第64話
俺は扉を開けた。
「こんな感じだ」
そう言いながらレリアを見るととても似合っていた。似合うでは足らぬくらい似合っている。もちろんレリアは何を着ても似合うが。
「いいじゃん。似合ってるよ」
「レリアの方こそ。似合うという言葉では足らぬほど似合っているぞ」
「ありがと」
水色の服だ。やはりレリアの服のベルトも太い。ちなみにこのベルトは帯と言うらしい。俺の服にもついている。ただ、女物のようには太くない。
「その服って着るの難しくなかった?」
「まあ、一人では着れぬから次からもショータ殿に頼もうとしていたところだ」
「あたしが手伝ってあげる!」
「…誰で練習した?」
「え?今からジルで練習するんだよ」
「そうか。それは良かった」
「え?」
「いや、なんでもない」
「じゃあ、あたしに任せて!」
「ああ、頼む」
俺がレリアと俺の部屋へ戻ろうとした時であった。
「あ、出遅れましたか?」
エヴラールが部屋から出てきた。エヴラールが着ているのは群青色の服だ。だが、俺の服とは少し違う。
「俺のと少し違うな」
「ええ。これは袴と言うらしいです。ここに剣を差せるのでこの服を選びました」
確かに剣を差す場所らしきものはある。
「俺もそっちにしようかな」
「主君自ら戦うのですか?」
ショータが驚きながら聞いてきた。
「まあ、そうだな」
「ではこの太刀紐をお使いください」
「まあ、任せる」
俺はそう言ってショータに剣を渡した。
するとショータは鞘に何かを取り付けた。
「失礼しますね」
ショータはそう言って俺の腰あたりで何かをし始めた。どうせ見ても分からぬからレリアを見ている。レリアは真面目に俺の腰、いや、ショータの手元を見ている。
「これで完成です」
「おぉ…良いな。エヴラール、どうだ?」
俺は専用の服でなくても剣を装備できることをエヴラールに言った。
「良いですね。でも私は袴にします」
「そうか。俺はこれだ」
エヴラールはそんなに袴が気に入ったのか。まあ本人が着たいものを着れば良いだろう。
「姫様、ジル様の服の着方をお教えしましょう」
ショータがそう言った。話すことがないと思い、気を利かせてくれたのだろう。実際、このままでは気まずい空気が流れるだけであった。
「エヴラール、また後でな」
「はい」
俺はエヴラールにそう言って部屋に入る。
「まず、姫様には脱ぎ方を説明しましょう」
ショータは扉を閉めて、レリアに脱ぎ方を教え始めた。俺はどうせ説明されても分からぬから窓の外を見る。当たり前だが一面海だ。
「え?この傷どうしたの?」
俺の服を脱がし終えたところでレリアがそう尋ねてきた。
「こっちの切り傷は国王にやられた。腹の傷は名も知らぬ戦士にやられた」
回復魔法で治しても傷痕は残る。本来その生物が持つ自己治癒力を強めているだけなので自己治癒力があってもどうしようもない場合は回復魔法でもどうしようもないらしい。
「陛下に?」
「ああ。ギュスターヴと言ったかな」
「ジル、何したの?」
「いや、特に何もしていない。強いて言うなら指名手配犯として一度捕まった。もちろん俺の手の上で踊っていただけだ」
「手の上で踊っていたってどういうこと??」
「作戦通りってことだ」
「掌の上、じゃない?」
「む、そうか」
「そうだよ。ジルってたまに間違えるよね」
「いや、そんなことは無いはずだが」
「前もほっぺが壊れるって言ってなかった?」
「いや、そんなことは…」
「あるよ。あたし覚えてるもん」
「んん!」
俺とレリアが話していると横でショータが咳払いをした。
「具合が悪いのか?」
「いえ。私がいることを忘れているのでは?と思いまして」
「失礼した」
俺は一応謝っておいた。
「姫様、次は着せ方をお教えします」
ショータは俺に服を着せ始める。
まあ、俺は理解出来ぬから再び海を見る。
タケルがいた世界では海の生き物を捕らえ、透明の箱に閉じ込めて展示をする商いがあるらしい。そこは水族館と呼ばれる場所で恋人同士がよく訪れるらしい。
そしてその水族館で特に人気なのはイルカショーというものでイルカを使役して観客を魅せるものだ。輪をくぐらせたり、観客に水をかけたりする。
もちろんこれはタケルの勝手な解釈である。つまり、本当はイルカショーなどというものは存在せぬ可能性もあるし、恋人同士が訪れる場所では無いかもしれぬ。
なぜ水族館を説明したか。それはそのイルカらしき生き物の群れが海で飛び跳ねているからだ。レリアは真剣な眼差しでショータの手元を見ているがレリアに知らせた方が良いのだろうか。
「これで完成です。脱がし方を覚えているか試したいので脱がしてください」
ちょうど良いタイミングだ。今なら言っても良いだろう。
「レリア、あれを見てみろ」
「え、どれ?」
俺はイルカの群れを指差す。
「あれは異界の国で絶大な人気を誇るイルカという生き物だ。魚のような形をしているが人間の仲間らしい」
どうやらタケルの世界ではイルカは魚ではなく、人間の仲間とされているらしい。人間やイルカは哺乳類というもので魚は魚類というらしい。おそらくこちらの世界でも同じだろう。
「そうなんだ。でもそれがどうしたの?」
「それは恋人同士が見るものらしい」
「恋のキューピットみたいなこと?」
「そうらしい」
恋のキューピットが何か分からぬがレリアはこう見えて俺より賢いので合っているだろう。
「船旅もいいね」
「ああ。何も考えなくても良い」
「そうだね」
「んん!」
またショータが咳払いをした。
「失礼」
「いえ。さあ、姫様。ジル様の服を脱がしてみてください」
「わかった」
レリアはそう返事をして俺の服を脱がし始める。レリアはやはり賢いな。だがレリアにそう言っても『俺の方が賢い』と言う。タケルの世界では賢い者は『自分は賢くない』と言うらしい。レリアもそういうタイプだろう。
「あってた?」
「お見事です。次は着せてあげてください」
「わかった」
レリアはそう返事をして俺に服を着させる。ヤマトワに行けば、毎日こうしてレリアに服を着せてもらえるのだ。ヤマトワに住むのも悪くないかもしれない。だが、住む訳にはいかぬ。俺にはやらねばならぬ事があるからな。
「ジル殿!ここにいたか」
いきなり扉が開いたかと思うとアシルが入ってきてそう言った。
「あ、失礼。また後で来る」
「気にするな。何かあったのか?」
「フーレスティエから連絡があった」
「どうやって?」
「矢だ。魔弓で放ったのだろうな」
「なんと?」
「魔法研究会の研究成果を直ちに伝えるべきだと書いてあった」
魔法研究会は戦士団を辞めた魔法エルフが多数所属している。俺が引退した者は何をしているかを聞いたところ、何もせずただ死ぬまでの時を生きがいもなくただ死を待つ者が大半だと言っていた。なので老後の生きがいとして研究会を立ち上げた。ここではより強力な魔法や便利な魔法を生み出す為に老いたエルフが毎日楽しそうに研究をしている。
その研究会から初の研究成果の報告だ。非常に楽しみである。
「内容は?」
「直接会わなければ報告できないので帰ってから報告するそうだ。早く報告したいとも書いてあったな」
「後で聞いてこよう。俺も気になる」
「え?」
「何でもない。気にするな」
皆が寝静まった後、セリムと共に一旦、魔法で帰ろう。転移を使えば、一瞬で帰れる。まあ、船に戻るのは不可能だが泳げば、追いつくだろう。
「できたよ。これで合ってる?」
「ええ。姫様は大変、賢いのですな。普通、一回では覚えられませんぞ」
「そんなことないよ。あたしはジルの為ならこれくらい一回で覚えるよ」
「そうですか」
レリアはそう言うが、俺はレリアの為でも覚えられぬ。それにレリアの着ている服の方が着難そうである。そう言えばタケルの世界の和服はもっと簡単に着れそうなのにこちらの世界の和服は簡単には着れない。もしかすると魔王がバカで和服の形状を覚えておらず、雰囲気だけのものなのかもしれない。




