第83話
「ジル、ただいま。あれ?また寝たの?」
レリアの声がしたので俺は目を開けた。
「レリア、おかえり」
「ただいま。イチゴ買ってきたよ」
「ありがとう」
俺が起き上がるとレリアにイチゴを渡されたので食べた。美味いな。サヌストでも一度食べたことがあるが、これほど美味しいわけではなかった。
「このイチゴはサヌストのと違って育ててるんだって」
「なるほど」
サヌストのイチゴは基本的に野生のものだ。と言うよりも基本的に果物は野生のものである。
「ワタシも一つもらおう」
アキがそう言うとレリアがアキにイチゴを渡した。それを見て俺は大事なことを思い出した。
「レリア、これを受け取ってくれ」
「なに、これ?」
俺は買ってあったネックレスをレリアに見せた。
「サプライズだ」
「いいの?」
「ああ」
レリアが首を差し出してきたのでネックレスをつけてやった。レリアはなんでも似合うな。
「どう?」
「似合っている。我ながら完璧だ」
「ありがとう」
俺はレリアが喜んでくれたので大満足だ。
「アキ、キイチロウ殿が呼んでいる」
襖の向こうでアシルの声がした。するとアキはすぐに立ち上がって出て行った。
「兄上、目覚めたか」
アキと入れ替わりでアシルが入って来た。
「ああ。酒には酔わぬと思っていたが酔ったようだ」
「あれだけ飲めば酔うだろう」
「そんなに飲んだのか…」
「ああ。湖ほど飲んでいた」
「そんなに飲んだの?」
「盛りすぎだろう?」
「少し盛ったが盛りすぎではない」
俺はレリアに買ってきてもらったイチゴを食べながら、アシルと三人で何気ない会話をした。
「ところで、兄上。アキがジル殿のサムライとなったらしいな」
「ああ。覚えておらぬがそうらしい」
「リンタロウ殿に聞いたがサムライとは簡単になれるものでは無い。と言うよりも部下が勝手に名乗るようなものでは無い」
「え、でも『ワタシはサムライになる。譲れん』って言ってたよ」
「そうなのか?だがサムライとは主が認める事で初めて成立するらしいぞ。なんでも、より多くの権限を持つ代わりに失敗は許されんそうだ。もし失敗したら腹を切って死ぬらしい」
「自害するのか?」
「ああ。すぐには死なないから近くにいる部下に首を切らせるらしい」
「すごい覚悟だな」
「だね。でも強いんでしょ?」
「『サムライは強さだけでは足らない。冷静さや判断力、指揮能力も求められる』とリンタロウ殿は言っていた」
俺は知らぬ間にアキをそんな存在にしてしまったらしい。いや、アキがサムライになると言って聞かなかったそうだが、認めてしまったのは俺らしいので、俺の護衛だけさせていよう。
ちなみにアシルが俺の事を『兄上』と呼ぶようになったのは、理由があるらしい。俺が酔っ払って『アシル、俺の事は兄上と呼べ!わははは!』と言い、それを真に受けて俺を『兄上』と呼んだそうだ。それを俺がからかい、ほぼシラフだったアシルが根に持ち、『兄上』と呼ぶことを心に決めたらしい。
アシルもアシルだが、酔っ払った俺は馬鹿だな。
その後、戻ってきたアキに連れられて宴会場へ行った。宴は無く、普通の夕食だった。
夕食後、俺とレリアは桜と言う木の下にいた。夜桜と言って団子を食べながら桜を見る文化があるらしい。
「レリア、ファビオがいないがどこに行ったのだ?」
「覚えてないの?」
「何かあったのか?」
「アキさんの妹達と仲良くなったから、アキの家に泊まるんだって」
「アキに妹がいたのか」
「弟もいるよ。妹と弟だって。でもファビオはユキちゃんと仲良くなってた」
「弟とは仲良くはならなかったのか?」
「ファビオがユキちゃんに一目惚れしちゃって、カイくんはそれが気に入らないみたい。それで二人の邪魔をカイくんがしたからファビオもカイくんのことが気に入らないんだって」
ファビオがユキの事を好きで、カイはそれを気に入らない。それでファビオはカイが気に入らない。複雑だな。それになんというか、ファビオも恋をするんだな。発情期的なものが来るまでそういうのは無いと思っていた。
「思っていたよりも複雑だな」
「そう?でも双子の妹がいきなり現れた子に取られちゃうんだよ?なんか物語みたいだね」
「ん?双子なのか?」
「うん。六年前に生まれたんだって」
俺が思っていたよりも幼かった。ファビオと同年代か。
「あ、主殿。姫と一緒だったのか」
アキがそう言って近づいてきた。そしてレリアの反対側に座った。
「何の話をしていたのだ?」
「弟妹の恋話だ」
サヌスト語で話していたがヤマトワ語で答えてやった。早くサヌスト語を覚えてもらわねば。
グレン、暇か?
───いつでも動けます───
そうか。なら手の空いている者で協力してヤマトワ語からサヌスト語に訳す本を作ってくれ。
───承知しました。いくつかに種類分けをして作成します───
種類分け?
───日常会話用や軍事用、政治用など用途ごとに分けておけば扱いやすいかと───
なるほど。では頼んだ。
───御意───
俺は念話でグレンに頼んでおいた。キアラは遊び歩いているだろうから、キアラの配下を纏めるグレンに頼んでおいたのだ。セリムやヨルクに言っても良かったが、変な気を遣わせぬようにした。俺なりの気遣いである。
「主殿、聞いているのか?」
「何だ?」
グレンとの会話に集中しすぎてレリアとアキの会話を聞いていなかった。
「ファビオが根性あるって話だ」
「そうか?」
「そうだよ。いきなり好きな女の子の家に泊まるなんてすごいよ」
「今日など爺様に挨拶をしてたぞ。『若輩者ですが、どうぞよろくお願いします』と言っていた。あー、もう一度見たい。腹がねじ切れるくらい面白かったぞ」
「やめてあげてよ。レンカさんと真剣に考えてたんだから」
「あの二人は仲が良いのか?」
「知らないの?レンカさん、子供が好きなんだよ。それにファビオもレンカさんに懐いてたよ」
「意外だな」
その後、しばらく話し、三人で寝た。アキが『ファビオにはワタシの布団を貸しているのだ。ワタシはここで寝る権利がある』と言って聞かなかったのでレリアを真ん中にして寝たのだ。昨夜もそうしたらしい。
ヤマトワに入国してから十日後、四月二十五日。俺達はサヌストに戻る準備をしていた。時間が無いので魔法で戻るのだ。
セリムとアシルが巨大な転移魔法陣を描いていた。一万五千人強が乗る魔法陣だ。騎馬隊の訓練場を借りている。
「ジル殿、いつ来てくださっても構わない」
「ああ。国王を倒したら国交でもしようではないか」
「それではこちらは兄上を説得せねばなりませんな」
「そうだな」
俺達はそれぞれ別れの挨拶をしていた。アキとその弟妹はついてくるがタカミツやアキの母はヤマトワに残る。それに魔法兵の家族も、ついてくる者とそうでない者がいる。今生の別れとはならぬはずだが、寂しいことにはかわらぬ。
ちなみにミミル達は六月頃までヤマトワにいるらしいので置いていく。
「兄上、準備ができた。後は魔力を注ぐだけだ」
アシルからそう報告があった。魔法が使える者が魔法陣に魔力を注いで転移する。三千人強の魔力で一万五千人強が転移する。竜の魔力は別の事に使う為、今は使わせぬ。
「リンタロウ殿、タカミツ殿。もう行かせてもらう」
「武運長久を心より祈っております」
「負けはせんじゃろうが、油断せんようにの。それとアキとユキとカイを頼んだぞい」
「ああ。必ず勝つ。ではな」
俺はそう言ってアシルに目配らせをした。アシルがキイチロウとリョウに合図をすると、更に全体に合図をした。俺が最も多く魔力を注ぐことで魔法陣の軸となる魔力となり、行ったことがない場所でも転移できる。
一瞬後、俺達はラポーニヤ城近くに転移していた。城の近くには幕舎が並んでいる。おそらく城内に入り切らず、危険を承知で城外にいるのだろう。
人数の確認などを行っている間に俺はセリムと共にブロンダンに転移した。
俺はウルファーが泊まっている宿を訪ねた。
「デシャン様」
「おぬし、エドメと言うらしいな」
「もしや名乗り忘れておりましたか?」
「ああ。アメリーから聞いた」
「申し訳ございません」
「まあいい。行くぞ。全員を呼べ」
俺がそう言うと皆が出てきた。俺は全員いるか確かめさせている間に、荷物を異空間にしまった。
「デシャン様、どこに行くのですか?」
「ラポーニヤ城だ」
「聞いたことがありませんな」
「それはそうだろう。この前建てたばかりだ」
「そうでしたか」
俺はムサシを喚び出した。
そしてセリムが描いていた魔法陣に全員が乗ったことを確認すると、ムサシに魔力を注がせた。ムサシは一度、転移先に行ったことがあるので俺は魔力を注がない。
一瞬後、先程の場所に戻った。
「兄上、全員いた。エヴラールが門を開けるように言いに行ったから少し待とう」
アシルからの報告を受け、俺は少し待つことにした。




