第87話
「わああ!」
「何だ?」
アキの叫び声で起きてしまった。窓の外はまだ暗い。
「たい焼き!」
「たい焼き?」
何やら訳の分からぬことを言う。
「たい焼きだ。あの…ほら、姫へのお土産に買ったヤツだ」
「何を言っている?」
「あーほら、あの、ワタシがクラウディウスと買いに行ったヤツ。渡してないだろ?」
クラウディウスとアキが買いに行ったたい焼き…思い出した。
「忘れていたな」
「腐ったらクサイぞ。多分」
「大丈夫だ。たい焼きを入れた異空間は時を止めてある」
「そんなことも出来るのか」
これが時空間魔法と呼ばれる理由である。異空間の時間を止めるも、早めるも、術者の自由なのだ。それをアキに説明してやった。
「俺が死なぬ限り、何十年でも食べれる」
「じゃあ永遠だな。主殿は絶対死なん」
「そうか。俺はもう一度寝よう」
「ダメだ。主殿は寝かさんぞ。ワタシと朝まで話せ」
「…聞いてやる」
俺はなぜか寝不足ではなかったので、話を聞いてやることにした。それに、レリアが俺に抱きついて寝ているので、このままでいたいのだ。
「ワタシがなぜたい焼きの事を思い出したかわかるか?」
「分からぬな」
「夢に出てきたんだ」
「そうか」
「ワタシは小さい頃から夢を見るんだ。それでな、その夢は当たってるんだ」
「そうか」
「それとな、ワタシは他人の夢に入れるんだ。主殿には出来んだろ」
「そうだな」
「それとな、主殿の年齢が分かったぞ」
「そうか。それで何歳だ?」
「二十四だな。もしかしたら多少のズレはあるかもしれん」
「多少のズレか。まあ正確な年齢が分かるまで調べてみよ」
「望むところだ。そうだ、サヌスト語の練習に付き合え」
「ああ」
俺はその後、朝までアキの話を聞いていた。
朝ごはんを食べ終えた俺は殿下にたい焼きを渡した。気に入ってくれたので良かった。
今日は合同演習をする事となっている。いや、これから毎日だ。
今日はジェローム卿の部隊とする事になっている。その前に一応戦力の確認をしなければならぬ。まあ兵士の整列を待つ間にするだけだ。もう知っているが直接話しておいても損は無いだろうとの事だ。
「ジル卿の部隊は何人いる?」
「騎兵が三千、歩兵が千、魔法兵が三千、龍が一柱、竜が二十九匹、補給部隊が三千だ」
ウルファーは戦力として数えておらぬ。まあ、いてもいなくても同じだろう。
「話には聞いていたが魔法兵とは何だ?それと龍と竜も気になる」
「魔法を使う者をそう呼んでいる。魔法兵のうち、五百が騎兵だ。それと龍は蛇の化け物で、竜はトカゲの化け物と思って大丈夫だ」
「あー、魔法って強いのか?」
「強い。魔法を使って良いなら、国王軍を俺一人で撃退できる」
「そんなにか?!」
「まあ俺が強いだけだ。だがヤマトワの魔法兵でも一人で三十人くらいは相手取れるだろう。もちろん相手が魔法を使わぬ事前提だが」
「そ、そうなのか。で、龍と竜の方は?」
「龍は俺より少し弱いくらい、竜は…強いのから弱いのまでいる」
「強いのだと?」
「ヤマトワ人に聞いた話によると、魔法兵が一万人いてようやく倒せるとのことだ。それでも魔法兵の被害は大きいらしい」
これは史実だそうだ。ムサシに聞いた。『マロの右腕ならば、一万人を相手取ったのに。最近は危険が減ったせいで弱い』と愚痴を聞かされたのだ。
「弱い方だと?」
「産まれたての個体なら大人三人がかりで倒せるとのことだ」
「それでも三人か。ジル卿の隊だけでも勝てるな。いや、それでも過剰戦力だ」
「俺は戦の後の事も考えて多めに集めた。大陸を統一せねばならぬ」
「俺とジル卿では見ているものが違うな」
「そうか。で、ジェローム卿の方は?」
「俺は騎兵、歩兵がそれぞれ二万五千ずつだ。補給部隊は殿下が用意すると仰ったから連れてきてない。サミュエルとマニュエルには城の守りを任せてきた。あの二人なら大丈夫だろう」
「エレ坊がいなかったのはそのせいか」
「…まあそうだな」
ジェローム卿と話しているとエヴラールがやって来た。
「ジル様、ジェローム様。整列が完了しました」
「そうか」
「行くか」
俺とジェローム卿は側近のみを連れて城壁上から城外に並んだ兵士の確認をする。俺はアシルとエヴラール、アキを連れている。ジェローム卿も会議で一緒に座っていた者を連れている。
ちなみに兵士達が並んでいるのは幕舎がない北側だ。
「「敬礼!」」
下でドニスともう一人が叫ぶと皆が敬礼をした。剣を持つ者は剣を胸の前に、剣を持たぬ者は拳を胸の前にしている。これがサヌスト軍の敬礼だそうだ。
「ジル卿、蛇とトカゲの化け物がいないようだが」
「喚んだ方が良いか?大きいから初見では怯えるかもしれぬが」
「あーまた後で喚んでもらおう」
「そうか」
龍や竜は演習に参加せぬことになった。
ちなみに今回の演習では、それぞれの訓練のやり方を紹介し合うそうだ。まあ俺は訓練の指示などしておらぬから、どんなものか楽しみだ。
「これより合同演習を始める」
「始めよ」
俺とジェローム卿はそれしか言わぬ。事前に指示は出してある。俺達がするのは、演習を見て回るだけだ。
「まずは騎兵の訓練を見に行こうか」
「え?兵種ごとに分けているのか?」
聞いておらぬな。指示を出したのはアシルとドニスだ。この二人なら大丈夫だろうと思っていたが。
「知らんのか?」
「ああ。部下に任せていた」
「まあ見れば分かるだろう」
「そうか」
俺達はアシルの案内で回ることにした。
「ジェローム卿、兄上。まずは…」
「アシル殿、公私混同をするな」
俺達に説明をしようとしたアシルをアキが睨んでいる。アキは公私混同をせぬように言ってあるから、公私混同には厳しいのだろう。いや、アシルに文句を言いたいだけかもしれぬ。
「申し訳ない。ジェローム卿、ジル卿。まずは騎兵を見に行きましょう。ジャン殿と話し合って三つに分けました」
ちなみにジャン殿と言うのはジェローム卿の副官だ。なんだかんだ言ってジェローム卿も部下に任せていたのだ。
俺はその後、ジェローム卿達と演習を見て回ったが、俺の部隊の方が圧倒的に強かった。それもそうだろう。普段の訓練相手は魔族だ。生温い覚悟では訓練でも死ぬ。
騎士団は騎士団同士で訓練をしていた。だが俺の部下の方が圧倒的に強かった。俺の騎士団の馬は全て一角獣なのだ。ただ突撃するだけで、槍騎兵が穂先を揃えて突撃するのと同じだ。それに加え、騎士も強い。
魔法兵とエルフ隊はジェローム卿の弓箭兵と訓練をしていた。弓箭兵が用意した的を地面ごと破壊していた。それもそうだ。魔法の威力は矢の威力とは比べものにならぬ。逆に魔法兵やエルフが用意した的には傷一つ付いていなかった。
歩兵は歩兵同士で訓練をしていた。こちらは五百と少なかったが、二万人を相手取った模擬戦で圧勝していた。
犬人や猫人の隊は訓練はせず、食事を作っていたが、こちらは好評であった。
翌日とその翌日もジュスト殿やアンセルム卿の部隊と合同演習をしたが、ほとんど同じ結果であった。まあ簡単にまとめると、俺の部下が強すぎた。
その事を殿下に報告すると会議が開かれた。
その結果、俺の部下は最終手段として後方待機する事になった。
そしてそれぞれの隊から千人ずつ希望者を募り、ヤマトワ兵が魔法を教えるやることにした。
ヤマトワ兵以外の俺の部下は三隊に分かれて、ジュスト殿やジェローム卿、アンセルム卿の隊に教官として派遣した。
特に問題もなく、五月六日、出陣前日となった。
「今日は好きなだけ食べ、好きなだけ飲み、好きなだけ騒げ」
と、殿下が仰ったので朝から宴だ。城内、城外問わず至る所で皆が騒いでいる。まあ明日戦うという訳では無いので良いだろう。皆も大軍を前にして緊張しているだろうから、殿下のご判断を将軍達は賞賛していた。




