第5話
俺が眠っている間にそんな事があったのか。
「分かっただろ?これが念話だ」
「あ、ああ」
そうだ、そういえば念話の練習だった。
一方的に送られるだけではよく分からぬな。アシルはその事に気がついているのだろうか。
「なんだ、これでは不服か?」
「え?」
「一方的に送られるだけでは分からぬだろう。俺もそうだった、安心しろ。俺が習得した方法であんたにも習得させてやろう」
顔に出ていたのだろうか。
「ああ、頼む」
───これに返事をしてみろ───
こうか?
───ああ、できるだけ、長く返事をしてみろ───
長くと言われても話すことがないのだが。わーーー、わーーー、肉が食べたーい、飯が食べたーい。早く飯を出せーーーー!!わーーー。もう頭の中が空っぽになってしまうーー、早く習得せねばー。
これ以上長く返事をする内容がない。
「その感じで俺に送ってみろ。大丈夫、あんたならできる」
アシルに届け、アシルに届け、アシルに届け。
肉!
俺の祈りを込めた念話はアシルに届いたか?
「あははは、あははははは」
アシルが大笑いをしている。
「初めての念話が『肉!』とはな。さすがは我が上司!さすがは使徒!ははは」
「いや、それは、あの…ほら!何を言えばいいか分からないからとりあえず好きな食べ物をだな」
「いや、すまない。つい笑ってしまった。だがおめでとう。俺の練習の半分程でできるとは、さすがだ。だが、まだまだだな。これでは送るまでに随分とかかってしまう。もっと早く送れるように練習をするように」
「ああ」
───二人とも、もうすぐ夜が明ける。我も合流するゆえ、しばし待たれよ───
ああ。
オディロンに返事をする。
───後ろを向いて二十メルタ程来てくれ───
しばらく経ったあと、オディロンから念話が来た。
俺とアシルは頷き合い、後ろを向いて二十メルタ(三十メートル)走った。
どこにいるんだ?
俺は覚えたての念話でオディロンに聞いてみた。
「おい、ジル殿。あれを見ろ」
声を上げたのはオディロンではなくアシルだった。
アシルは右を指さしていた。俺もそちらを向くと血だらけのオディロンがいた。
「おい!オディロン、大丈夫か?」
俺はオディロンの所へ駆け寄った。
───あ、いや。これは我の血ではない、返り血だ。そこに獲物が置いてある。我一人で運ぶと傷をつけてしまうゆえ、二人を呼んだ───
なんだ、びっくりさせるなよ。でも何故狩りを?
───ジル様は肉が好きであろう。初めての念話で『肉!』と申す程には───
どこでそれを?
───覚えたての念話を傍受するくらい我にとってはなんてことはない───
「さあ、ジル殿。この獲物…多分、鹿だろうな。運ぶぞ」
「ああ、少し待て。アシル、紐はあるだろう?」
「あるが、何をするつもりだ?」
槍…来い…槍…来い…。
俺の手元に槍が来た。
「これに結んでくれ。俺は分からん」
「あんたの案じゃないのかよ…」
文句を言いながらも、アシルは鹿の足を結び、足の間に槍を通した。
「それだ!じゃあ俺はこちらを持つからアシルはそっちを持ってくれ」
「ああ。それはいいがあんた走れるのか?今からこの格好で十メルタル走れるのか?」
「ああ、なんとか頑張る」
───さあ、二人とも急げ。夜が明けるぞ。我は体を洗いに川によっていくゆえ、先に行ってくれ。いや、荷物がない分我のが早く着くかもしれぬが。では、競走だ───
「さあ、ジル殿。行くぞ!」
しばらくどころではないくらい走った頃ようやくエジット殿下の陣が見えてきた。
「ジル卿、アシル殿!」
エジット殿下が自ら出迎えてくれた。
「エジット殿下、申し訳ない事をした。この通りだ」
俺は頭を下げた。
「え?いや、なんの事だ?」
───今、アシルが念話で王子に『昨日の事を話した』と言った───
え?オディロンか。ありがとう
「気にするな。使徒様を床で寝かせる訳にはいかなかったのでな」
「そうか。ああ、そうだ!これ、オディロンが狩りすぎたらしい。捨てるにはもったいないから食べてくれとの事だ」
これは帰り道にオディロンに伝えられた事だ。ちなみにオディロンとは帰り道に合流した。
エジット殿下の後ろで騎士や人夫が喜んでいる。その声で休んでいたであろう騎士達が何事かと目を覚まし始めた。
「ではこちらは調理致しますゆえ、お預かり致します」
「槍は返してくれるか?」
「ええ、もちろん。ジル卿は皆の心を掴む術を心得ておりますな」
ルイ殿が鹿を受け取りに来た。
別に心を掴むとかじゃなくてただ肉が食べたいからなのに。反論する間もなく去っていった為反論できなかったが。
エジット殿下や、ジュスト殿と話していると槍を返しにルイ殿がやって来てそのまま話に混ざり、話を続けた。
やがてルイ殿の部下が朝食を持ってきてくれた。
俺は料理に詳しくないので分からないが何かのスープに肉が入っている。スープの他にはパンだけであった。これだけではお腹が空くだろうと思い、先程の喜び様にも納得した。
そんなこんなで朝食が終わった。
ルイ殿は片付けがあるからと部下の方へ行った。
これからは作戦会議だ。
「エジット殿下、北方守護将軍の所までどれくらいだ?」
「北方守護将軍ジェロームの居る城、ドリュケール城はここから約三百メルタル、急げば十日強で到着の予定だ」
十日強ということは十一〜十三日くらいか。
「殿下、ジェローム殿の兵力は如何ほどですかな?」
「国境をがら空きにして良いなら騎兵、歩兵合わせて十万程だ。だが、実際動員できるのは半分程であろう」
ジュスト殿が尋ね、エジット殿下が答えた。ジュスト殿は把握しているだろうから俺達への確認だろう。
「他に味方になりそうな者はいないのか?」
「確か西の国境を守る西方守護将軍アンセルムは信心深い男だと聞いている。使徒であるジル卿がこちらにいると分かればすぐこちらに回るだろう。残念ながら他の将軍とはまだ面識がなく、情報もない」
アシルの質問にまた、エジット殿下が答えた。
「その事なんだが俺の故郷の近く、南の国境を守る南方守護将軍イアサント殿は国王陛下につくであろう。確か防衛費と称して多額の賄賂を陛下から受け取っていると小耳に挟んだことがある」
「そうなのか?父上を守る大将軍アクレシスは父上につくであろうからこれで軍勢は同じだな」
ジュスト殿とエジット殿下が二人で納得しているがまだ味方になるか敵になるか確定しておらぬのによくもまあ、あんなに話せるよな。だが気になることが一つある。
「軍勢が同じとはどういう事だ?」
「我がサヌスト王国には五人の将軍がいる。四人は国境を守る守護将軍、もう一人は国王を守る大将軍。将軍にはそれぞれ、騎兵三万、歩兵七万が与えられている。ここまで説明すればわかるだろう?」
「ああ、つまり、残りの一人をこちら側につければ良いのだろう?」
「そういう事だ」
エジット殿下は俺を馬鹿にしているような気がする。だがジュスト殿は感嘆している。
「ところでジル卿、好きな色は何色だ?」
好きな色?そんなの決まっているではないか。
「青と黒だ。だが、なぜそんなことを聞く?」
「ジル卿の旗を作らなくてはならない。旗が二本あるだろ?そのうちの一つは俺の旗もう一つはジル卿の旗だ」
旗か。模様があるならオシャレにしたいな。
「模様はあるのか?」
「ああ、何を描きたい?」
「剣だな。花をバックに剣を描いて欲しい」
「黒をバックに青の花と剣を描けば良いのだな?」
「ああ、そうだ。ところでなぜ旗を作るのだ?」
「誰の軍かわかるように。ある程度の身分の者は自分の旗印を持っている。例えば王族や、将軍などだ」
俺は王族や、将軍くらいの重要人物なのか?
それはそれで嬉しい。
「皆様、出発の準備が出来ました!」
「うむ。では、行こう」
俺達は出発した。ふと、後ろを振り返ると野営の跡がすっかり無くなっていた。
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