年越しの話
二章の序章予定。
年越しのジンカイイ家です。
イルフカンナ王国の年末年始は、言ってみれば盆とハロウィン一纏め、というところですの。
ごきげんよう。ジンカイイ侯爵家次女プリムでございます。
今日は年末。明日から新年。そんな日の夜です。
大夜会の後、我が家は領地の屋敷へ帰りました。都にあるのは別邸ですの。冬の間、我が家は領地で過ごしますのよ。
今日は、夕方は領地の子どもたちが仮装して町を練り歩いて家々を回り、年越しのお菓子を貰って回ってましたわ。
年越しのお菓子は我が領地ではスイートポテトが主流ですわね。冬の保存食で甘いのです。
夜は家族で暖炉を囲んで、夜明けまで眠らず過ごします。
年越しの夜は、先祖と悪魔が入り乱れるので、目を覚まして過ごさなければならないのです。
夕食を豪華にして、宵越しに備えますのよ。
夕食のあとは、屋敷の使用人たちも家に帰ります。住み込みのものたちも数日前から暇と手当てを与えて家に帰しておりますの。
完全に、広い屋敷に我が家だけ……と見せかけて、執事を始めとしたエステルとトーマスの一家は屋敷に残っております。彼らにも『自宅』はあるのですが、エステルの言葉を借りるなら
「お嬢様の側こそがわたくしの家でございます」
とのことで。
トーマスもお兄様に似たようなことを言ったそうですし、執事とメイド長である彼らの両親も、我が両親にかつてそう言ったそうです。
「我が家はジンカイイ侯爵家にいてこそなのです」
だそうです。
そこまで言われて追い出すのもなんですので、屋敷に我が家と彼らだけ、という夜。
フカフカのカーペットを敷いた暖炉の前に、みんなで毛布にくるまって集まって。
グリューワインを頂きながら火を眺めます。
小さい頃は、お父様の膝の上で、夜を越せずに寝入ってしまいましたが、今はもう平気です。
お母様は暖炉の灯りで編み物をなさって、お兄様はただ火を眺めて、グリューワインの入ったマグを両手で抱えておいでです。お兄様、ギャップ萌えですわよ。お父様はカーペットの直ぐ側に置いた安楽椅子に腰掛けておいでです。
湯気の立つマグをわたくしも抱えて、毛布を被ってお兄様の隣に移動。腰を下ろしてお兄様の肩に寄りかかりました。
「眠いのかい?」
お兄様に聞かれて、わたくしはいいえと答えます。
「来年はこうして過ごせないのだなと思ったら、しんみりしてしまいましたの」
春になったら、わたくしは学園に入学いたします。16の春から一年間、貴族の子女は学園に通い、マナーや基礎知識の最終確認をされるのです。
家庭教師を雇えない下位貴族の救済と、上位貴族の教養の最低ライン維持、そして各家で教えられる内容が偏らないように、という意図によるものですので、一年間のみ。ほぼ試験と不足分の補修という学園生活です。
学内を平等にするため全寮制で、社交の季節や年末年始も基本的に寮で過ごすことになります。
ですから、来年の年末、わたくしはここに居ないのです。
そう伝えましたらお兄様が
「そうか」
と呟いて、自分の毛布を広げてわたくしの肩まで包んでくださいました。
お母様が「まあずるい」とおっしゃって、わたくしを挟んでお兄様と反対側にぴとりとくっつかれました。
お父様が穏やかにお笑いになって
「そうか、来年は、プリムは居ないのか」
と呟かれます。
ぐす、と鼻をすする音がしたと思ったら、メイド長が「失礼いたしました」と頭を下げます。
「再来年はまた、一緒に過ごせますわ、きっと。もしかしたら、家族が増えているかもしれませんし」
お兄様とメアリー様が、すぐ結婚してくだされば!
そう思ってお兄様を見ると、お兄様が目を丸くして
「お前が婿を取るのかい? もしや既に相手がいるとか?」
と聞かれて。
お父様がガタンと音を立てて安楽椅子から立ち上がりました。あらあら、椅子がぐらんぐらん揺れてましてよお父様。
「どこの馬の骨だい!?」
お父様既に涙目ですが
「早とちりでしてよ、お兄様お父様。お兄様が来年の内にご結婚されれば増えますわよね、と思って口にいたしましたの。失礼いたしましたわ」
「いや、うん、そうか、そうかー」
お父様は脱力するように安楽椅子に座り直しました。お兄様が苦笑しながらマグカップを口に運ばれます。
そうして、我が家は新年を迎えました。
広間の大時計も今夜は鐘を止めずにおりますから、ぼーんぼーんと時を鳴らします。
今年もよろしくお願いいたしますわね、皆様。
二章 学園編に続きます……!