第88話
翌朝。日の出前だが、俺はレリアやファビオと別れの挨拶をしていた。
「ファビオ。レリアを頼んだぞ」
「分かってる。アネキはオレが守るよ」
俺はファビオがどうしても一緒に行きたいと言ったので、そう言っておいていく。ファビオも何か俺の役に立ちたいようなのでそう言ったら、城で待機をしてくれるとの事だ。さすがに五歳で戦は早すぎる。
「レリア。何かあれば、ヨドークに言え。俺が必要ならすぐ戻る」
「ありがと。でもジルは自分の事に集中して?」
「ああ。ではな」
「うん。またね」
俺はレリアのその言葉を聞いてすぐに殿下の所へ向かった。あのまま話していたら、行きたくなくなるのは自分でも分かる。
ちなみにラポーニヤ城はヴァトーを初めとしたエルフが守ることとなっている。白兵戦は苦手だが、籠城戦などは得意なようなので任せることにした。もし何かあれば、ヨドークを通じて俺に連絡が来るので大丈夫だ。
俺が殿下の所へ行った時には既に先頭が出立した後であった。二十五万人もいるので列は長くなるので当然か。
ちなみにジェローム卿が第一陣の五万、ジュスト殿が第二陣の五万、エジット殿下が第三陣の十万、アンセルム卿が第四陣の指揮を執る。俺の部隊は本陣の一部隊ということになっているので殿下と一緒にいれば良い。
「ジル卿、本当にアキを連れて行くのか?」
「ああ。アキはおいて行ってもついてくるだろう。ならば、最初から連れていけば良い」
「…そういうものか」
アシルはやはりアキが苦手なようだ。
ちなみにヤマトワ兵以外は魔族を含め、アキがついて行くことに難色を示している。
それは昔の魔族の王が原因だろう。
人間が大陸を支配していた時代。魔族の王はなぜ人間の兵士が強いのか疑問に思った。
そして魔族の王は気づいたのだ。『人間兵は男しかいないではないか』と。当時、魔族は男女関係無く、強い者が戦っていた。だが、魔族の王は全ての魔族の女から力を奪い、男に力を分け与えた。
そのおかげかどうかは分からぬが、やがて魔族が支配者となる時代がやって来た。いや、ジャビラが大陸に来たのがその頃らしいのでジャビラのおかげかもしれぬ。
まあそんな事はどうでも良いが『女に戦場は似合わぬ』と言うのが皆の共通認識であった。そのような歴史があったことも知らぬ者がほとんどだが。
ちなみにこの話はフーレスティエがラポーニヤ山の俺の館(元々は魔王の別荘)の書斎で見つけた本に書いてあった。その書斎にあった本は全て貰ってきた。
「アシル殿、ワタシを女だからという理由で侮るな」
「侮ってはおらん。俺はあんたの為を思って言っている。それにあんたが強い事は俺は知っている。ここを殴られたからな」
アシルは根に持つタイプのようだ。もうとっくに治っているはずだが、痛そうにたんこぶがあった所を撫でている。
ちなみにアキはサヌスト語を習得していた。感情的になると、言葉が出ぬ時もあるらしいが、まあ問題ない。毎夜毎夜、俺がサヌスト語の話し相手になってやったので大丈夫だろう。ヤマトワ兵も俺と話す者のほとんどはサヌスト語を習得したようだ。
「殿下、征きましょう」
「うむ」
アシルに促された殿下が馬に乗り出発したので、俺達も馬に乗り、半馬身後ろをついて行く。
行軍中は特にすることがないので、雑談が許可されている。もちろん、見張りの部隊は気を緩めてはならぬが。
今回、俺達はこのまま世界公路に出てから南下し、王都近くのイルモスタ平原という場所で国王軍を待ち構える。このイルモスタ平原は昔から国運を左右するような戦が行われている場所である。なのでサヌスト王族同士の戦などはここで行われる。
特に場所を指定した訳では無いが王なら分かるだろう、との事だ。
イルモスタ平原までは約二百五十メルタルある。今回は移動に二十日ほどを要するので、決戦は早くとも五月の半ば以降だろう。二百五十メルタルを二十日で進むのもかなりの強行軍だ。イルモスタ平原に到着するのは五月二十七日という計算になるが、ヴォクラー様によるとそれから十日以内でエジット殿下は王になる。
どのような戦になるかは分からぬが、負けはせぬので大丈夫だ。こちらが強いのもあるが、国王軍はあまり強くない。以前も偵察に来たはずが、返り討ちにされているのだ。有能な指揮官がいないのだろう。
「主殿」
「何だ?」
「な、名前で呼んでもいいか?」
「好きにしろ」
「……ジ…ル…?」
「まさか俺の名を覚えていなかったのか?」
「そ、そういう訳ではないっ!」
「そうか。俺の名を確かめたいだけか?」
「だから覚えておるわっ!」
「では、なぜいきなり名で呼んだ?」
「ひ、姫としばらく会えんから寂しさを埋めてやろうと思ってだな…からかうなら止めだ!」
「そうか」
昼食を食べた後、いきなりアキがそう言っていた。昼までは一言も話さなかったが、さすがに暇になったのだろう。俺は異空間のセリムと話したりしていたので暇ではなかった。
「殿下!殿下は何処に?」
薄水色のマントを纏った騎士が殿下を探して叫んでいる。ジェローム卿の部下だろう。
「ここだ!ここにいる!」
殿下の近くにいるアシルがそう叫んだ。
「殿下!ご報告致します!」
「何かあったのか?」
「はい。シルヴェストル卿率いる騎兵六万騎が我が隊を襲撃致しました。その時、『後ろから歩兵が襲いかかる手筈となっている。お前らは終わりだ』と言っておりました」
「何っ?!」
報告を聞いていた者や聞こえていた者の驚きの声が聞こえた。俺も驚いた。
「ご報告!ご報告!殿下は何処に?」
今度は黄色のマントを纏った騎士が来た。アンセルム卿の部下だろう。
「ここにいる!」
「ご報告致します!イアサント卿が率いる歩兵に急襲されております!歩兵の総数は不明です!」
「何っ?!」
このタイミングで前後が襲われたのは、まずいな。敵は十万を超えているだろう。まさか昼食後を狙われたのか?いや、それなら昼食中を狙った方が良いか。だが、一日目に襲われるとはな。
奇襲をすれば、俺の部隊なら六万騎くらい勝てるだろう。
「殿下、我が隊はジェローム卿をお助け致します。殿下はジュスト殿と協力し、アンセルム卿をお助けして頂けませんか?」
「あ、ああ。だが六千騎で勝てるだろうか?」
「私に策がありますのでご安心を。ただ、殿下には総数不明の歩兵隊を任せることになりますがよろしいでしょうか?」
「無論。ジル卿、ジェロームを頼んだぞ」
「お任せ下さい。おぬし、案内してくれ」
「はは」
俺の部隊は報告に来た騎士を連れ、殿下の本陣を離れた。
俺は報告に来た騎士、ケフィから詳細を聞きながら向かった。
まず、シルヴェストルについて。シルヴェストルは方天戟を愛用する将軍だ。自らの死を最も恐れ、軍の後方に位置することが多い。また、自らの近くには比較的強い兵士を置き、万が一を無くしている。
戦況について。ジェローム卿の隊の前に、一万騎が現れた。国王軍であったのでこれを攻撃。その一万騎は反転し、逃げに徹したので、ジェローム卿の隊は追撃し、長く伸びた。その時、両側面から突撃があり、隊を三つに分断され、ケフィが報告に走った。
ジェローム卿は追撃を仕掛ける際、殿下に報告する為に三人の騎士を伝令に走らせたが、道中ケフィが亡骸を発見。その為、報告が遅れた。
ちなみに第一陣、第二陣、第三陣、第四陣の間にはそれぞれ一メルタルほど距離があるので、報告があるまで発見できずにいた。
「ケフィ殿、あれがシルヴェストルか?」
「ええ。恐らくそうでしょう」
「分かった。ケフィ殿はジェローム卿の所へ戻り、俺が援軍として行く事を伝えてくれ。士気が上がるはずだ」
「承知致した」
ケフィはそれだけ言い残して俺たちから離れた。




