第77話
「なぜ急ぐ?」
「気まずいだろ」
「そうか。ところでおぬし、女か?」
店主やおばさんに『アキちゃん』と呼ばれていたので聞いてみた。
「そうだ。何か問題か?」
やはり女か。鎧を纏っていたので体型が分からぬ上、口調は盗賊よりも荒々しいのですぐには分からなかった。
「ああ、大問題だ。ちょっと来い」
俺はアキの手を引いて走る。レリアに浮気をしていると誤解されては嫌なので、クラウディウスを喚んで二人きりを終わらせようと思ったのだ。そして街中でクラウディウスを喚ぶと驚かれると思ったので街の外へ出る為、走る。
「この街からはどうやって出るのだ?」
走り回ったが、どこが出口か分からぬ。
「何のために出るのだ?ワタシと二人でいいだろ?」
「ダメだ」
「なっ?!わ、ワタシは女らしくないことは承知だが、そんなこと言わなくていいだろっ!」
「女だからダメなのだ。俺はもう恋人がいる」
「なっ?!」
「分かったか?大問題なのだ」
「わ、ワタシよりも強いのか?」
「知らぬ。だが俺の目の前でレリアを襲えば、誰であろうと半殺しの上で呪う」
俺は以前、読みかけていた呪いの本を暇な時に読んでいたのだ。あれは気持ち的なものだけなく、魔法的なものも含まれていた。なので今の俺は相手を呪い殺すことも出来る。
「わ、分かった。だが主殿の心はワタシが射止めるぞ!」
「無理だ。俺の心は既にレリアによって射止められている」
俺はアキにそう言ってやった。どこでそんな気持ちを抱いたのかは知らぬが、なんとか諦めさせよう。
「あ、いた!」
俺がクラウディウスを喚ぼうとした時、後ろからレリアの声が聞こえた。振り向くとキアラと護衛を連れていた。
「ジル」
レリアは駆け寄ってきて真剣な面持ちで俺を呼んだ。
「浮気?」
「違う!この女は俺を騙していたのだ!」
「ほんとに?」
「ほんとだ!」
「じゃあ誰?」
「この女は…部下だ。キイチロウの隊で一番強いらしい」
「…ほんとに?」
変な間があったせいかレリアは疑っている。
「なんならアシルやリンタロウ殿に確かめてもらっても良いぞ」
「そんなことしなくていいよ。ジルが違うって言うならあたしは信じる」
「良かった…。では改めて。こちらはさっき言っていたレリアだ。この女はアキだ」
俺は改めてお互いを紹介した。なぜかレリアではなく、キアラがアキと握手をしていた。警戒しているのだろう。握手をしたら、アキはキアラの強さを理解したらしくアキも警戒した。
「妾が魔法を仕掛けたから大丈夫よ。ジル様がアキに好意を抱いたら分かるわ」
「ありがと」
「ならば安心だ。俺はレリア以外には恋心を抱かぬ」
「そう信じてるね」
「ああ」
その後、レリア達と分かれ、念の為にクラウディウスを喚んだ。
「わはは!ジル様、我がこの目で見て証明してやろう!」
「ああ。頼んだ」
俺はお互いに自己紹介をさせた。握手をした際、アキがクラウディウスの強さも理解したらしく、驚いていた。
「では案内してもらおう」
「任せろっ!」
アキはそう言って歩き出した。俺とクラウディウスは並んでついていく。
「まず、ここだ。ここはワタシの行きつけだ」
アキはしばらく進んだ所で止まり、そう言った。
「ちょっと待ってろ」
アキはそう言って店の中に入って行った。
「クラウディウス、ここは何の店だ?」
「魚屋ではないか?」
「なるほど」
クラウディウスが指さしたのはこの店の看板だ。魚の形をしている。
「待たせたな」
店から出てきたアキは大きな紙袋を抱えていた。こういう風景を見ると、やはり紙が安いのだろうと思う。
「たい焼きだ。ワタシはカスタードをもらう」
アキは紙袋に手を入れ、魚を取り出した。
「なんだ、それは?」
「たい焼きだ。知らんのか?」
「知らぬ。魚にしては美味しくなさそうだ」
「魚ではないぞ。これは中に色々入ってるお菓子だ。初心者はあずきから食べてみろ」
アキはそう言って俺とクラウディウスに一つずつたい焼きを渡した。
「ジル様、我が先に食べよう」
クラウディウスはそう言って魚の頭に噛み付いた。
「美味い!」
「そうか」
そう言って俺も食べてみた。
「美味いな」
中から黒い具が出てきたがそれが美味い。
「こんな所で食べるな。こっちに行くぞ」
俺達はアキに連れられて、広場に出た。近くには移動式の店が止まっていた。
「そこに座って食べていろ。ワタシはお茶を買ってくる」
「ああ」
「ワタシの分は食べるな」
アキはそう言い残して店の方へ行った。俺達は赤い椅子に並んで座り、たい焼きを食べる。
「美味かったな」
「ジル様、他にもあるぞ」
食べ終わったクラウディウスは紙袋を覗いていた。
「全部同じか?」
「分からん。だがまだ十匹いる」
クラウディウスはそう言ってたい焼きを俺に渡した。俺はそれを食べる。
「なんだ、これは?」
中から緑色の具が出てきた。
「ジル様、ダメだ!食べるな、吐け」
俺が食べているのを見てクラウディウスが俺の背中を叩く。緑色だからだろう。
「クラウディウスも食べてみよ。美味いぞ」
俺は食べかけのたい焼きをクラウディウスに渡して食べさせる。
「…美味い」
「わっ」
帰ってきたアキが躓いてお盆が宙に投げ出された。
「危ないぞ」
俺はそう言って右手でアキを支え、左手でお盆をキャッチする。お盆にのっているコップの中の緑色の液体もこぼれておらぬ。
「あ、ありがと」
「ああ。ところでこれはお茶か?」
「そ、そうだ。抹茶だ」
俺は一つ取ってお盆をアキに渡して、座ってから飲んだ。
「美味いな。だがなぜこんな色なのだ?」
「主殿は空が青い理由を答えられるのか?」
「無理だ」
「ワタシも無理だ。色に関してはワタシも分からん」
「そうか」
「そんなことより、次のたい焼きを食べろ」
アキはそう言って俺の隣に座り、クラウディウスから紙袋を受け取り、中を覗いた。
「一つ減っている…」
「ああ。食べたからな。ところであれは何だ?」
「…抹茶だ。ワタシがカスタードの次に食べようと思っていたのに…」
アキはそう言って俺達を睨んだ。そう言わぬ方が悪いだろうに。
「俺達の次のたい焼きは?」
「これだ」
俺達はその後もアキに渡されたたい焼きを食べ続けた。一つの食べ物にこんなに種類があるとは思わなかった。
「主殿、次はどこに行きたい?」
「アキが案内するのではないのか?」
「もうワタシのとっておきは終わった。次は主殿の番だ。どこに行きたい?」
特に行きたい場所などはないが、アシルが女との出会いを求めてヤマトワについてきたことを思い出した。
「女と出会える場所は?」
「なにっ?!」
「俺ではないぞ。アシルだ」
「いい店を紹介しろと言っていた男か。ワタシよりも強いのか?」
「知らぬ。だがアシルの弓は俺よりも正確だ。それに剣の腕もそこらの剣士では歯が立たぬほどには強いぞ」
「ワタシは魔法の事を聞いたのだ」
「先程のがおぬしの全力であれば、アシルよりも弱い」
「そ、そうなのか。だがあれは全力ではないっ!」
「アシルの為に頼む」
「ダメだ。ワタシよりも強い者の為にしかワタシは動かんぞ」
「そうか。ならば、おぬしの家にでも行こう」
「なにっ?!」
アキは驚いたのか目を見開いた。
「嫌ならば良いぞ」
「あ、主殿がどうしてもと言うならば…」
アキは小声でそう言った。
「どもしても、とは言わぬ」
「え?」
「そうだな…装飾品でも見に行くか。案内してくれ」
俺は立ち上がってそう言った。
「わ、ワタシの家は?」
「装飾品を見に行きたい」
「分かった。ワタシに任せておけ」
アキはそう言うとお盆にコップとクシャクシャに潰した紙袋を乗せて店へ返した。
「行くぞっ!」
俺は走り出したアキについて行き、装飾品を売っているであろう店に着いた。
「ここか。先程の紙をくれ」
「紙とはなんだ?」
「金だ」
「ワタシが払うぞ」
「おぬしにはお使いを頼む。クラウディウスとカスタードのたい焼きを買ってきてくれ」
「分かった。そういうことなら」
俺はアキからヤマトワのお金を受け取り、店に入った。ちなみに数えたところ、三十枚あった。




