第92話
俺はオクタヴァイアンの亡骸に一礼をしてから、アルフレッドが逃げ去った方へ走り出す。
アキ、王太子に一角獣を奪われた。探してくれ。
───主殿が逃がした奴ならば、追っている。あ!今、別の部隊と合流した───
マントは何色だ?
───マント?赤だ───
分かった。王太子を見失うな。
俺はそれだけ言ってアキとの念話を終えた。
赤色のマントなら大将軍か。まさかと思ったが、本当にこちらにつかぬとは。
アキに任せておけば、見失う事はあるまい。ドニス達の所へ戻ろう。
「戻ったぞ」
ドニス達の所へ戻った俺は、ヌーヴェルに乗った。
「団長。こちらは終わりました」
地面には、敵二十騎と味方六騎の亡骸がある。王太子の護衛と戦って、これだけの犠牲で済んだのは、まあ上出来か。
「エヴラール、三十騎だけ連れてついて来い」
「御意」
「ドニス、こちらは任せた。武器を持たぬ者は降伏とみなし、捕縛せよ。抵抗する者は斬っても良い」
「はは」
「キイチロウにも同じように言っておくから、協力しろ」
俺はキイチロウにも同じ事を伝え、エヴラールと三十騎を連れて、王太子を探しに行く。
アキ、どちらに向かった?
───迎えに行こう───
アキはそう言って念話を終わった。まあそのうち来るだろう。
ふと城門の方を見ると、開門し、キイチロウ達が出てきていた。
アキを待つ間、俺は戦況をアシル経由で殿下に報告した。
「主殿!」
「アキ!」
「あちらだ。ついて来い」
俺達はアキを追う。ちなみにアキはまだムサシの頭に乗っている。
俺達は一角獣の最大速度で戦場を駆け抜ける。先頭を走る俺に気づいた敵が俺に斬りかかってきたが、剣を振り下ろした頃には、最後尾が通り過ぎた後である。
「主殿、あそこだ!」
アキが指さした方を見ると、五十騎ほどの部隊が駆け抜けていた。
「俺は回り込むから、おぬしらは後ろから襲いかかれ。アキ、行くぞ」
俺はエヴラール達と分かれ、大回りをして、アルフレッド達の前へ出た。
俺に気づいた敵は、すぐに止まった。顔はよく見えぬが、先程のアルフレッドと同じ装備である上、一角獣に乗っているので間違いないだろう。
「アルフレッド王子、お逃げなさるな」
「殿下、お下がりください。ここはこの老骨めにお任せを」
そう言って前に出てきたのは、初老の騎士だ。いや、初老は確実に通り越している。多分六十歳くらいだ。
「爺さん。邪魔だ、退け」
「偽使徒殿、いや、もしかすると本当の使徒様かもしれぬが、私はサヌスト王家に仕える身。神か王、どちらに味方するかと問われたら、王である」
「そうか。それは知らぬな。邪魔をするなら誰であろうと斬る」
「ああ、神よ。あなたの忠実な信徒は、主を裏切る事はできません。どうかお許しを」
アクレシスと名乗った騎士は祈りを捧げ始めた。さすがに祈りの邪魔は出来ぬ。
「殿下、早くお逃げくだされ」
「相手は一人だぞ。アクレシスならば勝てる」
「後方より約三十騎が近づいてきております。さあ、早くお逃げくだされ」
アルフレッドとアクレシスが小声で話し合っている。聞こえているが、聞こえぬ振りをした方が良いか?
「…ここは頼んだぞ」
「エヴラール!今だ、やれ!」
俺は近くで待機していたエヴラールに合図を送る。
「いざ参る!」
アクレシスは祈りが終わったのか、剣を抜いて駆け出した。それと同時にエヴラール達とアルフレッド達も戦い始めた。
俺はアクレシスの剣を受け止めた。
「アクレシス卿、あなたがエジット殿下の味方であれば、どれほど頼もしかったであろうか。だが、それは叶わぬようだ」
「そうであったか。だが主を裏切る事は出来ん!それはあなたとて、同じだろう」
「ああ、主は裏切らぬ。だが神も裏切らぬ。真に主のことを思うのならば、主を説得してみせよ」
「無理だ」
「そうか。ならば、そこで寝ておけ」
俺とアクレシスは斬り結びながら、話していた。俺とアクレシスの考え方は似ているが、似ておらぬ。
まあ説得できなかったので、剣に火魔法を貸与し、剣ごとアクレシスの右腕を斬った。多分だが、大将軍は捕虜にしておいた方が良いだろう。
「まだ、死なん!」
「あっ…」
アクレシスは近くにいた味方から槍を奪い、左手で構えている。馬は足だけで操っているようだ。
「槍か」
俺は剣を鞘に収め、槍を取り出して左手で構えた。
「あなたには悪いが、我が主の為、ここで死んでもらう」
「やってみよ」
俺は槍をアクレシスの左肩に突き刺し、弱めの雷魔法を体内に撃ち込んだ。弱めと言っても、気絶はする。
俺は、落馬したアクレシスを土魔法で拘束しておいた。
「アクレシス!」
「殿下、お逃げくだされ!」
アルフレッドの部下がアルフレッドが乗っている一角獣の尻を槍の石突で突いた。驚いた一角獣はアルフレッドを乗せて、闇夜に紛れて逃げていった。そこは馬の同じなのか。
「エヴラール、ここは任せた」
俺はここをエヴラールに任せて、アルフレッドを追う。もちろん槍はしまった。
「ムサシ、見失わぬように火を吹け」
俺の指示でムサシが火を吹いたので、一瞬アルフレッドの姿が見えた。
「アルフレッド王子!無駄だ」
俺は王太子の左に出て、そう告げた。
「覚悟せよ」
俺はそう言って、王太子が掴んでいる手綱を切った。
「ぐっ!」
王太子は落馬しそうにならながらも、耐えた。と言うよりも、一角獣が落とさぬように調整した。
「貴様!」
アルフレッドもヌーヴェルの手綱を斬ったが、俺は手綱などなくとも落馬せぬ。バランスも崩さぬ。
「一角獣、後で治すゆえ、許せ」
俺は一角獣の尻を少し深めに斬った。一角獣は転倒し、それに乗っていたアルフレッドも投げ出された。
「すまぬな、シャフィクの」
俺は一角獣の傷を回復魔法で治してやった。
「さて、アルフレッド王子。覚悟して頂こう」
俺はそう言ってヌーヴェルから降り、アルフレッドの鳩尾を殴った。
「ぐっ…」
「ヌーヴェル、手綱を探してきてくれ」
───承知した───
ヌーヴェルは、先程切った手綱を探しに行った。
「おい、シャフィクの。この王子は不意打ちしか出来ぬ。正面から戦えば、シャフィクの方が強い」
シャフィクの一角獣は俺の目をまっすぐ見ている。なんとなくだが、シャフィクの元に戻ってくれるような気がした。
───これでよろしいか?───
「ああ。よくやってくれた」
俺はヌーヴェルから手綱を受け取り、王太子を拘束した。手綱には硬化魔法を付与しておいたので大丈夫だろう。
「シャフィクの。こやつを運んでくれ」
俺はそう言って、アルフレッドをシャフィクの一角獣の背に載せた。
「帰るぞ。ついて来い」
俺がヌーヴェルに乗って走り出すと、すぐ後ろをシャフィクの一角獣がついてくる。
「エヴラール!」
「ジル様!」
「王太子を捕まえた。拘束しておいてくれ。俺は殿下を迎えに行くから、拘束出来たら大将軍と一緒に、アキに引き渡してくれ」
「御意」
「アキ!王太子達を預かったら国王を連れて俺の所へ来い」
俺はアキの返事を聞かずにエヴラール達と分かれ、来た道を戻る。
アシル、殿下は今どこにいらっしゃる?場所を教えてくれ。
───今はここにいる───
分かった。今から行く。
俺はアシルに教えて貰った場所へ向かう。
ちなみに念話は言葉以外にも画像やイメージなどをそのまま伝えることが出来る。つまり絵心がない者が見た風景でも、その風景を念話で画家に送れば、その風景の絵を描ける。
「主殿!」
アキが追いついてきた。それもそうか。俺は今ゆっくりと走っている。それに対してアキは全力で飛ばしていた。
「アキ、殿下に地面に降りろ」
「え?あ、ああ、分かった」
「ムサシも歩け」
「マロもか」
「ああ。空から殿下を見下ろすなど不敬だ」
ムサシの背に国王と王太子、大将軍を載せてあるので異空間に戻らせる訳にはいかぬ。いや、戻らせても良いが面倒だ。
「徒歩で行くのか?」
「主殿の後ろに乗るぞ?」
アキは俺の答えを聞く前に俺の後ろに乗った。
「シュンはどうした?」
「その辺にいるぞ。呼ぶか?」
「呼べ」
「シュン!シューン!」
アキが呼ぶとすぐに来た。アキは地面に降りず、シュンに飛び乗った。
「アキ、行くぞ」
「行くってどこに?」
「殿下の所へ報告に行く」
「なら急ごう」
アキがそう言うので、速度を上げた。
しばらく走ったところで、殿下のお姿が見えた。
「殿下!ジルです!」
「おぉ、ジル卿!」
「殿下、早速ですが確認して頂きたいものがございます」
「うむ。確認しよう」
「ムサシ」
ムサシが前に出て国王達を下ろした。
「国王、王太子、大将軍の三名を捕らえました。本人確認をお願いします」
俺がそう言うと周りの騎士達がどよめいだ。
「か、確認しよう」
「お願いします」
殿下が馬から降りたので、俺も降りる。アシルやアキも降りた。殿下の親衛隊の一人が松明を持って、国王の顔を照らした。
「父上は…本物だ」
殿下はまず国王を確認し、本物だと認めた。次は大将軍を見始めた。アキが適当に載せたのだが、前から国王、大将軍、王太子の順に載せてあったのだ。
「…アクレシスも本物だ」
大将軍も本物であった。次は王太子だ。一番厄介だった。
「これは…兄上ではない」
まさかの人違いであった。




