第80話
俺は意識を取り戻したが、意識を失っている振りをしていた。
しばらく経ったが近くに誰もいないようだ。布団に寝かされ、放置されているような気がして、目を開けた。小屋の中であった。
俺の隣でタカミツが気持ちよさそうに眠っている。
俺は自分に回復魔法をかけてから、立ち上がって小屋を出た。
「おい!三番が押されている!援軍をよこせ!」
「こっちも手一杯だ!」
「ここは我が受け持とう!ジル様を守るのが我の使命だ。侵入者を撃退するのはお前らの使命。こちらは任せろ」
「かたじけない」
戦闘中だ。雷を操る竜と火を吹く竜が争っており、ちょうどクラウディウスが参戦したところだ。
「主殿っ?!」
屋根の上からアキの声がした。
「アキ、状況を説明してくれ」
「火炎龍の配下が攻めてきた。今回は若者の暴走ではなく、重鎮も交ざっている。明らかな侵略行為だ。これを撃退したら火炎龍の所へ攻め入るから主殿はワタシ達が戻るまで休め」
「なるほど。あれはアキの敵か?」
「そうだ」
「ならば俺も出よう」
「待て。自分の体を見てからもう一度考えろ」
アキがそう言ったので自分の体を見ると上半身の服を脱がされ、包帯が巻かれていた。レリアと合流するまで直せぬな。
「服を着なればならぬが…どうしたものか」
「気にするなら早く着直せ」
「無理だ。俺はこの服の仕組みが分からぬ」
「何っ?!」
アキはそう言って屋根から飛び降りた。
「ワタシが着せてやろう」
「いや、俺はレリアに着せてもらいたい」
「そんな事を言っている状況か?クラウディウスが殺られればワタシ達は丸焦げだ」
「仕方ない。貸し一つだ」
「ワタシの故郷を守る戦いだ。貸し借りは無しだ」
「何を言っている?おぬしが俺にこの貸しを返すのだ」
「何?」
「俺からレリアに甘える機会を奪ったのだ。貸しだろう」
「そんなバカなこと言っている場合かっ!貸しが出来るくらいなら主殿は上裸で戦え!」
アキはそう言ってクラウディウスの方へ走り出した。俺は仕方なく上裸で戦うことにした。まあ包帯があるので遠目から見たら上裸ではないだらう。
俺も剣を抜いて火を吹く竜に斬り掛かる。
「クラウディウス、助太刀するぞ」
「ジル様!怪我はもう大丈夫なのか?」
「もう治った」
「さすがジル様!」
クラウディウスはそう言いながら火を吹く竜を両断していた。
「クラウディウス、回復魔法は得意か?」
「部位欠損くらいならギリギリ治せる」
「ならばタカミツ殿を起こしてきてくれ。その方が早いだろう」
「もう治した。起こしてこよう」
クラウディウスはそう言って小屋に向けて走り出した。俺はクラウディウスを追おうとした竜の首を刎ねた。
「アキ、まさかあれから日が変わってないだろうな?」
「変わってないぞ。主殿が眠ってからすぐ襲撃があった」
「そうか」
俺は天眼を使い、近くにアキ以外の味方がいないことを確認し、地面を脆くして爆発させた。タカミツに使った魔法と同じ魔法だ。俺も先程のことを学び、俺とアキを包み込むくらいの球の結界を張った。
「これはさっきの…」
「ああ。同じ失敗はせぬぞ」
俺は結界を解除し、地面を固めた。
「むごい」
「敵に気を遣ってどうする?」
「?」
「敵には同情せぬ。俺と敵対した者は降伏か死以外に選択肢はない」
「主殿は悪魔か」
「俺は悪魔ではない。悪魔はクラウディウスだ。あとキアラも悪魔だ」
「違う!」
俺はまだ悪魔の血を飲んでいないので悪魔ではない。なのに何が違うのだろうか。
「ジル様、連れてきた」
「タカミツ殿、怪我は?」
「もう治ったぞ。それより敵はどこじゃ?ワシの耳が壊れていなければ敵が来たと…」
「この下だ。掘ってみるか?」
俺が地面を指さすとクラウディウスが青ざめた。
「生き埋めか。むごいことをするのう」
「そうか?」
「そうじゃ。一部を除いた竜にとって生き埋めが一番辛い」
「それは申し訳ないことをしたな。今から掘るか?」
「よいよい。ワシの家に土足で入り込んだ無礼者など生き埋めがお似合いじゃ」
「ところでクラウディウス、さっき言っていたのはいいのか?三番が押されているとか何とか」
「あの数を三匹で抑える実力があるのだ。大丈夫だろう」
ちなみにあの数とは五十三だ。五十三匹の竜を三匹で抑えていたのだ。まあこちらの竜は代表を含めた実力者揃いだったのに対し、向こうは若者と呼ばれるザコばかりだった。
ちなみに若者と言うのは竜の階級のようなものだ。下から赤子、若者、中堅、重鎮だ。基本的に竜は歳を重ねるごとに強くなるのでほとんど年齢順だが、稀に成長せぬ個体や成長が早すぎる個体もいるので完全に年齢順という訳では無い。
重鎮クラスは一部の選ばれた竜のみでほとんどの竜は中堅クラスでその生涯を終える。
赤子クラスの竜は戦力として数えず、若者以上を戦力として数える。まあそれでも若者は弱い。
「タカミツ様、もう体調はよろしいので?」
戻ってきた代表がタカミツにそう尋ねた。
「全力は出せんが竜相手に遅れは取らんだろう。火炎龍が来てもジル殿と協力すれば、負けることはあるまい」
「俺は魔法は使わぬぞ」
「前衛を務めてくれればよい。我が配下に斉射させれば、それなりに痛手を与えられるからの」
俺は魔力が残り少ない。何かあった時の為に残しておかねばならぬ。なので魔法は最低限しか使わぬ。
「シン。この辺りに火炎龍の配下がいなければ、中堅以上の全員をここに集めろ」
「はは。発見した場合、殺しても?」
「構わん」
シンと呼ばれた代表が飛び立って行った。
「ジル殿、巻き込んでしまって申し訳ないの。詫びとしてはなんだが火炎龍を従魔にしてはどうかの?」
「できるのか?」
「ジル殿なら片手間じゃろう」
「俺とほぼ同等の力を持つおぬしは、従魔に出来ぬのか?」
「同族は従魔にできんぞい」
同族を従魔に出来ぬとは、初耳だな。確かオディロンも魔天使族だったはずだが…今度セリムに聞いてみよう。
───我はもうジル様の従魔ではない───
異空間に入っているのにか?
───従魔でなくとも異空間に入れる。尤も人間程度の魔力ではそれほどの大きさの異空間を創れないがな───
なるほど。
ちょうどオディロンから念話が届いて教えて貰った。一度、従魔とそうでない者を確認しておかねば。
そんな事を考えている間にタカミツの配下がどんどん集まってきた。全力を出せば、圧勝できるだろうが、今は怪しいな。十回に一回は負けるかもしれぬ。
「侵入者はいませんでした」
シンがタカミツにそう報告した。
「うむ。これより火炎龍へ総攻撃を仕掛ける。火炎龍は殺さず、ジル殿に引き渡すように」
タカミツがそう言うと配下の竜が咆哮した。
「ジル殿とクラウディウス殿には一応の案内としてアキを付ける。あとはアキに従ってくれ」
タカミツは龍の姿になり、俺にそう言った。それにしても龍の姿で喋れるのであれば、なぜあの時そうしなかったのだろうか。
「主殿、アシルとやらには連絡しておいたから安心しろ」
「何と言った?」
「戦に参加するから今日は帰れない、明日か明後日になるだろう。と」
「なるほど。まあ良い」
俺との会話が終わるとアキは、一匹の竜のもとへ向かった。集まった竜の中では魔力が少ない。
「この竜に乗っていくぞ。シンの子だ」
「わかった。ゴンとやらには乗らぬのか?」
「ゴンは火炎龍からの人質のようなものだ。シュンもそうだったがシンが連絡したそうで逃げ出してきた」
アキはそう言って竜の背を軽く叩いた。シュンと言う名なのだろう。
「逃げ出せるのであれば、人質の意味が無いだろうに」
「昔からの風習だ。変えるわけにはいかんのだ」
「なるほど」
俺はそう言ってシュンの頭を撫でてやった。
「火炎龍の配下を殺し尽くし、火炎龍めに思い知らせてやるぞ!」
タカミツはそう叫んで飛び立って行った。配下もそれに続いた。
「わわわわわわっ!主殿、早く乗れ!」
アキに言われるまま、シュンに乗った。シュンは三人で乗っても余裕がある。
「行くぞ!」
アキがそう言うとシュンも飛んだ。
「クラウディウス、念の為に武装をしておけ」
「ジル様もしておいた方がいい」
俺とクラウディウスはそう言い合い、鎧を纏った。久しぶりの鎧だ。アキは朝からずっと着ている。
「そう言えば、火炎龍って何だ?」
「八柱の龍のうちの一柱だ。爺様とは昔から仲が悪い。爺様が雷魔法が得意なのに対して、火炎龍は火魔法が得意だ」
「なるほど」
「わはははは!水をぶっかけてやれば終わりではないか!」
クラウディウスが俺の後ろでそう言った。
「それはダメだ」
「なぜだ?」
「山火事にバケツ一杯の水をかけたところで火は消えまい、と爺様が言っていた」
「なるほど」
「見えてきたぞ」
アキが指さしたのは火山だ。それも溶岩が火口から溢れている火山だ。火山か。暑いだろうな。俺は暑いのは苦手なんだがどうしたものか。




