第8話
───場所は変わって天界、ヴォクラー神のいる神殿。
ジルの体から戻ったヴォクラー神のそばに黄金の鎧を纏った獅子、ロドリグが控えていた。
「ヴォクラー様、どうかなされましたか?」
「いや、特に何も無いがどうして?」
「お疲れのように見えましたので」
ロドリグの目にはヴォクラー神が疲れているように見えた。ロドリグは主のこのような姿は初めて見たので心配しているのだ。
「そうか、疲れというのもを私は知らないゆえ、自分では分からぬがそう見えたのであればそうなのであろう」
ロドリグは何も言わず、ただ頭を下げた。
「今回は、他の神と協力してヒルデルスカーンを混乱させようと思ってな。他の神も使徒としてヒルデルスカーンに行った時に混乱させるようなお告げをしたらしい」
「なぜ混乱させるのです?」
「イェンスウェータが滅びそうな時、王神ジュール様は世界神オーギュスト様を呼び、こう言った。『なぜ滅びる寸前に我に献上せんかった?』と。世界神はこう考えた。『王神ジュール様は混沌とした世界を建て直したいのだ。それゆえイェンスウェータが滅びた時、お怒りになった』と」
「つまり世界神オーギュスト様は世界を混乱させ、そのままの状態で王神ジュール様へ献上しようということでございますか?」
「うむ、そういう事だ」
「ですがあのジルという男にそのような事が出来ますでしょうか?」
ロドリグの疑問は当然のものであった。彼の目にはあのジルという男はただの能天気な男にしか映らなかった。
「うむ。私も一時はそう思ったがよく考えてみよ。ジルは世界神に選ばれた魂を転生神が天使族に転生させた魂であるぞ。そして本人の性格も考えてみよ。時が経てば貴様よりも格上になることは間違いあるまい」
「いや、我もそのような恵まれた環境であればそれくらいには…」
「その環境を手に入れる運も評価しておるのだ」
「は…」
ロドリグは主が新参者の話ばかりをするのでジルに嫉妬をしていた。
「そう嫉妬をするな。今のところは貴様の方が格上である。そのままジルに抜かされぬよう精進せよ」
「は!」
ロドリグは自分が完璧に隠したつもりの感情の変化をも見抜く主を改めて尊敬し、そんな主の為に精進する事を誓った。
「ところでなぜオディロンをヒルデルスカーンに行かせたか分かるか?」
「いえ、分かりませぬ」
「我が配下、天魔総長キアラが死んだ」
「なんと…」
「キアラは悪魔族であったゆえ、次期天魔総長は天使族から選ぶことになっている」
通常、神は天使族の配下と悪魔族の配下がいる。その二つの種族にはそれぞれ族長がおり、その上に天魔総長がいる。天魔総長は天使族と悪魔族から交代で選ばれる。
「では…」
「期待しているところ悪いが天魔総長は貴様ではない。現在の天使族族長オディロンに務めてもらう。貴様は獣天使族の族長から天使族の族長への昇格だ。天使族族長になってくれるな?」
天使族や悪魔族の中にも数種族おり、各種族の族長から天使族、悪魔族の族長を選ぶ。
「は!謹んでお受けいたします」
「ということでヒルデルスカーンに行き、オディロンの下で修行して来い」
「何故ですか?」
「知らんのか、貴様。天使族の族長は世界神の配下の神の天使族長は世界に降りた者のみがなれることを」
「では、オディロンと協力し、ジル殿を助けましょう」
「アシルを主とせよ」
「は」
「彼らと彼らに近しい者の性格など詳細を送っておく」
『ジル…本天使族として新たな生を受けた魂。元人間。自信家であるがそう思う根拠もあり。妄想も良くしているがそれを現実に起こすほどの才能を持っている。また何事にも真剣に取り組み、最後までやり遂げる。運も強く、現在は戦いにおいてその強運を発揮している。前世の記憶は必要な分のみ復元している。神への願いは強い動物を飼うことに使い次期天魔総長オディロンを従えている。
アシル…本天使族として新たな生を受けた魂。元人間。使徒として降臨したジルを補佐する。努力家であり努力は必ず身を結ぶと信じている。自分にも他人にも厳しく接しているつもりであるがジルには甘くなりつつある。前世の記憶はジルと同じく必要な分のみ復元している。また本人たちは知らないが前世も今世もジルと双子で生まれている為、言動が似ていることがある。神への願いはジルを補佐する為に強くなることを望みヴォクラー神が自ら鍛えた。
エジット…人間として生を受けた魂。サヌスト王国の第二王子。現在十六歳。使徒として降臨したジルの秘密、その身にヴォクラー神を宿していたことを知っている唯一の人間。ヴォクラー神のお告げにより、サヌスト王国の次期国王となる為、現在は準備を整えている。優しさやたくましさがあると仲間に思われている。
ギュスターヴ四世…人間として生を受けた魂。サヌスト王国の国王。現在四十八歳ヴォクラー神のお告げにより国王の座を王子、それも王太子ではない第二王子に譲ることになるが使徒として降臨したジルを偽物だと決めつけ、悪魔と罵った。権力を手放し、自分の配下を第二王子にとられ、孤独になることを恐れている。また若い頃に王妃フロリーヌを亡くしてからは女遊びばかりしている。』
「これで足りるか?」
「は。一つ疑問があります。今は天使族だとしても元々人間だったジルやアシルがあのように罪悪感なく人間を斬れるでしょうか?」
「その前に一つ。貴様は主を敬称もつけないのか?」
「!申し訳ありません」
「次から気をつけろ。疑問を解決してやる。ジルやアシルがいたイェンスウェータは星々が戦っていた。各星ではできるだけ多くの使える兵を欲していた。多くの使える兵を生むため、子供たちは敵を殺す事に罪悪感を覚えないように教育されていた。それゆえ、同族であろうと敵であれば殺す事に罪悪感を覚えなくなった。これで疑問は解決したであろう」
「はい、感謝します。そういえばイェンスウェータは魔法と化学、両方を究めるように意識を集中させた世界でありましたな?」
「うむ。なまじ力を持つと自らの身を滅ぼすものであることに気が付かなかったようだ」
「その点、神であられるあなたがたは圧倒的な力を持ちますので安心ですな」
「それだけ無駄口を叩けるのであればもう心の準備はできているのであろう?」
「は。気持ちは整いました」
「では」
ヴォクラー神は神殿の外に出て、自らの下に向けて、手をかざした。
「ふんっ!」
普段のヴォクラー神からは考えられぬほど野太い声が出た。それほど力を使う作業であったのだろう。
「さあ、行け」
ヴォクラー神が指差した先には天界からヒルデルスカーンへと続く穴が空いていた。
「ここからですか?」
「うむ。早くしなければ穴が閉じてしまう」
ロドリグは一度吠え、覚悟を決めて穴に入った。
穴に入るとすぐに視界が開けた。そこはヒルデルスカーンのサヌスト王国、ドリュケール城のはるか上空であった。
一度覚悟を決めたロドリグは強かった。鎧が弾け飛び翼が姿を現すとそのまま、勢いを殺さずにドリュケール城の少し南の森へ着陸した。
その衝撃は強く半径三メルタル程、地面が揺れた。ロドリグが降り立った場所はロドリグを中心としたクレーターができていた。
しばらくすると空から正体不明の物体が落下してきたと報告を受けた騎士達が駆けつけた。
「獅子だ!獅子がいるぞ!」
駆けつけた騎士の一人がそう叫んだ。
近くにオディロンとジル様、アシル様の天力を感じる。探してみるか。
騎士には目もくれず、天力を感じる方、ドリュケール城へと歩き出した。
騎士達から矢が飛んできて初めて騎士達の方を見た。
矢を全て避け、騎士達の中心へ行ったロドリグは思いっきり息を吸い力の限り吠えた。
騎士が乗る馬が怯え、暴れだした。それをどうにか抑えようとするが周りの騎士達を巻き込んで落馬した。
ロドリグはそんな彼らを飛び越え、城の方へ走り出した。
新たな主に会う為に。
読んでくれた方は評価していただけると嬉しいです。