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2 春の萌木月 1

少し怪我? 出血? の描写があります。

 メアリー様は、魔力学と、淑女のたしなみとしての室内楽を選択科目に選ばれました。

 わたくしは、魔力学と当初の予定どおり経済を。

 追加選択の時間は、何故か、アンドン先生によって、わたくしもメアリー様も、抑えられてしまいましたの。

 解せぬ、というやつですわね。

 フィリィ様は家政と経済を。

 スノエル様は医学と化学を取られたようです。

 シェイマス様も報告に来られて、騎士専科と合同の剣術と、貴族向けの護身術を取られたとか。


「応援に来てもらえるかと思って」


 とのことですが、行った方が良いものでしょうか。

 わたくしが首をかしげますとフィリィ様がにこやかに「行かないよぉ。授業の時間は一緒だしー」


 とおっしゃいました。

 確かに!

 ではゲームの野次馬お嬢さん方はサボりだったんですわね。今さら気づきましたわ。

 そうして授業が本格化すると、凡そ一月は目の回るような日々でしたの。


 加えて、今年の貴族専科の中では、わたくしの家、ジンカイイ家が最上位。貴族専科筆頭、いわゆる学級委員とか学年委員のようなものにされてしまいましたわ。そうすると自動的に自治会、いわば生徒会に入れられて、放課後は自治会用務かアンドン先生に捕まるか、という有り様でしたの。

 元社畜気味としましては、アドレナリンが溢れ出す忙しさでしてよ。エステルがとても心配してくれて、放課後を目指して学園に手伝いに来てくれましたの。ありがたいやら申し訳ないやらですわね。

 ムジーク様は、選択で剣術と作法を取られたご様子で、最近は突撃されることもなく、平和に過ごせておりますわね。

 そんな折です。

 自治会執務室に、教頭先生がおいでになったのは。

 青い顔に汗を浮かべた教頭先生は、そういえば入学式で司会をされていましたわ。

 その青ざめた顔、見覚えがありましてよ。

 けれどわたくしからお名前を言うことは控えましょう。言葉が現実になってしま


「王太子殿下と、側近の皆さま方が、学園に視察においでになるそうです」


 ああああああああああ名前言ってませんのにいいいいいいい。


「ジンカイイさん」


 教頭先生に呼ばれればわたくし、返事をしないわけにはまいりません。


「はい、教頭先生」


 答えて一度軽く膝を折りました。

 教頭先生は頷かれてからおっしゃいます。


「自治会として、応対を考えなければなりません。貴族専科筆頭として、貴女が指揮を取ってください」


 ぱーどぅん?


「お、恐れながら教頭先生。殿下方は学園の視察においでになるのですよね? それを、自治会として応対するのですか?」


 思わず問い返せば教頭先生は、なんというか、諦めの表情です。


「殿下のご希望です。ジンカイイ令嬢がいるなら、案内人に適役だろう、と」


 がっでむ王太子!


「ジンカイイさんの兄君もおいでになるでしょう。丁度いいではありませんか」


 と教頭先生が。

 完全に入学式の悪夢をトラウマに持ってわたくしにぶん投げるおつもりですわ。

 どうしましょう。

 わたくしたちのお話に聞き耳を立てている自治会の皆さんも戦々恐々のご様子ですし。

 貴族のマナーとか、不敬と言われてはたまりませんわよね。

 学びに来ているのに、そんなことに煩わされるなんて。

 そう。

 そうですわ。

 ここは学びの場なのですから。


「わかりましたわ、教頭先生」

「そうですか!」


 あからさまに嬉しそうなのはちょっとどうかと思いましてよ。


「貴族専科で接待をさせていただけませんか? 殿下ほど高位の方をお相手に実技をさせていただければ、皆さんも身が引き締まると思いますの。

 騎士専科や技術の各専科は、実習風景を見学させていただくのでいかがでしょう」


 何で視察プランを差し出しているんでしょう。教頭先生が嬉しそうですわ。先生のお仕事でしてよ先生!

 教頭先生は満足そうに頷かれてから


「その案は素晴らしい。わたしの肩の荷が下りるところが特に素晴らしい。学内の調整はしておくから、ジンカイイさんは貴族専科への通達をお願いします」


 そしてやることになるんですのね。

 教頭先生がうきうきと自治会執務室を出ていかれます。

 振り返ると各専科の皆さんが明らかに安堵なさっておいでで。


「ジンカイイさん、ありがとうございます。私たちでは荷が重くて」


 そうおっしゃるのは、法務専科の方です。卒業後は弁護士や法務官になられますの。学園在籍期間も長く必要なので、学園のことをよくご存知です。


「わたくしこそ、出すぎた真似をいたしましたわ。皆様と、殿下への接待をきちんとお話ししなければ自治会の意味がございませんわよね」

「「「とんでもない!」」」


まるで合わせたように皆さま方が否定の声を上げられました。


「むしろ纏めてもらって助かったよ!」

「貴族専科が応対に出るなら、従者専科で支援するよ! 主を助けるのが仕事になるんだし!」

「騎士専科では実技をお見せするのに加えて、護衛など実習させて貰えないものか」


 矢面に立たなくて良くなったからか、皆様の意見が活発に交わされはじめます。

 よかった、ような?

 丸め込まれた感じがしますわね?

 わたくし、思わず首を傾げました。

 すると商業専科の方がポツリと呟かれるのです。


「私たちでも出店でもできればいいんだけれどね。売り物は家政や調理の専科が作る雑貨やお菓子、軽食などで。こういう商売ができますよってお見せできるんだけれど」


 確かに!

 殿下の視察で出店と言うことはできないでしょうが、そういった実技披露の場は、皆様ほしいですわよね。

 わたくし、学園の行事スケジュールを思い浮かべますと、入学と卒業の他には音楽祭があるだけでしたわ。それも、実演は貴族専科と音楽専科のみ、他の生徒は観客のようなものです。

 そう。学園祭が無いのですわ!

 乙女ゲームですのに!

 今気づきましたわー!!!

 前世での学園編はステータスアップに必死ですからイベントごとなどすっぽり抜けていましたの。

 であれば、貴族の皆様が都に集まる秋の開催が良さそうですわね。


「うふ、うふふふふ。よい考えですわ!」


 わたくしが拳を握りますと、皆様がびくぅと肩を竦められました。あらやだ、失礼。


「ごめんあそばせ。その考え、すごくよいと思いますの」

「えっと」

「全部の専科を上げた、学園全体の成果発表会などできないでしょうか。商業ともの作り、技術の専科は合同で出店を。音楽や芸術の専科は展示や演奏を。皆様の成果を学園を上げて発表する、学外の方にも来ていただけるような、開けたお祭り、『学園祭』を!

 学外の方に来ていただければ、実技をみてお店などに誘っていただいたり出資を受けて卒業と同時にお店を持つとか、さらに活躍の場を広められると思いますの!」


 なんなら、最初の費用はわたくしの個人資産から出しますわ! 何故かペン先や香り付き文具が冬に物凄く売れまして右肩上がりですの。

 お祭りごとは、前世の血が騒いでしまいますもの。まあ、前世の杵柄は不要とは思いますけれども。

 皆様の表情が明らかに上気しております。ぽっかぽかにテンション上がってますわね。

 法務専科の方が


「わたくしたちも、法律研究を発表できるんですか!」


 と聞かれますので、頷いて返します。


「例えば大判の紙に、図なども含めて研究内容を書いて、展示してはいかがでしょうか」

「ああ! 外部の先生方とも議論できるのですね」

「被服は服を作るのは難しくても小物なら量産できそうね」

「調理は焼き菓子や保存食かな」


 皆様やる気のご様子。商業専科が早速計算尺を取り出してますわね。


「企画書は原案をジンカイイさんで、商業、経済の専科で効果を試算して作りますね」

「法務専科で学園規則と照らし合わせて交渉に出ます!」

「ジンカイイさんは、後ろで頷く係でお願いします!」

「ジンカイイさんがいるだけで説得力が三倍増しで先生方に伝わりますので!」


 そうなんですの!?

 ああでも、貴族の後ろ楯があるというのは、商売や交渉には便利ですわね。いわゆる信用保証です。貴族などは言ってみれば、ブランド、公的な、逃げない看板ですものね。その最たるものが王室御用達などでしょうか。

 そういうものの使い方の練習になるなら、悪くございませんわ。


「それでしたら、おまかせいたしますわ。では、わたくし、今日はこの辺で失礼いたします。明日にでも貴族専科の皆様に、まずは視察のことをお伝えしなければなりませんし」

「そうですね。また明日、ジンカイイさん」

「さようなら」

「また明日」


 皆様にご挨拶して、自治会執務室を出ました。

 なんだか目の回る時間でしたわね。

 でも、学園祭が楽しみになりましたわ。

 まずは視察を乗り越えて、先生方の心象を良くして、要求を通しやすくすることが、わたくしのお仕事、というところでしょうか。

 ふぅ。

 今日は帰って、お兄様にご機嫌伺いのお手紙を書くとしましょうか。


 寮に戻るべく校舎を出ますと、外は暗くなり始めておりました。体感的には夕方の5時頃、といったところでしょうか。あら、大分遅くなってしまいましたわ。

 前世ならともかく、ここを一人で帰るのは学園の敷地とはいえ、エステルに怒られそうですわねぇ。


「……ジンカイイ侯爵令嬢」


 振り返ると、黄金の眼差しがわたくしを見下ろしておりました。


「こんばんは、ムジーク様」


 軽く膝を折ってご挨拶いたします。

 ムジーク様は、ああ、とだけ答えられてから、視線をさ迷わせます。

 何か言葉を探しておられるご様子。

 避けていたわけではありませんが、わたくしたちも用がなければ取り合いませんでしたし、ムジーク様も留学生としてそれなりにお忙しくされておりましたから、こうして話すのは一月とはいえ久々な感じがいたします。


「……送ろう」


 そして、一言。


「まあ。では、お言葉に甘えますわ」


 ムジーク様は、意外そうに目を丸くされます。

 わたくしが一歩歩き出しますと、後を追うように歩き始められました。


「おれのことは、嫌いではなかったか」

「好ましくなかっただけですわ」


 問いかけに答えます。

 隣を歩くわけではございませんからら表情は見えません。


「好かなければ嫌いだろう」

「いいえ。好きと嫌いは、関心の有無で言えばどちらも、ある、になりますわ。その他に、目にも入らない無関心、が、ありましてよ」

「おれが、お前の心に対してしていたことだな」


 ムジーク様がおっしゃいます。あら、成長されてますわ。上から目線で失礼しますわね。


「ええ、そうでしたわね」


 肯定すればため息。


「おれにも、ようやくわかった気がする」


 ムジーク様がおっしゃいます。

 ちょうど、校舎と寮を繋ぐ十字路のところでした。

 曲がり角を曲がりついでに、振り返ってムジーク様を見上げます。


「こんな風に二人で帰りますと、わたくし、ふしだらな女と言われてしまうかしら」


 ムジーク様がはっと目を開かれて左右を見渡されます。


「お前はふしだらなどではない」

「ムジーク様、人の口に戸は立てられませんの。人の心は単純ではございませんわ」

わたくしはまた前を向いて歩き出しました。ムジーク様は、それから何も言われません。

 婚約者がいるわけではありませんから、別に醜聞でもないのですけれど。

 日がゆっくりと沈んで、宵闇が帳をおろします。

 もうすぐ貴族女子寮というところで、前方から二人の人影。


「プリム様!」

「お嬢様!」


 駆けてくるのはメアリー様とエステルですわね。


「あら、お出迎えありがとうございますわ。お二人とも」


 わたくしがおっとりと意識して申しますと、エステルがわたくしを抱き抱え、メアリー様がわたくしとムジーク様の間に立たれました。

 ムジーク様、わたくしよりメアリー様からの好感度を気になさった方がよろしくてよ。ヒロインに嫌われるヒーローは悲惨でしてよ?

ムジーク様が肩を竦められますからわたくしは少し声を張りました。


「わざわざ送ってくださって、ありがとうございましたわ」


 ムジーク様が頷かれ、


「ではな」


 と踵を返されました。

 ムジーク様が離れられて、ようやくエステルの手の力が弛みます。

 メアリー様もわたくしに駆け寄ってきてくださいました。


「お嬢様がご無事でなによりでした」

「プリム様、何かされたり言われたりされていませんか?」


 この二人に心配されると申し訳なくなりますわね。


「自治会で遅くなってしまって、そうしましたら、ムジーク様が声をかけてくださったのですわ」

「やはり放課後はお供に上がるべきでした」

「わたくしが残れば良かったんです」


 完全に敵認定されてますわよムジーク様。

 わたくしは二人を促して歩き出します。寮まであと僅かですもの。


「本当にただ送ってくださっただけなのよ。そんな風に警戒しては失礼だわ」


 わたくしが申しますと、エステルはムジーク様を詳しく知らないこともあって、引き下がってくれましたが、メアリー様はまだ納得いかないご様子。

 始めがああでしたものね。


「ムジーク様も考えを改められたと言うか、視野を広げられておいででしたよ」


 言いながら歩けばもう寮は目の前です。

 メアリー様は切羽詰まったご様子でわたくしをご覧になり、そして。


「では、ムジーク様のお心を受け入れるのですか?」


 そう、問いかけられました。

 直截な問い掛けですわね。メアリー様の長所でもあり、短所でもありますが。


「人間関係は、好きか嫌いか、敵か味方か、だけではないと思いますわ」


 わたくしはそう答えて、寮の玄関を入りました。

 夕食前の自由時間に、寮内は何時も少し浮き足だちます。

 食事の前に入浴したい方々などは浴場に集まる時間でもありますわね。

 振り返ると、メアリー様は深く考え込んでおられるご様子。そしてひとつ頷くと、わたくしを見つめられました。


「嫌なときは、わたくしにおっしゃってくださいませ。必ずお守りいたします」


 とりあえず今は敵判定を解除する、ということでしょうか。メアリー様こういうところ、竹を割ったようにさっぱりしてらっしゃいますわね。

 エステルが


「わたくしにもですよ!」


 と声を上げますから、苦笑して頷きました。


「ではまた夕食の時にお会いしましょう、メアリー様」

「はい、プリム様」


 そうしてメアリー様と別れて、わたくしは部屋に戻りました。

 勉強机とは別に、この一月の間にエステルが用意したお茶をするための小さなテーブルに備え付けの椅子に腰を下ろすと、真向かいにエステルが仁王立ちでわたくしを見つめました。

 あ。これ、お説教ですわ。


「お嬢様」

「何かしら」

「遅くなられたときは他の方とお帰りくださいとお願い致しました」

「ムジーク様がご一緒くださったわ」

「先日まで敵判定だった方ですので、算定外とさせていただきます」

「辛辣ね」

「お呼びくだされば参りますし、そうでなくても自治会の皆様はまだお残りだったのでは?」

「すごいわエステル。見ていたみたい」

「誤魔化さないでくださいまし。お嬢様もお年頃であられるのですから今まで以上に御身を大事になさってください」

「ありがとう、エステル。でも、本当に大丈夫なのよ? ここは学園だし、わたくし、逃げ足には多少の自信があるの」

「そういうお話ではなくて」


 エステルがはぁ、とため息をついて額を押さえました。あらやだ。


「エステル、疲れているのなら休んでいいのよ?」

「いえ、少しお嬢様の教育の偏りについて考えておりました」


 わかってるわよ。茂みに連れ込まれて傷物にされるんじゃないかとかそういうことでしょう。一応元成人女性だから知識はありましてよ。口にするのを憚っているだけで。

 ただ、そんなことでエステルを心配させるものではないわね。


「わかったわ。メアリー様や皆様に、頼んでみるわ。貴女も、そうね、夕方の、時計石が茜色になる頃に校舎に迎えに来てちょうだい」


 わたくしがそう伝えれば、エステルは満足そうに頷きました。

 心配性、と言えばいいのか、街灯もないこの時代では当然と言えばいいのか。迎えを呼ぶにも電話があるわけでもありませんから、結局学園の下男などに頼むことになるわけですし。

 明るいうちに来て貰っておくほうが良さそうですわよね。


「魔石の手提げランタンの小型化とか考えると良いのかしら」


 ふと呟くと、エステルの目が光ります。

 あらやだ。懲りてないと思われてしまったわね、これ。


「お嬢様!」


 こうしてわたくし、夕食に呼ばれるまでお説教されてしまったのでした。



***



 翌朝、まずは朝食の席で、メアリー様、スノエル様、フィリィ様にお話しいたしましたら、フィリィ様がなにやらそわそわされています。


「フィリィ様?」


 スノエル様が問いかけられますと、フィリィ様はナプキンを指で遊びながら、頬を赤らめておっしゃいました。


「あの、片想いの騎士爵の方が、その殿下方の護衛でおいでになるらしいと、オパールたちから知らせがあって」


 照れた顔がソーキュートでしてよ。

 そしてオパールさんたちの情報収集力なんなんですの?


「だからわたし、是非案内役に加わりたいです」


 フィリィ様がおっしゃるのへ、わたくしは少し困り顔です。


「わたくしの一存ではなんとも。学園の意向もあるでしょうし。今日、教室で皆様にお伝えしますから、その時に立候補なさっては?」


 お伝えすれば、フィリィ様が強く頷かれました。


「お会いできること自体稀なので! がんばります!」


 きり、とフィリィ様が愛らしい顔を引き締めますが、小型犬がキリッとしても可愛いだけと申しますか。

 恋する乙女、愛らしいですわね。

 うふふ、と微笑みあううちに出発の時間が近づきますので、一度別れました。

 そろって校舎に向かい、教室の机についた時、始業の鐘が鳴りました。


 朝の集会でベイカー先生から今日の大まかな予定が伝えられてから、

「では、ジンカイイさん、自治会からのお知らせをお願いします」


 と話を回されます。

 わたくしは立ち上がって教壇の前に移動しました。

 皆様の視線が痛うございます。最近は慣れてきた気もしますが、慣れたらモブでは居られない気もいたしております。


「ごきげんよう。プリム・ラ・ジンカイイでございます。お時間を頂戴して申し訳ございません。

 自治会からのお知らせですが、王太子殿下と側近の皆様方が学園を視察においでになることが決まりました。つきましては、貴族専科で接待とご案内を担当いたします」


 わたくしの言葉に、一瞬教室がざわつきます。落ち着くのを待ってから続きを話し始めました。


「殿下方には、学園内の各専科をご覧いただきます。それぞれの専科については、各専科の自治会役員が用意を担当いたします。

 わたくしたち貴族専科は、貴族のマナーや不敬の取り扱いなどで、他専科の皆様方が通常の能力を発揮できないようなことがないよう、いわゆる通訳としての役回りでございます。

 わたくしたちとしても、高位貴族の皆様方をホスト役としておもてなしするのは大変価値のある経験と存じます。どうぞ、ご協力のほど、お願い致します」


 お伝えして、深くカーテシーをいたします。ここまで深いカーテシーは、授業でもまだ取り上げられていませんから、久しぶりですわね。

 教室がまた少しざわつきます。

 パン、とベイカー先生が手を鳴らして、意識を向けさせました。


「詳しい日程は学園から改めて、自治会を通じてお知らせします。みなさん、そのつもりで」


 そうして一日が始まります。

 必須科目に選択科目、今日は魔力学がございますわね。


「よくきたね」


 アンドン先生がわたくしとメアリー様を実習室で出迎えます。

 貴族専科で魔力学を選択できたのは、わたくしとメアリー様、それからもう1クラスの方から、ローズマリー・ラ・クアクゴス男爵令嬢とナハト・ラ・タベーモア子爵令息。ナハトはわたくしの親戚で、腐れ縁してよ。

 四人で魔力実習用の黒いローブに着替えて、今日は実習ですの。


「今日は、魔力持ちのための魔石活用についてだ。では、復習として、魔力とはなにか。クアクゴス」

「は、はい。魔力とは生命力です!」


 アッシュヘアーにグラマラスボディ、瓶底眼鏡、といった装いのローズマリー様がおそるおそるといった様子で答えられます。

先生は頷かれ、続いて


「では何故魔力持ちという区別が生まれるか。タベーモア」


 とナハトに声をかけました。


「はい、通常は生命力は生きるための力なので、外に出すことはできません。それができてしまうのが、魔力持ちです」

「その通りだ。ゆえに、魔力の枯渇は死を意味する。どんなに健康でもだ。お前たちはそれを念頭に実習に臨むように」


 告げてから、アンドン先生は一人一人に小さな魔石を配られました。町中でも普通に買える、消耗品として一番安いものです。


「市販されている消耗品の魔石だ。これを道具やらランタンやらの動力に使うわけだが、そもそも魔石とはなんだ、コンツェルト」

「はい。一般的に大気や大地の魔力が結晶化したものと言われています」

「女神の雫だの悪魔の糞だのという俗語俗説もあるが、おおむねその通りだ。さて、人のいのちたる魔力と、魔石のもつ魔力の違いは、なんだ、ジンカイイ」


 順番的にわたくしだろうとは思いましたけれども!

 また何だか難しそうなことを!


「えっと……ない、と思います」


 魔力は魔力ですもの!

 弱々しく答えますと、アンドン先生は目を丸くされました。


「何故そう思う」


 重ねて問われましたので、わたくし、適当に言った、とは言えない雰囲気ですわよ。


「例えば、暖炉の火と、ろうそくの火は、どちらも火に違いありません。その違いは大小や使われ方の差と考えます。そうしますと、単に『魔力』と呼ぶ限りにおいて、差はないのでは、ないかと」


 最後は尻すぼみになってしまいましたが、そう答えますと、先生は満足げに頷かれました。


「およそ良かろう。ジンカイイの言う通り、魔力に差はない。どこにあろうと、何から生まれようと、魔力は魔力だ。僕としては世界の魔力総量は不変だとも考えているが、今はさておく。今日の講義は魔力持ちが魔力使いとしてあるならば、魔石の魔力も己の魔力と同等に使える、という話だ」


 エネルギー保存則の話でしょうか。そちらも掘り下げていただきたいところなのですが!

 わたくしがわくわくと先生の説明を待っておりますと、先生は面倒くさそうにわたくしを見返しました。


「ジンカイイ」

「はい、先生」

「その話は後だ」


 読まれてましたわ。恥ずかしい。


「まずは復習だ。自分の魔力で指先に灯りを点せ」


 体内魔力の放出と変換は実習の始めに習いましたの。特にわたくしとメアリー様は、用がなくても灯りをともすことで、体内魔力の量を調整するように、と呼び出された放課後に追加で言われましたわ。

 お陰で夜道に困らないのですが、エステルにはそれも教えていませんでしたから、お説教になったのですが。

 ともあれ、わたくしとメアリー様は、むしろ眩しくならないように気をつけて灯りを指先に纏わせました。

 ローズマリー様とナハトも、難なく灯しております。

 先生は当然だと頷いてから


「今度は、魔力を同じように巡らせて魔石を光らせてみろ」


 とおっしゃいました。

 わたくしとメアリー様は、難なく灯したのですが、これは、放課後のアンドン先生による拉致の結果ですから、誇れることでもございません。

 ローズマリー様は、眉間にシワを寄せておられますが薄くピンク色に光らせておいでです。ナハトは、なんでしょう、黒って光りますの? 黒光り? しているようですわね?

 先生は二人の灯した光に、また満足げに頷かれます。


「筋がいいな。だが、それは魔石のランタンとやっていることは同じだ」


 先生がそうおっしゃってから、教壇に立たれ、白墨を握られました。

 黒板にさらさらと図形と説明を書かれます。毎度のことなのですが。独創的過ぎてわかりませんのよね。察する力が鍛えられてしまいますわ。

 わたくしたちもノートとペンで板書をとります。

 小瓶にいれた赤インクと、中瓶の黒インクがポイントですわ。本当はマーカーが欲しいところですけれども。

 皆様も思い思いに書き付けておいでですが、魔力の渦、汗のように吹き出す、とか何なんでしょう。

 わたくしの感じた解釈を横に書き記してみます。

 振り返ったアンドン先生がおっしゃるに、


「魔石とは、つまり己の魔力を外だしし、保存できているもの、と考えろ。自分の延長にあるものとして扱えば、自分の魔力をさほど消費せずに、より大きな効果を得ることができる」


 そして、先生はメアリー様を白墨で差されました。


「コンツェルト、『本気』で光らせろ」


 メアリー様は目を丸くされ、わたくしをご覧になりました。

 わたくしは先生を見つめ、先生が頷かれたのでメアリー様に頷き返します。

 つまり、


『よろしいのでしょうか?』

『本気ですか?』

『やれ』

『だそうです』


 のやり取りを視線だけで行いましたの。

 メアリー様は、きりり、と顔を引き締めますと、小さな魔石を両手に包まれました。

 光の魔力をお持ちのメアリー様が本気で光らせたらどうなるか、なんて、わたくしとアンドン先生には予測が付いております。

 なのに、やれとおっしゃった。

 先生の被害者が増えますのね。

 わたくしは目を閉じ、それからハンカチーフを取り出して顔に当てました。直視してはいけないのです。

 という間に。

 カッ!

 と痛い程に目映い光が教室を見たし、やがて収まりました。

 おそるおそるとハンカチーフを外し、目蓋を開き、顔を上げます。

 平気なのはアンドン先生、メアリー様、わたくし、のみ。

 ローズマリー様とナハトは両手で目を覆って


「目がぁ!」


 と呻いておりますわね。

 わたくし、じとりと先生を見つめます。


「二人とも落ち着け、ゆっくりと目を開いてみろ」


 お二人が目を開けると何度か目を瞬かせます。


「目が焼けるかと思いましたわ」

「凄かった」


 メアリー様が恥ずかしげに手を開きますと、使いきった魔石らしく、砕けて色を濁しておりました。


「このように、魔力を上手く石に回すと簡単に大きな結果を得ることができる。コンツェルトは光の属性があるから、なおさらよく効いたな」


 アンドン先生の言葉に、ローズマリー様とナハトが真剣に頷きました。

 ローズマリー様の属性は確か、花、だったかと。精神に作用する魔力が得意とか。

ナハトは闇だそうです。名前の通りですが、別に悪というわけではなく、空間に関する魔力、だとか。

 アンドン先生の初日の説明ですから、わたくしもよくわかりません。

 お二人は、魔力の量は少なくてもレアな属性、なのだそうです。


「では各自、魔石を上手く使えるよう魔力の回し方を試行錯誤してみろ。

コンツェルト、ジンカイイ、お前たちは石作りだ」


 わたくしとメアリー様は顔を見合せました。

 石作り、はこの手の実習の時に、アンドン先生がわたくしたちには危ない、あるいは初歩だと思ったときに与える課題です。その名の通り、人為的に魔石を作る作業ですの。

 魔石はその名前の通り、『岩石』として採掘されます。国内最大の魔石鉱山は、スノエル様の家、スノーヴィ侯爵領にございますわ。


「採掘された魔石より効率のいい石を作るのを目標にしろ」


 と、追加の指示。

 魔石の格付けは純度と大きさによって異なります。大きく純度の高いものの方が魔力量が多く、通常の利用でも長持ちしますし、大きな力が必要な場合にも重宝いたします。その代わり傷付けずに採掘するのが難しくなりますわ。

 純度が低く、大きさの小さいものは、一山いくら、で売られていて、もっぱら庶民の灯りや燃料に使われます。

 化石燃料みたいですわね、そう考えますと。

 採掘、つまり土や岩から掘り返しますので、純度は一定以上には高まりません。

煮ても焼いても溶けませんから、凝縮させる、ろ過する、といった方法も、今のところ取れていないのです。

 そこで、アンドン先生が着目されたのが、人の魔力で魔石を作る──魔力晶石の作成です。

 最近のわたくしとメアリー様は、もっぱらこの作成実験にかかりきりですの。

これが難しくて、そもそも、見えない、形がない、触れない魔力を、どう固めるか、という話ですわ。

 メアリー様とふたりで毎回試行錯誤ですの。

 メアリー様もわたくしも、魔力の属性がそもそも固体にならないもの、火と光ですから、ますます難しいのではないかと。水や土の属性ならまだなにか手がかりがあるのではと思ってしまいますわね。

 わたくしとメアリー様は、魔力晶石の実験メモを広げて、改めて試行錯誤を始めました。

 ところでこれ、授業なのでしょうか?


「わたくし思うのですけれど」

「はい、プリム様」

「なにか、魔力に筋道をつけられませんかしら。こう、小川がやがて、泉に至るような」

「集めるために、ということですね?」

「ええ、やみくもに魔力を固めようとしても上手くいきませんでしたし、密度を上げることを考えてはどうかと」


 前世の温泉などにあった圧縮タオルは固いですか、もとは柔らかなタオルですし。

 圧縮したら魔力も固まりませんかしら。知りませんけれども。

 そもそも、先生も分からないから作りたい、って様子ですし。


「みつど、ですか」


 メアリー様が考え込みます。

 わたくしも考えがてら、手慰みにノートに昔見た漫画の魔法陣の様なものを書き付けてみます。あ、それっぽいですわね。


「! プリム様! それは!」


 メアリー様がそれをご覧になって声を上げられますが、わたくし、キョトンとしてしまいましてよ。


「え、あ。ごめんあそばせ。手慰みに落書きしてしまいましたわ」

「違いますわ! 線を引くのはいかがでしょうか!」


 魔法陣の誕生ですか!?

 わたくし、思わず身を乗り出してしまいました。


「魔石のように、魔力を通しやすいインクのようなもので線を引くわけですわね?」

「そうです! そこに魔力を流して」

「魔力を通しやすい、インクのような……」


 やはり、定番のあれでしょうか。

 わたくしは、ペンケースからペーパーナイフを取り出します。

 メアリー様が首をかしげられますから、えいやっと指先に突き刺しました。痛いですわね。


「プリム様!」


 メアリー様が悲鳴を上げますので、わたくし、にこりと微笑みます。


「魔力が通るか分かればいいので」


 言って、ノートの隅にぷくりと傷口から膨らんだ血液を拭いました。


「プリム様、いくらなんでも思いきりが良すぎます!」


 メアリー様があわててハンカチーフを傷口に当ててくださいました。

 あら。


「汚れてしまいますわ。新しいものをお返ししますわね」

「そうではなく」

「実験に必要なのは合理性と思いきりでしてよ、メアリー様」


 笑って、わたくしは、傷付けていない右手を自分の血痕に触れさせました。

 光れ、と思いながら魔力を集めれば、弱々しくですが、たしかに、わたくしの血は赤く光ったのでした。


「あら!」


 そして嬉しさに声を上げれば、メアリー様は目を丸くしておいでです。


「プリム様……」


 ちょっと呆れられておりますかしら。

 ローズマリー様とナハトを見ていたアンドン先生も、メアリー様の叫びに駆け寄ってきてしまわれました。

 流石に、怒られ、そうな。


「でかした!」


 響いたのは、称賛でした。


「なるほどな。血液は魔力を通すか。魔力もちだからか?」


 アンドン先生は自分のメモ用紙に何かを書き付けておられます。

 メアリー様は、わたくしの左手を握り真剣な表情。

 やがて。

 ぺかー!

 と光り輝き、あら不思議。

 わたくしの左手から痛みが消えておりました!


「メアリー様!?」


 わたくし、思わず声を上げてしまいます。

 ヒロイン! 光属性と来れば! そう! 治癒魔術! 癒しの光ですわね!

 メアリー様自身も、何をなさったか分からないご様子です。

 アンドン先生がメモから顔を上げて目を丸くしておられます。ガン見ですわ。

 わたくしは、そっと左手のハンカチーフをはずしました。あるはずの傷跡はなく、ハンカチーフに薄く血の痕が残るばかり。

 アンドン先生がわたくしの左手にかぶりつくように顔を寄せました。

 鼻息が! 鼻息が!!


「治癒だ!」


 アンドン先生が叫ばれます。

 わたくしは思わず退き、メアリー様が駆け寄ってくださりました。

 何事かとローズマリー様とナハトもこちらの実習机においでになります。

 注目の的ですわね。流石はメアリー様ですわ。

 アンドン先生はまるで前世のゾンビ映画のようにじりじりとわたくしたちににじりよります。

 わたくしとメアリー様は、流石に恐怖を感じて摺り足で後ずさります。


「ジンカイイ、コンツェルト、何故逃げる」

「なんとなく」

「怖いからですわ」


 二人でアンドン先生の問いかけに答えますと、アンドン先生はジト目になりました。

 わたくしたちが生徒ということを忘れておられませんかしら。


「せ、先生」


 おどおどと声を上げられたのはローズマリー様です。

 勇気を振り絞ったという感じですわね。

 アンドン先生がジト目のままローズマリー様をご覧になります。


「あの、光りは、しなかったんですが、その、なんだか、香りがするんです」


 興味を引こうとしてくださっているご様子!

 アンドン先生はまたカッと目を見開いて、今度はローズマリー様ににじり寄ろうとして、ナハトに阻まれました。偉いですわよナハト!

 ナハトの後ろから差し出されたローズマリー様の手の上の魔石は、仄かに薄紅に光りながら、確かに花の香りを漂わせておりました。

 アンドン先生は完全に崩れ落ちます。

 あら?


「くっ。僕は、一人しかいない! なのに興味深いことが次から次に……!」


 あ、そういう?

 完全にマニアの動きということですのね? いわゆる、やることが多い! という。

 わたくしとメアリー様は顔を見合わせ、それから頷きあいました。


「先生、わたくしたちのことは、放課後などの呼び出し時間にどうぞ。まずはローズマリー様のお力をご覧になってくださいまし」


 正直、アンドン先生にみられながら実習するのは緊張いたしますし。

 わたくしがそうもうしますと、それもそうかと先生はローズマリー様の薫る魔石に顔を寄せました。


「クアクゴス、これは、僕の注目を得ようとしたんだな?」


 そして、断言されます。

 ローズマリー様は、瓶底眼鏡の向こう側で目を見開かれたようです。


「無意識だろうが、属性は花、精神作用の傾向をもつお前が、そう願って魔力を込めたなら、正しく『そう』なるさ」


 全く説明になってませんわよ、アンドン先生。

 ぶつぶつと追加で呟いてから先生は踵を返し教壇に戻られました。


「注目! クアクゴスの魔石について説明する!」


 ようやく、授業らしくなって参りましたわ!


 そも、アンドン先生への皆様の評価はその名の通り昼行灯。授業以外で姿を見せず、魔力と魔法以外に興味がほぼなく、講師の会議にも姿を見せないこともある、とか。何をしているのかわからず、なのに学園講師であり続ける。昼に灯るランタンのように『役立たず』。

 けれども、アンドン先生は攻略対象。真の姿は、その魔力学にこそございます。それは、アンドン先生の過去に関係するのですけれども、これは『今の』わたくしが語るべきことではございませんわね。ヒロインとの信頼あってこそのお話ですもの。それをわたくしが知っているのは不自然というものです。

 先生はまた独創的な板書を書かれてから、改めて口を開かれました。


「各自の属性については始めに説明したな。花の属性について、クアクゴス、言ってみろ」

「はい。精神に作用する、とされています。暗示や催眠、あるいは、心的外傷の治癒に有効と考えられますが、魔力もちが一家相伝であることもあり、詳しくは解明されていません」

「その通りだ。これから説明するのは、僕が学園で研究した統計と推測によるものだ。それを念頭に聞くように。

 クアクゴスのあの魔石の作用は、その精神に作用する魔力属性が、香りとして発露したものだ。花の属性の者が、『他者の気を引こう』とした場合に、特に香りとして現れやすい傾向がある。今回については、ジンカイイとコンツェルト側に僕が付きすぎたこともあったな。すまなかった」


 そう言って、アンドン先生は一度ローズマリー様に頭を下げられました。

 ローズマリー様はいえ、とか、そんな、と慌てたご様子です。

 顔を上げたアンドン先生は、正に気を取り直して、ナハトに向き直りました。


「タベーモア、体調に変わりはないか?」

「はい先生」


 問いかけにナハトは頷きました。


「花の能力は、対象を問わず広く行き渡りやすい、という傾向もある。対象を絞るにはかなりの集中と制御が必要だ。逆に言えば、制御されなければ誰でもかれでも影響を受ける。今後は、各自の実習中には香りにも気を配るように。

 クアクゴス、お前は制御しようと無理しなくてもいい。お前の能力は貴重で、素晴らしいものだ。誇っていい。ただ、それで人を傷付けたり、貶めたりすることがないように、それだけを心掛けてくれ」


 アンドン先生が真摯におっしゃり、ローズマリー様は、深く一度頷かれました。

 魔力もちたちが家系で知識を閉ざした結果、突然変異的に現れる野良の魔力持ちたちが、己の力を知らぬまま暴走させ迫害されることを、アンドン先生は厭うておられます。

 それは、メアリー様におっしゃったことのほかに、授業の最初に全員に向けても伝えられたことです。今は貴族専科の選択授業の時間ですが、ほかの専科の選択授業でも、同じように伝えられていることでしょう。

 先生を知らぬ方々は、先生を昼行灯と呼ばれるでしょう。ですが、先生の教えを受けたわたくしたちは、その意味を知っております。

 とはいえ、アンドン先生がマッドなのは、否定のしようもありませんが。

 ローズマリー様は、先程の魔石を両手でぎゅうと握られています。


「決して、悪意では使いません、先生」


 そして、ローズマリー様が宣言され、アンドン先生が頷かれました。

 同時に、授業終了の鐘が鳴りましたので、解散と相成るところで。


「きょうは四人とも、放課後僕の部屋に来るように」


 補習のお知らせとなりました。

 まあ、濃い時間でしたから、先生的に煮詰めたいのでしょうね、ええ。


「逃げるなよ」


 低い声でおっしゃるのは、悪役じみてますからお止めくださいましね。

 ローズマリー様が明らかに怯えておられましてよ。

 わたくしたちは一礼して、実習室をあとにしました。


 そのままお昼休みですから、四人で食堂に向かいます。午後は合同で必修の礼儀作法の授業ですし。


「お嬢様がたはそれぞれ特別感あってうらやましいっすわ」


 砕けた口調になるのはナハトです。

 ナハトは我が家の親戚にして麾下の家柄でして、彼がお嬢様と呼ぶのはわたくしのことでございます。


「タベーモア様も、闇は、稀少とうかがっておりますわ」


 小さく答えられるのはローズマリー様。瓶底眼鏡グラマラス令嬢は、どうも人見知りでいらっしゃるようで、魔力学で一緒のわたくしたちのほかは、教室でもあまり親しくされる令嬢はいないそうですの。ナハト情報ですわ。


「使い途に実用性を見いだせねっすねぇ。空間制御とか? 言われても実感がねえっす」


 わたくしにしてみれば真っ先に青狸未来ロボットの無次元ポケットなど思い出しますけれども。

 話しながら食堂に着いて、二階のサーブ席へ向かいます。ローズマリー様は、その魔力特性ゆえなのか、人混みが苦手でらっしゃるのです。魔力特性ゆえだろう、と分かったのも、授業のお陰だそうですわ。

 ワンプレートのランチをいただきながら、先程の授業のお話を続ければあっという間に休み時間が終わってしまいます。


「放課後が楽しみですわ」


 わたくしが申しますと、ローズマリー様がそっとわたくしの手を取られそれから、すこし、狼狽えられたようでした。

 取り繕うように


「御身を傷付けることは、おひかえくださいましね」


 とおっしゃってくださって、わたくしは疑問に思いながらも、ありがとう存じますわ、と頷きます。

 ローズマリー様に何があったのか、そのときのわたくしには、何もわかりませんでした。

春の萌木月はだいたい日本の5月ごろのことです。


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