第536話
翌日。俺は隣に眠るレリアを起こさぬよう髪を撫で、口付けをしてから寝室を出た。昨夜は色々と邪魔をされたが、それを差し引いても大満足の夜であった。久々という事もあろうが、やはり俺はレリアが好きだ。
俺は頬を叩いて気持ちを切り替え、軍服に着替え、アキとリンを連れて騎士団本部に赴いた。
俺は騎士団の幹部を集め、新都の支城について検討する事にした。なるべく早く決定し、騎士団として準備を始めねておかねば、遷都に間に合わぬかもしれぬのだ。
「閣下、支城の数は如何程を想定しているのですか?」
「デュポール参謀長、数も含めて検討するのだ。だが、全ての騎士団員が新都とその支城に居を構える事となる。ゆえに、ある程度の数は建てねばなるまい」
「騎士団が建設に関する負担をするのでしょうか」
「ああ。人員も予算も騎士団から捻出されるだろうが、詳細は決まっておらぬ。もしかすると、建設省が負担してくれるかもしれぬが、期待はせぬ方が良い」
「承知いたしました」
何を建てるのか決まっておらぬのに、人員や費用をどこが出すかなど決められぬ。だが、騎士団の城砦であるからには、騎士団が全く負担せぬという訳にはいかぬだろう。
新都を囲む支城を併せて、帝都支城網と呼称する事とした。やはり名称があった方が色々と便利なはずである。
帝都支城網に関して、戦術単位指揮官が城守となる城塞を戦術単位指揮官の数、すなわち二十七城を建設し、さらにその支城を建設する事になった。場合によってはさらに支城を建設する事になろうが、今はそれを検討する段階ではない。
城守は管轄部隊の指揮官が兼務する事とし、階級は筆頭銀級騎士以上に限るとした。だが、あくまで筆頭銀士以上に限るのは城守であって、砦守ではないので、銀級騎士以下を砦守に任ずる場合もある。また、城砦の指揮官は騎士官に限り、徒士官や下士官に任用資格はないものとした。
城砦に常駐する部隊は、数万から数百まで、必要に応じて幅広く取るつもりである。基本的な任務は街道の監視と有事の際の足止めであるから、よほどの大軍が相手でもない限り数百でも充分だろう。まあそのような大軍は、帝都支城網に接する前に野戦軍らしく野戦で撃滅できるはずであるから、心配はいらぬだろう。
少し遅くなったが、昼食を会議室に運ばせていると、練兵場の方で爆音が轟き、杯に注がれた水が震えた。
「何事か」
「確認して参ります」
「いや、俺も行こう」
俺はアーウィン将軍らを伴い、練兵場の方へ走った。騎士団本部に攻め入る者などおらぬだろうが、何か問題があったのは確かだろう。
庁舎を出ると、練兵場と正門辺りに人集りができていた。
「何があったか、誰か説明しろ!」
俺が問う前にアーウィン将軍がそう叫ぶと、血相を変えた兵器局次長イーサン・リード筆頭銀級徒士が駆け寄ってきた。新兵器でも試していたのであろうか。
「申し訳ございませんっ! 閣下の、大将軍閣下のご紹介とのことで、我々では仕組みなど一切分かりかねますので、その…」
「落ち着け、リード次長。閣下のご紹介と言うが、閣下は朝からずっと会議室におられた。本当に閣下のご紹介か?」
「は。紋章を見せられまして、旗章官殿に確認をしていただき、モレンク血閥の家臣の方だと、証明していただきました」
「そうか。閣下、間違いありませんか?」
「リード銀士、その家臣とやらはどこに?」
「こちらです」
リード銀士はそう言うと、俺達を人集りの方へ案内した。アーウィン将軍が問い詰める姿は、後ろから見ていてもなかなか迫力があった。であるのに、リード銀士は少なくとも表面上は取り繕って、俺達を先導した。
「おはようございます、閣下。ルイーズ・クレーヴ大尉です」
俺達が来たのを察したのか、人集りの中からクレーヴ大尉が現れた。クレーヴ大尉は黒甲軍団司令部付きの士官で、アガフォノワに気に入られて色々と命じられている。
「もう早くない。クレーヴ大尉、何事か説明せよ」
「はっ。シュヴェスター長官閣下とアガフォノワ司令の指示を受け、魔導砲の宣伝に参りました。そして、リード兵器局次長殿にお取次ぎいただき、次長殿の許可を受け、練兵場から正門を撃ち抜きました」
「正門を…?」
クレーヴ大尉に言われて正門を見たが、人集りが邪魔でよく見えぬ。だが、本来翻っているはずの帝国旗や騎士団旗などが見えぬ。まさか旗竿が折れてしまったのであろうか。
「アーウィン将軍、関係のない将兵は撤収させよ」
「はっ。ただちに」
「クラム金士、憲兵隊を集めて周辺を封鎖せよ。それからオルシット金士、リード銀士以下、関係者を我が家臣も含めて兵務局で拘禁し、何があったか説明させよ」
俺は集まっていた幹部に、思いつく限りの指示を出した。武器商人に庁舎を破壊されるなど全くの想定外であるから、対処法が分からぬが、まあ不備があればアーウィン将軍なりデュポール参謀長なりが補ってくれるだろう。
兵務局長オルシット金士に連れられ、リード銀士やクレーヴ大尉らが庁舎の方へ向かっていった。
俺はアキとアーウィン将軍を連れ、正門の方に来た。
正門は木端微塵となり、正門前の石畳には大きな穴が開いていた。さらに、所々燃えた跡があるので、そういう効果もあったのだろう。
「これはなかなか…」
「…閣下の私兵はこれを装備しているのですか?」
「魔物討伐があったろう。その際に払い下げた素材をもとに開発され、昨夜配備の報告を受けた。実際の配備は兵器自体の製造などがあるゆえ、しばらく先になろうが」
「左様ですか。閣下、帝国騎士団にも導入しませんか? 帝国騎士団はサヌスト帝国内最強の軍隊でなければなりませんが、閣下の私兵軍がこれを装備しているとなると、我らの最強の名が揺らぎます。誤解をしていただきたくありませんが、私は閣下が帝国に反旗を翻す可能性を考慮しているのではなく、帝国騎士団が最強の軍隊でなくなる事を危惧しているのです」
「ああ、承知している。その件に関しても、昨夜提案を受けた。帝国騎士団で導入すれば、我らが広告塔となって帝国軍の他部隊や諸侯軍でも導入が進み、製造元であるモレンク血閥は確固たる地位と大いなる財貨を手にするだろう、と」
「なるほど。であれば、リード次長の話を聞いて悪意なしと判断した場合、彼に実証実験を任せてその功を以て功罪相殺とし、不問といたしましょう」
「そうしよう。我が家臣からも幾人か出そう。多少不公平感は薄れるだろう。ある程度の土地が必要となろうから、正門破壊を帳消しにするには充分だろう」
「ええ。修理の手配もせねばなりませんな。庁舎管理部に言っておきます」
「ああ、頼んだ」
わざわざ命令がなくとも庁舎管理部ならば修理してくれるだろうが、万が一という事もあるし、アーウィン将軍に任せておこう。恩を着せるようであるからアーウィン将軍には言わぬが、修繕費用はモレンク血閥が出そう。
その後、憲兵隊と庁舎管理部によって正門の残骸は片付けられ、臨時で野戦用の旗竿が置かれて帝国旗や騎士団旗が掲げられた。
リード銀士やクレーヴ大尉らに対する聞き取りが終わり、兵務局から報告が届いた。誰にも悪意はなく、無知と勘違いが重なった結果の惨事である事が判明した。とりあえず数日間は兵務局に身柄を預けておき、処分を決める事にした。故意ではないとはいえ、帝国騎士団の正門を破壊したのだ。多少の罰がなければ示しがつかぬ。
魔導砲の導入についてであるが、兵器局で審査し、有用と認められたならば、導入する事となった。正門を破壊したために印象は悪いが、同時にその威力も目の当たりにしているので、幹部らは検討には前向きであった。




