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神に仕える黄金天使  作者: こん
第2章

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第530話

 六月二日。フェリシア陛下や皇子殿下の体調や翌日の天候を考慮したうえ、明日の荘園出立が決まったと、エッジレイ将軍から報告があった。

 フェリシア陛下の道中警護参加部隊に対し、それぞれの配置に就くよう命じ、俺自身はエッジレイ将軍らを連れて宮内省に向かった。宮内大臣ファーブル公爵ら宮内省幹部は、我ら武官以上にフェリシア陛下の出迎えの準備に奔走しているそうなので、我らが出向いてやる程度の気遣いを見せてやらねばならぬ。


 宮内省に着き、ファーブル公爵らと最終確認を済ませた。すると、事前の打ち合わせと異なり、今日のうちに荘園前に行き、明日まで待機すると結論が出た。

 フェリシア陛下や皇子殿下の体調を見て、同行している侍医や産婆が出発の頃合いをフェリシア陛下に進言し、フェリシア陛下がそれを承認する事によって、荘園の門は開かれるが、それがいつになるか外にいる俺たちには分からぬ。さすがに日も昇らぬ早朝ということはなかろうが、制度上あり得ぬ話でもないのだ。だからこそ、一切の不備がないよう宮内大臣自ら不寝で待つそうだ。


 俺とエッジレイ将軍は宮内省を辞し、新たな命令を参加部隊に下し、自らも準備を整えた。ちなみに、今回は銅士以上の騎士団員は軍服を着ており、武装は下士官兵のみである。

 荘園から帝都までの街道の封鎖を担当するフーク将軍に対しては、配置が完了次第、完全に封鎖するよう命じた。

 帝都内の警護を担当するウォード将軍に対しては、警戒態勢をより一層強め、自衛のためであったとしても、武器を携行しているような者は拘束するよう命じた。

 近衛兵団に対しては、エッジレイ将軍が細かな指示を出していたが、概ね事前の決定通りの命令であった。


 再びファーブル公爵らと合流し、俺達は帝都を出た。

 今回、フェリシア陛下や皇子殿下が乗る馬車は、宮内省が運用する事になっている。ちなみに、これは平時から帝室の車馬は宮内省が維持、運用し、行先が戦場である場合に限り、宮内省から近衛兵団に移管され、近衛兵によって運用される。

 既に街道には部隊が展開しつつあり、偶然通りかかった通行人らは街道の脇に追いやられていたため、俺達は誰にも邪魔されることなく荘園前に着いた。


「大臣閣下、明日までお休みになられよ」


「お気遣い感謝します。ですが、宮内大臣たる者、皇后陛下の御傍にある時に休む訳には参りません」


「左様か。では貴殿らには悪いが、警護の将兵はフェリシア陛下と皇子殿下を全力でお守りするため、交代で休ませていただく。貴殿らも無理はせぬよう」


「ええ、お構いなく」


 事前に聞いてはいたが、大臣はじめ宮内官僚は不眠かつ食事も自らの懐に入る分の最低限のみを摂るようだ。まあ宮内官僚は全員が馬車内に入れるよう馬車の手配をしているようなので、野外待機の将兵よりは疲れぬのだろう。


 その後、月番で荘園の周辺警護をしていた部隊を掌握したエッジレイ将軍が戻り、将兵に休息を命じた。明日の日の出からは、荘園の門が開くまで整列して待たねばならぬので、休んでおいてもらわねば困る。


 翌朝。日の出前に将兵を起こし、軽い朝食を済ませ、日が昇る頃には整列を完了させた。いつ頃出て来られるのかは分からぬが、まあ昼頃には出てくるだろう。

 俺は門の近くでエッジレイ将軍やファーブル公爵らと並び、馬をアキに預けて立った。


「開門、開門いたします!」


 しばらく待ち、太陽がちょうど頭上に来る頃、内側からそう声がした。あまり深い関係ではないうえ、長期間会っておらぬので定かではないが、侍従武官副長チェリーナ副将軍の声であろうか。

 荘園の門がゆっくり開かれると、フェリシア陛下と赤子を抱くボーヴォワ後宮女官長、チェリーナ副将軍が立ち、その背後には女官や近衛兵が整列していた。


「ファーブル公爵宮内大臣です、フェリシア皇后陛下。お迎えに上がりました」


「ありがとうございます。皇帝陛下の御子を無事出産し、母子ともに健康です」


「おめでとうございます。我ら臣下一同、大変喜ばしく思っております。御身に障ってはなりません、どうぞ馬車へ」


「ありがとうございます。あの、モレンクロード大将軍も、わざわざありがとうございます」


「は、勿体なきお言葉にございます」


 フェリシア陛下は俺にそう言って軽く会釈すると、ファーブル公爵に先導され、用意された馬車に皇子殿下を抱くボーヴォワ後宮女官長と共に乗り込んだ。

 最低限必要な荷物を持った女官らが馬車に乗り込むのを待つ間、警護の部隊は隊形を整え、俺もアキから手綱を受け取り、騎馬した。


「全ての女官が乗り込みました。出発可能です」


「承知した」


 エヴラールから報告を受け、俺はフェリシア陛下方が乗る馬車に近づいた。フェリシア陛下の意志と体調を確認しておかねばならぬ。

 車窓が開かれており、俺は中にいるファーブル公爵に目配せした。


「フェリシア陛下、出発の用意が整いました。出発してもよろしいでしょうか」


「はい、お願いします」


「は、承知いたしました」


 俺はフェリシア陛下の了承を得た旨を、片手を上げてフェリシア陛下の先を行く部隊に出発を命じた。


 今回の行列であるが、先頭を行くのは近衛兵団の旗手、次いで儀仗兵、エッジレイ将軍が率いる護衛の近衛騎兵三百騎、フェリシア陛下方が乗る馬車とチェリーナ副将軍が率いる護衛の侍従武官や近衛兵、侍医や高位の女官、迎えに来た侍従など宮内官僚の乗る馬車列と騎士団員五十騎、下級の女官などが乗る馬車列と皇后親衛隊と続き、最後は儀仗兵と旗手となる。当然ではあるが、俺は騎士団を直率している。

 往路は徒歩の者もそれなりにいたが、復路は全員が馬に乗るか馬車に乗るかしているので、徒歩の者はおらず、往路より早く帝都に着くだろう。


 しばらく進み、陽が傾きかけた頃、帝都が見えてきた。帝都の方でも行列を確認し、準備を始めているだろう。

 帝都に近づくと、フェリシア陛下より前にいた近衛兵が左右に分かれ、城門前で待つエジット陛下のすぐ近くに馬車が止まった。


「よくぞ戻った、我が妃フェリシア。まずはそなたの無事について、ボーヴォワ後宮女官長はじめ、多くの侍従に感謝する。フェリシア、我が子を見せておくれ」


 エジット陛下がそう言うと、馬車の扉が開かれ、皇子殿下を抱いたフェリシア陛下が下車し、ファーブル公爵やボーヴォワ後宮女官長がそれに続いた。


「陛下、お名前を…」


「うん、そうだな。いくつか候補があったが、顔を見て決めた。我が第一皇子には、アンブロワーズの名とランボーヴィル公爵位を授ける。これにより、全名はアンブロワーズ・ランボーヴィル・フォン・ドーヴェルニュとなった。さあ予にも抱かせてくれ」


「はい、陛下」


「こうだろう? 赤子を借りて練習したんだ」


 エジット陛下はそう言いながら、自らがアンブロワーズ・ランボーヴィル・フォン・ドーヴェルニュと名付けた皇子殿下を抱いた。

 生まれたての赤子が公爵位を授けられるとは、当然の事ながらやはり皇族は我ら貴族とは格が違うな。だが、この公爵位は通常の公爵位と異なり、いずれアンブロワーズ殿下が帝位をお継ぎになられたら皇帝の称号に統合されるし、仮に臣籍降下でもあれば侯爵や伯爵に格下げとなる可能性もあるのだ。


「陛下、お上手です」


「そうだろう。アンブロワーズ、お前は今日からアンブロワーズだ。ほら、母にも挨拶なさい」


 エジット陛下はそう言うと、アンブロワーズ殿下の片手を上げ、フェリシア陛下に手を振らせた。赤子にあのような真似をして良いのか分からぬが、赤子について勉強なさったと先ほど言っていたし、大丈夫なのだろう。


「こんな所で立ち話も駄目だな。アンブロワーズ、これからそなたの住む宮殿に案内しよう。ファーブル、ボーヴォワ、外してくれるな?」


 エジット陛下はそう言い、フェリシア陛下とアンブロワーズ殿下との三人きりとなって馬車に乗り込み、扉を閉めた。皇族ともなれば家族のみで団欒の時を過ごすのも難しいゆえ、多少強引であったとしても、宮内大臣と後宮女官長を歩かせる事になったとしても、三人きりの空間を作りたかったのだろう。

 帝都防衛隊総司令官ウォード将軍、侍従武官長サヴォイア将軍、侍従武官副長チェリーナ副将軍、皇帝親衛隊長メリエス副将軍といった四名の将官に守られた馬車は、ゆっくりと皇宮へ向けて動き始めた。御者がエジット陛下の意を汲んだのであろう。


 皇宮に着くと、道中警護の部隊は解散が命じられ、大半の近衛兵や騎士団員はそれぞれ兵舎に戻った。

 アンブロワーズ殿下がエジット陛下によって私室に案内される間、宮内省や近衛兵団はそれぞれ儀式の準備を進めた。儀式とは叙爵式や親衛隊編成式などである。


 エジット陛下が戻る頃には儀式の準備が整っていた。後日アンブロワーズ殿下ご誕生を祝う場を公式に設けるため、今回は全ての儀式を纏め、更に簡略化するそうであるので、そう手間取らなかったのだろう。


「さて、始めようか」


 玉座に座ったエジット陛下がそう言うと、儀式が始まった。今回は、道中警護の任に当たった将官とその幕僚、宮内省幹部、宮中顧問官のみが出席する簡易の儀式であるから、気楽なものである。


「アンブロワーズ・フォン・ドーベルニュ殿下の代理人、前へ」


 ファーブル公爵がそう言うと、カサール侍従長が前に出た。さすがに赤子を儀式に付き合わせる訳にはいかぬか。


「アンブロワーズ・フォン・ドーヴェルニュを、ランボーヴィル公爵に叙する。以後、アンブロワーズ・ランボーヴィル・フォン・ドーヴェルニュを名乗りたまえ」


「お伝えいたします」


 カサール侍従長はそれだけ言うと引き下がり、エジット陛下やファーブル公爵はそれを当然であるかのように眺めていた。簡略化しすぎではなかろうか。


「次、リュカ・ド・フォン・ドートリッシュ金級騎士、ブエラ・ヌダム・フォン・ドラージュ金級騎士、前へ」


「はっ」


 今度は呼ばれた二人の近衛兵が前に出た。今度は簡略化した親衛隊の編成式であろうか。


「ドートリッシュ金級騎士、貴官を第四親衛隊長に任ずる。以後、ランボーヴィル公爵殿下の専属親衛隊を率い、その安全を確保せよ」


「はっ」


「ドラージュ金級騎士、貴官を第四筆頭侍従武官に任ずる。以後、十一名の侍従武官を指揮し、ランボーヴィル公爵殿下の身辺警護をせよ」


「はっ」


 瞬く間にドートリッシュ金士が第四親衛隊長、ドラージュ金士が第四筆頭侍従武官に任じられた。

 ちなみに、それぞれが冠する第四という数字であるが、四であることに大した意味はない。単に四番目に編成された親衛隊、四番目に任じられた筆頭侍従武官という意味でしかないのだ。筆頭侍従武官とは、指定された皇族の身辺の安全に責任を持ち、その維持のため他の侍従武官を指揮する職である。


 その後、宮内省と近衛兵団の合同による少々短い演奏があり、最大限簡略化された儀式は終わった。

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