第542話
しばらくすると、グローブス将軍が戻ってきた。どうやら、当初の予定と異なり、エジット陛下や俺達に解説をしてくれるのであろう。
旗を用いて魔導砲の陣地と連絡を取るようで、グローブス将軍の副官とイヴェール隊の旗手が魔導砲陣地と二、三やりとりすると、グローブス将軍は馬から降りて俺とエジット陛下の前に来た。
「準備が整いましてございます、大元帥陛下、軍令部総長閣下、帝国騎士団長閣下」
「うむ。始めてくれ」
「御意。まず初めは、敵部隊に見立てた標的に対し、魔導砲一門が攻撃します。標的は甲冑を鎧った木偶を五十体、密集隊形でご用意いたしました。標的との距離は五百メルタ、投石機の射程を遥かに上回ります。それでは、始めます」
エジット陛下に言われたグローブス将軍が目配せすると、副官が魔導砲陣地に向けて旗を掲げた。
魔導砲陣地の方で何やら動きがあり、しばらくすると、魔導砲のうちの一門が魔力を発し、爆音と共に魔力が封じ込められた細長い金属の塊が射出され、その数瞬後には標的として用意されていた、五十体の木偶の中心が爆発した。
爆発による煙が晴れると、五十体の木偶は、少なくとも俺達がいる観測用の本陣からは確認できず、おそらく木端微塵となった。
「…グローブス将軍、木偶が見えなくなったが…」
「その通りでございます、陛下。木偶と人間の肉体では強度に差があり、単純な比較はできませんが、少なくとも鎧を粉砕する威力を魔導砲は有します」
「鎧が不良品だったりは…?」
「いたしません。帝国騎士団の装備統一のため廃棄となりましたが、本来であればまだまだ実戦に耐え得る鎧です」
「そう…か。大将軍、あれに審査の必要はあるか? 導入一択だろう?」
「同感です、陛下。臣もこの目で見るのは初めてでありますゆえ、開発者の誇張かと思っておりました」
エジット陛下はそう言い、俺を見た。俺が魔導砲導入に反対していると、陛下や軍令部に伝わっていたのだろうか。俺としては、自軍の強化のためならば新兵器であろうと古代兵器であろうと、有用であれば導入すべきという立場なのだが。
「確か大将軍の家臣が開発したものと聞いたが…」
「左様にございますが、家政は代理人に任せきりにしておりますので…」
「軍務が忙しいからか?」
「それもありますが、代理人が優秀すぎますゆえ」
「ああ、かの子爵兄妹か」
「ええ、かの子爵兄妹です」
「それなら納得だ。かの兄妹の父上は大変に優秀な御方だから、御子に対する教育も徹底させていたに違いない」
「そのようで」
エジット陛下の仰る『かの子爵兄妹』とは、ルイス卿とアズラ卿の事である。あの二人の正体は隠しているから、公の場においてはこう呼ぶ他ない。
エジット陛下も言外に滲ませたが、やはり我が家臣が帝国軍などに提案するものは、主君たる俺が一度確認せねばならぬな。
「グローブス将軍、もう終わりか?」
「いえ、まだまだございます。次は標的を城壁に替え、攻城戦における有用性を示したく存じます。ですが、破壊するために城砦を建てるわけにもまいりませんので、城壁と城門のみご用意いたしました。これらは帝都アンドレアスのそれを再現したものであり、強度は充分かと」
「それを容易に破壊できるなら、新都の城壁を見直す必要があるな。さすがに大丈夫かな、元帥」
「アンドレアスの城壁は、魔王軍の復讐を警戒したアンドレアス王とその忠臣方が、当時としては最高峰の技術者に、潤沢な資金を与えて造らせたものと聞いております。現代の兵器が魔王軍の攻撃に優るとは思えません」
「その通りだな。よし、やってくれ」
「御意」
エジット陛下に言われたグローブス将軍が目配せすると、副官が魔導砲陣地に合図した。
今回の標的となる城壁であるが、グローブス将軍が兵器局と行った審査の際に、イヴェール隊が建設したもので、採用決定後のお披露目のために壊れた部分を直してあったそうだ。実のところ、今日の演習はお披露目の予定を前倒ししたものであるから、提案の翌日に実現できたそうだ。
魔導砲陣地の方では、先程とは異なる魔導砲が動かされ、爆音を発しながら先程と同様の弾を射出した。
射出された弾が城壁に衝突すると、城壁に使われていた岩石が砕け、飛び散った。だが、砕けたのはあくまで表面だけで、貫通や崩壊はしておらぬ。さすがに城壁の破壊は無理か。
「やはり無理か。もしやと思って肝が冷えたぞ」
「陛下、そう思われるのは少々早いかもしれません。今撃ちましたのは、野戦砲に区別される魔導砲でありまして、移動のため巨大化が抑えられ、破壊能力は比較的低うございます。もちろん、兵士の殺傷には充分ですが、城壁の破壊には至りません」
「その言い草だと、もっと破壊力のある攻撃法があるようではないか」
「ございます、陛下。次に撃ちますは、攻城砲に区別される魔導砲でありまして、移動能力より破壊能力が優先して高らしめられ、破壊能力は一級品でございます。威力については、その御目にてお確かめください。それでは」
グローブス将軍がそう言い、副官が合図すると、魔導砲陣地で布によって隠されていた魔導砲が動かされた。
攻城砲と呼ばれたそれは、野戦砲と呼ばれたそれより巨大な音と衝撃波を発し、より多く魔力を含んだ弾を射出した。魔導砲陣地からはかなり離れているはずの俺ですら感知しうる衝撃波であるから、運用する兵士にとっては生命に関わるのではなかろうか。
放たれた弾は、先程の城壁の、先程とは異なる箇所に命中し、周囲を抉りながら貫通した。そして、城壁はその自重によって自壊し、歩兵や騎兵の侵入に充分な回廊を作り上げた。
「これは…」
「いかがですか、陛下」
「…あれを敵に回したら勝ち目がないのでは?」
「そう思われますか?」
「違うのか?」
「防御策がなければ、蹂躙を受け入れる他ないでしょう。帝国騎士団長閣下、予定を変更してもよろしいですか?」
「構わぬぞ」
「ありがとうございます。陛下、防御策を御覧に入れましょう」
グローブス将軍がそう言うと、今度は副官と旗手が魔導砲陣地に対して何度も旗を振り、魔導砲陣地の方でも何度も旗が振られ、会話がなされた。
しばらく待つと、先程の標的となった城壁を包むように結界が張られた。天眼で調べると、一定以上の衝撃を検知した場合に特定の魔法が発動する結界であり、その魔法とは衝撃を検知した箇所に魔法的な防御を担う結界と物理的な防御を担う結界を同時に展開するものであった。
確かに、城壁全てを防御結界で覆うより、今の結界を張った方が魔力消費は抑えられるが、それでも結界の維持だけでかなりの量の魔力を要するし、防御結界の展開によって攻撃を防いでも破片は結界内に降り注ぐので、完全な防御とは言い難い。
「陛下、肉眼では見えませんが、あの城壁を守る結界が張られました」
「大将軍、確認できるか?」
「はい。特定の条件によって特定の魔法が発動する結界です。詳細はご自身で確かめられた方が、グローブス将軍の意に適うかと思われます」
「そうなのか?」
「見透かされてしまいましたな。それでは、早速ご覧ください」
グローブス将軍がそう言って目配せし、副官が合図すると、魔導砲陣地で動きがあった。
攻城砲と呼ばれた魔導砲も、野戦砲と呼ばれた魔導砲も、全ての魔導砲が一列に並び、同時に砲撃を開始した。
複数の魔導砲から放たれた、複数の砲弾は、城壁に向かって飛翔し、城壁に命中するかと思われたが、結界によって防がれ、その爆発によって生じた破片のみが城壁に直撃した。だが、当然ながら小さな破片が衝突した程度で傷つくような城壁ではないので、結界によって完全に防がれたと言えるだろう。
「凄いな。これからは剣を鍛えても意味がないかもしれんな」
「魔導砲の難点として、次弾砲撃までに時間がかかる事が挙げられます。その間に、白兵戦によって肉薄すれば、魔導砲運用兵は自衛のために剣を取らねばならず、次弾の装填が不可能となります。魔導砲の護衛に部隊を配置するにしても、近接戦闘において剣は捨てられません」
「なるほど、そういう面もあるのか。大将軍、帝国騎士団での採用は決まったか?」
「決を採って、正式採用といたしますので、決まっておりません。よろしければ、今ここで決を採りますが」
「うむ、予が証人となろう」
「ありがとうございます。聞いたな、諸将。導入に賛成する者は手を挙げよ」
陛下に急かされた俺が、周囲に集まっていた騎士団将官にそう言うと、全員が手を挙げた。これにより、帝国騎士団において魔導砲の導入が正式決定となった。
「正式採用となりました」
「うむ。元帥、全軍に対し、魔導砲の情報を通知し、導入の検討を命じよ。それから建設省に通知し、新都の城壁に今見た結界を張れるよう設備を整えさせよ」
「御意」
「さて、グローブス将軍、続きを見せてくれるな?」
「御意にございます、陛下。続きましては…」
ジェローム卿に命じた陛下は、興行を待つ少年のようにグローブス将軍に命じ、新兵器評価演習の続きを楽しまれた。その裏では、演習の手伝いに来ていた、アガフォノワの部下であるマルグリット・ブーケ中佐と省部の幹部が魔導砲導入に向けて話し合っていたが、俺はエジット陛下と共に演習をある種の興行として楽しんだ。




