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1 春の芽吹き月

2章 学園編 始まります!

本日二話更新の2つ目です。1つ目は登場人物ですので、そのままお進みいただいて構いません。

 冬の明け月の終わりに、我が家は領地から都の別邸に戻りました。


 皆様ごきげんよう。プリムでございます。


 来月、春の芽吹き月一日から、わたくしは王立学園貴族部に入学いたします。

 その支度のために、例年より早く都入りを致しました。


 学園について、少しご説明いたしますわね。

 イルフカンナ王国には、義務教育制度がございます。

 数代前の国王陛下が、教育こそ財産であるという指針で調えられた制度です。

 平民については、前世日本と同じく、小学校に当たる初等学校、中学校に当たる中等学校が義務化されております。

 エステルはこの中等学校を出て、わたくしに仕えてくれたのですわ。


 中等学校を卒業しますと、希望者は王立学園へ進学することができます。

 なお、イルフカンナの初等学校、中等学校、王立学園はすべて無償で提供されておりますの。貴族は寄付の義務がございますけれど、それも子息が通う間のみです。

 貴族は、希望すれば初等、中等学校へ通うことができますが、初等、中等学校分は基本的に家庭教師を迎えることになります。各家の方針や機密を守るためでもありますわね。


 そうして平民、貴族一律に、王立学園に入れるのが16の春からです。

 貴族は貴族専科へ一年間、マナーや基礎教養の総復習として。また、希望する高等教育を受ける場として。これは貴族側の義務ですわね。

 一方平民は、中等学校を卒業し、規定の試験を突破した場合に入学出来る、任意希望制です。ですので平民は、16とは限りませんの。専科も、商業、各技術職、医学など多岐に渡ります。貴族の侍従や近侍を目指す従者専科や、騎士を目指す騎士専科もありますのよ。

 貴族も、家を継がない次男や三男などは、貴族専科卒業後に平民と同じ専科へ入り直したり致します。


 さて、わたくしは貴族専科へ一年間通うことになります。貴族専科は自立のためもあり全寮制となっておりますので、都で入学入寮の準備をするのですね。

 使用人は一人まで連れていくことができます。

 わたくし、折角ですから完全に一人で、とお伝えしたのですが。

 その。

 エステルが


「お嬢様はわたくしに一年間死んだように暮らせと仰るのですか」


 と半泣きになりましたので、エステルだけ連れていくことにいたしました。

 根負けしたわたくしが


「わかりましたわ。よろしくね、エステル」


 と答えた瞬間にけろりとしておりましたから、もしや演技だったのでは? と思ったりもいたしましたけれども。


 ともかく。

 あと一週間ほどで、入学前に入寮です。

 メアリー様とも同学年ですし、楽しみですわね!



 ***



 荷物は基本的に衣服と身支度道具のみです。加えて衣服も、授業の間は制服を着るので、下着の他は寝巻きと部屋着と休日着るもの、程度で良く、家との手紙のやり取りは自由ですし、都の屋敷から不足は逐次運んでもらえるので、入居に急ぎ必要なものはそうない、はずなのですが。


「結構な荷物ね」


 エステルが設えた引っ越し道具は荷箱三箱になりました。

 驚いて呟けば、エステルは大きく頷きます。


「お嬢様に快適に過ごしていただくため、お茶の道具と日頃のケア道具を詰めましたらこのように。荷造りが下手でお恥ずかしいです」


 お恥ずかしいと言いながら誇らしげなのは何故かしらエステル。エステルはわたくしに関してやはり盲目なところがありますわね。

 ともあれ、荷馬車にそれらを積んで貰い、荷運びの下男に御者をさせます。

 わたくしとエステルは我が家の紋章の入った二頭立ての馬車で、本日、入寮と相成りました。


 事前に手紙のやり取りをしたところ、メアリー様も今日入居とのこと。荷解きが一段落しましたら、お部屋を訪ねてみたいものですわ。


 貴族用の女子寮は一人一部屋。二間になっていて、一間は使用人部屋、もう一間がわたくしの部屋です。

 ちょうど前世の、広目のワンルームといった大きさで、わたくしには落ち着くサイズ感ではあるのですが、エステルは不満げですわね。


「荷下ろしは済みましたし、荷解きはわたくしが致します。お嬢様はメアリー様に会いに行かれてはいかがでしょうか」


 わたくしの心中を察してくれるのは良いのですけれど、わたくしもエステルから一人立ちを考えるべきかもしれませんわね。


「ありがとう、エステル。けれど、自分の物がどこにあるかわたくしも知っておきたいわ。一緒にやりましょう?」


 私の言葉に、エステルはとんでもないと首を振りました。


「わたくしも、少しは自分のことを自分で出来るようになりたいわ」

「お嬢様、わたくしに不手際がございましたか?」

「学園の間くらい、わたくしも自分で出来ることは自分でしなければいけないと思うの。学びに来ているのだし、授業中までは貴女も来られないでしょう?」


 問い掛ければ、エステルは震え始めました。

 流石に侮っていると言われてしまうかしら。あるいは、仕事をとるなと怒られるかしら。

 いえ、エステルはわたくしに怒ることは無いから、やはり悲しんでいるかしら。


「お嬢様のお志、わたくし、感動致しました」


 あらやだ、全肯定エステルだったわ。わたくしもまだまだですわね。


「では、重いものはわたくしが仕舞います。お嬢様は、お洋服をお願いいたします。二人でやれば、その分早く済みますわ」


 エステルが切り替えて指示を出してくれるので、わたくしも滞りなく仕舞うことができました。

 荷解きが終わると、エステルが櫛を携えてわたくしににじりよります。


「え、エステル?」

「では、メアリー様にお会いになるために、身支度を致しましょうね」


 あっ。本気で身支度をするためにわたくしの手伝いを認めたんですわエステルったら! 何て策士!


「企んだわね?」

「お褒めにあずかり光栄です」


 エステルが楽しそうだから、仕方ないかしら。

 うきうきと髪を梳かしてくれるエステルに、わたくしは身を委ねました。


 手際よく髪をまとめ直してくれたエステルに礼を言って、早速メアリー様のお部屋を目指します。

 三階建ての貴族女子寮の、わたくしは三階角部屋。メアリー様は二階の階段近く。

 二階と三階が各自の部屋になっていて、一階が共有スペース、食堂やお風呂がありますの。

 既にコンツェルトと名札が下げられているお部屋のドアをノック致しました。

ぱたぱたと音がしてから、ドアを開ける前に


「はい」


 と声がします。

 合格ですわよメアリー様。一人暮らしで簡単にドアを開けてはいけませんわ。


「メアリー・ラ・コンツェルト様のお部屋でよろしくて? わたくし、プリム・ラ・ジンカイイと申しますの」


 まるで初めてのように名乗りますと、


「プリム様! 今お開けしますわ!」


 と楽しそうな声。嬉しいですわね。


 直ぐ様ドアが開き、制服姿のメアリー様が現れました。

 制服は紫紺のワンピース型で、広目のセーラー襟に白いラインが入っておりますの。胸元に王家の紋章をアレンジした王立学園の校章の刺繍が銀糸で縫いとられております。

 ピンクプラチナの髪はきれいにまとめ編みされておりますわ。


「まあ! お似合いでしてよ、メアリー様」


 開口一番、その装いにときめいてしまいましたわ。仕方ありませんわよね、ヒロインですもの。ヒロインが一番似合う制服デザインになっているに決まっておりますわ。

 メアリー様は頬を赤らめて、


「すみません。待ちきれなくて試着しておりましたの。どうぞお入りください」


 部屋に案内されると、そこはわたくしの部屋とは違い一間、本当のワンルームとなっておりました。


「侍女は連れて来ませんでしたの?」


 案内されるまま、文机に付属の椅子に腰を下ろしますとメアリー様はベッドに腰を下ろされました。


「お世話される、ということにまだ慣れませんの。いけないとは分かっているのですけれど」


 メアリー様が困ったように眉尻を下げました。

 わたくしも、確かに、と頷きます。

 侍女がいる令嬢たちの部屋は二間、一人の令嬢は一間、ということですのね。


「お部屋に一人でいると、安心してしまうのです。情けないことですわ」


 メアリー様はそう言って物憂げな面持ちです。


「お屋敷の侍女たちと、馴染めませんの?」


 わたくしが問い掛けますと、メアリー様は驚いたように顔を上げられました。サファイアの眼差しが涙で潤んで見えます。


「馴染めない、訳ではないと思うのですが。どうしても、遠慮してしまって。皆様良くしてくださるのに」


 ああ。馴染めないことに、己を責めてらっしゃるのね。突然変わってしまった日常に、ずっと戸惑ってらしたのですね。

 わたくしが、そうだったように。

 自分がここにいる、その理由が欲しかったように。

 ここにいることを、認めてほしくて、許してほしくて、そして何より、受け入れたかったのですね。

 わたくしは椅子を降りて、メアリー様の隣に腰を下ろしました。

 ふふ。人のベッドに腰を下ろすなんて、エステルが聞いたら驚くかもしれないわ。

 メアリー様が今度は驚きに目を白黒させています。

 わたくしはメアリー様の手をとって、微笑みました。


「誰が何と言おうと、メアリー様は立派な令嬢ですわ。慣れぬ環境に馴染もうと勤めておられます。馴染めぬものを無理に飲み込む必要はございませんもの」

「プリム様……」

「お一人ですべて出来るなら、他のご令嬢よりその点優秀とも言えますでしょう? お一人で難しいことがあれば、遠慮なく仰って。友だちの範囲内で、いくらでも手を貸しますわ。

 出来ないことは、出来ないと言って良いのです。わたくしも、メアリー様も。もちろん、頼まれて無理な時は、わたくしも出来ないと申しますから」


 メアリー様は目を真ん丸にしてわたくしをご覧です。


「ね?」


 だから、握った手を胸元に寄せて念を押すように伝えます。

 メアリー様は目を伏せて、それから開きました。


「エステルさんが、羨ましい」

「え?」

「わたくしは、まだまだ未熟ですわ」

「そんなこと」

「わたくしも、プリム様に頼られたい。そう願ってしまうのです。助けられてばかりで」

「わたくしも、メアリー様に助けていただいていますわ」

「ありがとうございますわ。プリム様」


 エステルが羨ましい、というのは、メアリー様は侍女になりたいのでしょうか。

 メアリー様から個人の忠誠を頂いたわたくしですが、主従になりたいわけではございません。


「メアリー様にも、エステルのようにただ一人でも心を許せる侍女が見つかれば良いのですが」


 そう呟くと、わたくし、名案では!? と閃いてしまいます。


「そうですわ! メアリー様!」


 突然声を上げたわたくしに、メアリー様がびくぅ! と震えます。小動物みたいで可愛くてよ。


「従者専科の方々から、探してみてはいかがかしら!」


 メアリーさまは、その美しい目をぱちぱちと瞬かせます。


「従者専科?」

「ええ。貴族や、大店の上級使用人を目指す方々の専科ですわ。既にお屋敷にお勤めの方々も通われるそうですの」

「そんな専科まであるのですね」

「市井にいて身に付けられない貴族特有のマナーやしきたりを学べるそうですわ。そうすることで職業選択の幅を広げると同時に、優秀な人材の確保と、従者の基礎教養の底上げに貢献するのだそうです。お城勤めも目指せるそうですわ」

「プリム様は、他の専科まで調べてらしたのですか?」

「それは、その。学園のことを知りたくて」


 いけませんわ。わたくし、調子に乗ってしまいました。設定知識はひけらかすものではございませんわね。


「すごい。わたくし、そこまで思い至りませんでした」

「初めての環境が不安でしたの。何か知識だけでもあれば安心できるかと思いまして」


 取り繕い方としては下策ですが、いかがでしょう。


「わたくし、緊張するばかりで」


 良かった。メアリー様、少し素直すぎて心配でしてよ。


「平民の方々で、年も近い方が多いそうですし、メアリー様はそちらでまず探されてはいかがかしら。その、メアリー様の令嬢としての道行きを、共に歩める、高め合える従者の方に出会えると思いますの」


 下に見ているように取られそうな言い回ししか思い付きませんわ! もっと上手い言い回しがありましたでしょうにわたくしったら!

それでも、今までの暮らしの考え方を知りつつ、一緒にステップアップ出来る方と一緒なら、メアリー様はイルフカンナ一の令嬢になれると思いますのよ。


「……プリム様」


 静かに名前を呼ばれます。ああ、やはり嫌われてしまいますかしら。侮っていると思われてしまったかしら。

 言葉は一度放つと止められませんわ。どう重ねたら良かったのでしょう。


「わたくしのことを、そこまで考えてくださったのですね」


 メアリー様が、感無量といった様子で、わたくしの手を握り返しました。力強くて、少し痛いくらい。


「わたくし、まだまだ未熟ですわ。この一年で、プリム様のお隣に立てるよう努めます!」


 強く宣言されてしまいました。

 わたくし、どう返したらよろしいのかしら。


「そんなに思い詰めなくても。一緒に、がんばりましょうね」

「はい!」



***



 翌朝。

 いつも通りの時間に目覚めたわたくしは、エステルに手伝って貰いながら制服を着て、髪を纏めました。

 ハーフアップに纏めた髪を、リボンで結んでみましたの。纏めるときにエステルが手伝ってくれたので、両サイドに捻りの入ったまとめ髪になっておりますわ。

 二階のメアリー様と落ち合って、わたくし、エステル、メアリー様で一階の食堂へ向かいます。

 食堂にいる令嬢たちが、わたくしたちの同級生ということになりますわ。


「プリム様! メアリー様!」


 そこへ駆け寄ってくださる令嬢がお一人。


「スノエル様!」


 答えたのはメアリー様です。

 白銀に見えるプラチナの髪に、染み一つない真っ白な肌。美しい碧玉の瞳。スノーヴィ侯爵家のスノエル様ですわ。


「おはようございますわ。スノエル様」

「おはようございますわ。プリム様、メアリー様」


 銀に煌めく容姿は、スノーヴィ侯爵家特有ですの。

 スノエル様は昨年の王妃様のお茶会でご挨拶させていただいた方で、他の茶会や大夜会でもお話しさせていただきましたの。

 そういえば、同い年でしたわね。

 スノーヴィ侯爵家と言えば。


「スノエル様、お兄様の御結婚、おめでとうございますわ」


 三人で席についてからそうお声がけいたします。

 エステルはわたくしの後ろに控えております。

 スノエル様は朝食のパンケーキを切り分けながら、嬉しそうに微笑まれました。


「ありがとう存じます。グランお兄様も嬉しそうで、わたくしも寂しいですが嬉しいですわ」


 スノーヴィ侯爵家の次男、グランディニーリ様と、シーサヤ公爵家のジェニファー様の婚姻が冬のうちに公示されましたの。

 グランディニーリ様が、ジェニファー様へ婿入りされて、女公爵となられるジェニファー様を支えていかれる予定です。

 しばらくもくもくと朝食をたべて、食後の紅茶を頂きながら、メアリー様が


「結婚式はいつなのですか?」


 と問い掛けられます。


「今年の社交前に、と聞いておりますわ」


 婚約期間も長かったですし、公示は短いのですね。

 一息ついて、改めて身支度を整えるため自室へ戻ります。

 せっかくですから三人で校舎へ向かいましょうと約束しましたの。

 歯磨きをして、さっと髪を整えて、筆記具などを納めた通学鞄をエステルから渡されます。

「留守はよろしくね」

「いってらっしゃいませ、お嬢様」


 今日は午前に入学式。午後は基礎三科目の学力確認試験です。

 玄関ホールでメアリー様、スノエル様と合流して、さあ、参りましょうとなったとき。


「すみません、わたしも連れていってくださいいー」


 泣き顔の少女がわたくしたちの前に現れました。


「ぐす、突然失礼いたしました。わたし、ファルファッラ伯爵家次女、フィリィともうしま、ぐすっ」


 半泣きのまま名を名乗り出した彼女に、思わずハンカチーフを差し出します。


「ぐすっ。ごめんなさい。ありがとうございます。それで、わたしも、今日から学園に通うのですが」


 ぐす、とまた鼻を鳴らして彼女は告げました。


「寮から校舎までの道が分からないのです。一緒に行かせていただけませんか」


 なんとか言いきった彼女に、わたくしたちは顔を見合わせました。それから、頷き合います。


「ええ、構いませんわ。わたくしは、ジンカイイ侯爵家次女、プリムと申します」

「わたくしは、スノーヴィ侯爵家スノエルですわ」

「わたくしはコンツェルト伯爵家、メアリーと申します」


 ぱああ、と花開くようにフィリィ様は表情を明るくされました。先ほどの絶望に満ちた表情とは大違いです。


「では、早く参りましょう! フィリィ様の目元を整えて差し上げたいですわ」


 わたくしがそう申しますと、メアリー様とスノエル様も頷いてくださいました。

 大きな目をぱちぱちと瞬かせて、フィリィ様は嬉しそうです。

 わたくしたちは、四人連れだって学園へと向かいました。

 貴族女子寮は、学園の敷地内では奥まった場所にございます。その上、目隠しのためもあり周囲を背の高い木で囲まれておりますの。森の中のお屋敷といった風情ですわね。

 玄関を出て並木を抜けますと学園の大通りに出ます。

 大通りにそってそれぞれ貴族男子寮や平民の寮の棟があり、中央の噴水広場に繋がります。

 噴水広場から四方に大通りは延びていて、寮に向かう道の他は、大門へ向かう道。こちら側には大運動場もございます。

 専門施設の棟へ向かう道。そして、学園の校舎へ向かう道、となっております。

 噴水広場を中心に土地が四つに仕切られておりますので、さほど複雑ではありません。広くはありますが。

 四人で校舎にたどり着きますと、黒と灰色それぞれ色違いのお仕着せを着た二人の侍女がエントランスに佇んでおりました。

 フィリィ様の表情が一気に明るくなり、そして駆け出されます。

 そして二人に飛び付こうとして。

 ぺしん。

 と黒いお仕着せの方に叩き落とされました。

 わたくしたち三人はまあと目を丸くするしかありませんが、黒いお仕着せの方はそのまま。灰色のお仕着せの方は今度はフィリィ様に駆け寄って抱き起こしておられます。


「品がありません。お嬢様」


 そう口を開いたのは黒い方。


「お一人? で良く来られましたね、お嬢様」


 と誉めたのは灰色の方。

 わたくしたちが追い付きますと、フィリィ様が振り返って微笑まれます。


「この二人がわたしの侍女なのです。一人を選べなくて、一人で寮に入りましたの。黒い方がショコラッテ。灰色の方がオパール。双子ですのよ」


 フィリィ様の紹介に合わせて二人がそれぞれ礼をなさいます。

 フィリィ様が今度はわたくしたちをお二人に紹介されて、それからメアリー様が問われました。


「お二人は、なぜこちらに?」

「わたくしたち、こちらの侍従専科に通うことにいたしまして」

「そうすればお嬢様のお側でお世話が出来ますので」


 そう説明されればなるほどと頷くほかありません。


「お嬢様がた、クラス分けはあちらに貼り出されております。

わたくしたちはお嬢様のお顔をお手入れしてから教室にお送りしますので、どうぞお先に行かれてください」


 灰色のお仕着せの──オパールさんが、わたくしたちにそう仰いました。


「では、フィリィ様はよろしくお願い致します」


 わたくしが答えますと、お仕着せの二人は深く頭を下げました。

 そうして、わたくし、メアリー様、スノエル様で教室へ向かいました。


 今年の貴族専科は二クラス。わたくしたちは全員同じクラスになれましたわ!

 というか明らかに伯爵以上とそれ未満で分けられておりますわね。

 身分分けというよりは、問題回避策でしょうか。それこそ、マナー以前の問題が起こらぬように、ということと、おそらく、貴賤での恋愛で問題が起こるのを防ぎたいのではないでしょうか。乙女ゲーあるあるのザマァ展開ですとか、そういうものですわね。

 座席は黒板に記入されておりましたのでそちらに腰を下ろします。

 わたくし、窓側一番後ろですのね。お隣は、空席のようです。

 そうしてしばらくして、始業の鐘がなるとほぼ同時に、フィリィ様も教室に滑り込まれました。

 おそらく教師であろう婦人が、壇上に立たれます。

 一通り教室を見渡してから


「ごきげんよう」


 と口を開かれました。


「ごきげんよう、先生」


 皆さんからも声が上がり、先生が頷かれました。


「今日から皆さんの担任となる、ブリーム・ベイカーです。学園での学業、生活、全てにおいて、相談や問合せはまずわたしに言ってください。皆さんの学園生活がより良きものとなるよう協力します。

 学園では今後、授業のある日は、朝、今日と同じ時間に教室に登校してください。今と同じように、連絡事項をお知らせしたり、出席の確認をしたりします。遅刻や無断欠席は減点となります。減点が多いと、たとえ試験の結果が良くても、卒業資格を取り消す場合がありますので注意してください。

 文学、算学、歴史の基礎三科目はこの教室で授業を行います。わたしの担当は文学ですので、ほかの科目では別の教師が来ます。

 マナーと選択科目はそれぞれ別になりますから、皆さんあとで確認しておいてください。

 では、まず皆さんを入学式の会場へ案内します。式が終わったらまたこの教室へ戻り、説明会を行います。質問や自己紹介もそこで行いますから、考えておいてください。それでは、行きましょう」

 先生がパンパンと、手を叩かれました。それを合図に皆さんが立ち上がります。

 いよいよ入学式ですわね。

 両親も式には来てくれると言っておりましたから、楽しみですわ。


 入学式は全学共通で行われます。貴族専科だけでなく、ほかの専科の学生も一堂に会します。校舎の中央に位置する大ホールが入学式の会場です。

 学生たちがいわゆるアリーナに。保護者たちがギャラリー席に。そして来賓や講師陣が壇上と壇の直下に並んでいます。

 前世の某台風アイドルコンサート並みの収容量ですわね。

 ダンスパーティー実技などでも利用するための広さではあるのですが。

 ギャラリーに両親を見つけて軽く手を振りますと、お母様が力一杯振り返してくれました。

 お母様の隣にいるのはわが家のお抱え画家ではないかしら。写真がない代わりに画家を抱えるのは貴族あるあるですが、ここまで連れてくるものですの!?

 後ろでいつの間にかエステルもスケッチをしているようですし。エステル、いつの間に来ましたの?

 さておき、貴族専科の簡易椅子に腰を下ろして、開式を待ちました。

 やがて、ファンファーレと共に幕が上がり、壇上に灯りが点ります。

 まずは副学長の開会の宣言。

 それから、来賓の入場となり。

 最初に入場されたのが


「きゃあああああああ!!!」


 黄色い歓声に微笑んで手を振られる王太子殿下であらせられました。

 大概、王立学園の式典に来賓として赴かれるのはリードメン宰相閣下だったはずですが。

 何故、殿下が?

 殿下の後ろにリードメン宰相閣下、そして三大公爵家の残り二家、シーサヤ公爵閣下とホエール公爵閣下です。

 お待ちください、王族と三大公爵家が揃うとかどういうことですの。

 少し見渡しますと、貴族専科は皆さん顔をひきつらせていますわよ。

 来賓が席に着かれますと、学園長が中央の演台に立たれました。


「みなさん、王立学園への入学、誠におめでとうございます。学園ではみなさんは等しく『学ぶ者』、学問の徒です。どうかみなさんの道行きが明るくありますように、わたしたちも支援します。実りある学園生活としてください」


 簡単な祝辞のあと、学園長は下がられました。


「続いて、来賓を代表して、王太子殿下よりご祝辞を賜ります」


 司会の先生も心持ち声が震えておりますが。

 演台に殿下が立たれると、また僅かに歓声が上がりました。

 殿下は一度全体を見渡され、それから、気のせいであってほしいのですが、すごく目を合わされております。

 反らしたら見つめ合っていることを認めたことになる気がするのでそのまま見つめ返しましょう。ええ、わたくしはただ壇上を見ている一生徒でございます。

 目が合う? 気のせいでございましてよ。

 殿下が改めて顔を上げ、口を開かれました。


「皆、無事に入学を迎えられたこと、嬉しく思う。この王立学園は、皆の知識と技能をより高め、この国の民の知を底上げし、国をより豊かにするためにある。皆の学びが、この国の未来をより良いものにするだろう。皆の健闘に期待する。

 今回の入学式にわたしが訪れたことを、疑問に思うものもあるだろう。

 例年、宰相が来ていたのは、王の次席であったからだ。今年よりはわたしが王太子として次席に就くため、わたしが訪問させて貰うこととなった。未来をわたしと共に担う諸君らに会えて嬉しい。どうか共にこの国を支えて欲しい。加えて、今年は貴族専科に留学生を迎えている。

 ムジーク殿、壇上へ」


 殿下がお声がけされますと、壇上にムジーク様が現れます。

 朝、わたくしどもの教室にはおいでで無かったので、もう一クラスの方でしょうか? 爵位別なら、おそらくこちらのクラスだと思うのですが。

 まさか。

 ざわつく会場に、殿下が手を上げて制されます。

 竜の亜人、竜人族の後継。黒曜石の鱗の肌を持ち、金の鬣の戦士。


「竜人族族長継子ムジークである。ジンカイイ侯爵令嬢を伴侶とするために来た。一年、よろしく頼む」


 おまちくださああああああああああああああああ!


 頭を抱えて蹲り、人影に隠れたくなるのを堪えます。背筋を伸ばし、口許に笑みを。頬がひきつってぴくぴくするのはお見逃しくださいましね。

 周囲の貴族専科の皆様、ギャラリーの貴族の皆様からの視線を感じる気がいたします。怖いですわ。

 ムジーク様の挨拶もどきのあと、今一度殿下が口を開かれ、


「ムジーク殿のお戯れには驚かされるが、このように、皆と同じ目線で学んでくださる。共に切磋琢磨してもらいたい」


『お戯れ』に力を込めておっしゃいます。ムジーク様が肩を竦められ、お二人は、壇を降りられました。

 殿下のフォローをいただいた、ということでしょう。何にしろ、怖いですわ。

 周りの目が窺うような視線になるのが、品定めされているようで。

 姿勢を正し、わたくしは、ただ前だけを見つめました。

 ええ。これくらいでモブ令嬢を諦めたりはいたしません。

 上手く躱して見せますわ。



***



 入学式を終えて、教室へ戻ります。

 席について先生を待つ間も皆様の視線を感じます。とはいえ、ここでメアリー様やスノエル様のもとへ行くのも申し訳ないですし、なまじ権力争いに巻き込むわけにも参りませんので、おとなしくしておりましょう。


 しばらくして先生が、ムジーク様を伴って教室に来られました。


「ムジークさんの席はあちらです」


 先生がそう言って示されたのはわたくしの隣の席でした。

 空いてたんでは無かったのですね。

 ムジーク様がおもむろに隣の席につかれ、わたくしに一度目配せされました。

 おやめくださいまし。

 先生は気にも止めず、皆さんを見渡してからおっしゃいます。


「それでは、自己紹介をお願いします。爵位などは言わなくても構いません。学園長がおっしゃったとおり、ここでは皆さん学問の徒です。爵位で学が付くなら苦労はありませんからね。では、そちらの方から、どうぞ」


 先生が示された方が立ち上がって一度礼をなさいました。


「シェイマス・ラ・ワースオルカです。ワースオルカの次男で、選択科目は剣術にする予定です。どうぞよろしく」


 ワースオルカは確かホエール公爵旗下の侯爵家だったはずですわね。そちらの次男でしたら確かに選択科目に剣術を選ぶのは道理ですわ。

 そんな様子でそれぞれの自己紹介が進みます。


「フィリィ・ラ・ファルファッラです! 仲良くしてください!」


 ウェーブの掛かったストロベリーブロンドを、大きく膨らんだツインテールにまとめられているフィリィ様は、その様子から愛玩犬のような可愛らしさですわね。しっぽふりふりって感じですわ。


「スノエル・ラ・スノーヴィと申します。不束者ですが、どうぞ、よろしくお願い致します」


 白銀に煌めく髪を揺らして、スノエル様がカーテシーで挨拶を終えられました。良家のお嬢様、ここに推参、でしょうか。美しさにため息が出てしまいますわね。


「メアリー・ラ・コンツェルトと申します。個人的に、ジンカイイ侯爵令嬢プリム様に忠誠を捧げております。プリム様への無礼はわたくしが許しません」


 胸を張っておっしゃることではなくてよヒロイン!

 最後のカーテシーで揺れるピンクプラチナは大変美しゅうございますし、そのお言葉自体はとても嬉しゅうございますが!

 違いましてよ!

 そこは皆様のハートをずっきゅんと射抜くところで、決して拳で怯えさせるところではございませんからね!

 皆様の視線がわたくしに向くのが恐ろしゅうございます。

 メアリー様、わりと過激派でらっしゃったの?

 ストレートな好意はとても嬉しいのですが、少し心配になってしまいますわね。


 そうして順番が巡り、わたくしの番になりました。


「先程お名前を上げていただきました、プリム・ラ・ジンカイイでございます。どうぞ、よろしくお願い致します」


 ほんと、ほんとによろしくお願い致しますわ、と心を込めて深く深ぁいカーテシーで〆めました。粘り腰、健在ですが、制服は重くない分楽ですわね。

 そして最後に。


「竜人族の後継、ムジークだ。先も申したが、おれはこのジンカイイ令嬢を口説きに来た。そなたらは勉学に励め。おれも励む」


 励むな。

 ツッコミを入れたくなっても仕方ないと思います。

 メアリー様、フィリィ様、スノエル様の視線がいとうございます。

 先生が咳払いをされて、皆様の視線が前に戻りました。


「ちょうど良い時間ですから、ここで昼休憩といたします。食堂や購買で食事をして、午後の鐘と共にこちらに戻ってください。

 午後は基礎三科目の確認試験ですから、心するように。解散!」


 みなさんがわらわらと席を立ちますのでわたくしも立ち上がります。

 学食、楽しみですわ。前世以来ですものね。こしの概念が希薄な柔らかいうどんとか、黄色いカレーなどあるのでしょうか。楽しみですわ。すごく、楽しみですわ。

 うきうきと食堂に行こうとしますと、すすすす、とメアリー様が来てくださいました。


「プリム様、ご一緒してもよろしいですか?」

「わたしもっ!」


 メアリー様の背後からフィリィ様も顔を出されます。メアリー様が驚いて飛び上がりましたわ。レア。とてもレアでしてよ。

 わたくしがもちろん、と答えようとしますと、隣から


「残念だが、ジンカイイ令嬢はおれと食事をするのだ。お前たちは下がれ」


 との声。

 あら。

 その言い様、わたくし、流石におこでしてよ。


「ムジーク様」


 わたくしが振り返ってお声がけしますと、ムジーク様が立ち上がってわたくしを見つめ返されました。

 諾以外あるまい、といったご様子にますます腹が立ちますわね。


「お断りいたしますわ」


 ムジーク様が金の目を見開かれ、縦に長い瞳孔をさらに細められました。

わたくしは穏やかに微笑んで


「お断りいたします。参りましょう、皆様」


 振り返って皆様に申し上げますと、フィリィ様が完全に怯えていらっしゃいます。ますますおこですわ。

 わたくしはメアリー様とフィリィ様の手を取りました。


「早く行かないと売りきれてしまうかもしれませんわ」


 二人の手を引いて教室を出ます。

 ムジーク様がどうなろうと知ったことではございません。

 出口でスノエル様も口説いてさくっと食堂に参りましょう!



 ***



 ぽつねん、と取り残されたムジークは、三人が四人になって出ていった教室出口を眺めた。

 教室にはもう人はまばらだ。

 誰も己を遠巻きにして近付いては来ない。

 それでいい、とも思う。

 己は竜人族の継子であり、この学園にも馴れ合いに来たわけではない。

 あの夜会で己を賓客として正しく扱った我が番に、己を選ばせるために来たのだ。

 そう。

 あの日は戸惑って居ただろうが己に選ばれた栄誉に喜んで、きちんと弁えて振る舞うだろうと思ったのだ。口説きに来たと言っても実際はお互いを確かめ合うだけで済むだろうと。

 結果はどうだ。

 ムジークの誘いを、彼女は断った。

 視線に怒りすら滲ませて。

 あの金の目で、微笑みながら射抜いてくる。

 ムジークには、それが何故なのか分からなかった。

 この国の王ですら己を尊重したのに、ただの令嬢が己を蔑ろにするのか。番だから許されると思っているのなら思い上がりだ。


 ──お前はおれに選ばれたのだと、教えてやらねばならんか。


 ムジークは嘆息する。

 人間はそんなことも分からず貴族をやっているのか、と。

 あの金の目はおれの番の証であるのだから、おれを愛さねばならないのに。

 まあ、惚れた弱みだ、と彼は歩き出した。

 食堂に行くと言っていたし、今一度声を掛けてやれば、有り難さに心を改めるだろう。

 そう決めたムジークは満足そうに頷いて、食堂に足を向けた。



 ***



 渡り廊下で繋がった食堂は二階建てで、一階がセルフサービスのいわゆる学食形式。トレーをもってレーンを歩き、好みの料理を取っていくスタイル。飲食スペースは大きなテーブルがたくさん並んでいて、まさに学食ですわね。

 二階はマナーの練習をなさりたい方向けのレストランスペースと、軽食喫茶があるようです。

 レストランスペースはサーブしてもらえますので、こちらの学食スタイルに馴染まない貴族の方がよく使われるようですわ。


「皆様はどちらになさいます? わたくし、せっかくですからこの食堂形式を試してみたいのですが」


 わたくしとしましては、試すどころか馴染みのあるスタイルではありますが!

 メアリー様は


「わたくしもこちらの方が気楽ですわ」


 とのこと。

 フィリィ様は食堂で双子に会えて嬉しそうにしておいでで、スノエル様と共に二階に行ってみるとのことでした。


「お互いに感想を言いましょうね!」


 と約束をして分かれました。

 ここは女子らしくみんなで行った方が良かったでしょうか。ドライすぎましたかしらね。食事はストレスない方が美味しくいただけましてよ。

 メアリー様を見やりますと、なんだかほっとされているような、おどおどしているような?

 とりあえず、食事を受け取って席に座ってから、メアリー様のご様子を口にいたします。


「メアリー様、付き合わせてしまって申し訳ございませんわ」


 上に行きたかったのかも知れませんし。

 そう思ってもうしますと、力一杯


「いいえ!」


 と返されました。


「むしろ、わたくしに気遣っていただいたのではと心配しておりました」

「心配?」

「はい。プリム様も二階に行かれたかったのに、不馴れなわたくしに気付いてくださったのかと」


 なるほど!

 なんて心優しいことでしょう。わたくしの選択をそのように受け取ってくださっていたのですね。


「メアリー様。それは違いますわ。ありがとう存じます。わたくし、こういう食堂で食べてみたかったんですの」


 そう言ってから、今日の日替わりである、シチューと丸パンのパンを千切りました。そしておもむろに、シチューに浸して口に運びます。

 メアリー様が目を真ん丸にしてごらんです。

 マナーとしてはよくない行いですものね。

 でも。

 んーーー美味しい!

 やっぱりシチューはこれですわ。本当はシチューご飯も欲しいところ。


「ふふっ。わたくし、こうやって食べるシチューとパンが大好きなのです。秘密ですわよ?」


 そう申しますと、メアリー様は、可愛らしく頬を赤くして何度も頷かれました。

 そして同じように、千切った丸パンをシチューに浸して口に運ばれてから、破顔されます。

 そーきゅーと!

 はいここ! スチルポイントですわよ!

 見てるのがわたくしだけというのが勿体ないですわね!

 そうして二人でふふっと笑い合って、シチューを食べました。具だくさんで、とても美味しいシチューでしたわ。

 煮込みはやはりたくさん作るに限りますわね。

 ふうと一息付いていますと、ざわ、と食堂の入り口が騒がしくなりました。

 わたくしは入り口側に背を向けて座っておりますので振り返ろうとしましたら、メアリー様がすっと立ち上がられます。

 食べ終わりましたし、わたくしもナプキンで口許を拭ってから立ち上がりますと、ざわめきの方向、入り口からまっすぐこちらに向かって、ムジーク様が歩いてこられました。

 竜人族の方々は食事をほぼ必要となさらなかったと思いますが、違ったのでしょうか。

 先程の件でお怒りなのですかしら。

 大股で歩み寄るムジーク様から隠すようにメアリー様がわたくしの前に出られます。

 あの夜会を思い出しますわね。

 ぴた、と三歩の距離でムジークさまがたちどまられ、わたくしとメアリー様を交互に見比べられました。


「下がるが良い。おれはジンカイイ侯爵令嬢に用がある」


 懲りてらっしゃらないのかしら。わたくしが口を開こうとするより早く、メアリー様が答えられます。


「ご用件によっては、お断りいたします」


 しゃんと背筋を伸ばしたメアリー様の麗しいこと!

 可愛らしさの中にある力強さ。素敵でしてよ。うっとりしてしまいますわ。

 ですが、メアリー様を巻き込むのは本意ではございません。

 わたくしはメアリー様の肩に手を置きました。


「メアリー様、大丈夫ですわ」

「プリム様……」


 不安げなメアリー様に頷いて、わたくしは視線をムジーク様に向けました。


「どのようなご用向きですか?」


 問いかけに、ムジーク様は鷹揚に頷かれます。


「お前はおれに選ばれたのだと、そう自覚するよう伝えに来たのだ。お前が心を砕き、想いを寄せるのはおれだけで良かろう。今日は許すが、今後は弁えよ」


 かちんと来ました。

 ええ。

 わたくしの拳に力があればグーで殴るところですわ。

 どっこい、わたくしにはそんな力ございませんし、わたくしの戦い方はそうでは無いと知っております。

 メアリー様、握らないで。拳を握らないでくださいまし。

 わたくしは一歩歩み出て、メアリー様の手を握り、横に並んでムジーク様に相対しました。

 怒るときこそ笑うのです。

 わたくしは最上の笑みを浮かべて見せました。

 ムジーク様が満足そうに目を細められ、口がそれで良いと言いそうになっている所へ


「屠殺される家畜が、選んでくれてありがとうと言うとでもお思いですか? 勝手に選んでおいて有り難がれなど傲慢も甚だしいこと。わたくしはお断りです。

 番の運命はお気の毒ではございますけれど、貴方様がそのままであるのなら、それで愛し返してくれる方をお選びなさいませ」


 一言で申せば、一昨日来やがれ、でしょうか。言いませんが。

 わたくしの言葉に、虚を突かれた様に目を真ん丸くされたムジーク様に背を向けます。


 「参りましょう、メアリー様。ご迷惑をお掛け致しましたわ」


 わたくしが今度はメアリー様の前に躍り出て申しますと、メアリー様は我に返ったように目蓋を瞬かせ、それから頷かれました。

 二人でテーブルに残してしまっていたトレーを持って、その場を離れます。

 ムジーク様は立ち尽くされたままですね。

 放っておきましょう。

 トレーと食器を返却口に返してから出口へ向かいますと、この騒動に気付かれたのでしょう、スノエル様とフィリィ様、そしてその侍女たちが降りてこられるところでした。

 スノエル様が此方に来られ、労しげにわたくしを見られます。


「ムジーク様の声が聞こえたのですが」

「わたくしを選んだのだから弁えよ、とのことでしたの。一昨日お出でくださいまし、を薄紙に包んで針を刺したような言い回しでお断りしてきましたわ!」


 そうお答えしますと、フィリィ様が吹き出して笑いだしてしまわれました。


「ぷ、プリム様、かっこいい」


 ひんひんと苦しげに笑いながら、震える声でそうおっしゃられました。

 解せませんわね。


「気に入らなかったとはいえ、無礼を申しましたわ。謝る気はございませんが」


 ふんす!

 わたくし怒っておりますの。

 そう思って口にしますと、メアリー様がキラキラした目でわたくしをご覧になっておられます。


「でも、本当に格好良かったですわ、プリム様」

「わたしも見たかった」

「お嬢様、見世物ではないかと存じます」


 憧れの眼差しのメアリー様と、素直なフィリィ様になんだか毒気を抜かれてしまいますわ。

 困ったような表情のスノエル様と目があって、思わず笑ってしまいました。


「ふふ。初日からごめんなさいまし、皆様。皆様に類の及ばぬ様、あとはわたくしが何とかいたしますわ。ご安心なさって」


 何とかできるとは思いませんけれど、これで一緒に無礼討ちなど冗談ではありませんし。


「縁を切っていただいても仕方ありませんもの。どうぞ、お気になさらないで」


 わたくしが申しますと、フィリィ様がきょとんとして


「なんで? だって口説きに来た人が口説いて振られただけだもの。よくあることよ」


 と言い切りました。もしやこの方、ものすごくメンタルが強いのでは?

 わたくしはまたふふ、と笑います。

 見ればスノエル様も笑いながら


「教室に戻りましょう。ふふ、ここにいてもお邪魔になりますわ」

「そうですわね」

「はい」

「オパール、ショコラッテ、またあとでね!」

「「いってらっしゃいませ、お嬢様」」


 そうして四人で教室へ戻りました。

 この方々とクラスメイトで、本当に良かったですわ!


 午後は早速基礎三科目、すなわち、文学、算学、歴史の試験でした。

 算学と歴史には自信がありますの。何せ算学はつまり数学ですので前世の方が進んでおりましたし、歴史は丸暗記パワーが有効です。

 ですが、文学、文学だけは。詩作の家庭教師の課題に「おはなはきれい いいにおい」と書いて情緒がないと一刀両断された6歳を思い出しますわ。

 試験を終えて、解散前にベイカー先生が明日の予定をおっしゃいました。

 明日は選択科目についての説明を一日。最後に今日の試験の返却があるそうです。恐ろしいですわ。いくつになっても試験って苦手です。

 筆記具を片付け、さて帰ろうと立ち上がりますと、すぐさまメアリー様が駆け寄ってこられます。

 と同時に隣の席のムジーク様がまたこちらに声をかけられました。


「ジンカイイ侯爵令嬢」

「はい。ムジーク様」


 呼ばれたからにはお返事いたします。とはいえ、懲りない方ですわね。


「……お前は、おれに選ばれたことが不服か」

「光栄に存じますわ」

「ならば何故拒絶する」

「夜会の翌日に、お答えした通りですが」

「なに?」

「竜人族の方々がどうか、までは浅学ゆえ存じ上げませんが、人間の貴族階級において、ムジーク様が我らが王に交渉された結果として、わたくしとムジーク様との婚約を我が王から命じられれば、わたくしに否やはございませんの。

 そもそも、わたくしに選択肢などあってないようなものです。王と父が命じるなら、わたくしは、地獄の王にだって嫁ぐでしょう。ですから、選んでいただけたことは光栄ですわ。ただ、わたくしがそれを受け入れるかは別のお話です。

 陛下は、ムジーク様をわたくしが選べば、とおっしゃいました。ですから、わたくしにとって今のムジーク様は、クラスメイトのお一人以上のものではございません」


 わたくしがまっすぐにムジーク様を見詰めます。

 メアリー様が、心なしか足を広げられ踏み込み姿勢にすぐ入れるような動きをなさいました。ステイ。ステイですわよ、メアリー様。

 ムジーク様は、わたくしを見詰め返して、


「しかしその金の目は、まさしく我が番の色だ」

「わたくしの目の色は榛色と言うのですわ」

「魔力を見ぬものにはそうだろうな。だが、おれには違って見える」


 なんですかそれ。隠し設定ですの?


「幸運を呼ぶ金の目の話は人も聞いたことがあろう。それは魔力を持つものの目だ」


 な、なんですってー!!!

 わたくし、思わず目を見開きます。


「魔力を持つものが、見ようとして見れば、それぞれの魔力の強さは瞳の光りに宿って見える。強い魔力を持つほど金に輝いて見えるものだ。お前の目は、まさにそれだ」


 モブにそんな設定が!?


「お前はまさに、おれの番となるために生まれたのだ」


 ムジーク様がそう重ねられます。設定のことは気になりますが、しかしそれとこれは話が別ですわね。


「それは、わたくしには分からぬことですわ。そして何より、今日一日のムジーク様の行いは、わたくしから見て嫌う要素は多々あれど好む要素はございませんでしたの」


 わたくしが申しますと、ムジーク様は力なく椅子に座られました。まるで崩れ落ちるように。


「おれ、は」


 これ以上は、お話になりませんわね。


「メアリー様、参りましょう」

「よろしいのですか?」

「価値観が違うんですもの。これ以上は平行線ですわ。今日はもう、話せることはございませんでしょう?」


 わたくしが答えるとメアリー様も頷かれました。


 寮へ向かう道すがら、メアリー様はわたくしの手を握っておりました。

 手を繋いで帰っているみたいで、なんだかこそばゆいですわね。

 思い詰めた表情のメアリー様に、わたくしは問い掛けます。


「メアリー様、何か気がかりがおありですか?」


 肩を震わせてメアリー様はわたくしを見詰めました。


「夜会のあと、プリム様はあの方に会われたのですか」

「ええ。父経由で、陛下からお呼びがかかりましたの」

「……わたくしの、せいですか?」


 メアリー様が苦しそうにおっしゃいました。

 わたくしはメアリー様の手を握る指に、力を込めます。


「いいえ、それは違います」

「ですが、あの夜、お二人を二人きりにしてしまいましたわ」


 ああ、なるほど。それでわたくしが『傷物』にされたのではないかと心配されているのですね。


「すぐにメアリー様が殿下たちを呼んでくださいましたもの。何事もございませんでしたわ」

「プリム様、わたくしは、プリム様に守られてばかりですのね」


 しょんぼりとおっしゃるメアリー様に、わたくしは何と答えたら良いのでしょう。


「メアリー様、夕食のあと、わたくしのお部屋に来られませんか? 少し、女子会をいたしましょう」


 しょんぼりとしたメアリー様は、それはそれで可愛らしいですし、こういうところを支えてこその攻略対象と存じますが、今ここにおりますのは、そう、わたくし、プリム・ラ・ジンカイイでございます。お兄様は羨むとよろしいでしょう。


「わたくしのお部屋に、是非いらしてね。おいでにならないとエステルが迎えに行きますわ」

「エステルさんが?」

「ええ。エステルは、あの体で今なおわたくしを抱えて走れるほどなのです。メアリー様も抱えて連れてきてくれますわ」

「まあ! ふふ。プリム様、ありがとうございます」


 ようやく弱々しくとも微笑んでくださいました。

 メアリー様はわたくしだけでなく、ムジーク様についても心を痛めておいではのでしょうね。

 ですから、わたくしが大丈夫と言うだけでは駄目なのですわ。


 明日以降、どうやって過ごしましょうかしら。まだムジーク様が来られるようなら本格的にメアリー様たちを守る段取りを取らねばなりませんわね。

 というか、入学式、自己紹介、ランチに放課後、と、悪目立ちし過ぎですわ。

メアリー様を輝かせて見守りたいだけですのに、完全にわたくしが火中の栗でしてよ。いっそ弾けてやりましょうかしら。

 目のことだって、初めて聞きましたもの。幸運を呼ぶ金の目と、父はわたくしの目の色を、気にする度にそう言ってくださいましたが。

 もしかして、ただ慰めに言い伝えを言っているだけでなく、何かご存じなのでしょうか。

 考えることも多すぎでしてよ。


「プリム様?」


 不安げなメアリー様の声に、わたくしは微笑みました。


「明日の試験結果が憂鬱でしたの。ごめん遊ばせ」


 わたくしの言葉に、メアリー様も苦笑されます。


「わたくしも、ですわ」


 夕食の際に、フィリィ様とスノエル様もおいでになることになって、急遽わたくしの部屋でパジャマパーティーと相成りました。

 エステルが快く承諾してくれたお陰ですわね。


「ムジーク様は本当にプリム様のことがお好きなのかしら」


 パーティー開始もそうそうに、いきなり切り込まれたのがフィリィ様でした。強い子!

 スノエル様が目を丸くしてから


「必要とは、されているようですわね」


 と応じられます。そうなのですか?


「そうなのですか?」

「我がスノーヴィ領にも亜人の種族がおりますが、亜人の方々は『番』を見つけると、その方無しでは居られない気持ちになるそうですわ」

「まあ!」


 と声をあげるのはフィリィ様。


「でしたらなおさら、プリム様を尊重するべきですわ!」

「番を感じるのは一方通行なのですか?」


 鼻息荒く声をあげるフィリィ様と、問い掛けるメアリー様。

 なんだか対策会議染みて参りましたわよ。

 スノエル様は首をかしげながら、


「わたくしも、そこまでは詳しく聞いておりませんの」


 ですわよね。

 ゲームでのムジーク様ルートは、貴族社会に馴染めぬヒロインと、番を探しに来たものの人間社会に馴染めぬムジーク様の、心の交流から始まります。ムジーク様にはまだ『番が見つかっていない』状態ですから、尊大な態度もあまり表立ちません。

 心を通わせた二人は、ムジーク様に番としての感覚がないまま恋に落ちます。けれど、番ではないのではないか、という不安が二人を常に揺るがせるのです。

 ムジーク様はヒロインを何としても選びたい、共に来てほしい、と伝え、ヒロインはそれに頷きます。冒険の末、竜人族の住む山の頂きにたどり着いたとき、ムジーク様は初めて、番の実感を得るのでした。

 そんなムジーク様しか存じませんから、今のムジーク様は全く予想できません。


「──様! プリム様はどうお思いですの?」


 考え込んでいたら呼ばれていたようですわ。


「ごめんなさいまし、考えごとをしておりました。どう思うか、とは?」


 申し訳なく問い返せば、フィリィ様が興味津々といったご様子で。


「プリム様自身は、ムジーク様をどうお思いなのですか?」

「少なくとも、今は好感度が地の底を這っておりますわね」


 ほう、とため息をついて、エステルが淹れてくれたハーブティを口に運びます。冬の間に乾燥させた、我が領地のハーブですわ! 糖蜜を少し垂らして甘めで柔らかな風味です。お茶ですと目が冴えてしまいますからね。


「プリム様はわたくしがお守りいたします!」


 ぐ、とメアリー様が拳を握られ、エステルが反応いたします。


「発言お許しください。メアリー様、つまりムジーク様はお嬢様の敵ということでしょうか?」


 エステル、ステイ。

 そう言いたいのを堪えておりますと、メアリー様が


「敵とまでは。ただ、プリム様のお気持ちを顧みず己のお相手であるかのように振る舞われるのですわ」


 エステル、ティーポットを持つ手が震えてますわよ、エステル。


「お嬢様がたの手を煩わせるなら、わたくしが討って参ります」


 そっとティーポットを下ろすエステルに、流石にわたくしは口を開きます。


「大丈夫でしてよ、エステル、メアリー様。確かに驚きましたけれど、きちんと対応できてこそ、貴族令嬢としての振る舞いではないでしょうか」


 殴るのは無しだと思いましてよ。その内心を言葉に込めますと、あからさまにメアリー様がしょんぼりされました。


「今のところ、わたくしがお役に立てそうなのは拳だけなのです」

「メアリー様、武術の心得がおありなの? すごいわ!」


 けれどそこにくいつくフィリィ様。素敵ですわよ。いいフォローです。

 だんだんわたくしの中でフィリィ様が人懐っこい愛玩犬に見えてまいりました。

 スノエル様もお茶を飲まれながら頷いておいでです。


「わたくし、これから毎日プリム様のお側におります!」


 エステルが握り拳を作っておりますが


「だめよ」


 と答えます。


「侍女を教室に連れて入ることはできないの。それに、皆さんもおいでだもの、大丈夫よ」


 わたくしがそう伝えればメアリー様とフィリィ様が深く頷かれました。


「わたくし! 必ずお側におります!」


 メアリー様がエステルにそう伝え、


「わたしもー!」


 と楽しげなのはフィリィ様。


「授業が重なるならわたくしも」


 とスノエル様。

 そう! 授業ですわ!


「ムジーク様は考えても相手の出方次第ですもの。この辺にいたしましょう! 皆様は選択科目は決めてらして?」

「基礎三科目も、今日の試験結果によっては選択科目に切り替えてもよろしかったはずですわね」


 と考え込まれるスノエル様に、フィリィ様が涙目です。


「わたし、基礎三科目の切り替えは難しそうです」

「わたくしもです。基礎三科目以外に選択できるのは二科目でしたね」


 頷かれるのはメアリー様。


「追加二科目なら、わたくし、経済と魔力学を取りたいですわ」


 わたくしは三方を見渡して口にします。


「魔法!」


 楽しそうにフィリィ様が声を上げますので、わたくしは頷き返しました。


「実は今日、ムジーク様に、わたくしには魔力がある、と言われたのです。元々興味もありましたし、座学だけでも受けてみたいと思いまして」


 せっかく剣と魔法のファンタジー世界ですし。経済は真面目に将来のためですから、それでおあいこにしていただきたいところですわ。


「魔法が使えたら楽しそうですわ」


 フィリィ様は両手を胸元で組んで夢見るお顔です。想像なさっているのでしょう。


「そもそも、魔力、魔法、というのは、その血筋の方に秘伝のように伝わっていると聞きますわ。魔法使いが少ないのもそのためだとか。なのに講師の方がいらっしゃるのですね」


 スノエル様が首をかしげられますので、わたくしも頷きます。


「ですから、なおさら楽しみなのですわ」

「確かにそうですわね。わたくし、一つは医学を取るつもりだったのですが、もう一つを魔力学にするのも楽しそうですわ」


 スノエル様も興味津々といったご様子。


「わたくしは、武術基礎を取るつもりです。魔力学にはムジーク様も来られそうですし、わたくしも取りますわ!」


 力強くおっしゃるメアリー様。ありがたいですけども


「メアリー様、せっかくの機会なのです。わたくしとムジーク様の件は忘れて、自分のための授業を選択なさって」


 わたくしのために、メアリー様が好きなことをできないのは、わたくしが嫌ですのよ。

 メアリー様はわたくしをじっと見つめられました。


「わたくし、今一番したいことは、プリム様のお側にいることですわ」


 どうしましょう。

 あ、でも、魔力学の講師の先生は、ゲームの通りなら最後の攻略対象の方ですわね。

 困りましたわ。メアリー様には好きに学んで頂きたい。ですが、攻略対象にも接触していただきたい!

 くっ。あちらを立てればこちらが立ちませんわね。


「それは、嬉しいのですけれど」

「マナーの授業を追加で受けられてはいかがですか?」


 わたくしの呟きに応えたのはスノエル様です。

 わたくしとメアリー様が首をかしげますと、スノエル様は穏やかにおっしゃいます。


「ご気分を害されないでね? メアリー様は養女になられて日が浅いのでしょう? マナーは必須講義もありますが、追加講義も選択できますわ。プリム様のおとなりに長く立ち続けるための科目、を選ぶのも一案かと思いましたの」

「……確かに、プリム様ほどの方の隣にいるためには、わたくしはより励まなければなりませんわね」


 メアリー様がなるほどと頷かれます。

 わたくし、そこまでのものではございませんわよ? 皆様はわたくしの何をご覧になってそのように信じられますの? わたくしの偶像が闊歩している気配がいたしましてよ。


「わたしは家政科をとりますー」


 そんな中、フィリィ様が悩んだ結果のようにおっしゃいます。


「家政、ですの?」


 問い掛けますと、フィリィ様は頷かれます。


「わたし、実は騎士爵の方に片思い……きゃっ! してるんです。その方のお嫁さんになるなら、家政ができた方が良いかと思って」

「まあ!」

「すてきですわ!」


 恋ばなはいつでも素敵です。

 わたくしたちは、選択科目をさておいて、フィリィ様の恋ばなに花を咲かせて夜を過ごしました。


 翌朝、わたくしたちは四人揃って登校致しました。

 教室には既に生徒がそれなりにおります。

 わたくしの、隣の席のムジーク様も。

 皆様におはようございますとお声がけして教室へ入り、席につきました。

 ムジーク様の視線を感じますが、わたくしからお声がけする理由もございません。

 やがて始業の鐘が響き、ベイカー先生が教壇に立たれました。


「みなさん、おはようございます」


 ベイカー先生の挨拶にみなさんの声が返ります。

 昨日伝えられたとおり、今日は選択科目の説明が一日。最後に昨日の試験の返却がある、と先生がおっしゃいます。


「選択科目の説明は貴族専科一斉で行います。大教室へ向かいますから、みなさんついて来てください」


 ベイカー先生に促されて、わたくしたちは教室を出て移動しました。


 大教室の席は自由でしたので、わたくしたちは四人でまとまりましたわ。

 ふふっ。女子学生みたいで楽しいですわね。なんだか懐かしくも感じてしまいます。


「プリム様、楽しそうですね」


 と、フィリィ様がおっしゃいますので、わたくしは頷きました。


「だって、四人でこうして授業を受けられるなんて、嬉しくて」


 にやにやにならないよう気を付けないと、頬が緩みっぱなしでしてよ。


「わたしも嬉しいです!」

「わたくしも」

「わたくしもです、プリム様」


 早速いろいろな先生方が入れ替わり立ち替わり壇上に立たれます。

 家政の先生は、この国にあったことが驚きの割烹着姿でらっしゃいました。


「調理場に立たれたことのないご令嬢、ご子息ばかりと存じますが、これからは誰もが調理場にたつじだいにございます。また、男児も針仕事ができて困ることはございません」


 ときりりとした顔でおっしゃり、フィリィ様が心なしか震え上がっておいででした。

 護身術の先生は引退された騎士の方でした。メアリー様が真剣にお話を聞かれておりましたわ。

 スノエル様が受けたがっていたのは医学でしたが、先生がおっしゃるには選択科目で学べるのは精々家庭での応急処置のための知識だそうです。さもありなん、ですわね。スノエル様も頷いておいででした。

 経済の先生は、銀縁メガネのナイスミドルという様子。この国の経済と周辺国の関わりを取り上げるそうです。

 昼休みを挟んでさらに他の先生方。

 そろそろ疲れてきたという頃、最後に現れたのが、学園編で出会う最後の攻略対象。


「魔力学の、ヒルティス・アンドンです」


 黒縁瓶底眼鏡に真っ黒なローブ、焦げ茶の癖っ毛を乱雑にまとめた方でした。


「僕の講義はまず魔力の在るものしか受け入れないよ。希望者は判定するから今日の放課後僕の部屋にくるよーに。魔力無し判定に抗議されても僕は知らないから、ほかの講義をとるよーに。そこのふたり」


 不意に、アンドン先生がわたくしとメアリー様を指差しました。


「君たちは『必ず』僕の講義を取りなさい。『危ない』から」


 メアリー様と顔を見合わせます。危ない、とはなんでしょう?

 わたくしたちが何か答えようとする前に、アンドン先生はさっさと教壇から降りてしまわれました。

 ゲームでもヒロインが指名されるなんてありませんでしたわ。

 一体何が起こっているのでしょうか。

 ともあれ、説明会は終わり、教室へ戻ることになりました。

 メアリー様とわたくしは、道すがら首をかしげます。


「どういうことでしょう?」


 メアリー様が呟かれるのへ、


「まずは、放課後に伺って見ましょう」


 と応えるほかありません。

 メアリー様が頷かれ、フィリィ様とスノエル様も魔力の判定はしてみたいとのことで、四人で向かうことにいたしました。

 教室へ戻りますと、昨日の試験の結果が返されます。

 返却されながら、ベイカー先生から免除科目が伝えられるわけです。


「コンツェルトさんは文学が免除です。当該時間の他専攻の授業を受けられますよ」


 と言ったように。

 教室がざわりとざわつきます。

 残るはわたくしとムジーク様なのですが、メアリー様まで免除を通達された学生はいらっしゃいませんでしたの。

 免除はかなり厳しいのだなと思われてきたところでメアリー様が免除されましたので、皆様のメアリー様を見る目の色が変わりましてよ。

 そうでしょう、そうでしょう、とわたくしも満足です。メアリー様は素敵な令嬢なのですわ。

 続いては。


「ムジークさん」

「当然おれは全て免除だろう」


 ムジーク様が胸を張って先生のもとへ向かわれますが、先生は首を左右に振りました。


「免除はありませんでした。きちんと授業を受けてください」


 ムジーク様は結果を受け取り、その内容を穴が空くほど凝視されながら、席に戻りました。


「ジンカイイさん」


 そして最後にわたくし。

 先生のもとへ参りますと、先生は一つ息を吐かれます。


「歴史と算学は満点でした。この二科目は免除ですから、追加選択して構いません。文学は惜しかったですね」


 なんですと。

 背中に皆様の視線が刺さります。


「二科目免除の方は久しぶりです。良く頑張ってらっしゃいますね」


 先生の穏かなお言葉に背筋がのびます。


「あ、ありがとう、ございます」


 辿々しく答えるしかできませんでしたが。

 目礼して、席に戻ります。先生から振り返って、席に戻るために教室を見ますと、皆様がわたくしをご覧で。

 おやめになって。モブでいられなくなってしまうではありませんか。

 ムジーク様が爛々とわたくしを見ているのも、もう耐えられませんわね。

 わたくしは視線を逸らし、下品にならぬよう、けれど素早く席に戻りました。

 終礼を終えると、わたくしたちは四人で研究棟へ向かいました。

アンドン先生の部屋は研究棟の一階にあります。他にも何人かの生徒が、アンドン先生を訪ねるようですわ。わたくしたちのクラスからは、シェイマス様も行かれるようですわね。

 アンドン先生の部屋の前にはすでにお二人ほど並んでおられました。

 シェイマス様がわたくしたちに譲ってくださったので、お二人の後ろに四人で並びます。


「駄目だ帰れ」

「帰れ」

「次」


 部屋から聞こえる先生の声はどんどん短くなりますわ。

 その度に、怒ったり肩を落とされた方々が部屋を出ていかれます。

 あっという間にわたくしたちの番になりました。

 四人で部屋に入りますと、薄暗い部屋の真ん中に水の張られた、お相撲さんがお酒を飲むような大盃が置かれておりました。ちなみにこの国にお相撲さんはおりませんので、あくまでわたくしの比喩です。

 アンドン先生はわたくしとメアリー様に気付きますと


「お前たちは横で待て。残りの二人、外にあと何人いる?」

「後ろにシェイマスくんが一人です」


 フィリィ様がおっしゃり、先生は頷きました。


「じゃあそいつも入れろ。これで最後だな」


 シェイマス様も部屋にはいられて、先生と合わせて六人になりました。大盃の周りだけですとかなり密集して見えますわね。


「一人ずつ、この大盃に指をいれろ」


 先生の指示に、まずシェイマス様が動きました。

 静かにシェイマス様の人指し指が水に浸され。


「帰れ」


 先生の一言で終わりました。


「せんせ、これ、どうなると合格なの?」


 フィリィ様が興味津々といったご様子です。シェイマス様は引き上げた指をハンカチーフで拭いながら、フィリィ様の問いかけに答えられるのを待っておられるようです。

 先生は溜め息を一つはいて、わたくしを手招きされました。


「名前は?」

「プリム・ラ・ジンカイイと申します」

「では、ジンカイイ令嬢、同じように指をいれて見せろ」


先生のおっしゃる通り、わたくしは少し恐々と人指し指を水に触れまし──


 ばしゃん!


 触れるか触れないかというところで、水が弾けます。


「きゃ!」


 わたくしが慌てて手を引っ込め、メアリー様が躍り出ました。

 シェイマス様がスノエル様とフィリィ様を背に庇われます。


「あっはははははははは! 想像以上だな!」


 楽しそうに哄笑されるのはアンドン先生です。


「分かったか?『こう』なるんだ!」


 先生が高らかにおっしゃいます。

 わたくしは目を見開き、シェイマス様はがっくりと肩を落とされます。

 部屋とわたくしがびしょ濡れなのはどうしてくださるんでしょう。

 ハンカチーフを取り出して、とりあえず顔と手を拭います。


「他にやりたいものは?」

「はい!」


 手を上げたのはフィリィ様です。やはり逞しいですわ、この方。

 先生は大盃に瓶から水を足しています。


「じゃあ、やってみろ」


 そしてフィリィ様が指を浸しましたが、何も起こりませんでした。

 続いてスノエル様が触れますと、僅かに水が波立ちます。


「一応の魔力はあるな。この波紋はスノーヴィ領の辺りか?」

「わたくし、スノエル・ラ・スノーヴィと申します」

「なるほどな。で、受講するのか?」


 波紋から領地を推察できるのですね。わたくし、驚いてお二人を見つめてしまいましてよ。

 スノエル様は首を左右に振られました。


「止めておきますわ」

「それがいい」


 引き留めるでもなく、先生は頷かれました。

 そして、最後に。


「あとはお前だな」


 メアリー様を促されます。

 メアリー様も、恐る恐るといった様子で、水に指を触れました。

 すると、今度は。

 きらきらと、まるで春の晴天の日の湖面のように、大盃の水が輝き出しました。

 見るものを魅了する美しさです。


「まあ」


 思わず、わたくしたちは息を飲みます。

 アンドン先生はまた楽しそうに声を上げて笑っておられますが。


「よーしよし。お前、名前は」

「メアリー・ラ・コンツェルトです」

「では、ジンカイイ令嬢、コンツェルト令嬢、二人は魔力学は必須科目だと思え。理由はこれから説明する」


 いきいきと、アンドン先生は話し始めました。


「関係ないやつは帰っていいぞ。

 いいか、貴族の魔力持ちは、さっきのスノーヴィ程度が普通だ。魔法使いを名乗るような奴らも場合によっちゃあ大差ない。

 僕なんかだと」


 アンドン先生が大盃の水に振れると、シャボン玉のような泡がぽこぽこと宙に舞いました。


「こうなる。

 僕の魔力は風の属性を帯びやすいからだ。スノーヴィは水、特に氷だ。ジンカイイは恐らく火か雷、コンツェルトは光だ。僕と、お前たち二人は、魔法使いと比べても強い魔力がある。まずそれを自覚しろ」


 アンドン先生は大盃の縁を指で撫でています。


「僕がお前たち二人を指名したのは、目の光が見えたからだ。ジンカイイは金、コンツェルトは青だな。

 魔力持ちが訓練すると目の光を見られるようになる。お前たちなど夜空の月より眩しかったからな。すぐ指名したわけだ。

 自覚の無い魔力持ちは、風船だ。自分の中の空気の量を知り、その出し入れを意識しなければ、不意に破裂することがある。悪逆の魔法使いだの魔王だのの言い伝えのいくつかは、そうして暴発した魔力だろう。悪意よりは事故だ。

 僕が見つけたからには、そんなことにはさせない。だからお前たちは、僕の講義を受けろ。

 スノーヴィ程度なら暴発したところで自分が怪我する程度だがお前たちは、街一つは吹き飛ばすだろうからな」


 街一つ。

 わたくしも、メアリー様も、息を飲みます。


「魔力は、実は万人の身の内にある。それを外に出せるほど大量に持つのが魔力持ち、魔法使いだの魔術師だのだ。

 お前たちは、それを自覚し、魔術は使えずとも魔力の制御を覚えろ。

 僕はいつか、魔力と魔法を万人に伝わる学問にする。一子相伝だのなんだの言うから、それらの他に生まれた魔力持ちたちが正しく学べず、暴発したり迫害される。そうしないための魔力学だ。お前たちには、その義務がある」


 アンドン先生はそう言ってわたくしたちを見据えます。


「そしてそのためにお前たちは僕の実験対象としても頑張ってもらう」


 なんて?


「はい?」


 思わず、口に出てしまいましたわ。


「お前たちほどの魔力持ちが同時にいるなど奇跡だぞ!

この大盃は現在の僕の最高傑作だが量産できないからな。血筋じゃない魔力持ちをおいそれと探し出せない。自分の魔力だけじゃあ実験に限りがある。いやあ。大変有意義だ」


 アンドン先生が饒舌に語りだし、わたくし、一歩引いてしまいましたわ。


「課題として僕の実験に付き合ってもらえるしな。明日から楽しみだ」


 アンドン先生の本性が見えた気がいたします。

 先ほどの決意表明? には感心しましたのに!

 ですが、メアリー様はじっとアンドン先生をご覧です。


「わたくしにも、誰かの助けになれますか」


 そして、メアリー様は問いかけられました。

 その真摯な問い掛けに、アンドン先生は愉しげな笑いを抑えて、深く、しっかりと頷きます。


「必ず。今でなくとも。すぐでなくとも。お前たちの献身は、これからのこの国の魔力持ちたちに、一つのしるべを残すだろう」


 メアリー様は、その言葉に、安堵するように息を吐きました。


「わたくし、先生の講義を受けたいです」


 そうして、わたくしたちはアンドン先生の部屋を出ました。


 帰り道、フィリィ様はしょんぼり気味。スノエル様は穏かな表情。なぜか着いてきているシェイマス様はふんふんと鼻歌を。

 メアリー様は夢見心地のご様子です。まさか、アンドン先生ルートですの!?

お兄様ー!

「メアリー様は、嬉しそうね」


 フィリィ様が問いかけますと、メアリー様は目を丸くなさいます。


「わたくし、何ならば、誰かの役にたてるのかしらと、ずっと思っておりましたの。

今は、その『誰か』の一番がプリム様ですけれど。

 今まで自分の力といえば実父から学んだ武術だけでしたから、目の前のことしか、助けられませんでしたけれど、魔力持ちだからこそ、『これから』に繋がることがあるといわれて、ええ、許されたような気持ちなのですわ」


 メアリー様が、言葉を探しながらおっしゃいます。

 わたくしは、そっとメアリー様の手を握りました。


「わたくし、メアリー様が好きでしてよ」

「あ! わたしも!」

「わたくしも」

「俺もー」


 シェイマス様、しゃらっぷ。


「ですから、許されるなんて、おっしゃらないで。許さない方がいらしたら、わたくし、権力を振るいましてよ」


 メアリー様が目を真ん丸にされました。わたくしはいたずらっぽく笑います。


「おともだち、なら、いいでしょう?」


 メアリー様が嬉しそうに花開くように微笑まれました。

 スチル!!!

 カメラが無いのが惜しまれます。


「いや、皆さん麗しくて眼福だね」


 とおっしゃるシェイマス様。

 ナチュラルに混ざっておいでですわね。


「シェイマス様、男子寮はあちらでしてよ」


 女子寮との分かれ道で申し上げれば肩を竦められました。


「残念。素敵なお嬢さん方ともう少し話したかったんだけど」


 軽薄というか、軽い……チャラい? でしょうか。少し警戒したくなる感じがしますわね。

 じゃあね、と軽く手を振って、シェイマス様は男子寮へ向かわれました。

 わたくしたちも別れて、それぞれ部屋に戻ります。

 少し遅くなりましたから、エステルに心配されてしまいましたわ。

 こうして、わたくしの学園生活が始まったのでした。



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