第94話
「ジル、お待たせ」
俺がどうするべきか考えている間にレリアがやって来た。
まあなんというか、レリアはどんな姿でも美しい。
レリアは無言で俺の隣に座った。
「…ジルってすごいよね」
「俺はすごい訳では無いぞ」
「なんで?こんな血まみれになってもみんなの為に戦ってるんでしょ?凄いよ」
「そうか。だが、こんな返り血まみれの俺を好いてくれるのは、レリアだけだ。これからもよろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくね」
なんと言うか、お互い恥ずかしがっていつものように会話が続かぬな。
「そろそろ体洗う?」
「ああ。そうしよう」
俺とレリアは体を洗う場所へ行き、互いに背中を流しあった。
その後、もう一度、湯船に浸かり、風呂を出て、寝巻きに着替えた。
俺とレリアは部屋に戻り、入浴後の果実水を飲んだ。
「じゃ、食べよっか」
「ああ。俺はどうすれば良いのだ?」
「こっち側から食べて。あたしはこっちから食べるから」
「分かった」
レリアはそう言ってウエディングクッキーの片側を咥えた。俺はその反対側を咥えた。なるほど、棒状のクッキーか。それも結構甘い。
レリアが食べ始めたので、俺もそれに倣い、食べ始める。
食べ進めると顔がだんだん近づき、最後には唇が重なった。クッキーのせいか、甘かった。
しばらくすると、唇を離し、一歩下がった。
「…初キスは甘いんだね」
「クッキーが甘いからではないか?」
「それは言っちゃダメだよ」
「そういうものか」
「そういうものなの」
俺とレリアはどちらからともなくベッドへ向かった。
「おやすみ、ジル」
「ああ、おやすみ」
俺は疲れていたのか、すぐに眠りについた。
翌朝。俺が目を覚ますと、レリアも目を覚ましたところだった。
「おはよう、レリア」
「ん…おはよう…」
まだ寝惚けているようなのでコップを創って、水を注ぎ、レリアに渡した。
「ん…ありがと」
「ああ」
レリアはコップの水を一気に飲み干した。俺はその間にベッドから出て、魔法で着替える。そしてエヴラールに起きた事を念話で報告する。この一連の流れは毎朝の恒例となりつつある。
「レリア、今日は忙しくなりそうだ。俺は朝ご飯を食べずに行くが、レリアはゆっくり食べてくれ」
「ちゃんと食べないとダメだよ」
「そうか。いや、昨日は途中で抜けてきたのだ。その間の報告を聞かねばならぬ」
「食べながら聞いたらいいじゃん」
「そうか。ではそうしよう」
「お昼もちゃんと食べてね」
「ああ」
「ほんとに?」
「本当だ。レリアに嘘はつかぬ」
「ほんと?じゃあ、一緒に食べよ?」
「ああ。そうしよう」
レリアは会話をしながら着替えている。そして見計らったようなタイミングで誰かがノックをした。
「失礼します。朝食をお持ちしました」
今日はサラとマノンが持ってきてくれた。あの時決めた従者だが、全員カルヴィンの下で学んでいるそうだ。
俺とレリアが席に着くと、サラが料理を並べ、マノンがお茶を淹れる。ヤマトワで買ったお茶だ。最近はヤマトワ料理を多く食べる。
サラが料理を並べ終えたので、指示を出す。
「サラ、適当な指きか…あ、いや、ドニスかエヴラールを呼んできてくれ。キイチロウでも良い」
「お三方をお呼びしますね」
「三人呼ぶならアキも呼んでやれ。ああ、別件があれば、そちらを優先させろ」
「分かりました」
サラに適当な指揮官を呼ぶように言おうと思ったが、殿下の部下を連れて来られても困る。なので指名した。ちなみにマノンはレリアの部下ということになっているので、指示は出さぬ。出したとしてもお願いするくらいだ。
「いただきます」
「いただきます」
レリアはいつも俺が食べ始めるまで待ってくれている。別に先に食べていても不快には思わぬが、その事をレリアに言うと『ジルと一緒に食べた方が美味しいからいいの』と言っていた。確かにレリアと食べる方が美味しく感じる。
「レリア、今回の件が落ち着いたら殿下に休暇を頂こうと思うのだが、旅行でも行かぬか?」
「どこに行く?」
「そうだな…俺はレリアのご両親に挨拶がしたいな」
「あたしも行くの?」
「ああ。嫌なら良いぞ」
「嫌じゃないけど緊張する。二年半振りだもん」
「そうか。まあ考えておいてくれ」
「うん」
俺はレリアと旅行の話をしながら、朝ごはんを食べる。
多分だが、俺は常人の十倍は食べる。もっと食べることは出来るが、どれだけ食べてもお昼にはお腹が空く。ならば、ある程度で良いのだ。
それにこれ以上食べても、魔力の回復は早くならぬ。逆に食べ過ぎると、消化の為か、魔力の回復が遅くなる。
まあそんな訳で程々にしているのだ。
「失礼します。ジル様、姫様、ご結婚おめでとうございます」
エヴラールが入って来るなり、そう言った。ヴァトーにはフーレスティエに報告するように言ったが、一晩で知っているとはな。まあエヴラールだから当然かもしれぬ。
「ああ」
「ありがと」
「いえ。ところでご要件は?」
「集まってからで良いだろう。少し待っていてくれ」
「御意」
俺は急いで残りのご飯を食べた。その間に、ドニスやキイチロウもやって来た。エヴラールと同じように祝われた。
「ご馳走様。マノン、美味かった」
「恐縮です」
「レリアはゆっくり食べてくれ」
「うん」
俺は会議用の机に来るように言った。この机は中心に地図や駒が置いてある。まあ、あまり使わぬがあっても困らぬので良いのだ。
「昨日の報告をしてくれ」
「主殿、ついに結婚したのか?!おめでとう!」
アキがやって来た。その後ろから息切れしたサラもやって来た。アキが走れば、一般人ではついて行くので精一杯だ。
「ああ。では揃ったところで始めるか。昨日の報告をしてくれ」
「は。団長が帰還なされた後は殿下の援軍もあり、滞りもなく掃討戦が完了しました」
ドニスが答えてくれた。もしかするとドニスも元聖騎士かもしれぬな。
「王太子はどうなった?」
「ワタシが追い詰めたが、逃げられた。あ、でも安心しろ。王太子の左腕は無いぞ。ワタシが斬ってやった。王太子の腕だから取ってあるぞ。持ってくるか?」
左腕だけ見ても誰のか分からぬ。無視しよう。
「アキと戦ったのに逃げられたのか?」
「逃げられた。多分あれは、ダークエルフだ。あのダークエルフさえ来なければワタシが捕まえてやったのに…」
俺は黙ってキイチロウの方を見た。
「見間違いかと。アキ以外は誰も見ていませんし、アキも気を失っていましたから」
「あっ?!言うなっ!」
アキが気を失っていた?なかなかの手練だな。俺もそのダークエルフとやらに出会っていたら、危なかったかもしれぬ。
第一、アキにトドメを刺さなかったのは何故だ?いや、殺されなくて良かったが、気を失わせるなら殺しておいた方が良いだろうに。まあ考えても答えは分からぬか。
俺はとりあえず、解決できそうな疑問から解決する。
「ダークエルフって何だ?」
「主殿、知らんのか?」
「知らぬ。初耳だ」
「ダークエルフはアレだ、アレ。改造エルフだ」
「ダークエルフとは、ジャビラ様が強化したエルフです。無理な強化のせいか、その肌が黒いのが特徴ですが、それ以外はエルフと変わりありません」
「それはヤマトワでの話だろう?」
「はい。ですが、ダークエルフはジャビラ様を追い、ヤマトワを発ったとされています。大陸に到着したかどうかは分かりません」
「そうか」
セリムに聞いた話だと、ジャビラは『俺の部下が来たら面倒を見てやってくれ』と言い残して、海に飛び込んだらしい。おそらく単身でやって来たのだろう。
それをダークエルフは追ったのか。何で来たかは知らぬが、おそらく洗脳されていたのだろうな。普通は主が海に飛び込んでも、追わぬだろう。
「ダークエルフについては俺の方でも調べておこう」
「お願いします」
「他は何かあるか?」
「いえ、特には…」
「では被害を報告せよ」
「は」
俺はエヴラールから被害の報告を聞いた。
騎士隊からは二百騎程の戦死者が出た。
魔戦士隊は百名程の怪我人が出たが、全員完治。
魔法兵隊の怪我人は一名だけだ。
工兵隊からは一人の怪我人も出なかった。いや、バローが転んで怪我したらしいが、まあ大丈夫だろう。
それ以外は確認中だそうだ。
「こちら、アシル様からのお手紙です」
サラが俺に手紙を差し出したので、受け取った。
『結婚おめでとう。殿下への報告は俺がしておく。何かあったら連絡してくれ』と書かれていた。念話で言えば良いのにな。




