第548話
式典後のパーティーに参加し、貴族や官僚などの挨拶に付き合っていると、屋敷に帰れたのは深夜であった。当然、レリア達は眠ってしまっているので、俺はエジット陛下から賜った情報によって生じた家政を済ませてしまう事にした。
部屋着に着替えて夜食を食べた俺は、アガフォノワを呼んだ。近衛兵団強化の件もあるが、他にも確認しておくべき事はあるし、アガフォノワに言えば領主府への指示も伝えてくれる。
「アガフォノワ、魔導砲の指導者を顧問団として派遣できるな?」
「はい。教育対象の部隊規模は如何程でしょうか?」
「九千名強だ。近衛兵団の独立歩兵金隊を教育して欲しいとの事だ」
「近衛兵団に…とすると、全員が士官ですよね?」
「ああ。何か問題か?」
「いえ。高度な計算を要しますし、馬術も必要です。それを初めから教えるとなると人選に影響が出ます」
「魔導砲の運用に馬術が?」
「ええ。魔導砲は大変に重くありますから、人力で移動させるとなると戦場に辿り着いたころには将兵は疲れて動けません。だからこそ、自走能力が必要なのですが、技術的に不可能なので、牛馬に曳かせるのです」
「なるほど」
確かにあの威力の兵器が軽い訳ないな。重ければ強い兵器という訳ではないが、基本的に高威力を生み出す兵器がその形を保つには、金属などの頑丈な素材が多く使われるわけで、それゆえ必然的に重くなる。
「それはそれとして、顧問団長の選任は急いでくれぬか。訓練に先んじて近衛兵団長や第三金隊長と打ち合わせたいらしい」
「承知しました。それでは顧問団長はブーケ中佐を任じましょう。彼女なら帝国軍との交流がありますし、砲兵将校としての教育も済ませています。実戦は未経験ですが、敵に砲兵がいないなら実戦も訓練も同じです」
「そうか。では日程を調整しておこう。明日以降いつでも構わぬな?」
「はい。騎士団には後任を送っておきます」
「その件だがな、騎士団にも顧問団を送って欲しい」
「部隊規模は如何程ですか?」
「未定だ。その相談も含めて、騎士団に幾人か貸してくれ」
「分かりました。それでは…砲兵将校を数名見繕います。近衛兵団に派遣するブーケ中佐より格下にしますか?」
「いや、格上を。部隊規模は未定と言ったが、騎士団と近衛兵団の規模から考えれば、近衛兵団より大部隊を編成する必要があろう」
「確かにそうですね。それでは…ブラウエルス大佐を顧問団長に、佐官を数名出しましょう。ブラウエルス大佐は黒甲軍団の参謀長で、私の昔からの部下です」
「白蓮隊か」
「はい。砲兵将校として赫赫たる戦果を挙げ続け、私以上の早さで昇進して、もう数年あれば追い抜かれるところでした」
「そうか。では以後も騎士団に残ってほしいものだな」
「いえ、返してください。代わりの人材を用意しますから」
「ではそちらに期待しよう」
アガフォノワの腹心であれば、その能力に疑い様もない。まあアガフォノワの言う砲兵将校としての教育を受けたのであれば、どの騎士団員よりは魔導砲の運用に詳しかろう。
魔導砲の運用がどうなるか分からぬが、専門家の助言があるならば、全く初めから発展させるより効率的だろう。
その後、遷都先の視察への同行者の選定や諸々の予定の調整などのため領主府から人を寄越すよう伝え、アガフォノワと解散した。
アガフォノワと解散した後、リンが起きてきたので打ち合わせをしながら朝食を共にし、アキとエヴラールが起きるのを待って騎士団本部に赴いた。
俺が庁務を処理するため、騎士団本部庁舎内の一室に魔物討伐庁の出張所を置いた。部屋前の室名札には『軍務省魔物討伐庁長官室帝国騎士団出張事務所』と書かれているが大変に長いので、皆は既に『討伐庁事務所』と省略して呼んでいる。
その討伐庁事務所から俺の執務室に運ばれてくる書類に署名しつつ、アーウィン将軍とデュポール参謀長、サザーランド副将軍と魔導砲導入について相談する事にした。乗り気であったグローブス将軍は、魔導列車の導入に勤しむためか、既に帝都を離れていると聞いた。
「導入が決定された魔導砲であるが、モレンク血閥軍から顧問団を派遣する事となった。数日中にブラウエルス大佐と数名の顧問が来る。それまでに決めておきたい事がいくつかある」
「と言いますと?」
「大まかに言えば、所属と管理者だ。まあ管理者についてはサザーランド副将軍を呼んでいる時点である程度俺の意思を読み取ってくれていると思うが…」
「やはり火兵将軍が管轄するのでしょうか?」
「俺はそう考えている」
「となると、魔導砲部隊は副将軍か金級士官、あるいはそれ未満の士官が部隊長となる規模を予定してらっしゃるのですか」
「それが問題だ。将官を増やすには文官とも掛け合わねばならぬし、増員が認められるとは思えぬ。となると、別の兵科から引き抜くか、金級士官に任せる他ない」
アーウィン将軍が代表して俺と問答したが、やはり将官が率いるには問題が多すぎるゆえ、将来的な事は別として、現状は金級騎士に部隊長を任せるしかないように思える。だが、兵杖庁がその全てを管理する兵器であるからには、将官が管轄すべきであるように思える。
「であれば、参謀副長を筆頭金級騎士に格下げし、私かリグロ副長を部隊指揮官に任じていただくのはいかがですか」
「なるほど。異論がなければその方向で進めるか」
「即決でよろしいのですか?」
「仮だ。正式な決定はブラウエルス大佐ら顧問団の到着を待ってからだ。素人だけで決めては、その能力を最大限発揮できぬだろう」
「確かにそうですな。第一、あの威力なら名称部隊に一門ずつ配備しても充分かもしれませんし」
デュポール参謀長はそう言い、一応の結論を出した。どの程度の連射能力があるのか分からぬが、各名称部隊に少数ずつ配備し、名称部隊指揮官の直轄で運用しても充分であろう。そもそも、今まで無かった兵器が新たに配備されるのであるから、別に無くても困らぬ兵器ではあるのだ。
その後、魔導砲の詳細、例えば扱う兵科名を砲戦火兵に定めたり、どの兵科から主に兵員を抽出するか草案を整えたり、ブラウエルス大佐らが来る前に決められそうな事は全て決めておいた。
今日は早めに屋敷に帰り、アガフォノワが呼んでくれているはずの領主府の者と諸々の調整をせねばならぬ。
屋敷に帰ると、国策局長のヴェンダール帝国騎士が応接室でレリアの応対を受けていた。
「待たせたようで悪かったな」
「いえ、帝国に対する忠義を果たされていた我が主君に対し、そのような事は思いません」
「そうか」
「それじゃあ、あたしはこれで」
「いや、レリアもいてくれ」
「別にいいけど、邪魔じゃない?」
「いや、レリアにも関係がある」
「そうなんだ」
「ああ。それで早速本題に入るが、昨日の式典前にエジット陛下よりいくつか情報を賜った。公式には宮内省から通達があろうが、同じ情報だ、早い方が良い。その情報だが…」
俺はそう言い、昨日陛下から賜った情報、遷都先の視察や今後の予定などについて共有した。
どうやら領主府の方で、遷都先の視察を独自に行おうとしていたようで、その人員をそのまま派遣する事に決まった。
モレンク血閥領主府として、帝都内に置くべき施設がいくつかあり、さらに商業連合の事務所なども複数構える予定であるそうだ。その他にもいくつか建てるべき施設がいくつかあり、複数の視察団が数日から十数日をかけて視察をして、ようやく充分となる予定であったようだ。
その他の予定であるが、レリアの実家に挨拶に行く件について、領主府がヴォードクラヌ伯爵家側と相談した結果、ジスラン様やナタリア様に俺の領地に来ていただく事になった。
日程としては、今月中に来ていただき、モレンク血閥との各種の同盟に関する事務手続きをしている間に、到着の報せを受けた俺とレリアが帝都を発つ事になる。ちなみに、各種の同盟とは、軍事同盟や政治同盟など複数の分野の同盟を統合したものになる予定だ。まあモレンク血閥領とヴォードクラヌ伯爵領とで協力する事を明文化するだけであり、今までと大差ないはずである。




