第73話
「ここからはゆっくり進め」
俺はヤマトワまで声が聞こえそうなくらいの距離になった所でヨルクにそう言った。
「俺の名はジルと言う。どうか上陸させてくれぬか?」
タケルの記憶にあった日本語で話しかけてみた。
「ソレハデキン。タダチニクニヘカエレ!サモナクバシズメルゾ」
日本語しか知らぬ俺からしてみれば、カタコトのように聞こえるがおそらくこちらではこの発音なのだろう。
「ウテー!」
俺達が離れぬのを見て百発ほど魔法を撃ってきた。
「クラウディウス、ヨルク!」
俺がそう言うとクラウディウスとヨルクが全て相殺した。
「力ずくで上陸させてもらう」
俺はヤマトワ側に対し、そう言い、ヨルクに少しずつ進むように言った。
「トマレ!トマレ!」
「クラウディウス、おぬしは防御に専念しろ。俺が適当に攻撃する」
「分かった。やりすぎないようにな」
「分かっている」
俺は人に当たらぬように弱めの火魔法を千発撃った。
「イッタンコウゲキヤメ!ジョウリクサセテムカエウツゾ!」
指揮官らしき男の指示で攻撃が止んだので俺も攻撃を止める。
しばらく進み、浅瀬に着いたのでボートから降りる。
「イケェ!フネヲヤキハラエ!」
「クラウディウス、ヨルク、ボートは仕方ない。近づく者を斬るぞ」
「「御意」」
俺達はボートを諦め、三人で突撃した。それぞれの剣でそれぞれの敵を斬ること五人ほど。
「マタレヨ。トノヲヨンデクルユエシバシマタレヨ」
「分かった。そちらが手を出さなければ、こちらも出さぬ」
「アリガタイ」
指揮官らしき男はそう言い残して去って行った。しかしトノとは誰であろうか。タケルの記憶にはそんなものはない。タケルが知らぬ何かか、ヤマトワ独自の何かだろう。
ふとボートの方を見ると完全に燃え尽きていた。
「おい、そこの者」
「ナ、ナンダ?」
俺は俺の近くで俺達を警戒していた男に話しかけた。
「トノとはなんだ?」
「コノチヲオサメルオカタダ。シツレイノナイヨウニシロヨ」
「それはこちらのセリフだ。俺がその気になればヤマトワなどすぐに滅ぼせる」
「ソ、ソウカ」
俺はこの男から色々聞き出した。
ヤマトワでは政治を行うのは帝ではなく、その時代に最も勢いのある勢力の長を将軍に任命し、その将軍が政治を行っているのだ。
こうすることで政治に不満があり反乱が起こった際、帝の一族が狙われなくてすむのだ。あくまでも帝は将軍の任命をするだけというわけだ。
その将軍に仕える武将の中から有能な者を選び、地方の統治を任せているのが先程の殿と言うらしい。この殿ならタケルの記憶にもある。地方の領主の愛称らしい。
それとしばらくこの男と話しているとカタコトの日本語(ヤマトワ語)にも慣れてきた。
「お待たせした。何せ百年ぶりの異国人なのでな」
そう言って現れたのはサヌストとは違う武装をした初老の男だ。
「初めまして。俺の名はジル。あなたは?」
俺はヤマトワ語で話しかけた。
「私はアベ・リンタロウ。この地を治める殿だ。異国のお方は名前が短いようだ」
「ジル・デシャン・クロードだ。早速だが仲間の上陸の許可を貰いたい」
「そうだな…ジル殿とお呼びしても?」
「ああ」
「あなた方は何をしに我が国へ?」
「商売だ。ものを売りに来た」
「もの、とは何でしょう?」
「俺の商隊の方では果物と武器を。もうひとつの商隊は分からぬ」
「武器、ですか…」
「何か問題でも?」
「いや、言い値で買わせてもらう」
「上陸をしてよろしいのか?」
「ええ。どうぞ」
なんとか上陸の許可を貰えたのでアシルに念話で伝える。
「ジル殿。大陸の方では魔法は普及しているのだろうか?」
「いや、全く。これからと言うところだ。いや、今の国王を倒した後で、だ」
「色々と聞きたいことがあるのですがお聞きしても?」
「ああ。なんなりと」
「まず大陸で魔法が普及していないとのことだがあなたはその魔法の腕をどこで鍛えたのです?」
やはり報告がいっているか。正直に答えても問題あるまい。
「俺は大陸の生まれではなくてな」
「と言うと?」
「神の使いだ」
「なるほど…」
天眼を使ってリンタロウの思考を覗いてみた。
『神の使い、か。馬鹿馬鹿しい。我が国でもそのように騙る輩は僅かにいるがそんなものはジャビラ様以外にありえん。この男も似たようのものだろう。商人と言ったり、神の使いと言ったり、やはり神の使いを騙る輩は馬鹿だ』
ヤマトワではジャビラは神の使いということになっているのか。まあ今までのことから推察したらジャビラが馬鹿ということは明らかなのでこの国の神の使いは本当の馬鹿なのだろう。
「まあ信じなくとも良い。俺は気にせぬ」
「そ、そうですか」
俺の心を読んだかのような返事にリンタロウは驚いていた。
「では次の質問をさせてください。今の国王を倒すと言っていたが反乱か?」
「反乱、か。間違ってはいない。だがヴォクラー神のお告げだ」
「そうですか。反乱を起こすのであれば兵力が必要でしょう?」
「まあ必要だが」
「そうでしょうな」
その後も色々と聞き出されたところで船が到着した。
「ジル殿、無事か?」
アシルがそう言いながら手を振っている。
「アシル、言葉と行動が合ってないぞ」
「ジル殿は何があっても死なないだろうが一応の確認だ」
「そうか。では『ボートが焼かれた。弁償させてもらう』とミミルに伝えてくれ」
「分かった」
アシルは船内の方へ戻って行った。
「ジル〜!」
ヨドークを肩に乗せたレリアが最初にボートに乗ってやってきた。もちろんキアラも一緒に。
「レリア!」
ボートから飛び降りてきたので抱きしめてキャッチした。ヨドークはキアラの肩に飛び移っていた。
その後、船員全員が降りたところでリンタロウに話しかけられた。
「今夜は、いえ、ヤマトワに滞在されている間は我が居城にお泊まり下さい。それとこの船は我が配下に護らせますのでご安心を」
「世話になる」
俺はそう言っておいた。船には荷物が残っているので結界を張っておいた。あとはアシルとミミルに任せておけば問題ない。
その後、リンタロウの案内で彼の居城まで向かった。ちなみに二百ほどの伏兵が隠れていた。三人相手に大袈裟だな。
「ここが我がアベ家が誇るシガマトン城です」
そう紹介された城は街の中心で石の上に建っていた。石を積み上げてその上に城を建てることで侵入されにくくしているのだろう。街と城を隔てるのは掘りのみだ。城壁などはないが街全体に結界が張られていた。
「どうぞこちらへ」
リンタロウの案内で城の中へ入る。城の中は木と紙のみで出来ている。床は木で出来ており、歩くとギシギシと音が鳴る。壁には紙が貼られている。扉も紙だ。
「この階は全てあなた方に貸し出しましょう。ご自由にお使いください。それと夕食は宴を開きますのでぜひご参加ください。それでは」
リンタロウはそう言ってどこかへ行った。
「オレ、アニキと一緒の部屋がいい」
レノラと一緒にいたファビオがそう言ってきた。俺は良いが一応同じ部屋で寝るレリアに聞いておこう。
「レリア、良いか?」
「んー…いいよ。あたしはキアラさんと寝るね」
「俺は?」
「ファビオと寝るんでしょ?」
「え?」
「え?」
話が噛み合ってないような気がするな。
「三人で同じ部屋ではないのか?」
「え?」
「え?」
「あ、そういうこと?分かった。三人で寝るってことだったんだ。二人部屋しかないかと思った」
やはり話が噛み合ってなかった。
「二人部屋でも三人で寝れば良いだろう?」
「そうだね」
俺は適当に選んだ部屋に入った。
「これは…なんだ?」
派手な部屋だ。金色の壁には虎が描かれているし、天井にも何か描いてある。それに比べてゆかは質素だ。何らかの草を編み込んだようなものだ。タケルの記憶によると畳というらしい。
「ジル殿、あの男、怪しいぞ」
「なに?」
いつの間にか隣にいたアシルがそう言った。
「急に来た俺達をこんなに優遇するものか?」
「確かにそうだな。アシル、少し調べてきてくれ」
「分かった。夕食までには戻る」
「ああ」
アシルはそう言って部屋から出ていった。すると自らの部下に指示を出して分かれたようだ。アシルは船にいる間、部下をそれなりに鍛えていたからその成果を試すのだろう。




