

 ***

 

 

 プリムが部屋を後にする。

 残されたふたりはお互いを無礼にならない程度に観察しあっていた。

 メアリーから見て。

 リバートは、令嬢たちのいわゆるお買い得物件に入るだろう。

 榛色の髪に、エメラルドグリーンの瞳。やや垂れた目尻の優しげな面立ち。全体的に整った顔と、すらりとして背の高い体躯。

 次期ジンカイイ侯爵になることが確定的で、王子殿下の側近。殿下に合わせて、婚約者は未だいない。

 上の妹は既に嫁いでおり、下の妹はプリムである。

 妹のプリムを見れば、内面としても素晴らしい方だろうと予想できる。

 総合的に、とんでもなく良い男、と言えよう。

 ──そうでなくとも。

 メアリーは紅茶を口に含み、広がる花蜜の香りを楽しみながら思う。

 ──リバート様に嫁ぐと合法的にプリム様の義姉になれますのね。

 それは、ありだ、と彼女は、紅茶に舌鼓を打った風を装いながら目を丸くし、それから微笑んだ。

 そう。

 メアリーにとって、リバートはとんでもなく『あり』だった。

 リバートから見て。

 メアリーは令嬢としては珍しい部類に入る。

 前伯爵の弟の忘れ形見。現伯爵の従姉妹。にして、現伯爵の養女。年齢的に養女にするのが妥当であったとはいえ、立場はますます複雑だ。貴族社会で血縁不確かな養子はままある分、比較的まともといえばそうなのかもしれないが。

 コンツェルト伯爵には既に息子がおり、彼女は本当に、ただ引き取られただけなのだろう。運が良ければ高位の貴族に嫁がせて血縁を得る、といったところか。

 ピンクプラチナの髪は珍しい。異国の血が混じった母親だったのかもしれない。サファイアブルーの眼差しは自ずから輝くようだ。

 長い睫。潤んだ瞳。小さな鼻に化粧もあろうがプックリした唇。市井にいたとは思えぬ整った顔と所作。

 もともとコンツェルト伯爵家が武侯の家だが特に前コンツェルト伯爵の弟閣下は騎士団でも有数の使い手で特に徒手空拳を得意としたと聞く。

 基礎となる体力が既に作られているのは、令嬢としては大変に珍しいだろうが、そのお陰で作法が早く身に付いたにちがいない。

 リバートはホットサンドを口に運び、溢れるデミグラスソースを堪能してから、紅茶を口に運んだ。

 さらりとした飲み口が濃厚なソースを洗い流してくれる。

 なにより、とリバートは考える。

 ──プリムがイングラム殿下にこ、好意を抱いているのならば。

 一番の障害となり得るのは彼女だろう。少なくとも貴族社会的な見方では。

 公爵家の娘たちはそろって既に婚約者がいる。侯爵家の中では贔屓目に見てもプリムが、頭ひとつ以上抜きん出ている。

 そして、王妃の茶会のダブルエスコート。

 プリムの恋敵になり得るのは、今のところメアリーただ一人だ。

 リバートはメアリーを見定めるように見つめた。

 それは端から見れば見とれているようにも、威嚇しているようにも見える。

 そのとき。

 メアリーが真っ直ぐリバートを見返した。


「リバート様に、プリム様がおられぬうちにお伝えしたいことがございます」


 リバートは身を固くして構えた。


「何かな?」


 メアリーは意を決して口を開く。


「わたくし、プリム様が大好きです」


 呆気にとられたリバートは思わず、


「う、うん?」


 と返すだけである。


「許されるなら一生お側で見守りたい程です」


 じい、とメアリーはリバートを見つめた。

 リバートはなるほど、と頷く。


「どうやら、貴女は正直が過ぎるようだ」

「良く言われます」

「だが、わたしとて侯爵家の跡継ぎだ。それをそのまま信じると思うかい?」

「むしろ、プリム様に心酔しない令嬢がおりましょうか?」

「いないな」

「でしょう」

「信じよう」

「お待ちください!」


 そこで声を上げる男があった。

 リバートの侍従、トーマスである。

 彼の無作法にリバートは珍しいと発言を許した。すると。


「コンツェルト伯爵令嬢メアリー様、わたくしはリバート様の侍従、トーマスと申します」

「は、はい」

「貴賤であることは百も承知で申し上げます! どうか──どうかわたくしと婚姻し、共にリバート様とプリム様をお支え頂けませんでしょうか!」

 

 

 ***

 

 

 お手洗いを済ませ、エステルに化粧直しをしてもらう。これで少しは時間が稼げましたでしょうか。

 そそそ、と部屋に戻ります。

 ドアの前で立って様子をうかがいますが、立派な木の扉は安心の防音性!

 くっ。我が家の立派さが仇ですわね。

 エステルがまずドアをノック。

 音もなく中からドアが開き配膳に控えるメイドが現れる。


「お嬢様のお戻りです」


 エステルが告げ、メイドが頷く。


「お嬢様がお戻りです」


 メイドが内側に声をかけ改めて広くドアが開かれる。

 すると、なんだか、重苦しい空気の室内。

 あら?

 トーマスがお兄様とメアリーの間に立っております。さっきまで壁際にいませんでしたか?


「お待たせしてしまいましたわ。エステル、次の料理と飲み物をお願いね」

「かしこまりました」


 空気を変えるようにパンと手を叩いて、エステルに指示します。

 エステルは一度軽く頭を下げて部屋を出ました。

 わたくしはちょうどトーマスと相対する席になりますわね。

 メイドが椅子を引いてくれますので、お礼を言って腰を下ろします。


「どんなお話をされてましたの?」

「プリム様のことですわ」


 メアリー様がすかさずお答えになります。心なしか、笑顔がぎこちないような?


「メアリー様、もしや、お兄様が何か失礼を? それとも、まさかトーマスが!?」


 慌ててトーマスを見上げればトーマスはいつもの無表情で黙礼すると、壁際へ下がりました。

 ですから、わたくしはお兄様を見詰めるしかなくなるのです。


「どんなお話でしたの、お兄様?」


 にこりと微笑んでみます。

 こういうときは笑うのだと生前の祖父が言っておりましたわ。怒るときこそ笑うのです。

 お兄様もまた穏やかに微笑まれます。あらやだ、お答えになられるつもり、無さそうですわ。


「私が熱心に口説きすぎてね、トーマスに止められたところなんだ」


 お兄様がおっしゃいます。

 あら、本当に?

 ちらり、とトーマスを見ますと、トーマスは目を伏せたままです。

 エステルはまだ戻りません。

 視線を巡らせると、メアリー様が少し頬を染めて、あの、その、と言葉を濁しておられます。

 あらやだ!

 そうでしたの!?


「お兄様、性急過ぎるのは嫌われましてよ」


 ですからうふふ、と世話焼き人の様に微笑んでみます。

 お兄様は肩を竦めて


「兵は拙速を尊ぶのさ」


 と嘯きました。


「ぷ、プリム様は、ご婚約のご予定などはないのですか? 想われている殿方などは?」


 うふふとにやにやされるのはやはり居心地が悪いのでしょう。

 わたくしはにこりと微笑みます。


「おりませんわ」


 そして断言です。

 まったく! これっぽっちも居ません! と伝えるべく微笑みます。

 お兄様の視線が痛うございますわね。お兄様に首をかしげて問いかけます。


「何か?」

「君たちふたりは、先日の茶会で殿下にエスコートされていただろう? ご令嬢たちはそういうのにときめくんじゃないのかい?」


 わたくしに、というよりはメアリー様に問い掛けられているようですわね。

 わたくしが口を開こうとして。

 ちょうど良くエステルが次のメニューを持って参りましたので、中断いたしました。

 サラダ、サンドウィッチの次はスープですわ。


「領地でとれる蓮の根、レンコンをすりおろしたポタージュですの。とろみをお楽しみくださいまし」


 全員にスープボウルが渡ったのを見届けてから伝えます。

 レンコンのポタージュは、領地では秋から冬のお袋の味として、各家庭で作れているそうです。我が家のシェフの秋冬の得意料理でもありますわ。


「ああ、これはあたたまるね」


 とお兄様。お兄様は食べなれた味ですわね。

 メアリー様はとろみに驚いておられます。そのすきに。


「お話の続きでしたわね。わたくし、あの時の殿下はメアリー様にご興味がおありなのだと思いましたの」


 そう言ってから、視線をメアリー様へ。

 メアリー様はスープスプーンを下ろしてから微笑まれます。


「わたくしは、殿下はプリム様をご覧になっていたと思っておりましたの」

「わたくしを?」

「はい」

「嫌ですわ。何か粗相をいたしましたかしら」

「むしろ、プリム様の振る舞いに感心されておられたかと」


 そこじゃないでしょ殿下!!

 と叫びたくなりますが、わたくし、令嬢ですので。ええ。

 そっと頬に手を添えて、困った風を装います。


「仮に、殿下のお心に止まったとして、不敬ながら、わたくし、困ってしまいますわ」

「困る?」


 飲み終えたスープボウルをメイドに下げさせながらお兄様が問われます。

 わたくしは頷きました。


「わたくし、ジンカイイ侯爵家しか知りませんの。ですから、ジンカイイ侯爵家のため、お父様か、お兄様かとにかく、家として決めた方へお嫁にいくものだと思っておりますの。殿下にお気に召して頂いても、分不相応ですわ」


 ゲームでも、ヒロインが王子ルートに入らなかった場合は、他のお相手がおりましたし、仲には他国との政略シナリオもありましたのよ。そうそう。リードメン宰相閣下のご子息とのルートでしたかしら。


「わたくし、あの茶会ではメアリー様にお会いできたことこそ運命だと思っておりますの。失礼ながら、殿下に選ばれるなんて露程も考えておりませんでしたわ」


 わたくしが正直に申しますと、お兄様は。

 あらやだ。

 今までになく真ん丸に目を見開いてらっしゃるわ。エメラルドグリーンの瞳が素敵。


「お兄様?」


 問い掛ければ、お兄様は慌てて、


「ああ、いや」


 と、取り繕われました。

 何にそんなに驚かれたのでしょう。まさか、殿下がメアリー様を選ぶのではないかという危機感にようやく御気づきに!?

 ここは仲を取り持つチャンスですわね!


「メアリー様は、想われる方はおられますの? 先程のお兄様とトーマスのことは忘れていただいて結構ですから、率直にお聞かせくださいませ」


 言いながら、私は配膳のメイドに合図を出します。

 スープのあとは、食事メニューからお茶会メニューへの切り替えです。

 室内が僅かに慌ただしくなる中、わたくしはにこりとメアリー様に微笑みました。

 メアリー様は戸惑いながらちらちらとお兄様を見られます。

 あら。


「お兄様、トーマス」

「何かな?」

「はい、お嬢様」

「申し訳ございませんが、席を外してくださいます?」


 わたくしが首をかしげますと、お兄様は我が意を得たりと頷かれます。


「昼食分はいただいたからね。ここからはご令嬢どうし、気のおけない話をすると良い。

 下がるぞ、トーマス」


 お兄様が立ち上がり、トーマスがそれに続きます。

 誘っておいて追い出すような形になり申し訳ございませんが、今回の主賓はメアリー様ですし、メアリー様もお兄様がいてはお楽しみいただけない御様子ですから。

 わたくしとしてはお兄様とメアリー様に恋に落ちて頂きたいところですが、メアリー様のお気持ちを蔑ろにはできませんわ。

 男性がたが席をはずされたところで、わたくしは今一度メアリー様に向き直ります。


「お気遣いいただきありがとうございますわ。メアリー様。お兄様とトーマス、二人が失礼をしましたのでしょう?

 わたくし、これからのことは胸に秘めますから、どうか、忌憚ないお言葉をくださいまし。

 そうしてくださるならわたくし、お兄様もトーマスもメアリー様の意に添わぬ限り近付けさせませんわ」

 

 

 ***

 

 

 時は少し戻る。

 トーマスの言葉にメアリーは目を丸くし、それからリバートとトーマスを交互に見やった。

 そうしてから、意を決して彼女は口を開く。


「先程も申しましたとおり、わたくしは、プリム様が大好きです。今この短い間にももっと好きになりました。もしもプリム様が王子殿下に恋をされておられるなら、わたくしは、いいえ、『わたくしたち』は、全力で支援いたします。

 それは、お二方も同じではありませんか?」


 たち、という語尾にリバートもトーマスも言葉を失う。つまり、メアリーには、他にもプリムを慕う仲間がいるのだ。


「詳しくは申せませんが、わたくしたちは志を同じくしておるのでは?

 婚姻ではなく、同盟を結ぶのがまずはよろしいかと思いますがいかがでしょう?」


 メアリーとしては、対象が二人になった時点で選べるものではない。であれば、方針を変えていくのが正しい。

 知識と戦略。実父の教えのひとつである。

 その言葉に、リバートは満足そうに頷いた。


「メアリー嬢、貴女はどうやら、私が思った以上に聡明な方のようだ。

 同盟については承知した。トーマスも、それでよいな?」

「は」

「その上で。

 メアリー嬢、改めて、私と婚約を結んでは頂けませんか?

 今の言葉で私は、貴女自身に価値を見いだしました」


 メアリーはそのサファイアの目を真ん丸に見開いた。


「貴女の言葉には嘘偽りがない。貴族として、腹芸が出来ないのは致命的とも言えますが、私にはそれが好ましい。

 殿下の手前、まだ内々にしかお話しできないことではあるのですが、真剣に考えて

もらえませんか?」


 プリムがいればさすが攻略対象と言いたくなる甘い微笑みでリバートがメアリーに乞うた。

 メアリーの顔はみるみるうちに赤くなり、それから、あ、とか、う、とか言葉にならない言葉を発する。

 リバートとメアリーの間に立ったトーマスは先程の己の告白が無かったかのように、己の主に告げる。


「閣下」

「なんだ」

「早すぎます」

「お前が言うか」

「返す言葉もございません」

「だが、お前の言うとおりでもあるな。

 すまない、メアリー嬢。忘れてくれとは言わないが、気が急いてしまったようだ。貴女のような令嬢は、他にいないから」

 低い声が耳に心地よく、メアリーはうっとりしそうになる己を叱咤した。


「リバート様、その、わたくし」

「私のことは、横において良い。まずはプリムと仲良くしてやってくれ」


 リバートが穏やかに告げたとき、ドアがノックされたのだった。

 

 

 ***

 

 

 メアリーはプリムの問い掛けにいいえ、と首を振る。


「失礼なんて、なにもされておりませんわ。むしろわたくしが、令嬢としては恥ずかしい振る舞いをしてしまいましたの」


 メアリーは困ったように微笑んだ。

 己の言葉が直截に過ぎるのは分かっている。貴族と比べてなら市井に暮らしていたこともそうであるし、己の気質としても実父母と共に実務と実益こそを至上としてきた。

 回りくどくするより、己の力で突破するのが、今までのメアリーの日常だった。

 これからは、きっとそれだけでは足りない。

 自分一人ならばそれで良い。自分と、実父母だけならば。

 だが、そうではなくなった。

 面倒を見てくれる養父がおり、令嬢として家のために考え、動く必要がある。

 なにより。


「わたくし、ただただ、プリム様の友人として相応しくありたいのです」


 メアリーの言葉に、プリムは嬉しそうに微笑んだ。


「リバート様やトーマスさんは、そんなわたくしの意を汲んでくださったのだと思います。

 プリム様は、家のために嫁ぐものだと仰いました。わたくしには、まずその視点が足りませんでしたわ。

 それに、貴族令嬢としてのわたくしは、まだ恋をするほど生きておりませんの」


 メアリーはおもむろに立ち上がると、プリムの椅子のとなりに跪き、彼女の手をとった。

 両手で包み、祈るように目を伏せる。


「プリム様、友と呼んでくださり、ありがとうございます。わたくし、プリム様が大好きです。ですから、まずは、プリム様のお隣で、令嬢としての生き方を学ばさせては頂けませんか?」


 目蓋が開かれ、サファイアの眼差しがプリムを見詰めた。

 

 

 ***

 

 

 メアリー様が、わたくしに跪いて友であるために共に学びたいと言ってくださって。

 爵位から言えば決して誤った作法とは言えませんが、令嬢として、茶会の席での頼みごとならば、これはやりすぎ、といえるでしょう。

 けれど。

 ですけれど。

 わたくしは、その言葉が、とてもとても、嬉しかった。


「メアリー様」


 ですから、わたくしも椅子からおりて、床に膝を付き、メアリー様が握ってくださった手をもう一方の手で包み返します。


「お友だちですもの。私たちは、同じ地面で、お話しできますわよね?」


 だから、跪かないで欲しい、と暗に伝えてみる。

 きっと伝わると信じている。

 じっとメアリー様を見詰め返すと、美しい宝石の眼差しから、水晶の欠片のようにぽろぽろと、涙がこぼれ落ちました。

 メアリー様はそれをぬぐうことなく、わたくしと結びあった手を己の額へと導かれます。


「プリム様。わたくしは、プリム様に臣下の忠誠を捧げますわ」


 そして、手をわたくしとの間に戻して、潤んだ眼差しのまま微笑まれます。


「これは、わたくしの、個人的な忠誠です。そして、令嬢としてのわたくしは、プリム様の隣で、同じ地面に置いていただけますか?」

「忠誠なんて、願ってもないこと。メアリー様。わたくしは、メアリー様が令嬢であっても、なくても、きっと同じように友達になりたいと、思ったと思いますわ。どうか、これからもよろしくお願いいたしますね」

「ええ、プリム様。こちらこそ」


 二人で額を寄せて、ふふふ、と笑いあって。

 落ち着いた頃を見計らったのかエステルがハンカチーフをメアリー様に差し出します。


「どうぞ、涙をお拭きください。

 化粧室へご案内いたしましょうか?」

 エステルの問い掛けにわたくしが頷きます。


「メアリー様。女の子同士のお茶会を、仕切り直して参りましょう」

「はい、プリム様」


 メアリー様をレディスメイドに託して、エステルとテーブルの上を入れ換えて行きます。

 食事メニューの皿とティーセットを下げ、テーブルの中心に焼き菓子の皿を並べます。

 加えて、わたくしの椅子をもう少し、メアリー様の近くに寄せました。

 エルダーフラワーを沈めたフレーバー水を用意して、ワゴンにはいくつかの茶葉。

 そうするうちに、メアリー様が戻られます。

 涙を拭いて、少し目蓋を冷やしてからお化粧直しをされたのでしょう。

 改めて入れられた頬紅が白い肌に良く映えております。


「お待たせいたしました。プリム様」


 照れたように微笑む彼女は、イエス! ヒロイン! という趣。

 でれでれと笑いそうになるのを堪えます。


「お帰りなさいませ、メアリー様。ちょうどこちらも、支度が済みましたわ」


 メアリー様の椅子を指し示して、どうぞこちらへ、と促します。

 メアリー様は卓上のお菓子に目が釘付けの御様子。うふふ。パティシエと頑張った甲斐がありますわね。


「プリム様、この、こちらは」


 メアリー様がわたくしを見返されます。


「ええ。当家の紋章とコンツェルト家の紋章、それぞれをココアのクッキーで埋め込みましたの」


 かつてのアイスボックスクッキーや金太郎飴の要領ですわね。紋章型のココアクッキー生地を、バニラのクッキー生地で巻いて休ませてから、スライスして焼きましたの。型が綺麗に出て良かったですわ。これらは、お父様とお母様、お兄様にも差し入れとして届けさせておりますの。

 貝のかたちのマドレーヌ。

 我が領地の蓮をイメージしたリンゴの飾り切り。

 お茶菓子は彩りと目の楽しさをおもてなしの基礎にさせていただきました。

 メアリー様は目を真ん丸にして、わたくしをご覧になります。


「お気に召して頂けると良いのですが」


 わたくしがそう伝えますと、力強く頷かれました。


「こんな繊細な細工のクッキーは初めて見ました。とても素敵です」

「よろしければ、コンツェルト伯爵家の紋章の分をいくらかおつつみしますわ。ご家族にお土産になさって」

「よろしいのですか?」

「もちろん。むしろ、勝手に紋章を使ったのはわたくしの方ですから、これはお詫びでもありますのよ」


 公的なものや売り物に他家の紋章を使うのは、偽証にあたります。もちろん、平民が使うなどもってのほかです。こういったもてなしに他家の紋章を象るのはままあることではありますが、とはいえ、断りなく使うのはあまり品がよいとは言えませんわよね。使いましたとの事後報告も兼ねてお渡ししましょう。

 メイドに指示を出してから、メアリー様に向き直ります。


「では、あらためてメアリー様。わたくしとおしゃべりしてくださいまし」

 

 

 ***

 

 

 茶会を辞したリバートはその足で父の執務室へと向かった。

 あとをトーマスが追っている。

 執務室の重厚なドアをノックして、応答を待ってから中へ入る。

 中では執務机に父が。応接ソファに母がいた。母はローテーブルに茶とプリムが手配した紋章のクッキーをおいて満足そうに食べている。


「母上もおられましたか。ちょうどよかった」


 リバートが告げると、夫人も顔を上げて彼を見た。


「二つ、お話しさせて頂きたいことがあります」


 夫人がリバートに座るよう促したので、リバートは夫人の向かいのソファに腰を下ろした。トーマスは入り口横に控えている。


「プリムちゃんとのお茶会は良いの?」


 母親の問い掛けにリバートは肩を竦めた。


「令嬢方の語らいに男は野暮でしょう」


 彼がそう答えれば夫人もそれはそうね、と頷いた。


「リバート、用件は」


 そして侯爵の問い掛けにリバートは頷く。


「ひとつめ。件のプリムですが、少なくともプリム本人には殿下を慕う心はないとのことでした」

「運命の出会いではなかったのか?」

「それが、メアリー嬢のことだったと」

「まあ」


 ころころと夫人が笑う。

 しかし侯爵の顔はしかめられたままだ。


「つまり、今は殿下のお気持ちのみということか」

「はい」

「殿下は今はプリムの気持ちを尊重してくださるようだが、お前から見てどうだ」

「無理強いはなさらないかと。プリム自身は父上や私が、家として嫁げと言うところへ嫁ぐ、と」


 侯爵は眉間を揉み解すように額に手をやった。


「プリムは、聞き分けが良すぎるな」

「可愛いわよねぇ」


 夫人がうふふと笑う。

 侯爵は頷く。


「プリムについてはわかった。それで、もう一つは?」

「コンツェルト伯爵令嬢メアリー嬢を、私は我が婚約者になってもらえぬものかと思っております」

「リードメン公爵家の令嬢を、との声も他家からあるが?」

「妃殿下の茶会では公爵家の未婚の令嬢には皆婚約者がおいでと伺っておりますが」

「ミノルカオルちゃんはね、他に好きな方がおられるから、邪魔してはダメよ」


 うふふ、とクッキーを手にする夫人に部屋にいた全員の視線が集まった。


「あの子の婚約者、えーっとイルワ侯爵家の次男だったかしら。イルワ侯爵家は近々取り潰されるでしょうし、あの子自身は別に好きな殿方がおられるし。

 リバートと結ばせようとしてる方々は、リードメン公爵家派閥というよりはイルワ侯爵家を見限った方々でしょうね」


 侯爵は目を丸くして妻を見詰めた。


「わたくし、クッキーとお茶をしに執務室に来たわけではないのよ。あなた。

 イルワ侯爵家と我が家は社交以上の交流も取引も無かったとは存じますけれど、お気をつけくださいまし。

 取り潰しの要因ですけれど、主に情報流出と謀反の疑義だそうですわ。あとは元々、領地では悪政が轟いていたそうですの」


 頷いて侯爵は応じる。


「お前の社交情報網は恐ろしいな。私の手の者も同じような報告を上げてきている。領地的には国の正反対だからな。交流もないはずだ。念のため、領地へは指示書を送っておこう。あちらでも掴んではいるとは思うが」


 リバートはそんな両親を見詰めてから、頷く。


「ミノルカオル嬢については、つまり私の関係の外、ということですね」

「そうよ」

「コンツェルト伯爵令嬢については、考慮しよう。なんにせよ、殿下の動向次第と心得よ」


 侯爵はその役目の通りに告げ、リバートはその後継ぎとして頷いた。

 

 

 ***

 

 

 その日のお茶会は夢のようでした、と、メアリーはジン友会の会報に綴った。

 その日以来、メアリーとプリムの交流は続いている。

 お互いに便りを出し合い、時には――メアリーの手筈もあり――ジン友会会員令嬢の家の茶会に二人揃って参加するなどもした。

 プリムも本格的な社交は姉が嫁いでからであるというので、二人は「二人で勉強ね」とささやきあって笑いあった。

 そうして冬に近づき、社交シーズンが終わる頃。

 王城で大規模な夜会が催されることになった。

 プリムを含むジンカイイ侯爵家はもちろん、メアリーのコンツェルト家も招待されている。

 伯爵以上の家の多くが招待されており、あの王妃の茶会同様、王子の婚約者候補を探す目的があるのではないかと噂されている。

 また、イルワ侯爵家の取り潰しなどが夜会前の貴族議会で決議される見通しという話もあった。

 ただ、メアリーとプリムにとってそれらはまだ「大人社会の話」のように聞こえていたのだった。


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