第98話
俺が再び体を倒すと、アキが起きた。
「主殿!良かった!無事で!」
「ああ。心配かけてすまぬ」
俺はもう念話で話すのをやめた。どうせ痛いなら、早く慣れてしまった方が良い事に気がついたのだ。
「本当だぞ。ワタシが運ばなければ主殿はあそこで死んでいた」
「ああ。礼を言う」
アキの声が大きいので、皆が起きた。レリアと目が合った。
「あ、ジル…良かった…」
「レリア、心配をかけてすまぬ。それとお昼ご飯を一緒に食べられなかった。すまぬ」
「もういいよ。ジルが無事で良かった。でも次からはちゃんと考えてから行ってね」
「ああ。レリアとの約束は守る」
「うん。でも前にも同じ約束しなかった?」
俺はレリアに言われて思い出した。盗賊のアジトに乗り込んだ時に同じ約束をした。その時は圧勝だったので、あまり気にとめていなかったな。
「した。約束は大事だと身に染みて理解した。申し訳ない」
俺は体を起こし、頭を下げた。
「ぐ…」
傷口が開いたのか、痛む。体を見ると、包帯が巻かれていた。包帯に血が広がっている。
「わわわわわ!」
「あ、ジル、動いちゃダメ!」
俺はレリアの言う通り、頭を下げたまま動かぬようにした。アキは慌てながら、血を拭いている。
「ジル卿!」
扉が勢いよく開き、エジット殿下とジュスト殿、ジェローム卿が入ってくるのが分かった。他にも何人かいる。だが、俺は傷が痛いので反応できぬ。
「あ、すいません。侍医の方に来ていただきました!」
ロアナが入口の方でそう叫ぶと、侍医のテクジュペリが入ってきた。いつの間に呼んだのだろうか。
「失礼します」
「テク、主殿から血が出てきた」
「テクさん、何か必要な物ある?」
「救急箱をお願いします」
いつの間に仲良くなったのだろうか。レリアやアキがテクジュペリの事を『テク』と呼んでいる。まあ五日間もあれば、仲良くはなるものか?俺も『テク』と呼ぼう。
テクは俺の包帯を取り始めた。俺は体を起こした。
包帯を取り終えたテクは、レリアから救急箱を受け取ると、中から包帯を取り出した。その包帯を俺に巻いていく。俺も体に力を入れて、血を止める。
「ジル様、安静になさってください」
「ああ、分かった。回復魔法で治してはダメなのか?」
俺はずっと気になっていたことを聞いた。以前、テクに世話になった時は魔法の使いすぎだったので、安静にしたが、今回はただの傷だ。魔法で治した方が早い。
「それがジル様に回復魔法が効かないのです」
「呪われたようだぞ」
アシルが補足してくれた。
俺は天眼を使って、自分を調べた。すると、回復魔法が効かぬように呪われていた。少し天眼が痛んだ。
「ああ、ジル様、血が」
俺は体を見るが、どこからも出ておらぬ。
「失礼します。目をつぶってください」
俺が出血したところを探していると、テクがそう言った。俺は目をつぶった。テクはそのまま顔に何かした。
「大丈夫です」
「テク、右眼が見えぬ」
右眼が見えなくなった。眼球を取られたのだろうか。だが痛みは引いた。
「眼帯をしましたので」
「ああ、そういう事か」
治療をしてくれただけだったようだ。まあ魔族は基本的に強い主は裏切らぬそうだから、眼球を取られることはないか。
「ジル様、なるべく動かないでください。そして傷が治るまでは、私が用意する流動食を召し上がってください」
「ああ。どれくらい続きそうだ?」
「そうですな…ジル様次第ではありますが、一ヶ月ほどかと」
「ならば、十日だな」
「普通は半年は動けませんぞ」
「そうか。まあ俺も頑張ろう」
「そうなさってください。私は夕食を作ってまいりますので。失礼します」
「ああ」
テクが帰った。夕食を用意すると言っていたが、夕方であったか。サラ達がご飯の用意をしてくれると言っていたが…まあ良いか。どちらも食べれば、早く治るだろう。
「ジル卿、目が覚めてよかった。俺はルイス殿下とアズラ殿下を待たせているから、行くぞ」
「お任せしてしまって申し訳ありませぬ」
「今は気にしなくていい。早く元気なってくれ」
「御意」
殿下が出て行った。ジェローム卿とジュスト殿以外の殿下の部下が出て行った。殿下の護衛か。
「ジル卿…大丈夫か?」
ジュスト殿が心配そうに尋ねてきた。ジュスト殿の指示を無視してこうなったのだ。謝らねばならぬ。
「ああ。ジュスト殿、申し訳ない。指示を無視してこの有様だ」
「あ、いや、それに関しては感謝している。ジル卿がいなければ、あの遺跡は見つからなかった」
役に立てたようで良かった。そういえば、どうなったのであろうか。
「ジュスト殿、どうなったのだ?」
「俺は遺跡とかは分からないから、アシル殿に任せた。アルフレッド殿下もいたようだが、崩落して逃げられたらしい」
「そうか。またアシルから聞いておこう。ジュスト殿、迷惑をかけてすまなかった」
「いや、アルフレッド殿下に協力者がいることが分かったのも、ジル卿が手伝ってくれたおかげだ。俺はやる事があるから早く元気になって一緒に飲もう」
「ああ。早く治そう」
ジュスト殿はそれだけ言うと出て行った。良い酒を用意しておこう。
「ジル卿、傷が治っても無茶はしないでくれ。ジル卿は我が軍にとってエジット殿下と同じくらい重要人物なのだ。頼むぞ」
「ああ。もう無茶はしない。レリアとも約束した」
「そうだな。姫との約束が一番だろう。侍医の言うことをよく聞いて早く治してくれ。でないと王都に行けない」
「そうか。早く治さねばならぬな」
「そうだ。頼んだぞ」
ジェローム卿もそれだけ言うと戻って行った。
忘れていたが、国王を倒すだけではダメであった。王都に行かねば。そしてエジット殿下が王となり、奴隷を解放する。そうでなくては戦った意味が無い。
「アニキ、次からはオレが見張っていてやるよ。アニキが無茶しないように」
「俺がユキと姫、二人とも護ってやる。だからファビオを連れて行け」
ファビオとアキの弟にそう言われてしまった。二人ともまだ子供だ。いや、俺の方が年下たが、まあそういう問題ではないか。
「カイ、主殿にはワタシがついている。三人で残れ」
「でも今回もお姉ちゃんが一緒にいたよね?」
「そうだそうだ。姉ちゃんが一緒に行って怪我したからファビオを行かせるんだろ?………それに姉ちゃんも心配だ」
カイの最後の言葉は小声になっていた。聞かれたくないのであろうか。
「あ、いや、それを言われるとだな…」
アキはカイの小声には気付いておらぬようだ。
俺の見張りがアキには務まらぬので、ファビオが来るらしい。アキが何歳かは知らぬが、ファビオよりは年上だろう。
「アキ、ファビオ、カイ、ユキ。俺の事を心配してくれるのは嬉しいが、しばらく戦は無いぞ」
「なにっ?!」
「うそ?」
皆驚いているが、何の為に戦ったのか知らぬのだろうか。仕方ないので教えてやるか。まあ俺も詳しい事は知らぬが。
「アキ、今回の戦は何の為の戦だ?」
「エジット殿下が王になるための…」
「エジット殿下はなぜ王になる?」
「奴隷を解放するため…?」
「そうだ。奴隷を解放するには時間がかかる。一人や二人なら時間はかからぬが、サヌスト国内全ての奴隷を解放するとなると、一年はいる」
「なぜ解放に時間がかかるのだ?」
「解放奴隷が自由に働けるような環境を整えたり、奴隷がしていた事の後任も決めねばならぬ。他にも誰が何人の奴隷を所有しているか、などを調べ、金を配らねばならぬ」
「なぜ金を配るのだ?神の仰せなのだろう?」
「ああ。だが皆が皆、信心深いとは限らぬ。それに奴隷は財産だ。アキも神の仰せだとか言われても、財産を差し出さぬだろう?」
「主殿の為なら心でもなんでも差し出すぞ」
「アシルの為なら?」
「弱者には何もやらん。髪の毛を一本くれと言われても絶対にやらん」
空気と化していたアシルが悲しそうに部屋から出ていった。アキの髪の毛が欲しかったのか?それとも髪の毛を強請ると思われていたからか?
「髪の毛など俺も要らぬぞ」
「ワタシのものは全て主殿のものだ。いらないとは言わせん!」
アキはそう言って自分の髪の毛を抜いた。
「やる」
「いらぬ」
「じゃあ、姫、やる」
「あたしもいらないんだけど」
「じゃあ、ファビオ」
「オレ?オレもいらない」
「じゃあ、ユキ」
「わたしもいらないよ」
「じゃあ、カイ」
「え、俺?やったー!もらうもらう!」
アキが髪の毛を皆に渡そうとするが、全員に拒まれていた。いや、カイが嬉しそうに貰っていた。髪の毛など何に使うのであろうか。
「ジル、話が逸れてるよ」
「む。そうだ。分かったか?次の戦は少なくとも一年後だ。それまでにファビオを鍛える」
「そん時は一緒に連れて行って」
「ああ。カイも鍛えてやろう」
「俺は姉ちゃんに鍛えてもらう」
「主殿、ワタシも鍛えてくれ」
「じゃあ俺も」
アキが俺に鍛えて欲しいと言うと、カイも一緒についてくると言った。どうやらカイはアキの事が好きなようだ。髪の毛を欲するほどには。




