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1 王妃のお茶会編

初めて投稿させていただきます。よろしくおねがいいたします。

 皆様ごきげんよう。

 イルフカンナ王国、ジンカイイ侯爵家が次女、プリム・ラ・ジンカイイでございます。

 ええ、ここまでがいわゆる転生令嬢もののテンプレートですわよね存じております。わたくしもいわゆる転生令嬢というやつですので。

 この世界が乙女ゲーム『輝きのソナタ』と同じ世界であることも、もちろん存じております。わたくしも、攻略本を丸暗記、全ルート、全エンディングをクリアしましたわ。特にわたくしの現在の兄、ジンカイイ侯爵令息とのルートはもはや別物のRPGとまで言われる造り込みでやりがいがありました。

 推し、ですか?

 わたくし、いわゆる夢女子ではなくストーリーと設定重視のゲーマー女子でしたので、強いて言えば箱推し、というところでしょうか。

 売り上げは奮わず、ファンディスクも出ませんでしたが、悔いはありませんでしたわ。


 さて、そんなわたくしですが、幸いなことにメインストーリーには関わらないポジション。いわゆるモブ。お兄様は確かに攻略対象ですが、わたくしまで話はおりて参りませんし。義姉が誰になるか、くらいしかございません。

 ですので、わたくし、この世界を満喫して満喫して一生を過ごすつもりですの。

 ええ、一応侯爵家次女ですので、父が選んだ殿方に嫁ぐことになりましょうけど、それは楽しんだ対価ということでしょう。

 なにより。

 憧れの舞台で学び、暮らせる令嬢生活なんて、なんて素晴らしいのでしょう!

 正直、めっちゃ楽しい!

 ……失礼。

 丸暗記した攻略本知識は無駄ではありませんでしたわ。

 特に歴史書なんてもう、裏設定の宝庫、ということでございましょう?

 もうたぎってたぎって。

 屋敷の書庫の歴史書は読みきってしまいましたわ。素敵な時間でした。

 そうそう、令嬢と言えば刺繍とダンス、礼儀作法も必要ですわよね。

 これが、なんと、チートですの。

 わたくし、転生前は祖父母にべったりなおじいちゃんこ、おばあちゃんこだったのですけれど、その頃身につけたことがそのまま身に付いておりましたのよ。

 刺繍は祖母から習ったいわゆる日本刺繍。ダンスは祖父母と踊ったよさこい男躍りの腰の捻り。礼儀作法の基本、カーテシーもよさこいで鍛えた腰の粘りがききましたわ。

 なんで引き継げているのかはそれこそ神のみぞしる、というところでしょうか。

 ともあれ、令嬢としてそれなりの成績を納められていると自負しておりますし、顔も、転生パワーすごいですわね、お母様に似て洋風美人候補、といったところですの。

 普通の貴族生活、満喫させていただきますわ!

 

 

 ***

 

 

 というところで、現在のわたくしなのですけれど、お兄様にエスコートしていただいて、王妃様のお茶会に招かれております。

 そして、ビビビ! と気付きましたの。これ、ゲームのオープニングイベントですわ!

 このお茶会は、王太子になられる第一王子殿下の婚約者選びも兼ねておりまして、伯爵以上の爵位の家から年頃の未婚の令嬢たちが集められております。

 お兄様は、シナリオでは妹と来た、と仰っていましたので、お姉様と来たものと思っていたのですけれど、実はわたくし、次女のほうでしたのね。

 お姉様は昨年、真実の愛を見つけたのよと仰って、年上の辺境伯のところへ嫁がれ、家を出ております。大変溺愛されて、らぶらぶ、らしいですわ。

 さておき、そんな事情だったのね、とまたゲームの裏設定を知ってしまってわくわくしておりますわたくし、大人しく片隅でお兄様とお茶を頂いております。

 今しばらくしましたら、公爵家の皆様のご挨拶が終わるでしょうから、そうしましたら今度は侯爵家であるわれわれが、王妃様にご挨拶をさせていただくのです。

 王妃様にご挨拶をせぬまま、ほかの方々と歓談するわけにも参りませんので、まずはお兄様と、一級品のお茶を楽しませていただいているのです。

 このお茶会に、ゲームの主人公、ヒロインである、メアリー・ラ・コンツェルト伯爵令嬢がおいでになるはず。

 メアリー様は、前コンツェルト伯爵の弟君が出奔の後、晩年にお生まれになったお嬢様で、現コンツェルト伯爵の従姉妹になるのですが、年齢はわたくしと同じ。その上天涯孤独となられたので、現コンツェルト伯爵様が養女に迎えられた、という次第なのです。

 今回がヒロインの御披露目にして、彼女の攻略対象との運命の出会いになるわけですわね。

 特等席ですわ。楽しみにさせていただきましょう。

 

 

 ***

 

 

 ゆっくりと紅茶を楽しむ侯爵令嬢を見つめる眼差しがある。

 この国の王妃と第一王子である。

 もちろん、挨拶にやってくる高位貴族を無碍にはしないが、そろそろ彼女の番だろうと思えば自然と視線が向かうというものだ。

 プリム・ラ・ジンカイイ侯爵令嬢と言えば、侯爵家の次女とは思えぬほどの思慮深さと所作の美しさで知らぬ者は無い令嬢である。

 彼女の家庭教師を勤めたものたちは、口を揃えて『意欲を持って学び』、『向上心があり』、その上で『きちんと身に付けて』くるので教えがいがあり、そのうえ打てば響くごとく吸収していくという。

 王妃などはこっそりと王家と同じレベルの教育を施すよう教師たちに秘密裏に伝えたほどだ。

 家庭教師たちは皆通いで、他の家の家庭教師も兼ねているのが常だ。

 その家庭教師たちほぼ全ての口に上るのだから、王妃の耳にも入ろうというもの。

 実際、ティーカップの上げ下げひとつ見ても、音も立てずに品が良い。

 あの年齢なら十分以上だ。

 茶菓子を口に運ぶのも一粒ずつ。小口で。一口たべるごとにナプキンで口許を整えてから紅茶を口にしている。

 エスコート役の兄が彼女に声をかけると、一言二言言葉を交わしてから席を立った。侍女が後へ続くので、挨拶前に軽く化粧を直しに行ったのだろう。タイミングも良い。

 上体が揺れぬ滑らかな足運びなど称賛に値する。

 王妃は満足そうに頷いた。

 

 

 ***

 

 

 こんなに素敵なお菓子を頂けるなんて思いもよらず、下品になら無いようにとは気を付けたけれど食べ過ぎてしまいましたわ。

 コルセットが少しきついかも。

 お兄様がそろそろ挨拶の頃合いだよと仰るので、


「では少し、お化粧を直して参りますわ」


 と断って、侍女を伴い席を立つ。

 紅茶飲みすぎたし、お手洗いに行きたいわ!

 少し早足で、けれど走らぬように。

 粘り腰で上体を起こしたまま滑るようにすすす、と進む。

 周辺からため息が聞こえるけれど知ったことではないの。わたくし、おなかがたぷんたぷんですのよ。揺らすわけにはまいりませんの。

 なんとか無事に人権を守り、侍女に口紅と後れ毛を整えてもらってから、茶会の会場へ。

 お兄様にエスコートいただいて、王妃様と第一王子殿下に拝礼してご挨拶を。


「ジンカイイ侯爵家嫡子、リバートにございます」

「同じく、次女のプリムにございます」

「ようこそ。わたくしの茶会へ。楽になさって」


 王妃殿下のお許しに顔を上げる。

 そこには輝かんばかりのイケメンが微笑んでいる。

 この国の第一王子。ゲームの第一ルートのヒーロー。ゆくゆくは王太子、そして国王へ至る方。

 イルフカンナ王国第一王子、イングラム・ド・イルフカンナ殿下である。ヤバイ眩しい。さすがは公式イケメン。


「リバートは初めましてではないね。ようこそ。ジンカイイ侯爵令嬢、楽しんでくれているかな」

「ええ、もちろん」


 とお兄様。

 お兄様は、殿下と同い年ということもありご学友を務めております。

「次女であるわたくしには、勿体無い機会で、有り難く、楽しませていただいております」

 こういう場には今まではお姉様が出ていたわけだし。

 王子殿下はうんうんと頷いている。


「今回は茶菓子にも力をいれているんだ。たくさん食べていってほしい」


 殿下の言葉に思わずんぐっと唸りそうになりましたわ。そんなにぱくついていましたかしら。

 にこにこと微笑まれる殿下に、わたくしも微笑みを返します。


「有り難いお言葉ですわ。存分に楽しませていただきます」


 その言葉を合図に、私とお兄様は御前を辞するために今一度深く礼をする。

 お兄様の手を取って、改めて席に戻った。

 新しいお茶菓子が並べられている。今度はフレッシュフルーツがふんだんに使われているものだ。


「まあ! なんて素敵」


 フルーツタルトにムース、あらこちらはいわゆるショートケーキかしら。

 流石は王家のお茶会ですわ。私のおなか、耐えられるかしら。


「無理に食べなくても良いのだよ」


 とお兄様が仰るけれど、わたくしは首を左右に振りました。


「せっかく王妃様や殿下が、客としてもてなしてくださっているのですもの一口も口をつけないなんて、失礼ですわ」


 むしろ食べきって見せますわ、などとは言えないけれど。

 そう応じれば、お兄様は目を丸くしてから、美しく微笑まれました。あ! それヒロインに出会ったときのスチルですわよお兄様!


「思慮深い妹で私は誇らしいよ」


 お兄様、目がシスコンフィルターで雲ってらしてよ。

 

 

 ***

 

 

 面白い令嬢だな、と彼は思った。

 素人とは思えない素早い足さばきをしたと思えば、生菓子で喜んで、どうやら食べきるつもりでいるらしい。

 こういう茶会の茶請けなどは、テーブルの賑やかしとして手をつけられないのも珍しくはないと言うのに。

 ──面白い令嬢だ。

 イングラムはいつものつくり笑顔ではなく、本心から口許を少しだけ緩めた。

 

 

 ***

 

 

 それにしても、美味しいですわね。とくにこのスポンジ生地が絶品ですわ。砂糖が高級品なのは存じておりますから、王家の財力におののくところでしょうか。

 フォークをおいて、ほぅ、と息を吐きます。

 前世、飽食とすら言われた日本において、庶民であったわたくしは、スイーツブッフェで食べられるケーキ食べ放題が贅沢のせいぜいでありました。

 それを思えばなんという、このクオリティが食べ放題だなんて!

 いえ、食べ放題ではないのでしょうが、食べれば追加が出てきますし。

 ああ、幸せ。

 

 

 ***

 

 

「ジンカイイ侯爵令嬢、美しい所作ですわ」

「でもあのようにお召し上がりよ。品がないのでなくて?」

「殿下がたの供されるものに手をつけないことこそ、もてなしを受け取らぬようで失礼に感じておられるとか」

「まあ! なんて謹み深く思慮深いのかしら」

「あら、手をお止めになられたわ」

「話しかけさせていただけるかしら」

「お待ちになって! 視線の先をご覧になって!」

「あれは王家のばら園!」

「わたくしたちは花の時期ではないからと見向きも致しませんでしたのに」

「王妃様は薔薇がお好きでらしたわね」

「王妃様を想っておられるのだわ」

「流石ですわ」

「殿下の婚約者にはあの方になっていただきたいわ」

「わたくしもですわ。お父様のお心づもりより余程大切な御令嬢ですわ」

「ええ。わたくしたち、ジンカイイ侯爵令嬢を盛り上げる友の会として活動致しましょう!」

「「「異議ありませんわ!」」」

 

 

 ***

 

 

 そういえばメアリー様がおられませんわね。

 誰もが目を止めるピンクプラチナの髪に、サファイアのごとく輝く眼差し、のはずですのに。

 扇で口許を隠して表情をみられないようにしつつ、会場をぐるりと見渡します。

 あら、何人かの御令嬢がこちらをみてらっしゃるわ。

 あ、挨拶は上のものが声をかけるまでは話しかけてはならないのでしたかしら。


「お兄様、わたくし、御令嬢方にご挨拶して参りますわ」


 そう声をかけると、お兄様は優しい眼差しで行っておいで、と言ってくださる。

 そういえばわたくしがお兄様から離れなければ、出会いのイベントもありませんわね。わたくしったら楽しみのあまりうっかりしておりましたわ。

 侍女が椅子を引いてくれて、お礼を告げてから立ち上がる。

 あらやだ、おなかがまたすこしたぷたぷしてきましたわ。ご挨拶の間くらいは持つでしょう。そそそ、と寄って行くことに致しましょう。

 

 ***

 

 

「ジンカイイ侯爵家のプリムにございますわ。皆様ごきげんよう」


 声をかけられた令嬢たちは頬を赤らめてうっとりとしつつ、その美しい礼の所作にまた感嘆の息を溢した。

 なんとか我に返った一人が名を名乗り、順次自己紹介を進めていく。

 そのたび、プリムが「ああ、そちらはたしか畜産が盛んでらっしゃいましたわね」「風光明媚と聞きますわ」「まあ!そちらの領地の果物はわたくし大好きですの」と、それぞれについて『侯爵家令嬢としては詳しすぎる程に詳しく』反応を返してくれるので、令嬢たちはまた感嘆のため息をつく。ここまで国内に詳しくいる令嬢はほかにおるまい、と。

 比較的高位の貴族ばかりとはいえ、領地は多岐に渡っている。にもかかわらず家名だけでそれらを把握し、特産や己の好みまで伝えられて悪い気がするわけもない。

 実際は攻略本丸暗記のたまものであるが、それを彼女らが知るよしもなく。

 一通り話し終えると、令嬢たちの名残惜しげな眼差しに顔をわずかに悲しそうにしながら


「すこし席をはずしますわね。皆様は歓談なさっていて」


 と離れていった。

 令嬢たちのため息は、すでに会場を満たすほどであったという。

 部屋を出る彼女の背を見送りながら令嬢たちは言葉を交わす。


「ジンカイイ令嬢、お話しさせて頂くとますます素敵でしたわ」

「なんて知識量でしょう」

「本当に! まさか我が領の牛乳を選んでまで飲まれていたなんて感激でしたわ」

「わたくしも! まさかまだ作り始めたばかりのリンゴまで把握されてるなんて!」

「「「流石でらっしゃいましたわ」」」

 

 

 ***

 

 

 話が盛り上がってかなりギリギリになってしまいましたわ。

 お腹をたぷたぷさせぬよう、粘り腰ですすすとまたお手洗いへ向かいます。

 もちろん無事に用を済ませ、侍女にまたすこし身なりを整えてもらってから会場へ向かおうとして。

 わたくし、出会ってしまいましたの。

 ピンクプラチナの髪とサファイアの眼差し──そう! ヒロインに!

 爵位としてはわたくしが上ね。すれ違うだけとはいえ、挨拶しておきましょう。


「ごきげんよう。わたくし、ジンカイイ侯爵家のプリムにございますわ。あなた様もお茶会に招かれたの?」


 メアリー・ラ・コンツェルト令嬢と思われる彼女は、あわててわたくしに礼を返した。


「コンツェルト伯爵家のメアリーともうします。ジンカイイ侯爵令嬢プリム様」


 やっぱり!

 ヒロインですわ!

 かわいらしいこと!もっと近寄って見せていただきたいけれどだめよね。

 お茶会の途中、お手洗いへの廊下でのイベントといえば、王子殿下との出会いではなかったかしら。

 迷子になったメアリー様を偶然通りかかった王子が案内のためにエスコートなさるのよね。


「わたくしは会場へ戻るところなの。あなたは?」

「その、お手洗いへ向かったのですが、迷ってしまって」

「まあ。それは大変ね。わたくしの侍女に案内させますわ。わたくしは一人で戻れますから」


 そう伝えれば侍女はすぐにメアリー様へ歩み寄る。


「化粧直しもして差し上げて」


 重ねて告げれば侍女は深々と頷いた。

 帰り道での出会いでのはずですもの。きれいにして差し上げなくてはね!


「では、またあとで。ごきげんよう」


 言って礼をして、踵を返すと、


「あ、ありがとうございます!」


 と淑女としては大きな声でお礼を言われましたわ。流石ヒロインね。かわいくてよ。

 わたくしはすこしだけり振り返って微笑んでから会釈する。

 そしてすぐに、足音を立てて王子に気付かれぬようそそと会場への通路を歩いていく。

 そそそ。そそそ。

 ふかふかのカーペットは流石の離宮ですわね。足音が立ちにくくてすばらしいですわ。


「おや?」



 というのに、何故。


「ジンカイイ侯爵令嬢、この様なところで会うとは、奇遇だね」


 王子、出会うのはわたくしではなくヒロインでお願い致します!

 

 ***

 

 時はすこし戻って。

 プリムが令嬢たちの元へ向かい、一人になったリバートのもとへ、イングラム王子がやってきていた。


「やあリバート」

「殿下、わたくしよりも令嬢方のお相手をなさった方がよろしいのでは」

「楽にしてくれ。私とお前の仲だ。リバートも、妹のエスコートなんて珍しいじゃないか。母上の茶会だ。エスコートなんて不要と言う向きもあるだろう」


 イングラムの問いかけに、リバートは苦笑した。


「プリムは、私の妹であることが勿体無いほどの娘です。もちろん、父にとっても。上の妹、ご存じステラが嫁ぐまでは、こういう場も社交も全てステラに任せておりました」

「そうだったね」

「ですから、あれは、賢く見えて世を知りません」

「ふぅん?」

「世間知らず、とも違うと思うのですが、まあ、私と父の過保護のたまものとお思いください」

「今日はやけに饒舌だな」

「それは殿下もです。それに、ステラは恋をして嫁ぎましたが、あれは父が選んだ相手なら誰でも良いというのです。今が十分に幸せだから、と」

「…………」

「確かに、あれの仕事はそうなるでしょうが、外を見せるくらいはしてやらねばと思いまして。保護者気取りに付いて来てしまいました。殿下」

「……それは、面白いな」

「はい?」

「あれだけの振るまいが出来て、社交に出たことがない? あれは裏がある。それに私を誘惑しようとしない。とても面白い」

「殿下?」

「リバート、今回の茶会が私の婚約者選びも兼ていることは周知の事実だが」

「本当は内密のはずでしたが」

「『周知の事実』だが、今日、他の令嬢が挨拶に来た際は、私に興味を持たせようとまあ必死でな」

「でしょうね」

「だがお前の妹と来たら」

「粗相を致しておりましたか?」

「いいや。だが完璧に眼中の外だったな、あれは。

 周知の事実があるなかであの振るまいができるとはなかなかの胆力だ」

「恐れ入ります」

「その上、お前たちが辞したあとはもう、死屍累々だった」

「は?」

「歓談が始まってからすこし歩き回ったが、御令嬢たちはみな、私の婚約者にはならないらしい」

「……は?」

「プリム・ラ・ジンカイイ侯爵令嬢がお勧めです、などと方々で言われてみろ。笑いをこらえるのに苦労した」

「勿体無い妹とは思っておりましたがまさかそのような」

「だからな、リバート」

 


 決めたよ。お前の妹をわたしにおくれ。


 

「お断り致します」


 乙女ゲーム攻略対象の輝く笑顔でリバートは王子の言葉を一刀両断した。


「ジンカイイ侯爵家の掌中の玉とご存知でありながら、物のように寄越せと仰る方に、例えそれが一国の王であっても首はたてには振れますまい」

「ははは!いいねぇリバート。私はお前がそうだからお前と友でいたいんだ。

 分かった。今は引き下がろう。ジンカイイ侯爵家のご機嫌損ねぬよう、丁寧に口説かせていただくさ」


 そう答えて、王子は彼女を求めて会場である離宮を歩き回ることにしたのだった。

 

 

 ***

 

 

 休憩室から一人戻ってきたわたくしに、殿下の笑顔が輝いております。眩しいです。


「ごきげんよう、殿下。わたくしにご用向きでしたか?」


 主催がわである殿下がこちらの休憩室を使う理由はほぼないはず。供も連れずお一人ともなれば十中八九出会いイベントですわよね。わかります。


「うん、まあそんなところかな」


 というのに殿下が気安く頷かれます。

 あら?


「お兄様が会場でお待ちですし、わたくしは会場へ戻るところでしたの」


 わたくしは帰りますからお一人でどうぞ、とお伝えして、殿下の御前を離れようとしたのですが。

 右へ避ければ殿下も右へ。

 左へ避ければ殿下も左へ。

 あら?

 そうこうするうちに、背後からこのふかふかのカーペットをしてぺそぺそと聞こえる足音。


「ジンカイイ侯爵令嬢様!」


 ああ! 待ってましたわヒロイン! メアリー様!

 王子の心をこれで鷲掴みになさって!!


「あら、コンツェルト伯爵令嬢様。そんなにお急ぎになって、どうされましたの?」


 後ろを追いかけてきたわたくしの侍女の息が上がってましてよメアリー様。結構な駿足とお見受けしますわ。


「はい、いえ、その」


 ちら、ちら、とメアリー様が王子殿下に視線を泳がせております。

 確かに、知らぬ殿方のようなものですものね。ご挨拶は済まされてないのかしら?


「殿下、こちらはコンツェルト伯爵令嬢メアリー様です。

 メアリー様、ご挨拶を済ませてらっしゃるとは思いますが、第一王子殿下であらせられます」


 念のため紹介をして間を取り持ったつもりになってみたのですが、二人ともきょとんとわたくしをご覧です。

 あら?


「ご紹介ありがとうございます。ジンカイイ侯爵令嬢様。あの、殿下、申し訳ございませんでした」


 メアリー様はそう言ってから深々と礼をしました。

 淑女の礼というよりは謝罪の重さの方が大きそうですわね。


「うん。コンツェルト伯爵令嬢、顔を上げてくれ。何のための謝罪かな?」


 殿下の問いかけに、メアリー様は顔を上げ、その美しいかんばせで王子殿下を見つめました。


「殿下と気付かず、不埒な輩がジンカイイ侯爵令嬢にまさか無体を働こうとしているのかと、わたくし、あわてて駆けつけた次第です」


 殿下の顔が、怒りとも驚きとも分からぬ無表情になりました。

 いけませんわ、これはいけません!


「まあ! コンツェルト伯爵令嬢様、いえ、メアリー様とお呼びさせていただけるかしら。そんな風に心配してくださっていたのね! わたくし、感激致しました。よろしければお友達になってくださらない?」


 殿下に不敬と言われる前に気遣いの令嬢として印象付けさせていただきますわ!


「う、うん、まあ。私自身はきっとジンカイイ侯爵令嬢にかくれて良く見えなかっただろうからね。不敬には問わないよ」


 気付いてくださったのでしょう、殿下がため息混じりにそう告げます。


「ありがとう存じますわ、殿下」


 にこりと微笑んで殿下に礼をします。

 責めるタイミングを奪うのがコツですわ。前世のおばあちゃんが良くやる手でしたの。

 わたくしに倣って、あわててメアリー様も礼をされます。


「顔を上げてくれ。私だけが悪者だな」


 顔を上げますと、苦笑される殿下の姿。これは貴重かもしれません。


「美しい令嬢たちの友情を邪魔するつもりはないが、お二人をエスコートさせて頂けるかな?会場へお連れしよう」


 殿下がそう言って両の肘を差し出されます。

 わたくしたちは、恐る恐る左右の肘にそれぞれ手を掛けました。

 わたくしが殿下の右へ。メアリー様が左です。


「両手に花だね」


 殿下は楽しげですが、殿下! 左! 左をご覧ください! 美少女ですよ!

 わたくしは花ではなくて山菜程度で結構ですから、左をご覧ください!

 わたくしの内心をお二人は知らぬまま、三人はならんで、まるで殿下に侍るように──実際侍っているのですけれど──会場へ戻りました。

 そういえばこれ、ヒロインが迷子から回収されたときのイベントですわね?

 あら! わたくしも迷子扱いでしたの? 心外ですわ。

 わたくしたちが会場へ戻ると、ざわり、と会場が沸き立ちました。

 殿下とともに、美しいヒロインが入ってくればそうですわよね、わかります。

 殿下はわたくしたちから離れると


「ではね。会はもうすぐ終わってしまうけれど楽しんでいってほしい」


 そう仰って背を向けられました。

 去り際もスマートですわね。流石ですわ。

 わたくしはといえば、メアリー様を見つめます。

 ピンクプラチナの髪に輝くサファイアの瞳。ヒロインの可愛らしさも売りでしたわね。それから──


「メアリー様、さきほどは本当にありがとうございましたわ」


 そう伝えれば、メアリー様はあわてて否定されました。


「いいえ、ジンカイイ侯爵令嬢様、むしろ殿下とのお話しを邪魔してしまいました。申し訳ございません」

「わたくしを心配してのことなのでしょう?その優しさに、本当に感激しましたの。是非、わたくしもプリムとお呼びになって」

「は、はい、プリム、さま」


 照れる彼女の可愛さ、プライスレス。

 殿下はこれを見ずに行かれたのですか、本気でしょうか。


「メアリー様は足が早くてらっしゃるのね。わたくしの侍女が追い付けないなんて、驚きましたわ」


 そうそう、この事にも触れておかなければ。

 メアリー様は耳まで真っ赤にして照れてうつむいてしまいました。


「はしたない真似をしましたわ。実父は武闘で身を立てていましたので、わたくしも、その、鍛練を」

「前コンツェルト伯の弟君は、騎士団でも武勇を誇ったと聞いておりますわ。直伝だなんて、わたくしも教えていただきたいくらい」


 そう!

 メアリー様は拳系令嬢なのです。お兄様とのルートでは、バトルパートではヒロイン一人に特攻させたほうが速いと言われるほどでしたの。

 彼女はその鍛えた体幹で、引き取られてすぐに令嬢ムーブを身に付けたのですわ。

 その拳、わたくしも見てみたいのです! せっかくですから!


「そんな! お見せできるものではございません」


 照れて真っ赤なメアリー様。可愛らしいですわ可愛らしいですわ!


「なら、またお話だけでもさせてくださる? お茶にお誘いしても良いかしら」


 手を取って伝えれば、真っ赤な顔のメアリー様はとてもとても、美しく嬉しそうに笑いました。


「はい。わたしでよければ、よろこんで」

 

 

 ***

 

 

 メアリーは困っていた。

 何せにわか令嬢で、今までは羽扇よりも拳を握ってきたのだから。

 話題もわからないのに、お茶会に呼ばれ、壁際に縮こまるしかなかった。

 お手洗いへ行こうとすれば迷ってしまうし。

 そうして、彼女は出会った。

 自分の侍女に案内とメアリーの身支度まで指示して、一人で戻る侯爵令嬢なんて、その心遣いに、こんな貴族もいるのかと驚いたものだ。

 用を済ませるとすぐさま侍女が身支度を整えてくれて、来たときより綺麗にされた気さえする。

 侍女のお礼を伝えなければと二人で会場に戻ろうとしたとき、男性に通せんぼされているジンカイイ侯爵令嬢を見つけたのだ。

 そこからのメアリーの判断は速かった。

 今こそ恩を返すとき。

 無礼な男性ならお守りしなければ。

 駆けつけてみれば王子殿下で、恥ずかしくて死にそうになった。というのに!

 ジンカイイ侯爵令嬢は友だちにと言われ。

 そのまま殿下にエスコートされ。

 さらにはお茶に誘われれば。

 ジンカイイ侯爵令嬢と離れたあと、メアリーの元にほかの令嬢たちが集まってくる。

「コンツェルト伯爵令嬢メアリー様」

「は、はいい!」


 メアリーが怯えたのも無理はない。伯爵以上の令嬢が十重二十重なのである。

 怯える彼女に令嬢たちは穏やかに微笑んだ。


「貴女も、ジンカイイ侯爵令嬢を盛り上げる友の会に、入られませんのこと?」


 そう。令嬢たちの眼差しは、推しを同じくするファンの眼差しだったのだ。

 メアリーは気付いた。そうだ。そうなのだと。

 そして。

 力強く頷いた。


「是非、お願い致しますわ」

 

 

 ***

 

 

 お兄様の元へ戻ってしばらくすると、王妃様がお茶会の解散を宣言なさった。

 王子殿下が礼を述べる様は既に堂々たるご様子。

 お兄様と同い年ですからもう20歳でらっしゃいますわね。

 それで許嫁も婚約者もおられないのですから、この国の平和加減というか、どうなってますのかしら。

 ゲーム的には、王族は争いの種にならぬようギリギリまで相手を持たずあったとしても隠すもの、なのだとか。

 お兄様が独身なのは、学友であり側近である殿下がまだ未婚約であられるから、なのよね。『殿下のお相手かもしれない方を先に奪わぬように』なのだとか。

 はっ!

 つまり殿下にお相手が決まらない限り、お兄様とメアリー様のルートも簡単には行かないということ?

 あ、だからお兄様ルートではあんな戦闘まみれのアクションRPGをこなすことになりますのね?

 なるほど?

 これはなかなか難しい問題ですわ。

 殿下にメアリー様を選んでいただければ、もう、正規ルートと呼んで良いのではないでしょうか。しかしそうすると、お兄様には見ず知らずではないでしょうが馴染みのない方が?

 それはそれでなんだかもやっとしますわね?

 メアリー様、分身するか一妻多夫してくださらないかしら。

 なんでハーレムエンドがなかったんでしょう。当時はそれで『スッキリしていい!』と思っておりましたのに!

 今となっては!

 ヒロインが足りませんわ!

 んもう!

 と、わたくしが心中穏やかでなかったとしても、お兄様のエスコートですすす、とスムーズに会場をあとにいたしますわ。ええ、わたくし、これでも侯爵令嬢ですので。


「今日はどうだった?」


 馬車待ちの間にお兄様が聞いてくださるのへ、わたくしは微笑みます。


「コンツェルト伯爵令嬢のメアリー様とお友達になれましたわ。今度一緒にお茶を頂く約束ですの。我が家で茶会を開いてもよろしいかしら」

「お前が女主人を務めるのか。なかなか、頑張るといい」

「はい。お兄様。それから──」

「王子殿下と共にエスコートで戻ってきた令嬢だろう?」


 お兄様の目が細められます。

 見ておられたのですね、恥ずかしいですわ。


「運命的な出会いでしたわ」


 メアリー様との、一生ものの思い出ですの。

 お兄様が目を丸くしてわたくしを見つめます。


「そう、なのか?」


 メアリー様の可愛さをご覧にならないお兄様には分からないかもしれませんが、あの出会いは運命と言って過言ではないとおもいます。

 ヒロインの可愛さは男女共通なのです。


「ええ」


 頷けばお兄様の顔色が少し悪くなりました。

 あら、わたくし、なにかおかしなことを申しましたかしら。

 我が家の馬車がちょうど目の前に止まります。


「お兄様、顔色が良くありませんわ。まずは屋敷へ帰りましょう」

「ああ、ああ、そうだな」


 お兄様は私の手を取って馬車に乗り込みました。

 屋敷へ着くまでの間、お兄様は黙り込んだままでした。

 馬車を先に降りたお兄様はわたくしに手を貸してくださいます。

 手をお借りして馬車を降り、屋敷へはいるとわたくしを侍女に託してお兄様は「父上は在宅か?」と問われます。

 迎えに出た兄の侍従が「執務室に」と答えたので、お兄様は早足で執務室へと向かわれました。

 青い顔をされていましたがまさか、わたくし、なにかフラグを踏んでしまいましたでしょうか?

 あ。そう言えばお兄様とメアリー様との出会いイベントが発生しませんでしたわなんたることでしょう!

 侍女を伴い自室へ戻り、まずは茶会用のドレスから部屋着に着替えます。コルセットをはずされるとだいぶ落ち着きますわね。

 そうですわ。

 お兄様には後程お伺いするとして、お兄様とメアリー様の出会いの機会を増やしていかねばなりませんわね。


「エステル」


 わたくしは侍女に声をかけます。

 エステルは先ほどの茶会でもそばにいてくれたわたくし専属の侍女ですの。わたくしが五才のときに十五で専属になってくれたからもう二十六ですのね。時が流れるのははやいものだわ。もう一人のお姉様のように思っておりますの。


「メアリー様、どうお思い?」


 エステルはおそれながら、と付け足しながら答えます。


「御令嬢としては、お嬢様のお足元にも及びません。足は、まあ、速かったと認めざるを得ませんが、あのように足音を立てるだなんて。

 お人柄でしたら、ええ、心優しく、それこそ、お嬢様にお仕えするようだとおもいましたわ」

「わたくしに?」

「お手伝いさせていただくこと、それがわたくしの勤めにございます。コンツェルト伯爵令嬢様もお嬢様とおなじように、それでも微笑んで感謝を口にしてくださいました」


 エステルの日溜まりのような微笑みにわたくしは満足して頷きます。

 そうでしょうそうでしょう。可愛いでしょう。ところで御令嬢作法についてはエステルの目は親バカ入ってますわね。

 わたくしの特技は粘り腰ベースでしてよ。

 やっぱり少し節穴なのかしら。

 でも、これで心は決まりましたわ。メアリー様には、殿下よりお兄様のルートに入っていただきたましょう!

 殿下には申し訳ないですが、やっぱりメアリー様は近くで愛でたいですものね?ヒロインですし?


「エステル」

「はい」

「わたくし、メアリー様がとても気に入りましたの」

「左様ですね」

「メアリー様をお招きするお茶会は質の良いものを揃えて頂戴。それから、お兄様のご予定も押さえておいて」

「リバート様の、でございますか?」

「ええ、理由は、分かってくれるわね?」


 エステルははっと顔を上げ力強く頷いてくれました。

 どうにか恋に落ちていただいて!

 ついでに例の大冒険にも連れていっていただけないかしら!攻略本丸暗記は役に立つとおもいますのよ。


「よろしくね、エステル」

「もちろんです、お嬢様」

 

 

 ***

 

 

「どうした、リバート、何かあったのか」


 壮年の男性が、執務室に駆け込んだ息子に声をかければ、リバートは深く息を吐いてから父たる伯爵に答えた。


「プリムが、運命の出会いをした、と」


 その言葉ひとつで。

 執務室には稲妻が響き、嵐のごとく風が吹いた。

 様に感じられた。主に執事たちに。

 ジンカイイ侯爵は持っていたペンを紙に付けすぎインクをにじませている。あわててペンを上げ、ペン置きに乗せると、その手で眉間を揉んだ。


「すまん、リバート。もう一度頼む」

「プリムが妃殿下の茶会で、運命の出会いをした、と」

「相手は誰だ」

「……おそらくは」


 ジンカイイ侯爵にとっても続く言葉に確信がある。


「おそらくは、イングラム王子殿下では、ないかと」


 絞り出されたリバートの言葉に、ジンカイイ侯爵は、深く、それは深く息を吐いた。


「まことか」

「茶会の終盤、化粧室へ行ったのですが、その帰り、殿下とお会いしたようで」

「…………」

「殿下の右手にプリムが、左手にコンツェルト伯爵令嬢が、というかたちでエスコートされて戻りまして」

「ぐ……ぬ……」

「さらには」

「さらには?」

「プリムが令嬢たちと交流しているおり、殿下が一人で私の元へおいでになり、プリムをくれ、と」


 ぐしゃ。

 と紙が握られる音がした。

 もちろん握ったのはジンカイイ侯爵である。


「どう答えた」

「もののようにくれと仰る方には渡せぬ、と」

「良く言った」

「しかし、機嫌を損ねぬよう口説く、と宣言されまして」


 ジンカイイ侯爵はついに肩を震わせた。


「もう無理じゃん!?」

「父上、口調が崩れております父上!」

「だって! だってうちのプリムがおそらく殿下に惹かれてて?! 殿下からは口説く宣言されてるのに!? もう無理じゃん!!」


 ジンカイイ侯爵、やや涙目である。

 彼は娘二人を目に入れても痛くはないと豪語するほど娘を愛していた。ステラが嫁いだあとは、寂しさに耐えられず三日間妻にくっつき続けた。

 残るはプリム一人。

 なのに。


「なのにもう!」


 ジンカイイ侯爵の悲痛な叫びに、執事、長男、そして長男の侍従、執務室にいた全員が深く同意し、しんみりとした空気が室内に満ち充ちた。


「廊下にまで聞こえていてよ?」


 そこへ現れたのは


「母上」


 ジンカイイ侯爵夫人である。

 美しいブロンドに、エメラルドの瞳の美女である。


「プリムちゃんが可愛いのは分かるけれど、あなたたち、一番大事なことを忘れているわ」


 侯爵夫人は男四人を見渡した。


「プリムちゃんの、幸せよ!」


 ぴしゃーーーん!

 まさに晴天の霹靂に射たれたかのごとく。男たちは目を見開いたのだった。


「君は、それがプリムの幸せだって言うのかい?」


 侯爵が震えそうな声で問えば、侯爵夫人はため息をひとつ。


「いいえ。そうではなく、本人の意思をまず確認すべきと言っているのよ。あなたがプリムをよそへやりたくないのは分かるわ。わたしも同じだもの。ですけれど、あの子の望みは、わたくしたちがうばったり、閉ざしたりしてはいけないとも思うのよ」


 穏やかに微笑む様はまさに聖母である。

 ジンカイイ侯爵は、そうだな、とため息のように呟いた。


「リバート、お前が、プリムを目にかけてやってくれ。あの子は自分では私の選んだ相手の元へ嫁ぐとしか言ってくれないからな」


 侯爵の言葉に、リバートは深く頷いた。


「勿論です。ただ、仮にプリムが殿下に恋い焦がれていたとしても、殿下が本気でプリムを欲さぬのならば、私は殿下を阻みます」


 その言葉に、己の跡継ぎの心の強さを感じ、息子への誇らしさでジンカイイ侯爵は胸がまた充ちる思いだった。


「私たちの子はみな、よい子に育ってくれたな、ルチル」


 侯爵が夫人にそう告げれば、夫人は当然とばかりに胸を張りながら微笑んだ。


「ええ、そうですわね、旦那様」

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