第63話
「なんで握手してるの?」
時が動き出したレリアがそう言った。
「キアラがレリアを説得したいそうだ。聞いてやってくれ」
「いいよ」
俺はキアラの手を離し、フィデールにもう耳を塞がなくて良いと肩を叩いて伝えた。
「あ、デシャン様!」
「デシャン様〜」
ちょうどキアラがレリアを説得し始めた頃、例の女が来た。アメリーとロアナだ。
「なんだ?」
「エドメ様からデシャン様に渡すように仰せつかっておりまして…その…なんというか…あの…」
ロアナが手紙を差し出しながらそう言っている。
「忘れていた、と」
「申し訳ありません!」
ロアナがそう言って頭を下げた。隣でアメリーも下げている。
「被害がなければ良い。読んでやろう」
俺は手紙を受け取った。
長々とした文章が書かれていたが内容は主に三つ。
一つはウルファーの長として子孫を残すこと。
もう一つは一つ目が嫌なら後継者を育てること。
最後の一つはこの船に乗っている二十人の内訳だった。
二十人のうち、十人はアメリーやロアナの他にエドメが選んだ美女が四人、合計六人がこの船に乗っており、日替わりで俺のベッドに来る為にやって来たようだ。その世話役に四人が乗っている。
五人は精鋭の隊の指揮官であった人狼の孤児の兄弟二人とその世話役三人。弟の方はまだ赤子で名がないので名付け親になって欲しいと。
そして残りの五人は雑用だそうだ。前の長の従者や護衛などがいるらしい。
「移動しよう」
「はい」
俺は立ち上がり、レリア達に少し別の所へ行くと伝えた。
「おい、姫様がいるのに別の女を侍らしてるぞ」
「いい女だな…」
「お前は女と知り合うことから始めろ」
「うるせぇ」
船員達がそう囁いていた。護衛も連れず、レリアではない女を二人も引き連れて歩くのを見れば、船員達は驚くであろう。。
「この女は従者だ。ジルの部下だ。決して恋人などではない」
俺はそう囁いた。魔力を込めて囁くと術者が対象とした者に言霊として届く。声は届かず、効果のみが届くのだ。
「まあ多分従者だと思うぜ」
「いいなぁ…あんな美人、俺だったら…」
「なに考えてんだ、バカ」
まあ船員達の仲が良いと思っておこう。
「この辺で良いか」
俺はレリアがギリギリ見える所で止まった。
「まず、俺はおぬしらとの間に子孫は残さぬ」
「ですが…」
「ただし、兄弟を後継者として育ててやろう」
「ありがとうございます」
アメリーがそう言って頭を下げるとロアナも下げた。朝から見ている限り、ロアナは多分バカだ。だからアメリーが喋っているのだろう。
「では、その兄弟を連れて参ります。ロアナ、行ってきて」
「分かった」
やはりロアナに俺の相手をさせるのは心配なのだろう。アメリーはロアナに指示を出してばかりだ。
「そういうことだからもうエドメの指示は聞いた。だからおぬしらは好きにせよ」
「ありがとうございます」
「他の者にも伝えておけ」
「はい」
アメリーは嬉しそうに頷いた。
「あと俺のことはもうジルと呼んで良いぞ」
「そうなんですか?」
「ああ。またサヌストに帰って俺の家に帰るまではデシャンと呼ぶようにしろ」
「わかりました。みんなに伝えておきます」
アメリーはまた嬉しそうに頷いた。
「デシャン様ぁ!連れてきました!」
ロアナが兄弟を連れてやって来たようだ。
「伝わっていないぞ」
「え?」
「まだデシャンと呼んでいる」
「だって…」
「冗談だ」
「もう!やめてくださいよ」
俺はアメリーが緊張しているのかと思って冗談を言ったのだが冗談とは思わなかったらしい。
「なんですか?」
「アメリーから聞いておけ」
「分かりました。で、その兄弟はこの子達です」
ロアナはそう言って兄弟を指さした。
「俺はジルだ。よろしく頼む」
「お、オレはファビオです!こっちは弟でまだ名前がなくて…」
犬人くらいの身長の男の子が元気にそう言った。
「聞いている。俺に名付け親になれとエドメが言っていた」
「エドメ様が!?」
「ああ。名を考えるから少し待て」
ファビオが狼の姿になった。
ケリングあたりに聞いた気がするが人狼として未熟な者、つまり子どもは人の姿になることはできないそうだ。個人差はあるがだいたい五歳くらいで人の姿になることが出来るそうだ。だが、人の姿になるのを覚えたての子は気持ちが昂ると狼の姿になるらしい。
つまり赤子は狼の姿だ。
「ウル。ウルでどうだ?」
「おぉ!ありがとうこざいます!」
我ながら安直な名を付けてしまったが喜んでいるのなら良い。
「それとファビオ、俺の事は兄とでも思え」
「兄…」
「だから敬語など必要ない」
「じゃあアニキって呼んでもいい?」
子どもは切り替えが早いな。ファビオだけか?俺は子どもと関わった事などないから分からぬな。
「ああ。好きに呼べ」
「アニキ!」
「おう。ファビオとウルは俺の弟だ。おぬしらは強くなるぞ」
「やったー!アニキ、よろしくな」
「ああ」
俺はレリアにファビオとウルを紹介する為、レリア達の所へ戻った。ちなみにウルは世話役の者が抱いている。ファビオは移動中に人の姿に戻った。
「レリア、弟ができた」
「え?!」
「ファビオとウルだ」
「よ、よろしく…」
レリアは戸惑いながらそう言った。
「ファビオ、この人は俺の…将来のお嫁さんだ。つまりおぬしとウルの義姉となるのか?」
「姉…アネキ?アネキ、よろしく!」
ファビオはレリアと握手しようとしたのか手を差し出した。レリアを見ると固まっていた。
「…将来の…お嫁さん…将来の…お嫁さん…」
そう言っている。
「レリア、とりあえず握手してやってくれ」
「え?あ、うん。よろしくね」
ファビオは戸惑いながら握手をしていた。
「ジル様〜!あ、お取り込み中でしたか」
ミミルとエヴラールがやって来た。
「いや、良い」
「そうですか。実はジル様にお伝えしたいことがありまして」
「なんだ?」
「以前、申しました和服のことです。試着されてみませんか?」
「俺だけか?」
「ジル様とエヴラール殿だけです。他の方はもう試着を終えております」
「…そうか」
レリアの和服姿も見てみたかったがヤマトワに着いてからのお楽しみにしよう。
「では、行きましょう」
「ああ」
俺がミミルについて行こうとした時であった。
「ちょっと待って」
レリアが立ち上がってそう言った。俺はその声を聞いて振り返る。
「レリア、どうした?」
「あたしの着た姿は見たくないの?」
「いや、レリアの試着は終わったと聞いてな。ヤマトワまで楽しみにしておこうと決めたところだ。だが、もし見れるのなら見てみたい」
「ほんと?」
「ああ。俺が着た姿も見てくれるか?」
「もちろん!」
俺はミミルの方を見てミミルに頼む。
「という事で良いか?」
「よろしいですぞ」
「レリア、行こう」
「うん」
俺はミミルのあとをレリアとエヴラールと共に追う。
着いたのは自分の部屋だった。
「ではあとはこのショータ殿とコータ殿とリョーコ殿にお任せしますので私は失礼します」
ミミルはそう言ってどこかへ行った。
「私がショータです。ジル様の着付けを担当させていただきます」
「私がコータです。エヴラール殿の着付けを担当させていただきます」
「私がリョーコです。レリア姫の着付けを担当させていただきます」
リョーコは女でそれ以外は男だ。和服がどんなものかと楽しみにしていたがこの者らが着ているものだろう。ショータは青色、コータは橙色、リョーコは桃色の服を着ている。女物はベルトがとても太い。
「あ、リョーコさん。あたしは一回一人で着てみてもいい?」
「よろしいですよ」
レリアとリョーコがそんな会話をしながら部屋へと入っていった。
「ショータ殿、よろしく頼むぞ」
「はい」
俺もそんな会話をしながら部屋へ入った。
「何色がよろしいですか?」
「普通は何色だ?」
「何色でもよろしいですよ。ただ、金色とかですと悪目立ちするかと」
「そうか。では、濃い青で」
「紺色ですね」
ショータとそう言いながらカバンを開けた。ちらっと中を見たがいろんな色があった。
「こちらですね」
「おぉ…これはどうやって着るのだ?」
「まず今着てらっしゃる服を脱いでください」
俺は言われるがまま、服を脱いだ。
その後は何が何だか分からなかったがいつの間にか着ていた。これは覚えられぬな。
「最後にここに腕を通して…そうですそうです。で、ここをこうして…完成です。これを着ていれば大抵、失礼にはなりませんのでこれを着てください」
「…次からも頼んで良いか?」
「ヤマトワに着いたら私は通訳として働くので…」
「通訳?」
「ええ。皆様、魔王語を習得されてないということで」
「俺は習得しているぞ」
「おぉ…長が自ら学ぶことで配下に見習わせるというのですね」
「いや、そんな大層なことではないが」
「そうですか」
俺とショータが無駄話を長々としているとノックがされた。
「ジル〜!着れた〜?」
レリアだ。
 




