第93話
「殿下、もう一度よくご覧になってください」
俺は殿下の言葉を疑っている訳では無いが、見間違いなども起こるかもしれぬ。
「…何度見ても兄上ではない」
「殿下、申し訳ありませぬ。すぐさま戦場へ取って返し、アルフレッド王子を探して参ります」
「いや、行くな。ジル卿ばかりが手柄を立てては面白く思わない者も現れる。他の者の為にもジル卿の隊は掃討戦に移ってくれ。こちらも兄上探しに三万騎ほどを出したらそれ以外はそちらを手伝わせる」
「御意」
俺はそう言って、戦場へ戻った。国王と大将軍、偽王太子は殿下に預けてきた。
まあ殿下の仰る通りである。国王はアキが捕らえたが、ほとんどの者は指揮を執った俺の功績と認識するだろう。
そうなれば俺は国王、シルヴェストル、アクレシスの三名を捕らえたことになる。それに報告し忘れたが、オクタヴァイアンを討ったのも俺だ。ジェローム卿の危機を救ったのも俺だ。
俺は武勲を立てすぎた。嫉妬の対象になっても仕方ないかもしれぬな。
「主殿、臆病者の王太子は追うか?」
「追わぬ。俺は充分、武勲を立てた。俺が独占しすぎては恨まれるかもしれぬのでな」
アキは手柄は出来るだけ多く立てたい派のようだ。俺は色々考えた上で、手柄を手放すのだ。
まず偽王太子が見つからぬかもしれぬ。
そしてもし俺が見つけたとしたら、味方に恨まれるかもしれぬ。敵やその家族に恨まれる覚悟はできているが、味方に恨まれる覚悟などできぬ。
「手柄を立てられないのは弱い奴が悪いだろう。だいたい主殿は弱者に優しすぎる。主殿は敵に気を遣って本領を発揮しないなら戦に出る資格がないと言った。ワタシもそれは同意する。だが足でまといを気遣って本領を発揮できない方が悪いだろう。つまり何が言いたいかと言うとだな、主殿は弱者に優しすぎて…」
アキが熱く語りだしたので、適当に相槌を打ちながら、聞き流す。
「主殿、聞いているか?」
「ああ、聞いている。次からはちゃんと部隊を決め、遠慮せず戦えるよう進言しよう」
「聞いているなら良かった。そうだ、主殿、いいことを思いついた」
「何だ?」
「主殿は姫に無事を伝えて来い。ここはワタシ達に任せて行け」
「良いのか?」
「任せておけ。ワタシは主殿のサムライだ」
「そうか。では任せた。何かあれば連絡せよ」
俺はそれだけ言い残して、城まで一直線に進む。その間にアシルやドニス、キイチロウなど主要な指揮官に城の安全を確認して来ると伝えた。
「ジル様!」
「ヴァトーか。レリアはどこに?」
「姫様ならお部屋においでです」
「そうか。被害を報告せよ」
俺はヌーヴェルから降り、ヴァトーから報告を受けながらレリアの元へ向かう。
負傷者はエルフ弓箭隊から七十名弱、エルフ魔法隊からは二十名弱。それ以外の文官などは城に篭っていた為、全員無傷。
城壁は所々崩れているが、突破はされておらぬ。
城門は多少のヒビが入ったそうだが、問題は無い。
ラポーニヤ城を覆う結界は二十枚中八枚が破壊された。
「死者はおらぬな?」
「はい。一人、生死をさ迷いましたが、魔法研究会が作った回復薬と言う薬で完治し、すぐに戦線復帰致しました」
「回復薬?」
「はい。なんでも治せる万能薬だそうです。詳しい事は開発者に聞いてください」
「そんな報告あったか?」
「今日の昼頃に完成したようです。研究員の奥様方が『お昼ご飯なのに夫が帰らない。もしかしてウチのが内通者かもしれない』と騒いでいたので覚えております」
「そうか。それで回復薬とやらは安全なのか?」
「おそらく大丈夫だ、との事です」
「そうか」
俺は片手を上げてヴァトーに止まるように指示を出す。そして目の前の扉をノックする。
「レリア、俺だ。ジルだ。無事か?」
俺がそう言うと勢いよく扉が開いた。
「アニキ!」
「ほら言ったでしょ?」
「うん。アニキおかえり」
「おかえり、ジル」
「ああ。ただいま」
レリアの部屋に着いたのだ。ファビオは警戒をしていたが、城の中は安全である。それにここまで攻め入るには本当に内通者が必要だ。
「良かった、無事で」
「ああ、少し待ってくれ」
レリアに抱きつかれそうになったので止める。
「なんで?」
「今の俺は返り血まみれだ。レリアまで汚れてしまう」
返り血は避けれる分しか避けぬ。どうしても避けられぬ血もある。
「あたしはいいよ。後で一緒に体を洗えばいいから」
「一緒に?」
「うん。ヤマトワでは家族は一緒にお風呂に入るんだって。ユキちゃんが言ってたよ」
家族か。結婚は王都に着いた後、俺がプロポーズしてレリアが育った村まで行き、レリアのご両親に報告してからだと思っていた。
俺はその事をレリアに伝えた。
「じゃあ今してよ。プロポーズ」
「ああ、分かった」
俺は片膝をつき、準備してあった指輪を取り出す。
「レリア、俺の妻になってくれ」
「喜んで!」
俺はレリアの左手の薬指に、指輪をはめた。
「ありがとっ!」
「こちらこそ」
レリアが抱きついてきた。何と言うか胸がドクンッドクンッとなっているが心地よいものだ。
「じゃあ、あたしはウエディングクッキーを用意してくるね」
しばらく抱き合った後、レリアがそう言ってどこかへ行った。方向的にはキッチンだと思うが。
「ヴァトー、ウエディングクッキーって何だ?」
「確か愛を誓い合った二人が食べるクッキーだそうですが、詳しい事は分かりません」
「そうか。楽しみにしていよう」
「ジル様、今日はもうお休みになってください」
「良いのか?」
「はい、ジル様はお疲れのようでお休みになられた、と伝えておきますので。それとフーレスティエ様にお伝えしても?」
「何をだ?」
「ご結婚なさることです」
「良いぞ。ただ戦勝の喜びが薄れぬようにな」
「はは。では失礼します」
ヴァトーはそう言い残して帰って行った。
「アニキ、オレ達も帰っていい?今日は疲れた」
「ああ。良いぞ」
俺がそう言うとレリアの部屋からユキとカイも出てきてファビオとどこかへ行った。気を使わせてしまったかもしれぬな。
俺はレリアの部屋の前で鎧を脱ぎ、異空間にしまっておいた。
しばらくするとレリアが戻ってきた。レリアが持っているお皿には細長い棒が載っていた。
「あれ?部屋に入ってれば良かったのに」
「いや、ここで待っていたかったのだ」
「そうなの?」
「ああ。とりあえず部屋に入ろう」
俺はそう言って俺の部屋の扉を開けた。
レリアが入ったのを確認したら、鍵を閉めた。鍵が付いているが使ったのは初めてかもしれぬ。だが、今夜は邪魔されたくない。
「レリア、一つ良いか?」
「なに?」
「ウエディングクッキーって何だ?」
「え、知らないの?」
「ああ。無知ですまぬ」
「別にいいよ。ウエディングクッキーって言うのはね、こっちとこっちを食べてくの。そしたら最後にチュッてなるでしょ?」
「…食べ物なのか?」
「そうだよ?」
「では先にお風呂に入ろう。さすがに汚れたまま食べるのは失礼だろう」
「そうだね。一緒に入ろう?」
「ああ、そうしよう」
俺はレリアとお風呂に向かう。俺はこの城では一度だけ入った。それ以外は魔法で綺麗にしている。
元々サヌスト人はあまり風呂に入らぬそうだ。冬は汗をかかぬほどのちょうど良い暖かさがあるので、体を拭くだけで充分綺麗になる上、体を温める必要もない。夏は暑すぎて水浴びで終わるそうだ。温かい風呂などに入っていたら暑さで死ぬこともあるらしい。
この城のお風呂は三箇所ある。俺用と客用と住民用だ。
俺用とは言うが、アシルやファビオなどもたまに使っているらしい。なので使用中は脱衣所の扉に使用中の札をつける。
「あ、石けん忘れた」
「俺がお湯を貯めている間に取ってきたらどうだ?」
「お願いできる?」
「ああ。任せてくれ」
「じゃあお願い。先に入ってていいよ」
「分かった」
レリアはヤマトワで買ったみかんの匂いがする石鹸を気に入っており、手を洗う時もそれを使っている。俺はなんでも良いので、備え付けの石鹸を使う。
俺は魔法でお湯を貯める。湯船とタンクに貯めなければならぬので、結構な量が必要だ。ちなみにタンクにお湯を貯めると、レバーをひねるだけでお湯が出る装置が設置してある。
俺は服を脱ぎ、一つ目の湯船に浸かる。サヌストの入浴法では、湯船が二ついる。一つ目は体を洗う前に体を温める湯船。二つ目は体を洗った後に入る湯船だ。
「あ」
よく良く考えてみれば、何も着ておらぬ。という事はレリアも何も着けぬという事だ。明るい所で何も着ておらぬのは互いに初めてだ。いきなり恥ずかしくなってきた。




